戦略的な企業財務が果たす役割 〜 アイシン精機刈谷第一工場の火災事故 ① 〜

2011年12月20日火曜日 | ラベル: |

6月10日(金曜日)のブログに、経済産業省の「リスクファイナンス研究会報告書」について書きました。同報告書には下記のような記述があります。

 「リスクが発生し顕在化し経済的損失が発生した場合に備えて、企業が運転資金、事故対策資金、復旧資金等を事前に手当てしておくこと、すなわちリスクファイナンスの重要性については未だ十分に認識されていない。*1」 
 「リスクファイナンスとは、〈企業が行う事業活動に必然的に付随するリスクについて、これらが顕在化した際の企業経営へのネガティブインパクトを緩和・抑止する財務的手法〉である。すなわち、事業活動に対して適切な財務手当てが出来ていない場合には、当該事業活動に係るリスクの顕在化により、財務基盤が毀損される可能性がある。したがって、企業の持続性や競争力を高める上で、リスクファイナンスを含めた戦略的な企業財務が果たす役割は非常に重要である。」

     *1 経済産業省 リスクファイナンス研究会報告書(平成18年3月)
       http://www.meti.go.jp/report/data/g60630aj.html

 私がキャッシュフロー・リスクの重要性を最初に実感したのは、平成9年(1997年)2月1日に起きたアイシン精機刈谷第一工場の火災事故の分析でした。この火災により、プロポーショニングバルブという、自動車のブレーキの重要な部品の供給が全面的にストップし、トヨタは3日間にわたりやむなく操業を停止し、他の取引自動車会社にも大きな影響を与えました。然し、同社は速やかに代替生産体制を確立するなど、復旧は予想外に早く、4月末には総ての内製化を完了し、トヨタ・グループの事後的な対応の強さを示した好事例だと評されました*2:。
     *2 1997年予防時報 191 森宮康 部品工場の火災とリスクマネジメント

 私は事故の財務的なインパクトを有価証券報告書のデータで分析しました。
1.業績
○損益計算書                              (単位百万円)
  平成 7 年度実績
( 事故前期 )
平成 8 年度実績
( 事故期 )
平成9度実績
(事故翌期)
( 7 4.1 - 8.3.31) (8.4.1-9.3.31) 前期比 (94.1 - 10.3.31)
売上高
477,129
519,073
41,944
521,417
売上総利益
( 同上率 )
49,243
( 10.3% )
54,992
(10.6%)
5,749
(0.3%)
46,909
( 9.0% )
営業利益
(同上率)
13,127
( 2.8% )
16,508
( 3.2% )
3,381
(0.4%)
7,283
( 1.4 %)
 経常利益
(同上率)
15,331
( 3.2 %)
18,751
( 3.6% )
3,420
(0.4%)
10,523
( 2.0% )
特別損失
 ―
7,803
7,803
△ 7,803
当期純利益
(同上率)
8,031
( 1.7% )
5,807
( 1.1% )
△ 2,224
(△ 0.6% )
10,523
( 2.0% )
月  商
39,761
43,256
3,495
43,451

 事故期の売上は前期比7.9%増、経常利益は前期比22.3%の大幅増益で、事故の損失78億3百万円負担後でも58億7百万円の利益を計上しています。事故は起こったが業績自体は順調だったということです。
 事故翌期は、売上総利益、営業利益、経常利益の各段階で金額・利益率ともに落ちています。代替生産体制確立等の事故処理対策に費用が掛ったためかと思われますが詳細は判りません。然し事故の特別損失が無いため、当期純利益は金額・利益率ともに事故期を大きく上回っています。

 2.キヤッシュフロー実績  
                                        (単位 百万円)
科  目
平成7年度実績
 (事故前期)
平成8年度実績
 (事故期)
平成9年度実績
 (事故翌期)
現預金及び一時保有の有価証券
 
46,272 31,568 17.634
 
営業活動によるキャッシュ・フロー
19,908
11,847
17,524
投資活動によるキヤッシュフロー
△ 42,632
△ 34,406
△ 28,203
事業のキヤシュフロー
△  22,724
△  22,559
△ 10,679
財務活動によるキヤッシュフロー
8,020
8,625
23,560
当期総合キヤッシュフロー
△  14,704
△  13,934
12,881
 
現金及び現金同等物の期末残高
31,568
17,634
30,515
同上 月商比
0.8 ヶ月
0.4 ヶ月
0.7 ヶ月

アイシン精機の事故期の業績は増収・増益だったのですが、営業活動によるキャッシュフローは前期比80億6,100万円(事故前期比40.15%減)の大幅な悪化になっています。業績は順調なのに何故こうなったのだろうかと思いました。
 私は本来公表の数字で分析をすることを基本にしているのですが、この点については推理をしてみることにしました。*3
     *3 ブログ・9月1日「推理小説とリスクマネジメント」参照

 念のため貸借対照表の各勘定科目の増減を見たところ、売掛金が前期末比11,867百万円、買掛金が前期末比10,265百万円増加していました。共に売上の伸び率以上に大幅に増加しています。通常売掛金の異常な増加は期末近くに大きな売上を計上した場合に生じます。買掛金の異常な増加は期末近くに大きな金額の仕入れをした場合に発生します。そこで相手先別の売掛金の増減を調べてみるとトヨタへの売掛金が前期末比6,914百万円増加していました(当時の有価証券報告書の開示内容は非常に詳細でした)。

 事故期末の売上増は売掛金の増加となり事故期中にはキャッシュになりません。一方事故対策費用は期中に発生するので、事故期のキャッシュフローが悪化したものと考えられます。
 さらに、事故翌期、通期では営業活動のキャッシュフローは事故期比5,677百万円改善していますが、事故翌期の中間決算期末9月30日の現・預金残高は前期末比6,832百万円減の5,309百万円、一時保有の有価証券も前期末比1,371百万円減少して合計では前期末比8,203百万円の大幅減になりました。
 前年同日比では、現・預金残高は8,789百万円減、一時保有の有価証券も前年同日比8,535百万円減少して、合計では前年同日比17,325百万円の大幅減になっています。
 アイシン精機は業績面では問題が無い状態であったとしても、工場の火災がキャッシュフローに与えた影響は事故翌期の前半まで及び、その影響は82億円〜173億円に達したと言えます。
 確認出来ていませんがアイシン精機におけるプロポーショニングバルブの売上比率は数%(多分5%未満)だったと思われます。その事故がこれだけ大きなキャッシュフローへのインパクトを発生させた訳です。
 アイシン精機は手元現・預金減と有価証券の売却でキャッシュフローの不足を賄い、金
融機関に融資を依頼する必要は無かったのですから、キャッシュフローの危機だったとは言えません。世間では同社のキャッシュフローのことなど当時全く問題にしていませんでした。

○資金残高推移                          (単位 百万円)
 

現・預金
一時保有の
有価証券
 合  計
 金  額
前年同日比
8.3.31
16,441
15,126
31,568
8.9.30
14,098
12,657
26,756
△10,261
9.3.31
12,141
5,49 3
17,634
△13,934
9.9.30
5,309
4,122
 9,431
△17,325
10.3.31
13,505
17,010
30,515
12,881

 古い銀行員の分析・推理の結果からは、アイシン精機は「事故期の売上高・利益のアップを図るため、期末近くにトヨタ向けを中心にかなりの売上増を図った」のだろうということになります。何故こうしたことをする必要があったのかを考えて見ることにしました。
その結果は、事故翌期末に償還期限の来る転換社債147億8,300万円があったことが判明ました。事故の結果業績が大幅に低下すれば、株価が低落します。その結果事故翌期に転換社債の転換が順調になされなければ、キャッシュフローに大きく影響します。それを防ぐために、戦略的な財務対策を立てて実行したのではないかと推察されるに至りました。詳細は次回に申し述べますが、私の推理では、アイシン精機は平成18年の経済産業省の「リスクファイナンス研究会報告書」公表の9年も前に既に「リスクファイナンスを含めた戦略的な企業財務」を実行していたのではないかと思われます。
 私はこの推理・分析の結果を通して、事故・自然災害発生時におけるキャッシュフロー対策の重要性を痛感し、これが今の私の主張の原点になっています。

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東京電力の現状と将来の見通し⑥ 〜 緊急特別事業計画に基づく業績見込みとキャッシュフロー 〜

2011年12月10日土曜日 | ラベル: |

○東京電力の福島原子力事故調査報告書について
 東京電力の福島原子力事故調査報告書(中間報告書)が12月2日に公表ましされました。そのスタンスは「当社はこれまで原子力災害に対するリスク低減に、様々な観点から取り組んで参りました。しかしながら、(中略) 結果として、整備して来た取り組みが至らず、放射性物質を外部に放出させるという、大変な事故を引き起こした事に対して深くお詫び申し上げます。」ということです。

 福島原子力発電所事故の概要は「地震に対しては、原子炉の安全維持に必要な電源は確保された。しかし、その後襲来した史上稀に見る津波により、6号機を除き全交流電源を喪失。海水ポンプの冠水により補機冷却系も機能を喪失、1-3号機は直流電源喪失により交流電源を用いない炉心冷却機能も停止。」
 津波の評価については、「設置許可に記載されている津波の高さについては、現状でも変更されていない。」 
  「本報告書では、事故当事者として、体験したこと、集約したデータ等に基に、教訓を得るべく務め、(中略)取りまとめを行いました。これらについては(中略)国内外BWRプラントの安全性向上にご活用いただきたいと考えております。」と書かれています。
 今回の事故に対して、事故発生後の対応については参考になる事が記載されていますが、私たちが一番知りたかった、「どうすれば事故が防げたのだろうか」については、反省もなく記述もありません。

