「リスクとキャッシュフロー」について⑮

2013年12月20日金曜日 | ラベル: |

8.事故とキャッシュフロー悪化の事例 
(1)アイシン精機 ②
 平成9年(1997年)2月1日に起きたアイシン精機刈谷第一工場の火災で、事故が起こったのはプロポーショニング・バルブの製造工程です。プロポーショニング・バルブが属する制動装置分野の事故期におけるウエイトは、生産・販売実績ともに全社の13.5%であり、その中のプロポーショニング・バルブのウエイトは売上の数%(多分5%未満)だったと思われます。火災事故は2月1日に発生し、4月末までに内製化が完了したとされているので、売上の5%未満程度の製品の生産が3ヶ月ストップした訳です。
 事故期の決算は前回書きましたように、売上・利益ともに増大し、事業そのものは順調に推移していた形になっています。業績面からはキャッシュフローの悪化は起らず、火災事故に関する特別損失7,803は百万も直ちに資金が必要になるのではなく、復旧に際して資金が必要になる訳ですから、大きなキャッシュフローの悪化は起こらないように見えました。
 然し、当時の有価証券報告書に記載されている資金繰実績を整理検討すると、大きなキャッシュフローの悪化が生じていました。
 第1表で明らかなように、事故の起こった平成8年10月1日~平成9年3月31日までの6月間の営業収支尻は前年同期間に比べて9,231百万円も悪化しています。
 第2表で明らかなように、事故発生の翌期の前半平成9年4月1日~平成9年9月30日までの6月間の営業収支尻も前年同期間に比べて5,080百万円悪化しています。
事故発生直後の短期間と続く6ヶ月で、売上・生産のウエイトとはかけ離れた大きなインパクトがキャッシュフローに生じています。この内容の詳細は外部からは窺い知れませんが、会社はプロポーショニング・バルブの外部からの仕入れや、代替生産などについて資金を惜しまずに対策を講じた。しかし期末に計上した売上は直ちには資金になっていないなどの結果かと推測されます。
 手元現・預金残高は平成9年9月30日には5,309百万円(月商の0.1ヶ月強)の水準にまで落ち込んでいます。
 平成9年10月1日~平成10年3月31日までの6月間に営業収支は大幅に改善し、社債250億円の新規発行もあって、手元現・預金残高は13,505百万円と大きく増え、漸く事故の影響が薄れています。
〇第1表                            (単位 百万円)
 
科  目
      事  故  前  期   事 故 期
 第73期下期実績  第74期上期実績  第74期下期実績
7.10.1-8.3.31 前年同期比 8.4.1-8.9.30 前年同期比 8.10.1-9.3.31 前年同期比
営業収入 224,040   ― 230,158 7,587 248,784 24,744
営業支出 -209,013   ― -215,928 6,047 -242,988 33,975
営業収支尻 15,027   ― 14,230 1,540 5,796 -9,231
営業外収支尻 1,542   ― 1,298 169 1,580 38
決算支出等 -3,512   ― -6,985 17 -4,072 560
営業活動によるキャッシュフロー  
13,057
 
  ―
 
8,543
 
1,692
 
3.304
 
-9,753
投資活動によるキャッシュフロー  
-23,420
  ―  
-18,320
 
892
 
-16,086
 
7,334
事業のキャッシュフロー  
-10,364
 
 ―
 
-9,777
 
2,585
 
-12,782
 
-2,418
財務活動によるキャッシュフロー  
4,915
 ―  
4,965
 
1 ,860
 
3,654
 
-1,261
当期総合キャッシュフロー  
-5,449
 
  ―
 
-4,812
 
4,444
 
-9,121
 
-3,672


期末資金残高
(月商比)
31,568
(0.8 ヶ月 )
  ― 26,756
( 0.6 ヶ月)
-10,261 17,634
( 0.4 ヶ月)
-13,934

〇第2表                        (単位 百万円)
 
科  目
     事  故  翌  期
 第 75 期上期実績  第7 5 期下期実績
9.4,1-9.9.30 前年同期比 9.10.1-10.3.31 前年同期比
営業収入 256,793 26,635 251,992 3,208
営業支出 247,643 31,715 -241,887 -1,101
営業収支尻 9,150 -5,080 10,105 4,309
営業外収支尻 1,733 435 2,232 652
決算支出等 -3,943 -3,042 -1,753 2,319
営業活動によるキャッシュフロー  
6,940
 
