東日本大震災について思う ⑦ 〜通商白書による東日本大震災の分析〜

2011年9月20日火曜日 | ラベル: |

 経済産業研究所のBBLセミナーで、経済産業省 経済産業政策局 企画調査室 関口訓央氏の: 「東日本大震災から垣間見える我が国と世界の通商・経済関係 (『平成23年版 通商白書』 第4章)」のお話をお聞きしました。
 『平成23年版 通商白書』 第4章の主な目的は、「震災による我が国の自動車部品の生産等への被害が、グローバルサプライチェーンに影響を与えた要因の分析を通じて、我が国経済が海外経済との結びつきを更に強めている実態を指摘する」と言うことです。


1. 震災前後の我が国の生産・輸出の概況

① 生産の状況
 東日本大震災により、被災地域の製造拠点の生産が停止し、また電力不足の解消のために東北地域、関東地域において計画停電が行われ、我が国の生産活動に大きな影響を及ぼしました。2011 年3 月の我が国の鉱工業生産は鉱工業全体で前月比(季節調整済、以下同じ。)が15.5%減と1995 年の阪神淡路大震災(2.6%減)や2008 年の世界経済危機(最大で8.6%減)を超え、比較可能な1953 年2 月以来最大の落ち込みとなりました。

 ○全国の業種別生産動向(2011年3月・4月・5月) 


業  種
3  月
4   月
5  月
寄与度
(%)
前月比
(%)
寄与度
(%)
前月比
(%)
寄与度
(%)
前月比
(%)
鉱工業全体 -15.5 % - 15.5% 1.6% 1.6% 6.2% 6.2%
輸送機械工業
(内 乗用車)
 (自動車部品)
-8.0%
-4.8%
-2.1%
-46.7%
-54.2%
-42.1%
-0.2%
-0.5%
-0.0%
-1.9 %
-9.9%
-0.3%
3.8%
2.5%
0.6 %
36.6 %
59.5%
17.2%
一般機械工業 -1.8% -14.5% 1.5% 12.0% 0.8% 5.6%
電子部品・デバイス工業
( 内  IC 〈集積回路〉 )
-0.7%
-0.5%
-46.7%
-11.7%
-1.5%
-0.5%
-12.6%
-12.5%
1.5%
-0.1%
5.6%
-0.6%
食料品・たばこ工業 -0.7% -8.7% 0.6% 7.1% 0.1% 1.0%
金属製品工業 -0.5% -10.7% 0.1% 2.1% 0.2% 3.4%
化学工業 -0.3% -2.3% 0.0% -0.1% 1.4% 11.0%
パルプ・紙・紙加工品工業 -0.2% -8.3% -0.0% -0.4% -0.0% -1.5%
その他工業 -0.5% -9.4% 0.3% 6.1% 0.0% 0.5%

 業種としては、乗用車や自動車部品を含む輸送機械工業が前月比46.7%減(内乗用車は同54.2%減、自動車部品は同42.1%減)となり、全業種のうちで最大のマイナス寄与となりました。また、生産の水準を時系列でみても、輸送機械工業の2011 年3 月、4 月の生産は、世界経済危機の直後に記録した近年の最低水準をさらに下回る水準にまで低下しました。なお、全般的に2011 年4 月以降の生産では、一般機械工業をはじめとして回復傾向を示しており、先行きはさらに回復が見込まれています。
 