○矢川元基東京大学名誉教授を委員長とする東京電力の事故調査検証委員会の意見
 下記は、同じころ公表された上記委員会の意見の抜粋です。
 「東京電力は、津波対策について、国の中央防災会議に比し積極的であったと言える。
然し、結果として今回の津波被害を防ぐに至らなかったことについては、国も専門家を含めた全体として大きく反省しなければならない。
 東電ならびに関連会社等の、今日に至るまでの献身的な働きや判断がなかったら、事態はより悪い方向に向かったかも知れない。本当に頭の下がる思いである。
 今回の事故を発生させた直接の原因は未曾有の津波である。しかし、【事故を発生させ、又事故を拡大に至らしめたものは、アクシデントマネジメントを含む、ハード面、ソフト面での事前の安全対策が十分でなかったことによる】と我々は結論する。
 東電を含む我が国の原子力関係者において、過酷事故など起こり得ないという『安全神話』を生み、そこから抜け出せなかったことが背景にあると思われる。」
大変妥当なご意見だと思いました。

○12月7日日本経済新聞の社説
 7日の日本経済新聞の社説は東京電力の福島原子力事故調査報告書について、
「自己弁護と責任回避の色合いがあまりに濃い。なぜ大津波や重大事故を想定外とし対策に踏み出せなかったのか納得出来る説明と検証を欠く。東電に強く働き掛け事実を明かにさせるべきだ。」
と論じています。 誠に我が意を得たりです。

○緊急特別事業計画に基づく業績見込みとキャッシュフロー
 平成23年11月4日、東京電力は、「10月28日付で資金援助の申請を行うとともに、同日付で主務大臣(内閣総理大臣、経済産業大臣)に対して、原子力損害賠償支援機構と共同で特別事業計画の認定を申請しておりましたが、本日、同計画について認定をいただきました。」と公表しました。
 私は、11月10日のブログで、東京電力の第2四半期決算記載のデータで連結ベースの今期業績見込みの検討をしましたが、特別事業計画には、新しく単体の今期業績計画・キャッシュフロー計画が記載されていますので、再検討致しました。
○業績比較 (単体)                                                                     (単位 億円)
  平成 22 年度実績 平成 23年度見込み
前期比増減
(22.4.1 - 23.3.31) (23.4.1 - 24.3.31)
売上高
51,463
50,818
△ 645
営業利益
 (同上率)
3,567
( 6.9 %)
△ 3,327
(△ 6.4 %)
△ 6,894
(△ 13.3 %)
経常利益又
は経常損失
(同上率)
 
2,711
( 5.3 %)
 
△ 4,122
(△ 8.1 %)
 
△ 6,833
(△ 13.4 %)
引当金増減
62
16
△ 46
特別損益
△ 10,742
△ 1,625
9,117
当期純利益
又は純損失
 (同上率)
 
△ 8,093
(△ 15.7 %)
 
△ 5,763
(△ 11.3 %)
 
2,330
( 4.4% )
月  商
4,297
4,234
4,171
 前記の計画に基づき、下期の業績見込みを試算しました。

✩業績の見通し (単体)                                                                       (単位 億円)
  平成 22 年度実績 平成 23 年度上期実績 平成 23 年度下期見込 平成 2 3年度見込み
(22.4.1 - 23.3.31) (23.4.1 - 23.9.30) (23.10.1 - 24.3.31) (23.4.1 - 24.3.31)
売上高
51,463 *
23,892
(前年同期比
 △ 3,215)
26,92 6
(前年同期比
2,570 )
50,818
(前年同期比
 △ 645)
営業利益
 (同上率)
3,567
( 6.9 %)
△  828
(△ 3.5 %)
△  2,499
(△ 9.3 %)
△ 3,327
(△ 6. 4%)
経常利益又
は経常損失
(同上率)
 
2,711
( 5.3 %)
 
 △ 1,305
(△  5.5 %)
 
△ 2,817
(△ 10.5% )
 
△ 4,122
(△ 8.1 %)
引当金増減
62
    5 
1 1
16
特別損益
△ 10,742
△   5,075
3,450
△ 1,625
当期純利益
又は純損失
 (同上率)
 
△ 8,093
(△ 15.7 %)
 
△ 6,385
(△ 26.7% )
 
622
(  2.3% )
 
△ 5,763
(△ 11.3 %)
  月  商
4,297
4,171
4,298
4,234

 最大の疑問点は、今年度下期の売上高は前年同期比2,570億円増(10.8%増)の計画だということです。全国的な節電ムードのなかで、東電だけが売上を増やせるのか。現在東京電力は節電のキャンペーンはしていないと思われますが、前年より電力消費を増やすキャンペーンもしていないと思います。売上が未達になれば業績も悪化します。
 また営業利益率が更に悪化する理由は発表の資料からは良く分かりません。

 ○ キヤッシュフロー見込  (単体)
                                                                                      (単位 億円)

科  目
 
平成 22 年度実績
 
平成 23 年度見込
前年同期比
増  減
現金及び現金同等物の期首残高
5,771
21,344
15,573
       
営業活動によるキャッシュ・フロー
9,234
△ 4,398
△ 13,632
投資活動によるキヤッシュフロー
△ 7,487
△ 2,803
△ 4,684
事業のキヤシュフロー
1,747
△ 7,201
△ 8,948
財務活動によるキヤッシュフロー
13,826
△  4,607
△ 18,433
当期総合キヤッシュフロー
15,573
△ 11,808
△ 27,381
       
現金及び現金同等物の期末残高
21,344
9,536
△ 11,808
 
 
5.0  ヶ月
2.3  ヶ月
△  2.7 ケ月

通期でも、極めて大幅なキャッシュフローの悪化です。

 ○ キヤッシュフロー見込 (アバウトな試算) 
                                                                                      (単位 億円)
科  目  
 上期 ( 連結 )
 
  下期 ( 単体 )
平成 23 年度見込
( 単体 )
現金及び現金同等物の期首残高
22,062
14,877
21,344
       
営業活動によるキャッシュ・フロー
△ 1,064
△ 3,334
△ 4,398
投資活動によるキヤッシュフロー
△ 2,371
△ 432
△ 2,803
事業のキヤシュフロー
△ 3,435
△ 3,766
△ 7,201
財務活動によるキヤッシュフロー
△ 3,762
△ 845
△ 4,607
当期総合キヤッシュフロー
△ 7,197
△ 4,611
△ 11,808
       
現金及び現金同等物の期末残高
14,877
9,536
9,536
同上 月商比
3.6  ヶ月
2.3  ヶ月
2.3  ヶ月

 東京電力単体の売上は先期で連結96%なので、単体のキャッシュロー見込みから上期連結キャッシュフローを引いて下期のキャッシュフローについてアバウトな試算をして見ました。
 平成23年度の経常損益が △4,122億円程度で収まるかは良くわかりません。損益が悪化すれば営業活動によるキャッシュフローも悪化します。
 下期投資活動によるキヤッシュフローは△432億円の少額になりますが、それで収まるのか。
 財務活動によるキヤッシュフローは△4,607億円で収まるのでしょうか。平成22年度期末現在、1年以内に期限が到来する固定負債は 7,748億円、平成23年度の社債償還予定額は7,479億円、計15,226億円と開示されています。アバウトな試算では、下期財務活動によるキヤッシュフローは△845億円となります。上期社債償還3,200億円後の未償還残額は4,548億円あります。資産売却がどれだけ寄与するのか判りませんが、
この金額も疑問です。 業績見込み・キャッシュフロー見込み何れにも疑問を持ちます。
 8日の日本経済新聞3面に東京電力西沢社長のインターヴュー記事が掲載されています。平成23年10月28日に 東京電力株式会社 が作成し主務大臣の認定を受けた「緊急特別事業計画」の具体的な実施手順となるアクションプラン【実行計画】を週内にも纏めるとされています。毎日新聞1面には「東電実質国有化へ」と言う見出しが踊っています。
何れも現在の計画では駄目だと言うことだと思います。
 いつも同じことを書きますが、東京電力の将来の見通しは依然暗澹たるものがあります。

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白木屋の火災とリスクマネジメント〜 利益保険について 〜

2011年12月1日木曜日 | ラベル: |

東京電力の話題が5回連続しましたので、今回は違った話題にしました。
 
COREDO 日本橋

○白木屋の火災
 東京、日本橋交差点の角にCOREDO日本橋があります。 今は跡形もありませんが、嘗てそこには老舗のデパート白木屋があり、昭和7年に大火災が発生しました。