-1,603
 
10,584
 
7,280
投資活動によるキャッシュフロー  
-16,646
 
1,674
 
-11,557
 
4,529
事業のキャッシュフロー -9,707 69 -971 11,811
財務活動によるキャッシュフロー  
1,506
 
-3,391
 
22,055
 
18,401
当期総合キャッシュフロー  
-8,202
 
-3,391
 
 
21,084
 
30,205


期末資金残高
(月商比)
9,431
( 0.2 ヶ月 )
-17,325 30,515
( 0.7 ヶ月)
12,881

アイシン精機は、当時営業活動によるキャッシュフローのプラス金額を上回る旺盛な設備投資を続けていて、その資金は主として転換社債で調達していました。転換社債というのは、一定の価格で株式に転換できる権利の付いた社債です。社債発行時に転換価格が決まっています。株価が転換価格を上回っていたら株式に転換した方が利益になりますから、社債権者は株式に転換します。そうなると社債を償還しなくて済みますからキャッシュフロー上はプラスになります。前回も書きましたように事故発生前日の株価は1,850円、事故翌日の株価は1,770円となり、事故直後同社株はストップ安になるまで叩き売られました。社債の転換価格は1,650円でした。
 同社には事故翌期末に償還期限の来る転換社債が148億7300万円ありました。事故発生の結果同社の業績に不安が生じ、株価が転換価格以下に低落すれば、翌期には社債を約149億円償還しなければならなくなります。前回書きましたように、業績は好調だと世間にアッピールして、株価の下落を防ぎ、結果アイシン精機では、事故期末に14,873百万円あった1年以内償還の転換社債は翌期末までには殆どが転換され、新たに社債250億円が発行され、結果、事故によるキャッシュフローの悪化は解消されました。「戦略的なリスク・ファイナンスの取り組みの成果」と評価されるべきことだと思います。

前回も書きましたように、アイシン精機は手元現・預金減と有価証券の売却でキャッシュフローの不足を賄い、金融機関に融資を依頼しませんでしたから、キャッシュフローの危機だったとまでは言えないかも知れません。

 当時、世間では同社のキャッシュフローのことなど全く問題にもしていませんでした。しかし、私はこの分析を通して、事故・自然災害発生時の企業のキャシュフロー対策「リスク・ファイナンス」の重要性を痛感しその後の私の議論の原点になっています。


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「リスクとキャッシュフロー」について⑭

2013年12月10日火曜日 | ラベル: |

8.事故とキャッシュフロー悪化の事例 

(1)アイシン精機

 私が企業に起こった事故とキャッシュフロー悪化のリスクの重要性を最初に実感したのは、平成9年(1997年)2月1日に起きたアイシン精機刈谷第一工場の火災事故についての財務面からの分析でした。アイシン精機の火災により、プロポーショニング・バルブという、自動車のブレーキの重要な部品の供給がストップし、トヨタは3日間にわたり操業を停止の止む無きに至り、他の供給先の自動車メーカーにも大きな影響を与えました。
 アイシン精機は代替生産体制を確立するなど予想外に早く復旧し、4月末にはすべての内製化を完了し、トヨタグループの事故に対する対応力の強さを示した好事例だと評価されています。然し、この事故の財務的なインパクトを分析した議論は当時皆無だったと思います。

① 業績
○損益計算書                      (単位百万円)
   平成 7 年度実績
( 事故前期 )
    平成 8 年度実績
( 事故期 )
平成9度実績
(事故翌期)
( 7 4.1 - 8.3.31) (8.4.1-9.3.31) 前期比 (94.1 - 10.3.31)
 売上高
477,129
519,073
41,944
521,417
売上総利益
( 同上率 )
49,243
  ( 10.3% )
54,992
(10.6%)
5,749
(0.3%)
46,909
( 9.0% )
営業利益
 (同上率)
13,127
( 2.8% )
16,508
( 3.2% )
3,381
(0.4%)
7,283
( 1.4 %)
 経常利益
(同上率)
15,331
( 3.2 %)
18,751
( 3.6% )
3,420
(0.4%)
10,523
( 2.0% )
特別損失
 ―
7,803
7,803
  -
当期純利益
 (同上率)
8,031
 ( 1.7% )
5,807
( 1.1% )
△ 2,224
(△ 0.6% )
10,523
( 2.0% )
 月  商
39,761
43,256
3,495
43,451
事故期の売上は前期比7.9%増、経常利益は前期比22.3%の大幅増益で、事故の損失78億3百万円負担後でも58億7百万円の利益を計上しています。事故は起こったが業績自体は順調だったという形になっています。

 2.キヤッシュフロー実績  
                             (単位 百万円)
  科  目
平成7年度実績
 (事故前期)
平成8年度実績
 (事故期)
平成9年度実績
 (事故翌期)
現預金及び一時保有の有価証券
 