○被災地域等の震災後の鉱工業生産(主な業種別)の動向
 
業  種
   3  月   4   月    5  月
寄与度
(%)
前月比
 (%)
寄与度 
(%)
前月比
 (%)
寄与度
(%)
前月比
 (%)
鉱工業全体 -35.1 % - 35.1% 11.0% 11.0% 13.7% 13.7%
電子部品・デバイス工業
( 内  IC 〈集積回路〉 )
-6.3%
-2.4%
-26.2%
-26.3%
2.9%
0.9%
10.8%
8.2%
1.5%
0.1%
5.6%
0.6%
化学工業 -4.0% -45.6% 2.1% 28.7% 0.2% 2.5%
食料品・たばこ工業 -3.5% -38.0% -0.5% -5.2% 2.9% 38.9%
輸送機械工業
( 内 乗用車)
(自動車部品)
-3.3%
-1.5%
-1.6%
-44.4%
-56.5%
-36.7%
-1.2%
-1.0%
-0.3%
-18.5 %
-55.4%
-6.4%
2.4%
1.1%
1.2 %
51.9 %
159.0%
33.9%
一般機械工業 -2.8% -28.0% 2.7% 24.5% 0.9% 7.4%
その他工業 -2.1% -40.2% 1.3% 27.2% 0.9% 17.4%
パルプ・紙・紙加工品工業 -2.0% -59.6% -0.9% -41.1% 0.7% 62.3 %
金属製品工業 -2.0% -44.6% 0.7% 18.8% 1.5% 36.3%

被災地域等の業種別生産増減の状況と全国ベースの業種別生産増減の状況は異なっています。最後に書きましたが、サプライチェーンへの影響を良く分析すべきです。

② 輸出の動向

○ 震災前後の我が国の輸出の概況
2011 年 1  月 2   月 3   月 4   月
全 世 界 1.4 % 9.0 % -2.3 % -12.4 %
中   国 0.9 % 29.1 % 3.7 % -6.8 %
米   国 6.0 % 2.0 % -3.5 % -23.3 %
Eu 27 -0.7 % 12.7 % 4.2 % -10.7 %
○数値は、前年同月比。  資料:財務省「貿易統計」から作成。

 本震災前の2010 年の我が国の輸出状況は、世界経済危機により大幅に減少した2009 年の輸出から一転し、回復軌道に乗っていました。今年に入ってからも、2011 年1 月・2 月の輸出は、一般機械や電気機器を中心に高い伸びを記録していました。直前の2011 年3 月上旬の輸出は前年同期比で14.8%の増加となっていました。こうした状況下で本震災に見舞われたことにより、2011 年3 月の輸出は前年同月比で2.3%減(季節調整済み前月比7.7%減)となりました。特に、輸送用機器については前年同月比19.1%減(うち、自動車部品は同5.0%減)となり、全品目のうち最大のマイナス寄与となりました。同様に2011 年4 月も全体で同12.4%減となりましたが、輸送用機器が同43.2%減(うち、自動車部品は同14.8%減)とさらに大きく減少し、やはり全品目のうちで最大のマイナス寄与となっています。
その他、電子部品であるIC の落ち込みも大でした。
なお、被災地域等に所在する港からの輸出も激減しています。
 本大震災直後の生産や輸出で最大の影響があった産業は輸送用機器産業でしたが、このうち自動車部品の生産停滞の影響は、グローバルサプライチェーンを通じて海外の生産にも影響を与えることとなり、例えば、我が国からの自動車部品の輸出減少により、米国の2011 年4 月の自動車・部品生産は、前月比(季節調整済)8.9%減と大きく減少しました。
 被災地域からの「間接輸出」を考慮すると、東北地域は関東地域に自動車部品を大量に中間投入している関係上、グローバルサプライチェーンに与える影響はより大きいものとなりました。
 本大地震の結果サプライチェーンは、実際にはピラミッド型でなく樽型・ダイヤモンド型だったことが判り、またグローバルサプライチェーンの可視化にも貢献したと言われています。
 在庫管理の在り方は業種ごとのサプライチェーン・マネジメントに依存する部分が大きく、本大震災が在庫を最小にする第4四半期末に発生したことも供給制約に大きく影響していると思われます。
 効率的な在庫管理とBCP等のリスクマネジメントをどのように調和させていくかも今後のポイントになると思います。

○我が国の2011年3月から6月までの輸出の動向

業  種
3  月
4   月
5  月
寄与度
(%)
前月比
(%)
寄与度
(%)
前月比
(%)
寄与度
(%)
前月比
(%)
全    体 -2.3 % - 2.3% 12.4% 12.4% 10.3% 10.3%
輸送用機器
( 内 乗用車)
(自動車部品)
-4.5%
-3.3%
-0.2%
-19.1%
-27.3%
-5.0%
-9.8%
-7.7%
-0.7%
-43.2%
-67.9%
-14.8%
-5.5%
-4.4%
-0.8%
-26.6%
-41.3%
-18.5%
電気機器
( 内  IC 〈集積回路〉 )
-1.1%
-0.3%
-6.1%
-8.6%
-2.3%
-1.0%
-12.5%
-24.0%
-3.2%
-1.0%
-16.5%
-23.2%
一般機械 -3.5% -38.0% -0.5% -5.2% 2.9% 38.9%
その他 1.4% 7.0% 0.3% 1.5% 0.7% 3.5%