白木屋の火災

 白木屋三百年史(昭和32年発行)には次のように記述されています。
『昭和七年(1932年)十二月十六日午前九時十五分、歳末大売出しとクリスマスデ
コレーションで店内くまなく華やかに装飾された四階玩具売場の装飾電気器具接触
部附近から突然発火、装飾用モールを伝ってかたわらに山積されてあったセルロイド
玩具にアットいう間に引火、火はたちまち店内に燃えひろがった。』
 白木屋の火災は当時としては空前のデパートの大火災であり、高層建築の火災としても未曾有のものでした。死者14名、重傷者21名を出しましたが、問屋の関係者一人を除き、死者はすべて店員でした。また重傷者もほとんどすべてが店員で、顧客の死者は一人も無かったことが国際的な賛嘆と同情を生みました。
 ニューヨークのヘラルド・トリビューン紙は翌17日の社説で「武士道」と題して、このことを賞賛しました。同じくウィメンズ・ウェア・ディリー、上海英字日報なども、白木屋の全店員が決死の救助活動を行い、多くの死傷者を店員間から出したにもかかわらず、顧客の一人をも傷つけることのなかった勇敢な行動を誉め称えました。
 また、当時としては全く異例のことですが、天皇,皇后両陛下から金一封が御下賜されました。
 12月22日、芝増上寺において合同告別式が行われました。弔辞の中で「皆様が、自分の身を犠牲にしてお客様を救い出されたことは,眞の大和魂の発露で,7,000万人の同胞が皆泣いております。」と述べられました。
 火災後一週間、12月24日に地下鉄が京橋から日本橋へ延伸開通したのに合わせ3階までを開店しました。4階以上の修理については損害調査に3ケ月を要し、保険金支払額の決定迄に時日を空費し、4階以上は6月9日に漸く開店しました。
 その間に日本橋高島屋の開店があり、花見時も過ぎる等、「有形無形の営業損失は莫大なものがあった」と白木屋三百年史に記述されています。当時はこのような損失をカバーする保険(利益保険)はまだありませんでした。白木屋の火災は、火災が企業に与える影響を今も生々しく我々に訴えかけています。

○利益保険
 利益保険とは、火災の結果、営業が休止または阻害されたために生じる損失(営業利益や経常費について生じる間接損害)をてん補する保険です。
*損害保険業界の用語で、直接原価計算における固定費にあたります。
 損害保険各社の社史を見ますと、下記のように記述されています。
① 東京火災50年史(昭和13年11月)
 白木屋の火災に就いて特に注目すべき問題は……火災後の営業休止によって意外の損害を蒙ったことから、一般に「火災後休業保険」の要望が強くなったことである。(中略)当社においては昭和4年7月、該保険の事業免許を商工省に申請してあったがいまだその免許を得るに至っていない。
② 安田火災80年史(昭和43年11月)
 利益保険は、昭和14年春漸く火災保険の条項の一つとして認可され、14年12月1日から発売した。然し予想に反してこの保険は普及をみないまま、戦時体制化の簡素化の時代に入り、自然休止のかたちとなった。
③ 東京海上80年史(昭和39年4月)
 昭和13年に利益担保火災保険の引き受けを開始したが契約量は極めて少なかった。
 昭和31年約款の改定を行って積極的に引き受けを開始し、その後契約は順調な伸びを示している。
④ 住友海上100年史(平成7年1月)
 昭和13年12月利益保険の認可を受けた。

 我が国では、工場に火災保険を掛け、なお利益保険を掛けている割合は十数%以下だと思われます。火災が起こったら、事業が中断するのは必至なのですが、何故火災保険と利益保険を同時に付保しないのか。それは、火災発生時のキャシュフロー対策の重要性が多くの企業で、未だ十分に認識されていないからです。
 白木屋の火災から79年、利益保険の認可から73年、白木屋百年史の記述から54年、経っています。我が国におけるリスク発生時のキャッシュフロー対策の遅れには、絶望的にならざるを得ません。

○白木屋の火災に関する文献をご紹介頂いたのは、旧住友海上火災保険㈱情報センター長だった故植村達男さんです。 
 植村さんは昨年12月22日に逝去されました。心から哀悼の意を表します。

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東京電力の現状と将来の見通し⑤ 〜 キヤッシュフロー 〜

2011年11月20日日曜日 | ラベル: |

○計画停電の損害賠償

 「病院4団体が東京電力に計画停電の損害賠償を請求することを検討している」と産経新聞が報じています
 これがきっかけになって、計画停電の損害賠償請求が頻発すれば東京電力には新たな負担が生じます。これを政府が面倒をみる根拠はありません。6月1日の記事 「東日本大震災について思う④ 企業の損害はどうなるのか」を読み返してみて下さい。

○電力会社のキャシュフロー

平成17年(2005年)ころ、ある電力会社の知人から依頼されてその電力会社のキャッシュフローについて私見を申し述べました。当時各電力会社は、設備投資を抑制し減価償却額以内の投資を行っていて、その余剰資金と利益を外部負債の返済に充てていました。従ってキャッシュフローは安定していたのですが、私は下記のような意見を申し上げました。
 「会社が利益を挙げている上に、減価償却費を下回る固定資産取得支出が、キヤッシュフローを安定させている根本的な理由です。分析の結果では、財務活動の中身が問題となります。
  1. 御社は「銀行借入や社債による調達に問題が起こる恐れは無い」というお考えだと思います。現実にはそうでしょうが、万一問題が起こって資金調達に齟齬を来たすとどうなるかということを考えておく必要があると思います。
  2. 17年3月期末の御社(単体)の現・預金312億円は、御社の月商1、111億円の0.3ヶ月分です。コミットメントラインの状況は分かりませんが、これだけを見ればかなりの低水準です。※1
    ※1 事故に備え、平時から「月商の1ヶ月分くらいの資金」を用意しておくのは、CFO(最高財務責任者)の流動性リスクに対する経験則です。
     
  3. 資金調達は10年ものの社債・期限一括返済の長期借入ですが、これで良いのか。償還・返済期限到来時期の平準化(金利の絡みもあり難しい問題ですが)を考えるべきではないかと思います。
  4. キヤッシュフロー計算書を3期間拝見致しますと、社債増減、長期借入金増減、短期借入金増減、コマーシャルペーパー増減の傾向がバラバラです。中長期の調達(返済)方針が無く、行き当たりバッタリに資金調達をされている感があります。(恐らく財務部門には怒られるでしょう)
    社債・銀行借入に不安がないという状況では、そんなことを考えなくてもキヤッシュフローは大丈夫だと皆が思っておられるからだと考えます。
 彼は、私の意見を財務部門に話をしたそうですが、財務部門からは「わが社は銀行からお金を借りて呉れと頼まれている状況にある。そんなことは考慮する必要はない」と一笑に付されたようです。これは東京電力を分析した結果ではありません。しかし東京電力も殆ど同じ状態であったと思います。
 今、東京電力、関西電力、九州電力などの資金繰り悪化の状況が新聞紙上で報道されています。
 9月1日に、『将来起こるかもしれない色々なリスクに対し、事前に色々な対策を考えておく訓練がいざと言う場合に必ず役に立ちます。』と書きました。平成17年(2005年)ころには、一笑に付されていた電力会社の資金調達リスクが現実になっています。
 リスクファイナンスの重要性が改めて認識される事態です。電力会社に限らず多くの企業で、リスク発生時のキャッシュフロー対策は現状十分上手くいっているとは思えません。

○東京電力のキヤッシュフロー

○キヤッシュフロー実績 ①
                                         (単位 百万円)
科  目
平成 19 年度実績 平成 20 年度実績 平成 21 年度実績
現金及び現金同等物の期首残高
113,926
125,147
258,714
 
営業活動によるキャッシュ・フロー
509,890
599,144
988,271
投資活動によるキヤッシュフロー
△ 686,284
△ 655,375
△ 599,263
事業のキヤシュフロー
△ 176,394
△ 56,231
389,008
財務活動によるキヤッシュフロー
188,237
194,419
△ 495,091
当期総合キヤッシュフロー
11,843
138,188
△ 106,083
 
現金及び現金同等物の期末残高
125,147
258,714
153,117
同上 月商比
0.3 ヶ月
0.5 ヶ月
0.4 ヶ月

 東京電力も平成18年度までは、投資活動によるキヤッシュフローの金額は営業活動によるキャッシュ・フローの金額を下回り、キャッシュフローは安定していました。
 柏崎刈羽原子力発電所の災害発生後の平成19年度・20年度は、投資活動によるキヤッシュフローのマイナス金額が営業活動によるキャッシュ・フローのプラス金額を上回り、これを財務活動で補っていて、以前のような安定したキャッシュフローの状況にはなっていません。平成21年度に漸く平成18年度以前の安定したキャッシュフローの状態に戻った翌年に東日本大震災が起こりました。
 期末現・預残高は、19年度は末月商の0.3ヶ月・20年度末は0.5ヶ月・21年度末は0.4ヶ月です。コミットメントラインの状況は分かりませんが、これだけを見ればかなりの低水準です。キャッシュフローに不安を感じていなかった証拠です。以前に書きましたが、雪印乳業の事故発生直前期の期末現預残高は月商の0.3ヶ月でした。

○ キヤッシュフロー実績 ②    (単位 百万円)
科  目
平成 22年度実績
現金及び現金同等物の期首残高
153,117
 
 
営業活動によるキャッシュ・フロー
988,710
投資活動によるキヤッシュフロー
△ 791,957
事業のキヤシュフロー
196,753
財務活動によるキヤッシュフロー
1,539,579
当期総合キヤッシュフロー
1,736332
 