46,272
31,568
17.634
 
営業活動によるキャッシュ・フロー

19,908
11,847
17,524
投資活動によるキヤッシュフロー
△ 42,632
△ 34,406
△ 28,203
事業のキヤシュフロー
•  22,724
•  22,559
△ 10,679
財務活動によるキヤッシュフロー
8,020
8,625
23,560
当期総合キヤッシュフロー
△  14,704
△  13,934
12,881
 
現金及び現金同等物の期末残高
31,568
17,634
30,515
同上 月商比
0.8 ヶ月
0.4 ヶ月
0.7 ヶ月
アイシン精機の事故期の業績は増収・増益なのに、営業活動によるキャッシュフローは前期比80億6100万円(事故前期比40.5%減)マイナスと大幅に悪化しいます。私は業績が順調だったのにキャッシュフローが悪化したのは何故だろうかと思いました。
 このブログの2011年9月1日に「推理小説とリスクマネジメント」と題して「企業を分析する場合、恰も探偵が色々な手掛かり・情報を基に真相に辿りつくのと同じような論理力(思考能力)・構成力・イマジネーションが必要です。さらに論理的な推論を加えることも必要となります。」と書きました。
 当時の有価証券報告書の開示内容は、単体中心でしたが非常に詳細でした。以下は有価証券報告書のデータに基づく分析の結果です。

○比較貸借対照表 (1)                   (単位 百万円)
  科    目
事故前期
事故期
前期末比増減
事故期翌期
 
流動
 
資産
現金・預金
16,441
12,141

△4,300
 
13,,505
 受取手形
3,149
3,271
122
2,969
売掛金
94,199
106,066
11,867
104,619
有価証券
15,126
5,492

△9,634
 
1 7 ,010
 棚卸資産
12,443
14,916
2,473
16,439
 その他
3,382
7,300
3,918
6,177
流動資産 計
144,740
149,186
4,446
160,719
固定資産
有形固定資産
137,505
139,710

2,205
 
147,402
投資等
125,333
134,066
8,733
134,529
その他
645
189

△456
 
319
固定資産 計
263,483
273,965
10,482
282,250
 合  計
408,223
423,152
14,929
442,970

○比較貸借対照表 (2)                   (単位 百万円)
  科    目
事故前期
事故期
前期末比増減
事故期翌期
 
流動
負債
 支払手形
2,811
3,137
326
3,035
 買掛金
59,807
70,072
10,265
65,048
1年以内償還の転換社債
610
14,873
14,263
   ―
その他
58,093
58,146
53
55,010
流動負債 計
121,321
146,228
24,907
123,093
固定
負債
 社債
   ―
   ―
   ―
25,000
転換社債
46,120
29,138
 