 
業  種
6  月
寄与度
(%)
前月比
(%)
全    体 -1.6 % . - 1.6%
輸送用機器
( 内 乗用車)
(自動車部品)
-2.5%
-1.8%
-0.5%
-10.5%
-14.4%
-10.3%
電子部品・デバイス工業
( 内  IC 〈集積回路〉 )
-1.6%
-0.9%
-8.7%
-21.2%
一般機械 0.3% 2.1%
その他 2.1% 11.0%

○被災地域等に所在する港からの震災後の輸出の動向

 
港  名
 
所在県
3 月前年同月比
( % )
4 月前年同月比
( % )
5 月前年同月比
( % )
青 森
青 森
19.1%  15.9% -26.4%
八 戸
-37.4% -90.6% -87.9%
宮 古
岩 手
  - -100.0%   -
釜 石
-45.3% -98.4% -38.4%
大船渡
-27.6%  -5.4%  57.3%
仙台・塩釜
宮 城
-48.2% -95.7% -94.9%
石 巻
 43.6% -100.0% -100.0%
気仙沼
-88.1% -100.0% -100.0%
仙台空港
-49.6% -100.0% -100.0%
小名浜
福 島
-31.2% -55.6% -72.3%
相 馬
-48.7% -87.4%  98.3%
福島空港
  - -100.0%   -
鹿 島
茨 城
 -23.1% -61.3% -45.4%
日 立
-30.3% -68.6% -67.5%
つくば
 -5.9%  -9.3%   3.8%

このように、東日本大震災は、わが国の生産・輸出に多大な影響を与えました。
詳細は『平成23年版 通商白書』をご覧下さい。

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集合訴訟とリスクマネジメント ② ~経営法友会の意見~

2011年9月10日土曜日 | ラベル: |

 8月20日の読売新聞35面に「悪質商法賠償訴訟を代行」という記事が掲載されていました。8月11日の「集合訴訟とリスクマネジメント」で触れましたように、日本における集合訴訟(クラスアクション)の立法化がいよいよ始まります。 
 読売新聞の記事の見出しは「悪質商法賠償訴訟を代行」となっています。悪質商法でない場合にも、「集合訴訟」が日本でもアメリカのように乱用されないかが問題になると思われますが、記事にはそういう印象は全くありません。また読売新聞以外は記事にすらなっていません。 
 今後企業に生ずるであろう、大きなリスクについて対策を考えるべきだと思い、「集合訴訟とリスクマネジメント」の続きを書きます。

 研究仲間が、平成23 年7 月22 日付けの、経営法友会の「消費者集合訴訟制度の現状の議論に対する意見」が参考になると教えて下さいました。以下はそのご紹介です。

  • 本制度は、消費者のみならず、中小企業を含む多数の事業者に大きな影響を与えるものであることから、一方の当事者となる事業者をも含めた関係者から幅広く意見等を聴取する機会(パブリック・コメント等)が確保されなければならない。
    また、制度案等の周知・啓発についても、関係者に十分な時間的猶予を与える必要がある。2012 年の通常国会への法案提出が前提で進んでいるが、拙速な制度の導入を行うことは、多くの弊害が発生することにつながりかねない。
  • 少額・多数の被害を救済するという目的は正当であるが、目的達成の手段として、本制度が最も適切か議論が尽くされたとはいえない。法律扶助、ADR(裁判外紛争解決手続)、選定当事者制度、通常共同訴訟等の既存制度の改善により、本制度よりも適切な手段を設計できるかをさらに慎重に検討すべきである。
    (落合先生は、行政による救済等も手段の一つとされています。)
  • また、消費者被害を真に救済するという観点からは、まず優先すべきは悪質な事案における消費者被害の救済制度の設計であると考える。いわゆる“真面目な事業者”が主たる対象となってしまうおそれがある。わが国の民事訴訟制度、裁判実務、これを前提とした事業者の組織体制の変更が予想される本制度を設けることは、わが国産業の競争力のさらなる低下をもたらす事態を生じかねない。本制度の導入には、それが与える影響の大きさから、今後も十分な議論を重ねる必要があると考える。