 
現金及び現金同等物の期末残高
2,248,290
同上 月商比
5.0  ヶ月

 平成22年度も期全体としては投資活動によるキヤッシュフローの金額は営業活動によるキャッシュ・フローの金額を下回っていて、事業のキャッシュフローは安定した形になっていました。
 しかし、3月11日の東日本大震災発生後僅か12日目の3月23日に「三井住友銀行など3メガバンクと中央三井信託銀行など4信託銀行に2兆円規模(月商の5カ月分)の緊急融資を申し込み、(雪印の場合は6月27日事故発生の3週間後に300億円〈月商の0.6カ月分〉を貸し出すと報道)、融資が実行された結果現金及び現金同等物の期末残高は、2,248,290百万円・月商の5.0ヶ月分と大幅に増加しました。この時期に巨額の融資を申し込んだ理由は外部からは窺い知れませんが、多分将来の業績、キャッシュフローについて重大な局面に至ると予測されたからだろうと推測します。
 東京電力の平成22年度期末現在、1年以内に期限が到来する固定負債は 7,748億円、平成23年度の社債償還予定額は7,479億円、計15,226億円と開示されています。社債の発行が出来ず、銀行からの資金調達が行われなければ、財務活動によるキヤッシュフローは今期中に15,226億円悪化することになります。

 ○ キヤッシュフロー実績 ③                    (単位 百万円)
科  目
平成 23 年度
第2四半期実績
平成 22 年度
第2四半期実績
前年同期比
増  減
現金及び現金同等物の期首残高
2,206,323
153,117
2,053,206
 
 
 
 
営業活動によるキャッシュ・フロー
△ 106,367
479,461
△ 585,828
投資活動によるキヤッシュフロー
△ 237,132
△ 443,437
△ 206,305
事業のキヤシュフロー
△ 343,499
36,024
△ 379,523
財務活動によるキヤッシュフロー
△ 376,164
43,274
△ 419,438
当期総合キヤッシュフロー
△ 719,663
79,298
△ 798,961
 
 
 
 
現金及び現金同等物の期末残高
1,487,627
230,809
1,256,818
同上 月商比
3.6  ヶ月
0. 5 ヶ月
2.1 ケ月

 即平成23年度上期、業績の悪化を主因に営業活動によるキャッシュフローは106,367百万円のマイナスで前年同期比585,828百万円の悪化です。投資活動は前年同期比206,305百万円減少しています。事業活動全体としては、6ヶ月で343,499百万円のマイナスです。さらに、社債償還319,960百万円を主因に財務活動によるキヤッシュフローのマイナスは376,164百万円で、全体としては6ヶ月で719,663百万円の資金が不足し、虎の子の現・預金は僅か6ヶ月で約7,200億円減少しました。
 ここで注目すべきことは、事業活動によるキャッシュフローの悪化額より、財務活動によるキャッシュフローの悪化額の方が大きいということです。キャッシュフロー計算書をみると長短借入金は49,837百万円の減少です。金融機関は期中に返済後の貸出しかなりに応じています。社債の償還がキャッシュフローの悪化に大きく影響しています。   
 世間では東京電力が債務超過になるかどうかが問題になっていますが、企業存続の条件は資金繰りです。東京電力が金融機関から借入を受けられる状態を今後とも維持出来るかどうかが課題だと思います。
 次回は、「東京電力に関する経営・財務調査委員会の報告書」や「緊急特別事業計画」などを参考にして、今後のキャッシュフローの見通しを考えたいと思います。

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東京電力の現状と将来の見通し ④ 〜 平成23年度第2四半期決算 〜

2011年11月10日木曜日 | ラベル: |

東京電力の第2四半期決算が11月4日に公表されました。
 
✩平成23年度第2四半期損益計算書 (連結)   (単位百万円)
 
平成 23 年度
平成 22 年度
前年同期
増  減
(23.4.1 - 23.9.30)
(22.4.1 - 22.9.30)
 売上高
2,502,752
2,710,744
△ 207,992
営業利益
 (同上率)
△  60,600
(△ 2.4 %)
235,808
( 8.7 %)
△ 296,408
(△ 11.1% )
経常利益又は経常損失
(同上率)
△ 105,748
(△ 4.2  %)
201,381
( 7.5 %)
△ 307,129
(△ 11.7 %) 
引当金増
466
1,752
△ 1,286
特別利益
(原子力損害賠償支援機構交付金)
(有価証券売却益)
568,179
 
( 543,638 )
( 24,541 )
 
568,179
 
( 543,638 )
 ( 24,541 )
特別損失
( 災害特別損失 )
(資産除去債務会計基準適用に伴う適用額)
(原子力損害賠償費)
1,075,936 
(185,028)
 
  -
( 890,978 )
57,189
 -

( 57,189 )
   -
10,198747
( 185,028 )
 
(△ 57,189 )
( 890,978 )
当期純利益又は純損失
 (同上率)
 △ 627,299
(△ 25.1 %)
92,288
( 3.4 %)
△ 719,587
(△ 28.5 %)
 月  商
417,125
451,791
 △ 34,666

売上は2,07,992百万円減(7.7%減)の2,502,752百万円です。人件費、修繕費は減少したものの、燃料費の増加を主因に営業利益、経常利益とも大幅な赤字になりました。特別損失は災害特別損失185,028百万円、原子力損害賠償費890,978百万円、計1,075,936百万円を計上し、原子力損害賠償支援機構交付金543,638百万円*1、有価証券売却益24,541百万円を差し引いても当期純損失は613,971百万円の巨額になりました。

*1 東京電力は10月28日付けで原子力損害賠償支援機構法第41条第1項の規定に基づく資金援助の申請を行い、同時に機構と共同して主務大臣に対して特別事業計画の認定を申請し、11月4日に特別事業計画が主務大臣の認定を受けたと公表しています。
 第24半期には9月30日に原子力損害賠償支援機構に要賠償額の見通し額663,638百万円の支援を要請し、補償金受入れ額1200億円を控除した543,638百万円を未収原子力損害賠償支援機構交付金として計上しています。

 その後今期の要賠償見通し額を1兆109億8百万円と算定、補償金受入れ額1200億円を差し引いた8,909億8百万円の資金の交付が11月4日確定したと公表しました。
今後損害賠償支払額は増加するかも知れませんが、確定したところでは今期は1兆109億8百万円の賠償金が支払われることになります。事務処理は可能なのか。金額はこれで十分なのか。

 中間決算の結果、平成23年9月末の自己資本は期初比638,949百万円減少し、963,529百万円になりました。世間では債務超過になるかどうかが問題になっています。後にまた述べますが企業存続の条件は資金繰りです。東証上場廃止基準では連結で1年以上債務超過状態が継続すれば上場廃止です。債務超過になっても企業は存続します。

 平成24年3月期の業績の予想も発表されました。それに基いて、一部推測を加え、下期の業績見通しを逆算して見ました。
 東京電力は11月1日のプレスリリースで、今冬の需給見通しについて「今冬は安定供給を確保できる見通しですが、電源の計画外停止や急激な気温の変化による需要増加の可能性もあることから、お客さまにおかれましては、無理のない範囲での節電へのご協力をお願いいたします。」と言っています。下期は前年同期比101,504百万円(3.6%)の売上増の計画です。東北電力、関西電力、九州電力などで供給不安が論じられている中で東京電力だけが売上を増やせるのでしょうか。
 一方事業の損益は益々悪化する予想です。下期経常損失は294,252百万円とされています。原子力損害賠償支援機構交付金347,270百万円の追加計上で下期は27,299百万円の利益を計上する見込みですが、それでも通期で6,000億円の損失となります。
 売上未達の可能性、原子力損害の賠償に関する事務処理費用の増加・福島第一原子力発電所の事故処理費用などを考えれば、損益の見通しは依然暗澹たるものがあります。果たして下期この計画通りに行くのか。

✩業績の見通し                                     (単位百万円)
  成 22 年度実績 平成 23 年度
上期実績
平成 23 年度
下期見込み
平成 2 3年度見込み
(22.4.1 - 23.3.31) (23.4.1 - 23.9.30) (23.10.1 - 24.3.31) (23.4.1 - 24.3.31)
売上高
5,368,536
2,502,752
2,812,248
前年同期比
(+ 101,504 )
5,315,000
営業利益
 (同上率)
399,624
(7 .4 %)
 △  60,600
(△ 2.4 %)
△ 244,400
(△ 8.7 %)
△ 305,000
(△ 5.7 %)
経常利益又
は経常損失
(同上率)
 
317.,696
( 5.9 %)
 
 △ 105,748
(△ 4.2  %)
 
 △ 294,252
(△ 10.5 %)
 
△ 400,000
(△ 7.5 %)
引当金増他
13,794
13,794
特別利益
(原子力損害賠償支援機構交付金)
(有価証券売却益)
 
568,179
 
 ( 543,638 )
  ( 24,541 )
347,270
 
( 347,270 )
 ―
915,449
 
( 890,908 )
( 24,541 )
特別損失
( 内災害特別損失 )
(原子力損害賠償費)
1,077,685
(1,020,496)
1,075,936 、
(185,028)
( 890,908 )
25,719
( 25,719 )
1,101,655
(210,747)
( 890,908 )
当期純利益
又は純損失
 (同上率)
 
△ 1,247,348
(△ 23.2 %)

