東日本大震災について思う ③ 東京電力の処理にあたって、チッソのケースは参考になるのか

2011年5月24日火曜日 | ラベル: |

 私は小学校、中学校、高等学校時代は九州の佐賀市で過ごしました。佐賀市は有明海に面した穏やかな平野部にあります。佐賀平野で行われる秋の佐賀インターナショナルバルーンフェスタが有名です。同じ有明海に面し佐賀のずっと南に水俣(みなまた)市があります。
水俣病は、チッソ水俣工場の工場廃水に含まれて排出されたメチル水銀化合物が水俣湾内の魚貝類を汚染し、それを摂取した地域住民が発病したものです。チッソの水銀汚染(水俣病)は昭和25年(1950年)ころ から発生していましたが、チッソは自社の責任とは認めず、原因が中々特定されなかったのですが、昭和48年(1973年)に原因が確定しました。チッソ側では、その後水俣病の補償金が急増しました。チッソの場合は 、補償金は当然全額チッソの負担になりました。
 昭和48年(1973年)3月期(6ヶ月)チッソの売上高264億円、純利益7億円に対し、水俣病関係費用は66億円が計上されました。(昭和47年9月末の自己資本は70億円)
 昭和53年(1978年)3月末には繰越欠損金は363億円に達し、期末自己資本は △276億円となり,上場廃止になりました。熊本県は県債を発行して、チッソに補償費用の融資を行い、水俣病の補償遂行のため 会社は存続しなければなりませんでした。
 平成17年(2005年)3月期は、売上高1147億円・経常利益78億円(水俣病補償損失45億円・公害防止事業負担金12億円)、期末繰越損失1509億円、長期借入金1420億円でした。年間売上高を上回る繰越損失、長期借入金(熊本県からの借入金)です。返済も容易でなく、金利が上がれば利益も危ない、会社は実質死に体状態でした。
 22年(2011年)3月期は売上2612億円、経常利益220億円、純利益105億円 (水俣病補償46億円)、長短借入金1881億円、純資産合計△807億円と状況は大分改善されて来ました。23年3月末に分社化し、事業譲渡受会社はJNC㈱ (チッソ子会社)、チッソ㈱は持株会社となり、従来同様補償を継続することになりました。原因確定から38年後のことです。
 東京電力の事故処理も長期間掛ることでしょう。今回の東京電力の事故はまだ継続中であり、その内容は我が国のエネルギー政策の根幹を揺るがすものです。また事故による損害の規模はまだ拡大中で、チッソの場合とはと比較にならないほど大きいので、私はチッソのケースはあまり参考にならないと思います。

■ なお、リスク対策Comと言う雑誌5月25日号の私の寄稿をご参照下さい。

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東日本大震災について思う ② 今回の地震・津波は「原子力損害の賠償に関する法律」の第三条 但し書きに言う、「異常に巨大な天災地変」では無いのか

2011年5月15日日曜日 | ラベル: |

 新聞に、「政府は東京電力福島第1原子力発電所事故の損害賠償(補償)について、東京電力の補償を支援する枠組みを正式に決めた。」と報じられています。
 政府は明確にしていませんが、今報道されている支援策は損害賠償の責任と賠償の事務処理の負担が東京電力にのみにあることを前提に、資金援助や資本の注入のスキームを考えているように見えます。
 「今回の地震・津波は〈異常に巨大な天災地変〉では無い。従って東京電力に賠償責任がある」と言う場合、東京電力は巨大な賠償責任を到底負担できないと思います。そこで「原子力損害の賠償に関する法律」第十六条により「政府は原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内で行なう」ことになるのだと思われます。
 4月23日付けの産経新聞の社説「許されぬ政府の責任逃れ」は「問題は大震災が原子力損害賠償法に基ずく免責適用の対象に当たるかどうかについて、明確な判断と説明を欠いていることだ」と主張していますが、同感です。
 今後、電力各社は原子力発電事業の運営にあたり、自然災害のリスクをどう想定するのか、免責条項が適用されるためには、何処までの対策を講じておかなければならないかがはっきりしないという大きなリスクを負うことになり、場合によっては、今回のように会社の根底を揺るがすことになります。この結果原子力発電所の地震・津波対策は充実するでしょうが、発電コストの上昇は避けられません。今後の原子力発電所の新設の問題にも関わる等我が国のエネルギー対策の根幹に関わる問題だと思います。
 リスク発生後、企業はキャッシュフローが破綻すれば倒産します。今回の場合、仮に政府が、キャッシュフローの支援策を確立しても、熊本・水俣病でのチッソの場合以上に悪化するであろう財務体質の改善は容易なことではありません。長期的に悪化する財務体質の中で、電力の供給責任を維持し、金融機関の融資・社債権者の保護を図り、国民負担の最小化を図るなど数多くの難題の処理が待っています。
 東京電力のケースは、リスクの発生によるキャシュフロー・財務体質の悪化、企業の将来に関して極めてシビアな問題を我々に投げかけています。すべての企業に取って他人事ではありません。
 東京電力については、今回のことを契機に事故発生に至る経過の検証の後、原子力発電事業のリスク対応について、国の責任分担をも含めどうあるべきかの議論が行われるべきだと思います。