以下のような制度設計の検討が必要と考える。
  1. 通常共同訴訟に対するあくまで補充的な手段であることを徹底する。
    訴訟追行主体は適格消費者団体に限るべきと考えているが、その場合でも被害者本人でない適格消費者団体が原告となって訴訟追行することには、多くの弊害・濫用の危険性がある。
  2. 本制度は、少額・多数の案件を束ねることにより、消費者一人あたりの負担軽減を図り、消費者被害の救済を図ることを目的として検討されている制度である点を踏まえると、その対象となる事案は、当然、少額事案に限るべきであり、また予測可能性の観点から限定列挙とすべきである。多数の少額被害の簡易・迅速な救済を達成するためには、対象事案の限定や訴訟要件を制限することは当然であり、さらに、米国の集団訴訟の例を挙げるまでもなく、請求を糾合する制度は濫用のおそれがあるため、濫用防止の観点から、訴訟追行要件は厳格に定めるべきである。
    集団訴訟制度が高度に発達した米国においては、濫用防止の観点から手続追行要件については厳格な見直しが図られている。長い実務経験に裏打ちされた米国の最高裁判決の示すところは、日本の消費者集合訴訟の立法議論において十分に参考とされなければならない。
  3. 本制度はあくまで通常の民事訴訟手続の特則として、現行の民事訴訟制度では救済されない少額・多数の被害を救済するための制度であるので、現行の民事訴訟制度で救済可能なもの、たとえば金額が多額なものや、すでに(または消費者集合訴訟提起後)通常の訴訟が係属しているものについては、手続追行要件を満たさないこととすべきである。また、事案が複雑で上述のような消費者集合訴訟の目的に合致せず、他に適切な方法がありうる場合には、本制度の対象としないことを明確にすべきである。
  4. 対象消費者の利益を適切に保護するためには、手続追行者の組織体制、経理的基礎専門的知識・能力等を踏まえて、また、差止請求訴訟の当事者としての活動実績から、行政からあらかじめ認定されている適格消費者団体のみを手続追行主体とするのが適切である。
    ただし、制度の濫用を防止するとともに授権した消費者が確実に救済されるように、適格消費者団体(や適格消費者団体が委任する弁護士)が成果報酬制度をとる、あるいは利益配分を前提として出資者を募るといった本来の趣旨を外れた行為に及ぶことがないようにすべきである。また、適格消費者団体の適格性が行政規制によって厳しく保たれる制度設計が必要である。
  5. 本制度は、手続追行主体を適格消費者団体に限り、また、通知公告が必要といった従来の民事訴訟実務とは異なる制度であるため、裁判実務の効率化の観点から、管轄は一定の裁判所にのみ認めるべきである。
    そして、本制度を創設するとした場合、複雑で多数の関係者が関与することから、裁判所の負担は非常に大きく、訴訟事務の効率や安定性を考慮すると、相当程度の専門性を有する裁判所に限定すべきである。
  6. 現在、消費者集合訴訟の具体例で挙げられている請求権は、契約の無効又は取消しによる不当利得返還請求権(虚偽又は誇大な広告・表示事案、不当な勧誘事案、契約条項の無効が問題となる事案、契約そのものの無効・違法事案、クーリングオフによる請求が可能か問題になる事案)と不法行為等に基づく損害賠償請求権(虚偽又は誇大な広告・表示事案、不当な勧誘事案、契約そのものの無効・違法事案、個人情報流出事案)であるところ、各々の事案における契約の締結主体や行為の主体は、あくまで事業者(法人)であり、通常は、事業者(法人)の取締役や監査役等が、直接その主体となることはない。したがって、消費者集合訴訟の被告は、事業者(法人)に限るべきであり、事業者(法人)の取締役や監査役等は被告に含まれないとすべきである。役員を被告とすれば、経営判断の萎縮や日常の業務執行への影響も甚大である。
    また、事業主体となりうる団体として、国、地方公共団体、その他の公的団体や独立行政法人のほか、消費者団体、事業者団体を除外する理由はない。
  7. 二段階目に参加する被害者は敗訴のリスクとコストを負わない結果、実際に被害がないにもかかわらず金銭賠償を得るために購入証明資料の偽造を行うなど、米国で大きな問題となっている訴訟実務におけるモラルハザードが発生する問題は看過しえない。モラルハザードを防止すべく、消費者に担保の提供を求めることができる制度等を検討すべきである。また、適格消費者団体には、偽造のないことの証明等モラルハザードを防止する実務を適切に処理する能力や資力がなければならない。
 経営法友会の指摘する問題点は落合 誠一先生が憂慮されている点と殆ど同じです。
 私は知人の大衆消費財メーカーのリスクマネジメント担当の方3人に本件をどう思うか聞いて見ました。結果は、法務リスクは企業のリスクマネジメント担当者の守備範囲の外みたいに思われました。
 落合先生が憂慮され、経済法友会が指摘するように、今後とも事業者をも含めた関係者から幅広く意見等を聴取する機会を設け、企業の営業部門なども含めた関係者に制度案等の周知・啓発をする必要があると思います。