△ 627,299
(△ 25.1 %)
 
27,299
( 1.0 %)
 
△ 600,000
(△ 11.3 %)
  月  商
447,378
417,125
468,708
442,917

 今回から東京電力のキャッシュフローについて考える予定でしたが第2四半期中間報告書と今期業績見通しの検討で紙数が尽きてしまいました。


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東京電力の現状と将来の見通し ③ 〜 福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害の賠償について 〜

2011年11月1日火曜日 | ラベル: |

 東京電力の「福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害の賠償」について考えて見たいと思います。
 先ず、根本は下記の規定です。
「原子力損害の賠償に関する法律」(以下原賠法と言う)
第三条  「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。
 今回の事故の原因となった、東日本大震災とその結果の津波が「異常に巨大な天災地変」だったのかについては、当初東京電力、財界からは「想定外」で「異常に巨大な天災地変」だと言う主張がなされましたが、結局主張は通らず、「損害賠償は第一義的に東京電力の負担」ということになりました。この場合は下記条項が適用されます。 
「原賠法 第十六条」
 政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(外国原子力船に係る原子力事業者を除く。)が第三条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額*1をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。
2 前項の援助は、国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内において行なうものとする。
*1 第七条(抜粋) 一事業所当たり1,200億円(以下「賠償措置額」という。)を原子力損害の賠償に充てることができる。

 東京電力は既に国に対して1200億円の請求をしています。然しこの金額では賠償金額には到底足りません。そこで「原賠法」第十六条の規定に基づき国の支援の枠組みの策定を要請し、平成23年8月3日に「原子力損害賠償支援機構法(以下〈機構法〉という)」が成立し、東京電力は原子力の損害賠償にあたり国の支援を受けることになりました。
 他方、「原子力損害賠償紛争審査会」が設立され、4月15日に第1回会合が行われ、10月20日には第15回会合が開催されています。10月20日以降は「原子力損害賠償紛争審査会」の議事録・資料を一生懸命読みました。
 「原子力損害賠償紛争審査会」は8月5日「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」(以下〈中間指針〉と言う)を公表しました。

 中間指針には「平成23年3月11日に発生した東京電力株式会社福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所における事故(以下〈本件事故〉と言う。)は、広範囲にわたる放射性物質の放出をもたらした上、更に深刻な事態を惹起しかねない危険を生じさせた。このため、政府による避難、屋内退避の指示などにより、指示等の対象となった住民だけでも十数万人規模にも上り、あるいは、多くの事業者が、生産及び営業を含めた事業活動の断念を余儀なくされるなど、福島県のみならず周辺の各県も含めた広範囲に影響を及ぼす事態に至った。これら周辺の住民及び事業者らの被害は、その規模、範囲等において未曾有のものである。」と記述されています。
 4月に第一次指針、5月に第二次指針、6月に第二次指針追補が決定・公表されていますが、中間指針には、第一次指針及び第二次指針(追補を含む。以下同じ。)で既に決定・公表した内容にその後の検討事項を加え、賠償すべき損害と認められる一定の範囲の損害類型が示されています。

【損害類型】
1)政府による避難等の指示等に係る損害
[損害項目]
1 検査費用(人)、2 避難費用、 3 一時立入費用、 4 帰宅費用、5 生命・身体的損害、6 精神的損害、7 営業損害、8 就労不能等に伴う損害、9 検査費用(物)、10 財物価値の喪失又は減少等
2) 政府による航行危険区域等及び飛行禁止区域の設定に係る損害
[損害項目]
1 営業損害、2 就労不能等に伴う損害、
3)政府等による農林水産物等の出荷制限指示等に係る損害
[損害項目]
1 営業損害、2就労不能等に伴う損害、3 検査費用(物)
4)その他の政府指示等に係る損害について
[損害項目]
1 営業損害、2 就労不能等に伴う損害、3 検査費用(物)
5)いわゆる風評被害
1 一般的基準、2 農林漁業・食品産業の風評被害、3 観光業の風評被害、4 製造業、サービス業等の風評被害、5 輸出に係る風評被害
6)いわゆる間接被害
7) 放射線被曝による損害について
8) その他
1 被害者への各種給付金等と損害賠償金との調整について
2 地方公共団体等の財産的損害等

これらの損害類型の中身を議論すれば、紙数が幾らあっても足りないくらいです。
「原子力損害賠償紛争審査会」の議事録では、論点の整理として、
  1. 本件事故と相当因果関係のある損害、すなわち社会通念上当該事故から当該損害が生じるのが合理的かつ相当であると判断される範囲のものが原子力損害に含まれる。
  2. JCO事故を参考としつつ、本件事故特有の事情を十分考慮する。 
  3. 地震・津波による損害は賠償の対象とはならないが、原子力損害との区別が判然としない場合には、合理的な範囲で、特定の損害が原子力損害に該当するか否か及びその損害額の推認をすることが考えられる。 
  4. 膨大な被害者に対する迅速な救済が求められるため、合理的な範囲で証明の程度の緩和、客観的な統計データ等による合理的な算定方法等により、一定額の賠償を認めることが考えられる。 
  5. 請求金額の一部の前払いなど、東京電力の合理的かつ柔軟な対応が求められる。
対象区域は、
1 避難区域(警戒区域)、屋内退避区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域、特定避難勧奨地点及び一部の地方公共団体が住民に一時避難を要請した区域
としています。
 また中間指針の項目には「自主的避難者の損害」が対象に入っていないので、目下問題になっています。
 詳しくは「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」を読んで下さい。
 被害者と東京電力の間で合意が成立しない場合は、「原子力損害賠償紛争解決センター」が設立されていて公的機関が和解の仲介をします。それでも上手く行かなければ裁判で争うことになります。企業の損害特に風評被害・間接損害等に関して合意は容易ではないと思います。訴訟が多発すれば、東京電力の訴訟対応の人員(含む弁護士)や費用が益々増大します。
 東京電力は当面員約6,500 名規模、年内にはグループ社員約3,700 名を含む約9,000 名規模の体制で対応する計画ですが、前述のように、多数の人を相手に、数多くの損害の処理をするのに、人海戦術だけで上手く処理出来るのか。「交通事故の示談でさえ加害側から『これでどうでしょうか?』と示談を持ってくるのに、東京電力は被害住民が書類を出さないとカネを出さない。」と言う弁護士さんの意見もあります。要求通りに支払いをしなければ被害者は満足しない。また速やかに支払わなければ、東京電力に対する世の中の評価は益々低下します。然し東京電力としては、野放図に支払いをする訳にはいきせん。損害賠償に関する部分の資金繰りもあり、このあたりはは極めて難しいところだと思います。
 「その規模、範囲等において未曾有の規模」の「福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害の賠償」は、件数、期間、賠償金額、事務処理のボリューム・費用等において想像を絶するものであります。本体の損益の悪化・事業継続が可能かの問題に加え、長期間に亙り東京電力に多大な悪影響を与え続けるものと考えます。
 賠償金について、政府の支援により当面は業績・キャッシュフローに影響がなくても、その後政府に支払う負担金は長期間東京電力の業績・キャッシュフローに悪影響を与えることになります。
 11月上旬には東京電力の2011年度中間報告書が公表され、また国の支援を受けるために10月28日に提出した「特別事業計画」の内容は、主務大臣による認定を受け次第公表されると思われます。11月中には同社の今期損益の見通しについて、更に詳しく考えることが出来るようになると思います。判明次第ご報告致します。
 次回からはキャッシュフローの検討に移りたいと思います。

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東京電力の現状と将来の見通し②

2011年10月20日木曜日 | ラベル: |

 10月10日以降「東京電力に関する経営・財務調査委員会の報告書」(以下報告書と言います)を一生懸命読みました。
 【経営・財務調査の目的は、「国民負担の最小化」であるが、それは短期的な問題のみではなく、「損害賠償」に関わる問題が長くて時間のかかる問題であることを踏まえて長期的な視点が必要である。】と言うことなので、短期的な見通しに関しては報告書にはあまり書かれていません。
 報告書によれば、東京電力における平成22年度の経費の構成は、買電・燃料調達が42.1%、資財・役務調達が26.6%、人件費は8.5%、その他22.8%となっています。
 燃料費は長期契約が多く減額は困難とされています。
 人件費はウエイトが低いので削減しても大きな金額にはなりません。今年度は管理職給与25%減、一般職給与20%減、賞与は50%減となっています。役員報酬については、経営責任を明確化する観点から、代表取締役は4 月支給分について50%、5 月以降支給分については100%、常務取締役は4 月支給分については50%、5 月支給分以降については60%、執行役員は4 月支給分から40%返上の減額措置を行っています。また、退職金制度・健康保険料負担・財形利子補給・持株奨励金などについても報告書で触れられています。人員削減にいては方向性は妥当だとされていますが、当面福島原子力発電所の原子力損害賠償体制確立に社員約3,000 名を含む6,500 名規模、年内にはグループ社員約3,700 名を含む約9,000 名規模の体制とする方向で検討しているので人員削減の実施は先になると思われます。
 報告書では調達改革・資材役務コストの検討について種々改善策が述べられています。
 当面の経費削減については、東京電力の合理化計画では5,034億円の削減を見込んでいますが、過年度対比の削減額では無く、今年度予算対比の削減額に過ぎず、本来の合理化努力の結果とは言えないとして、この部分は1,867億円の削減に過ぎないとされ、経営・財務調査委員会は更に吟味して、2,918億円の削減と査定しています。
 報告書では、保有不動産については900件2,472億円売却可能。有価証券は3年間で315件3,301億円(東電計画は2,700億円〈売却益は現状出ていません。〉)売却可能。事業・関係会社は46社1,201億円売却可能としています。売却可能額合計8,473億円は後で触れるキャッシュフローの改善には役立ちますが、損益にはあまり影響しないと思われます。
 原子炉の廃炉費用については、平成23 年3 月期において災害損失引当金4,250 億円及び資産除去債務1,867 億円を計上、平成24 年3 月期第1四半期に廃炉費用 693 億円を追加計上しています。報告書は更に4,700 億円*1(推定値を含む概算金額)を追加計上させる必要があるとしこれを含めた総計1 兆1,510 億円が、現時点で見積もられた1 号機から4 号機の廃炉費用だとしています。
 報告書は、「廃炉費用が数兆円規模に達するとの各種報道がなされているが、これらの金額には他者への損害賠償に関する費用が含まれるケース、あるいはマクロ経済的観点からの推計であるようなケースも存在し、財務諸表に計上される負債の測定に使用するには目的適合性を欠いている。」と記述しています。