■ なお、リスク対策Comと言う雑誌5月25日号の私の寄稿をご参照下さい。

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東日本大震災について思う ① 想定外と言うこと

2011年5月1日日曜日 | ラベル: |

 TVでコメンテーターが津波の専門家に「今後は20M—30Mの防潮堤を作らなければなりませんネ。」と質問をしたら、彼は「それは財政的に恐らく不可能だから、想定以上の地震と大津波が発生した場合如何に早く安全なところに逃げるか、或いは住居を高台にするか、などが対策となる。」と言っていたのが印象的でした。
 研究仲間が、2007年7月24日に福島県共産党委員会が東京電力株式会社に出した申し入れを教えてくれました。HPを見ますと、申し入れの第4項で「福島原発はチリ級津波が発生した際には機器冷却海水の取水が出来なくなることが、すでに明らかになっている。これは原子炉が停止されても炉心に蓄積された核分裂生成物質による崩壊熱を除去する必要があり、この機器冷却系が働かなければ、最悪の場合、冷却材喪失による苛酷事故に至る危険がある。と指摘し、そのため私たちは、その対策を講じるように求めてきたが、東電はこれを拒否してきた。」と記述されています。それが現実となってしまいました。
 企業は一定レベルのリスクを「想定」して対策を行います。例えば、地震対策の際に、関東大震災クラスを一つのメルクマールにしたり、古文書を紐解いて、過去の最大クラスの津波を想定します。そして、「想定外」のことについては、全く対応がなされません。想定していないことへ対応すると、それは、サラリーマン的には矛盾することになります。
 本来は想定以上のリスク発生については「自己保有する」という考えであるべきですが、そういった先進的な企業はごく一部で、一般的には、「想定外」のことは「起こらない」と整理していると思われます。「起こらない」ことに対しては、もちろん対策などは打ちません。
東京電力は、自社が想定していた以上の今回のような大きな地震・津波のリスク発生に対して備えていなかった責任はどうなるのか。 これは大変難しい問題です。
M9クラスの地震は世界では既に起こっており、貞観地震のことも語られている等、今回の事態は全く予想も出来なかったことでは無いものと考えます。
「原子力損害の賠償に関する法律」第三条の免責条項*1が適用されるためには、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」*2 の「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波」として一応予想されるM9クラスまでの地震・津波対策を講じて置く必要があったのかということになります。東京電力はそこまで考えていなかったと思います。それでは原子力安全委員会、原子力安全・保安院の役目は何だったのでしょうか。
一般には、企業の体力に応じた想定リスクのレベルを定め、企業の想定以上のリスク発生時にはどうするかを企業倒産も視野に入れて考えておくことが現実的だと私は思います。個別企業のリスク管理の場合は企業の命運と従業員の命にはかかわりますが、世の中への影響は少ないと思います。しかし、国とか地方自治体、あるいは原子力発電など「想定外のことが起こってはいけない」場合、「想定リスクのレベル」について、それで良かったのかが今回シビアに問われていると考えます。

*1「原子力損害の賠償に関する法律」の規定
第二章 原子力損害賠償責任(無過失責任、責任の集中等)
第三条 、「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。」

*2 平成18年9月19日・原子力安全委員会決定の「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の最後、
8.地震随伴事象に対する考慮
施設は、地震随伴事象について、次に示す事項を十分考慮したうえで設計されなければならない。
(1) 略
(2) 施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定 することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと。

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