 経営法友会の意見の最後の部分
「当会は、消費者被害を救済する制度の整備自体を否定するものではない。
当会が最も懸念しているのは、本制度の制度設計によっては、制度が本来求めている目的を達成できないばかりか、“真面目な事業者”に対し制度対応のための過度なコスト負担を課すことになり(特に中小企業には大きな負担となる)、わが国産業の国際競争力のさらなる低下をもたらす事態が生じることである。さらには、今般の経済状況から、そのコストを商品やサービスの価格に転嫁せざるをえない状況となり、結果的に多くの消費者の利益が阻害されることになる。
本制度の創設にあたっては、このような事態に陥る可能性をできる限り排除したものでなければならない。」
 が当面の結論だと思います。

○ 経営法友会 「消費者集合訴訟制度の現状の議論に対する意見」
  http://www.keieihoyukai.jp/opinion/opinion72.pdf

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推理小説とリスクマネジメント

2011年9月1日木曜日 | ラベル: |

 私は推理小説を読むのが大好きです。一回だけ行ったロンドンで、1995年(平成7年)11月1日(水)早朝、宿泊先のモントカームホテルから、シャーロックホームズが住んでいた(ことになっている)「Baker Street 221b」へジョギングし、プレートを見て感激して帰って来ました。
 アーサー・コナンドイル、エドガー・アラン・ポー、アガサ・クリスティー、エラリー・クイーン等々,高校時代から、特に大学時代に推理小説を乱読しました。色々な手掛かり・情報を基に名探偵が真相を暴き出すについては、論理力に加え、構成力・イマジネーションが不可欠です。リスクマネジメントで将来のリスクを見極めるについても同様の能力が必要だと私は思います。
 また、ハードボイルドも読みました。レイモンド・チャンドラーの「プレイバック」の中の探偵、フィリップ・マーロウの有名な台詞「しっかりしていなかったら生きていられない。やさしくなれなかったら生きている資格がない。(清水俊二訳)」は、私が企業を分析・判断する際の基本的な心構えでした。即ち、判断は厳しく、しかし対象企業に対しては暖かい見方をすると言うことです。
If I wasn’t hard
I wouldn’t be alive
If I couldn’t ever be gentle
I wouldn’t deserve to be alive
 私は中小企業のキャッシュフロー対策を専門にしていますが、京橋の旧全国信用金庫連合会の建物の前に、城南信用金庫理事長であった故小原鐡五郎氏の銅像があります。1983年(昭和58年)に上梓された「私の体験的経営論 貸すも親切貸さぬも親切」の中で
「もともと庶民金融は担保が十分あるから貸そう、利息も元金も取りはぐれが無さそうだから貸そうというものではないはずである。その人が手掛けている仕事が上手くいくかいかないか。どうすれば上手く行くかを相手の身になって親切に考えてお金を貸すようにしなければ本当の金融にはならない。どうもまずいと思った時には、どんないい担保があっても〈おやめになったらどうです〉と説得する。リスクは当然ある。借り手が一生懸命やっても、景気やめぐり合わせでどうしようもない貸倒れも出てくる。貸倒れはないに越したことはないが、安全・安全といって自分が損しないことばかり考えていたのでは、本当の生きた中小企業金融はできない。(50-51ページ)」
と書かれています。マーロウの台詞と気持ちが相通ずるところがあります。中小企業のリスクマネジメント、BCPのサポートに際して、企業の体力からどうしても十分な対策が出来ない場合は、万一の際は倒産の可能性もあると考えるなども大切なことだと思います。