なお、5 号機及び6 号機の今後の取り扱いは未定で、廃炉の意思決定は行われていませんが、5 号機及び6 号機に関する資産の減損及び関連損失の引当 1,646億円、加工中等核燃料に係る評価損 87億円合計 1,733億円の計上が必要だとしています。
 *1:①原子炉処理の残余期間において、追加費用が発生する可能性がある。900億円
    ②(中期的課題に係る費用)3.800億円
    (ⅰ)多量の汚染水処理
    (ⅱ)損傷した原子炉建屋の修復等
    (ⅲ)原子炉建屋内の除染
    (ⅳ)原子炉内核燃料の取出しに関する研究開発費
      東電は、平成24 年から32 年までの9 年間の研究開発費用を事
      業計画に計上することを想定している。
    (ⅴ)使用済燃料プール内の核燃料の取出し
    (ⅵ)原子炉内核燃料の取出し費用(合理化効果の見直し)

 報告書では、年間2,918億円の経費削減と第2四半期以降更に4,700 億円+1,733億円の損害に対する引当を計上すべきとしていますが、今期の損益がどうなるかについての記述はありません。報告書の中身から今期の業績の予測をすることは無理だと思われます。

 報告書には、「東電は、①電力の安定供給のため、被災設備の復旧や新規電源の確保などに取り組んでいるものの、化石燃料の占める割合の増加等による燃料費の高騰により追加で1兆円程度の資金が必要となること、②本年度、社債・借入金の7,500 億円の償還・返済が予定されており、資金面で早晩立ち行かなくなり、損害賠償に影響を与えるおそれがあることから、「原子力損害の賠償に関する法律」(以下「原賠法」という。)第16 条に基づく国の支援の枠組みの策定を要請した。」と記載されています。
 また、東京電力の平成23年度第1四半期報告書にも、「原子力損害賠償支援機構法(以下「機構法」という)」が平成23年8月3日に成立し、機構法では、新設される原子力損害賠償支援機構(以下「機構」という)が、原子力損害の賠償の迅速かつ適切な実施等のため、当社に対し必要な資金の援助を行うこととされている。また、電気の安定供給の維持等を考慮し、当社は機構に対し収支の状況に照らし設定される特別な負担金を支払うこととされている。当社は徹底した経営合理化による費用削減や資金確保に取り組み、この法律に基づく支援を受けて賠償責任を果たしていく予定である。しかし、機構の具体的な運用等については今後の検討に委ねられている。」と記述されています。
 
 機構法第69条は「2 原子力事業者が第四十五条第一項の認定を受けたときは、その特別資金援助(第四十一条第一項第一号*2に掲げる措置に限る。)による収益の額については、機構から交付を受けた資金の額を当該交付を受けた日の属する事業年度の所得の金額又は連結事業年度の連結所得の金額の計算上、益金の額に算入する。」と規定しています。
 10月18日の日本経済新聞4面には「国債を原資とした資金援助を受けた場合、会計上は交付金として特別利益に計上出来る」と報じられていますから、福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害の賠償は、当面の東京電力の業績・キャッシュフローには影響を与えないことになるものと思われます。然し、前回も書きましたように、事業の損益の悪化に加え、原子力損害の賠償に関する事務処理費用・福島第一原子力発電所の事故処理・廃炉費用等を考えれば、今期の東京電力の損益の見通しは極めて厳しいと思います。

*2:第四十一条 原子力事業者は、賠償法第三条の規定により当該原子力事業者が損害を賠償する責めに任ずべき額(以下この条及び第四十三条第一項において「要賠償額」という。)が賠償措置額を超えると見込まれる場合には、機構が、原子力損害の賠償の迅速かつ適切な実施及び電気の安定供給その他の原子炉の運転等に係る事業の円滑な運営の確保に資するため、次に掲げる措置(以下「資金援助」という。)を行うことを、機構に申し込むことができる。
一、当該原子力事業者に対し、要賠償額から賠償措置額を控除した額を限度として、損害賠償の履行に充てるための資金を交付すること(以下「資金交付」という。)。


次回は「福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害の賠償」に関して考えて見たいと思います。

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東京電力の現状と将来の見通し①

2011年10月10日月曜日 | ラベル: |

 私は1961年10月10日に学士会館で結婚式を挙げました。それから50年は夢のように過ぎ去りました。
 今日は家族でお茶ノ水駅前の『ビストロ備前』に行き、記念の食事をしました。
『ビストロ備前』は銀行勤務時代のお得意様が経営されているお店です。人間国宝藤原雄さんご一門の備前焼の器でフランス料理をというコンセプトのお店で、創業当初から28年間お邪魔しています。開店以来のシェフの安達実さんも名誉総料理長としてご健在です。
 http://www.bistrobizen.com/

 閑話休題、平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災後の東京電力の状況について、キャッシュフロー・リスクマネジメントの視点から考えてみたいと思います。 

 東京電力の経費削減や財務内容を調査する「東京電力に関する経営・財務調査委員会」は10月3日報告書を野田首相に提出しました。10月4日の日本経済新聞3面には「東電、資金確保へ正念場」と言う見出しが踊っています。同委員会の第3回議事要旨(平成23 年7月28 日)には、調査の方向性に関して「東京電力のグループ全体を調査対象とし、聖域を設けることなく、またいかなる予断も持たずにキャッシュフロー重視の調査を実施すべき」だと書かれています。その結果キャッシュフロー分析に重きを置いた報告書になったのだと思われます。
 従来から、①各種事故・災害・パンデミック・経済環境の激変等は最終的に企業にキャッシュフローの悪化をもたらす。②各種事故・災害発生後・パンデミック・経済環境激変時の事業継続については、色々な側面があるが、最後の決め手は「キャッシュフロー」・「お金が回るかである。」と主張している私としては、将に我が意を得たりの思いです。
 何回かに分けて東京電力の現状と将来について、公開の財務データと同委員会報告書の内容に基づき考えて見たいと思います。

○業 績
 公開の財務データで業績を振り返って見ましょう。
✩損益計算書                                    (単位百万円)
 
平成 19 年度
実績
平成 20 年度
実績
平成 21 年度
実績
平成 22 年度
実績
(19.4.1 - 20.3.31)
(20.4.1 - 21.3.31)
(21.4.1 - 22.3.31)
(22.4.1 - 23.3.31)
 
5,479,380
5,887,576
5,016,257
5,368,536
営業利益
(同上率)
310,852
(5.7 %)
66,935
(1.1 %)
284,443
(5.7 %)
399,624
(7.4 %)
経常利益又は経常損失
(同上率)
33,132
(0.6 %)
△ 34,648
(△ 0.6 %)
204,340
(4.1 %)
317.,696
(5.9 %)
特別損失
( 内災害特別損失 )
269,288
(191,586)
68,811
( 56,302)

1,077,685
(1,020,496)
当期純利益又は純損失
(同上率)
△ 150,108
(△  2.7 %)
△ 84,518
(△ 1.4 %)
133.755
( 2.7 %)
△ 1,247,348
(△ 23.2 %)
月  商
456,615
490,631
418,021
447,378

 平成19年7月16日の新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原子力発電所の災害特別損失を計上した平成19年度・平成20年度は何れも当期純損失となり、燃料費の高騰により平成20年度は経常純損失を計上しています。
 平成21年度は原油価格の下落による燃料費の減少を主因に営業利益・経常利益ともに前期より著しく改善した上、柏崎刈羽原子力発電所の災害特別損失が無くなったので、純損益が黒字に転換しました。
 平成22年度は、営業利益・経常利益ともに平成21年度よりさらに改善していたのですが、3月11日の東日本大震災による資産の復旧費用・損失等の特別損失を計上したため、大幅な純損失を計上しました。

✩平成23年度第1四半期損益計算書              (単位百万円)
 
平成 23 年度
平成 22 年度
前年同期比増  減
(23.4.1 - 23.6.30)
(22.4.1 - 22.6.30)
 売上高
1,133,115
1,221,637
△ 88,522
営業利益
(同上率)
△ 52,047
(△ 4.6 %)
62,882
( 5.1 %)
△ 114,869
(△ 9.7 %)
経常利益又は経常損失
(同上率)
 △ 62,763
(△  5.5 %)
49,446
( 4.0 %)
 △ 112,209
(△ 9.5 %) 
特別損失
( 内災害特別損失 )
(原子力損害賠償費)
503,257
(105,548) *1
( 397,709 ) *2
57,189

446,068
( 105,548 )
( 397,709 ) 
当期純利益又は純損失
(同上率)
△ 571,759
(△  50.5 %)
△ 5,445
(△ 0.4 %)
△ 566,314
(△ 50.1 %)
 月  商
377,705
407,212
 △ 29,507

 平成23年度第1四半期の損益は、営業利益・経常利益段階ともに大幅に悪化しました。
 事業会社に取って売上の増大は必須の重要事項ですが、政府は夏場の電力の安定供給のため電力使用制限令に基づき節電→売上の低下を大口需要家に義務づけ、電力の消費量(売上)が少なくなると世間が安心すると言う奇妙な状態になりました。
 売上は前年同期比88,522百万円減少、前年同期の92.8%(7.2%減)です。経費は燃料費の増加を主因に26,347百万円増加したので、営業損失は52,047百万円となりました。更に災害特別損失・原子力損害賠償費の計上により、571,759百万円の純損失を計上しました。恐るべき業績の悪化です。

*1 災害特別損失
東北地方太平洋沖地震により被災した資産の復旧等に要する費用または損失について、災害特別損失として、1,055億円(単独では1,053億円)計上。

*2 原子力損害賠償費

東北地方太平洋沖地震により被災した福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害の賠償について、原子力損害賠償紛争審査会の定める「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」を踏まえた見積額を、原子力損害賠償費として、3,977億円計上。

○業績の見通し
 9月9日の日本経済新聞の1面では、東京電力の今夏の電力需要抑制実績は平日のピーク時で前年比21.9%のマイナスと報じられています。普通の事業会社だったら大変な事態です。
 第2四半期の業績はまだ判りませんが、引続く大幅な売上減による固定費負担の増大、火力発電シフトによる燃料費の増大、さらに老朽火力発電所の再稼働等々で事業の損益は悪化するばかりだと思います。秋になり、一時節電の緩和→売上増は当然の策ですが、今後も一歩誤まれば大停電のリスクが生じます。冬場になればまた綱渡りの再開だと思います。
 仮に原子力損害の賠償費用が当面の損益に影響しなくても、事業の損益の悪化に加え、原子力損害の賠償に関する事務処理費用・福島第一原子力発電所の事故処理費用を考えれば、損益の見通しは暗澹たるものがあります。

○福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害の賠償
 東京電力の平成23年度第1四半期報告書には、
「原子力損害賠償支援機構法(以下「機構法」という)」が平成23年8月3日に成立し、機構法では、新設される原子力損害賠償支援機構(以下「機構」という)が、原子力損害の賠償の迅速かつ適切な実施等のため、当社に対し必要な資金の援助を行うこととされている。また、電気の安定供給の維持等を考慮し、当社は機構に対し収支の状況に照らし設定される特別な負担金を支払うこととされている。当社は徹底した経営合理化による費用削減や資金確保に取り組み、この法律に基づく支援を受けて賠償責任を果たしていく予定である。しかし、機構の具体的な運用等については今後の検討に委ねられている。」
と記述されていて、福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害の賠償が東京電力の業績・キャッシュフローに与える影響は未だ判然としません。

 次回は「東京電力に関する経営・財務調査委員会報告書」の記述を基に今後の業績の見通しについて考えてみたいと思います。


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オペラとリスクマネジメント ~警察と消防の組織の違い~

2011年10月1日土曜日 | ラベル: |

 6月30日の「大賀典雄様を悼む」の記事で、「私はオペラの団体『東京二期会』の監事をしています」と書きました。
 オペラとリスクマネジメントですが、上演中のリスクは避けられません。例えば、上野の東京文化会館はお客様が2,500人入ります。二期会が1演目4回公演を行うと10,000人のお客様が来場されます。事務局に聞くと、公演ごとにかなりの確率で急病人が発生するそうです。上演中に如何にスムーズに急病人を座席から救急車に運ぶか。
 爆破予告があったらどう対処するか(幸い二期会ではありませんが、他の都市の施設では例があります)。地震が発生したらどうするか。等々です。


 上記の標識は誘導灯といいますが、ご存知だと思います。オペラ上演中(映画上映中、演劇上演中も同じですが)場内の誘導灯が消えることにお気づきでしょうか。
 誘導灯は消防法施行令第26条で「誘導灯及び誘導標識の基準」に適合する誘導灯を常時規定の明るさで点灯していなければならないのに、何故上演中に誘導灯を消せるのか。
劇場、映画館等の防火対象物で、通常の使用形態で暗さが要求される部分の誘導灯は、消防庁の通知により、一定の場合に誘導灯を消灯することが出来ます。

○誘導灯を消灯することができる場所
 防火対象物又はその部分のうち、次の1 又は2 に該当する場所(以下「対象場所」という。)であること。
1. 特に暗さが必要とされる場所通常予想される使用状態において、映像等による視覚効果、演出効果上、特に暗さが必要とされる次に掲げる場所であって、各々の場所に応じ、特に暗さが必要とされる使用状態にあるものであること。
(1)  略
(2) 劇場、映画館、プラネタリウム等の用に供される部分など一定時間継続して暗さが必要とされる場所
当該部分における消灯は、映画館における上映時間中、劇場における上演中など当該部分が特に暗さが必要とされる状態で使用されている時間内に限り行うことができる。

 法律上は、演出効果上特に暗さが必要とされると表現されていますが、オペラを上演する側としては、「舞台は時間・空間が異なった世界なので、上演中に誘導灯が点灯していると、現実の空間が場内に残ってしまうので消す必要がある。」と言う理屈になります。

 上野の東京文化会館などは、「公立文化施設」と総称されます。社団法人全国公立文化施設協会から「公立文化施設の危機管理╱リスクマネジメントガイドブック」が公表されています。
http://www.zenkoubun.jp/riskmanagement/index.html
 私は二期会の監事になった後に、ご縁があって第1次の「公立文化施設の危機管理ガイドブック」の策定に関与しました。策定の過程で痛感したことは、わが国における警察と消防の組織の違いです。
 戦前、内務省は警察・地方行政など内政全般を管轄する強大な権力を持った中央官庁で、国内の治安の維持も担当していました(悪名高い治安維持法も内務省のマターでした)。敗戦後占領軍の指示で内務省は陸・海軍とともに解体されました。(私事で恐縮ですが、私の父は内務省の官吏だったので戦後公職追放になり職を失いました。)
 敗戦前、警察の組織は中央は内務省警保局、地方は知事によって管理運営されていました。戦後国家地方警察と市町村自治体警察の二本立ての制度となり、その後、昭和29年に警察法が全面的に改正されて、警察運営の単位が都道府県警察に一元化され、警察庁(長は警察庁長官)は、広域組織犯罪に対処するための警察の態勢、犯罪鑑識、犯罪統計等警察庁の所管業務について都道府県警察を指揮監督しています。
 一方、消防は全国807本部、職員約16万人、団員約90万人を擁し、 市町村により運営されています。消防庁は自治体消防への直接的な指揮権はなく、助言や指導に止まっています。消防と警察の組織上の大きな違いです
 問題は、大規模な事故・災害発生時に警察・消防が一体となって広域に対処する必要が生じた場合、組織・権限の異なる二つの組織が協力して、十分に対応出来るかと言うことです。
 現状上手く行っていないと言う訳ではありませんが、消防は広域な事故・災害発生時に組織的に動けるだろうかと言う疑問が残ります。消防庁に広域な事故・災害発生時の指揮権を与えなくていいのか。消防の組織も警察に準じて改変すべきではないかということを痛感しました。
 例えば、日本海沿岸の地方で大規模なテロが発生したような場合、警察は全国的規模で対応出来ますが、救助を担当する地方の消防がそのような事態に十分に対応出来るのか。戦後60年以上を経過しても問題は未解決のままです。消防の組織について国家のリスクマネジメントの見地から再検討が必要だと私は思います。
 今回はオペラから消防の組織へと議論が飛躍してしましました。


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東日本大震災について思う ⑦ 〜通商白書による東日本大震災の分析〜

2011年9月20日火曜日 | ラベル: |

 経済産業研究所のBBLセミナーで、経済産業省 経済産業政策局 企画調査室 関口訓央氏の: 「東日本大震災から垣間見える我が国と世界の通商・経済関係 (『平成23年版 通商白書』 第4章)」のお話をお聞きしました。
 『平成23年版 通商白書』 第4章の主な目的は、「震災による我が国の自動車部品の生産等への被害が、グローバルサプライチェーンに影響を与えた要因の分析を通じて、我が国経済が海外経済との結びつきを更に強めている実態を指摘する」と言うことです。