 私は若いころ都市銀行の事業調査部門に属して、取引先企業の分析をしていました。企業分析・経営分析に関しては昔から沢山の参考書があり、分析項目・内容・順序が詳細に述べられています。新米の調査部員が参考書の記述の順番に、数多くの項目を分析をして終章まで行っても、一向に結論が出せません。それは、各項目の分析結果に軽重がついていないため、どこの部分は良い、どこの部分は問題だとはなっても、結局全体としてどうなのかの判断が出来ないからです。
 企業を分析する場合、恰も探偵が色々な手掛かり・情報を基に真相に辿りつくのと同じような論理力(思考能力)・構成力・イマジネーションが必要です。さらに論理的な推論を加えることも必要となります。例えば「この企業は営業力に問題があるのではないかと推論し、その見地で各項目を分析し、問題の無い項目は無視する、問題のある各項目は営業力強化の視点からさらに深く検討して問題点をあぶり出す」と結論が見えて来ます。
 リスクマネジメントの実践に際し、色々なリスク事象から、将来起こるであろうリスクを想定し、評価する場合、その内容はリスクマネジメントの担当者によって大きく変わって来ます。リスクマネジメントの参考書にはこう言ったことは書いてありません。
 私はリスクマネジャーとしての能力の重要な部分は、企業に取って最も重要なリスクは何かを想定し、それを評価し、対策を講じるについて、本格推理小説における名探偵と同じような論理力・構成力・イマジネーションだと考えます。単独のリスクでもそうですが、幾つかのリスクが絡み合って大きなリスクになるような場合は特にこうした能力が必要です。
 ではどうやって名探偵のような能力を身に付けるのか。若いころの都市銀行の事業調査部門では、1対1の徒弟制度で身に付けさせていました。前にも書きましたように、参考書にはこの部分は何も書いてありませんから、先ず、先輩の傍で先輩が企業分析の作業をするのを見る。大体理解出来たら次に自分が企業の分析作業をするのを先輩に見て貰う。こうした過程を繰り返すことによって徐々にスキルが身に付いて来ます。この場合、自分で考えられない、自分では判断が出来ないタイプの人にはスキルが身に付きません。そういう人は部署を代って貰うしかありません。
 さらに、自分の考えを持つことと、頑固とは異なります。例えば「この企業は営業力に問題があるのではないか」と推論し分析しているうちに、実は技術力が問題なのではないかと思われたら、自分の考え・判断を弾力的に訂正することも必要です。ここも非常に難しく、デリケートな部分です。
推理小説を読むのが大好きな人が,良きリスクマネジャーになれると言っているわけではありません。推理小説を読み、名探偵のような思考能力を身に付けることは、リスクマネジメントの実践にプラスになると言っているだけです。
 BCP(事業継続計画)の策定においても、参考書の記載の順番通りに計画を策定したらうまく行くわけではありません。将来起こるかもしれない色々なリスクに対し、事前に色々な対策を考えておく訓練がいざと言う場合に必ず役に立ちます。事業継続計画を作っても、固定した計画に依存したままでは、計画外の事態が発生した場合に対応出来ません。
 名探偵、企業の分析、リスクマネジメントの実践、事業継続計画の策定・遂行には、何れも共通の能力 =論理力、構成力・イマジネーション= が必要だと私は思います。しかもそれは、持って生まれた天性とその後の訓練とが両々相俟つて始めて可能になる能力だと私は思います。

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