1. 震災前後の我が国の生産・輸出の概況

① 生産の状況
 東日本大震災により、被災地域の製造拠点の生産が停止し、また電力不足の解消のために東北地域、関東地域において計画停電が行われ、我が国の生産活動に大きな影響を及ぼしました。2011 年3 月の我が国の鉱工業生産は鉱工業全体で前月比(季節調整済、以下同じ。)が15.5%減と1995 年の阪神淡路大震災(2.6%減)や2008 年の世界経済危機(最大で8.6%減)を超え、比較可能な1953 年2 月以来最大の落ち込みとなりました。

 ○全国の業種別生産動向(2011年3月・4月・5月) 


業  種
3  月
4   月
5  月
寄与度
(%)
前月比
(%)
寄与度
(%)
前月比
(%)
寄与度
(%)
前月比
(%)
鉱工業全体 -15.5 % - 15.5% 1.6% 1.6% 6.2% 6.2%
輸送機械工業
(内 乗用車)
 (自動車部品)
-8.0%
-4.8%
-2.1%
-46.7%
-54.2%
-42.1%
-0.2%
-0.5%
-0.0%
-1.9 %
-9.9%
-0.3%
3.8%
2.5%
0.6 %
36.6 %
59.5%
17.2%
一般機械工業 -1.8% -14.5% 1.5% 12.0% 0.8% 5.6%
電子部品・デバイス工業
( 内  IC 〈集積回路〉 )
-0.7%
-0.5%
-46.7%
-11.7%
-1.5%
-0.5%
-12.6%
-12.5%
1.5%
-0.1%
5.6%
-0.6%
食料品・たばこ工業 -0.7% -8.7% 0.6% 7.1% 0.1% 1.0%
金属製品工業 -0.5% -10.7% 0.1% 2.1% 0.2% 3.4%
化学工業 -0.3% -2.3% 0.0% -0.1% 1.4% 11.0%
パルプ・紙・紙加工品工業 -0.2% -8.3% -0.0% -0.4% -0.0% -1.5%
その他工業 -0.5% -9.4% 0.3% 6.1% 0.0% 0.5%

 業種としては、乗用車や自動車部品を含む輸送機械工業が前月比46.7%減(内乗用車は同54.2%減、自動車部品は同42.1%減)となり、全業種のうちで最大のマイナス寄与となりました。また、生産の水準を時系列でみても、輸送機械工業の2011 年3 月、4 月の生産は、世界経済危機の直後に記録した近年の最低水準をさらに下回る水準にまで低下しました。なお、全般的に2011 年4 月以降の生産では、一般機械工業をはじめとして回復傾向を示しており、先行きはさらに回復が見込まれています。
 
○被災地域等の震災後の鉱工業生産(主な業種別)の動向
 
業  種
   3  月   4   月    5  月
寄与度
(%)
前月比
 (%)
寄与度 
(%)
前月比
 (%)
寄与度
(%)
前月比
 (%)
鉱工業全体 -35.1 % - 35.1% 11.0% 11.0% 13.7% 13.7%
電子部品・デバイス工業
( 内  IC 〈集積回路〉 )
-6.3%
-2.4%
-26.2%
-26.3%
2.9%
0.9%
10.8%
8.2%
1.5%
0.1%
5.6%
0.6%
化学工業 -4.0% -45.6% 2.1% 28.7% 0.2% 2.5%
食料品・たばこ工業 -3.5% -38.0% -0.5% -5.2% 2.9% 38.9%
輸送機械工業
( 内 乗用車)
(自動車部品)
-3.3%
-1.5%
-1.6%
-44.4%
-56.5%
-36.7%
-1.2%
-1.0%
-0.3%
-18.5 %
-55.4%
-6.4%
2.4%
1.1%
1.2 %
51.9 %
159.0%
33.9%
一般機械工業 -2.8% -28.0% 2.7% 24.5% 0.9% 7.4%
その他工業 -2.1% -40.2% 1.3% 27.2% 0.9% 17.4%
パルプ・紙・紙加工品工業 -2.0% -59.6% -0.9% -41.1% 0.7% 62.3 %
金属製品工業 -2.0% -44.6% 0.7% 18.8% 1.5% 36.3%

被災地域等の業種別生産増減の状況と全国ベースの業種別生産増減の状況は異なっています。最後に書きましたが、サプライチェーンへの影響を良く分析すべきです。

② 輸出の動向

○ 震災前後の我が国の輸出の概況
2011 年 1  月 2   月 3   月 4   月
全 世 界 1.4 % 9.0 % -2.3 % -12.4 %
中   国 0.9 % 29.1 % 3.7 % -6.8 %
米   国 6.0 % 2.0 % -3.5 % -23.3 %
Eu 27 -0.7 % 12.7 % 4.2 % -10.7 %
○数値は、前年同月比。  資料:財務省「貿易統計」から作成。

 本震災前の2010 年の我が国の輸出状況は、世界経済危機により大幅に減少した2009 年の輸出から一転し、回復軌道に乗っていました。今年に入ってからも、2011 年1 月・2 月の輸出は、一般機械や電気機器を中心に高い伸びを記録していました。直前の2011 年3 月上旬の輸出は前年同期比で14.8%の増加となっていました。こうした状況下で本震災に見舞われたことにより、2011 年3 月の輸出は前年同月比で2.3%減(季節調整済み前月比7.7%減)となりました。特に、輸送用機器については前年同月比19.1%減(うち、自動車部品は同5.0%減)となり、全品目のうち最大のマイナス寄与となりました。同様に2011 年4 月も全体で同12.4%減となりましたが、輸送用機器が同43.2%減(うち、自動車部品は同14.8%減)とさらに大きく減少し、やはり全品目のうちで最大のマイナス寄与となっています。
その他、電子部品であるIC の落ち込みも大でした。
なお、被災地域等に所在する港からの輸出も激減しています。
 本大震災直後の生産や輸出で最大の影響があった産業は輸送用機器産業でしたが、このうち自動車部品の生産停滞の影響は、グローバルサプライチェーンを通じて海外の生産にも影響を与えることとなり、例えば、我が国からの自動車部品の輸出減少により、米国の2011 年4 月の自動車・部品生産は、前月比(季節調整済)8.9%減と大きく減少しました。
 被災地域からの「間接輸出」を考慮すると、東北地域は関東地域に自動車部品を大量に中間投入している関係上、グローバルサプライチェーンに与える影響はより大きいものとなりました。
 本大地震の結果サプライチェーンは、実際にはピラミッド型でなく樽型・ダイヤモンド型だったことが判り、またグローバルサプライチェーンの可視化にも貢献したと言われています。
 在庫管理の在り方は業種ごとのサプライチェーン・マネジメントに依存する部分が大きく、本大震災が在庫を最小にする第4四半期末に発生したことも供給制約に大きく影響していると思われます。
 効率的な在庫管理とBCP等のリスクマネジメントをどのように調和させていくかも今後のポイントになると思います。

○我が国の2011年3月から6月までの輸出の動向

業  種
3  月
4   月
5  月
寄与度
(%)
前月比
(%)
寄与度
(%)
前月比
(%)
寄与度
(%)
前月比
(%)
全    体 -2.3 % - 2.3% 12.4% 12.4% 10.3% 10.3%
輸送用機器
( 内 乗用車)
(自動車部品)
-4.5%
-3.3%
-0.2%
-19.1%
-27.3%
-5.0%
-9.8%
-7.7%
-0.7%
-43.2%
-67.9%
-14.8%
-5.5%
-4.4%
-0.8%
-26.6%
-41.3%
-18.5%
電気機器
( 内  IC 〈集積回路〉 )
-1.1%
-0.3%
-6.1%
-8.6%
-2.3%
-1.0%
-12.5%
-24.0%
-3.2%
-1.0%
-16.5%
-23.2%
一般機械 -3.5% -38.0% -0.5% -5.2% 2.9% 38.9%
その他 1.4% 7.0% 0.3% 1.5% 0.7% 3.5%

 
業  種
6  月
寄与度
(%)
前月比
(%)
全    体 -1.6 % . - 1.6%
輸送用機器
( 内 乗用車)
(自動車部品)
-2.5%
-1.8%
-0.5%
-10.5%
-14.4%
-10.3%
電子部品・デバイス工業
( 内  IC 〈集積回路〉 )
-1.6%
-0.9%
-8.7%
-21.2%
一般機械 0.3% 2.1%
その他 2.1% 11.0%

○被災地域等に所在する港からの震災後の輸出の動向

 
港  名
 
所在県
3 月前年同月比
( % )
4 月前年同月比
( % )
5 月前年同月比
( % )
青 森
青 森
19.1%  15.9% -26.4%
八 戸
-37.4% -90.6% -87.9%
宮 古
岩 手
  - -100.0%   -
釜 石
-45.3% -98.4% -38.4%
大船渡
-27.6%  -5.4%  57.3%
仙台・塩釜
宮 城
-48.2% -95.7% -94.9%
石 巻
 43.6% -100.0% -100.0%
気仙沼
-88.1% -100.0% -100.0%
仙台空港
-49.6% -100.0% -100.0%
小名浜
福 島
-31.2% -55.6% -72.3%
相 馬
-48.7% -87.4%  98.3%
福島空港
  - -100.0%   -
鹿 島
茨 城
 -23.1% -61.3% -45.4%
日 立
-30.3% -68.6% -67.5%
つくば
 -5.9%  -9.3%   3.8%

このように、東日本大震災は、わが国の生産・輸出に多大な影響を与えました。
詳細は『平成23年版 通商白書』をご覧下さい。

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