△16,982
 
29,117
 その他
23,704
25,420
1,716
27,620
固定負債 計
69,824
54,558
 
△15,266
 
81,737
  資  本
217,077
222,364
5,287
238,139
 合  計
408,223
423,152
14,929
442,970

 貸借対照表の各勘定科目の増減を見ると、上記のように売掛金が事故前期末比118億6700万円、買掛金が事故前期末比102億6500万円増加していました。共に売上の伸び率以上に大幅に増加しています。通常売掛金の異常な増加は期末近くに大きな売上を計上した場合に生じます。買掛金の異常な増加は期末近くに大きな金額の仕入れをした場合に発生します。そこで相手先別の売掛金の増減を調べてみるとトヨタへの売掛金が前期末比69億1400万円増加しています。古い銀行員としては、この分析結果から、アイシン精機は「売上高・利益のアップを図るため、期末近くにトヨタ向けを中心に売上増加を図った」のではないかと推理しました。買掛金の増加の内訳は判然としていませんが、多分事故対策結果だと思われます。
 何故こうしたことをする必要があったのだろうかと調べて見ると、事故翌期末に償還期限の来る転換社債148億7300万円があることが判明しました。転換社債というのは、一定の価格で株式に転換できる権利の付いた社債です。社債発行時に転換価格が決まっています。株価が転換価格を上回っていたら株式に転換した方が利益になりますから、社債権者は株式に転換します。そうなると社債を償還しなくて済みますからキャッシュフロー上はプラスになります。事故発生前日の株価は1,850円、事故翌日の株価は1,770円となり、事故直後同社株はストップ安になるまで叩き売られました。社債の転換価格は1,650円でした。事故発生の結果同社の業績に不安が生じ、株価が転換価格以下に低落すれば、翌期には社債を約149億円償還しなければならなくなります。
 アイシン精機は生産復旧の早期化を行う一方、事故期の売上高、利益の更なる増大を図って、株価の低落を防ぎ、転換社債の転換を維持するという財務戦略を立て、2月1日の火災発生以降、期末までに対策を講じたのではないかというのが私の推論です。
 平成18年3月に経済産業省から公表された「リスクファイナンス研究会報告書」は「リスクファイナンスとは、‹企業が行う事業活動に必然的に付随するリスクについて、これらが顕在化した際の企業経営へのネガティブインパクトを緩和・抑止する財務的手法≻である。すなわち、事業活動に対して適切な財務手当てができていない場合には、当該事業活動に係るリスクの顕在化により、財務基盤が毀損(中略)される可能性がある。したがって、企業の持続性や競争力を高める上で、リスクファイナンスを含めた戦略的な企業財務が果たす役割は非常に重要である。」 といっています。
 当時私は、アイシン精機はそこまでやるのかとやや批判的に見ていました。しかし雪印乳業や東京電力の事故後の事態の推移と比べると、「リスクファイナンス研究会報告書」の出る9年も前にこうした戦略的なリスクファイナンスの取り組みを行っていたことは高く評価されるべきことだと思うようになりました。
 事故期末の平成9年3月31日の現・預金残高は前年同日比43億円減の121億4100万円、一時保有の有価証券も前年同日比85億3500万円減少し、手元資金合計では前年同日比139億3400万円の大幅減になっています。
 事故翌期の中間決算期末平成9年9月30日の現・預金残高は前年同日比96億3400万円減の53億900万円、一時保有の有価証券も前年同日比85億3500万円減少し、合計では前年同日比173億2500万円の大幅減になっています。
 平成9年3月31日に比べれば手元資金は6ヶ月で82億3百万円の減です。現金・預金残高は、3月末比6,832百万円、前年同期比8,789百万円減の5,309百万円の低水準になっています。
事故翌期の中間決算時にもなお現・預金、一時保有の有価証券残高が大幅に減少したのは、事故のキャシュフローへの影響が翌期半ばまで尾を引いたからだと考えられます。

○手元資金残高推移              (単位 百万円)
 
 日
現・預金
一時保有の
有価証券
 合  計
 金  額
前年同日比
 8.3.31
16,441
15,126
31,568
8.9.30
14,098
12,657
26,756
△10,261
9.3.31
12,141
5,492
17,634
△13,934
9.9.30
5,309
4,122
 9,431
△17,325
10.3.31
13,505
17,010
30,515
12,881

 アイシン精機は業績面では問題が無い状態にあったとしても、(私は若干の違和感を持っていますが)工場の火災がキャッシュフローに与える影響は事故翌期の前半にまで及び、手元資金残高への影響は年間173億2500万円に達したと言えます。確認できていませんがアイシン精機におけるプロポーショニング・バルブの売上比率は数%(多分5%未満)だったと思われます。その製造工場の火災事故がこれだけ大きなキャッシュフローへのインパクトを発生させたわけです。「キャッシュフローは正直なもの」です。
 アイシン精機は手元現・預金減と有価証券の売却でキャッシュフローの不足を賄い、金融機関に融資を依頼する必要は無かったのですから、キャッシュフローが危機だったとはいえません。世間では、同社のキャッシュフローのことなど当時は全く問題にもしていませんでした。
 私はこの分析を通して、事故・自然災害発生時の企業のキャシュフロー対策の重要性を痛感し、これが今の私の主張の原点になっています。
 半期ごとのキャッシュフローの分析の詳細は次回にご紹介致します。



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「リスクとキャッシュフロー」について⑬

2013年12月1日日曜日 | ラベル: |

7.キャッシュフロー検討の事例 事例③

 今回は、私がご相談を受けた中小企業のキャッシュフロー検討表を3例お示し致します。

 結論から申し上げますと、今中小企業のキャッシュフローに関して、取引金融機関は全くアドバイスをしていないのではないかと、古い銀行員としては思わざるを得ません。

事例③―1  キャッシュフロー検討表         (単位 百万円)
   項    目
18/9– 19/9
19/9 - 20/9
増 減
期初現・預金残高
15
68
  53
受取債権
 減27
減8
△19 
棚卸資産
  減2
増△2
△4
短期貸付金
 減19
増△25
△44
雑流動資産
  減2
増△12
△14
支払債務
減△28
   0
28
未払税金
 増44
減△47
△91
雑流動負債
 減△8
減△30
△22
営業活動によるキャッシュフロー
  58
△108
△166
 短期借入金
減△70  
増14
  84
 短期資金収支
△12
△94
△82
 
資本
 増72
増39
△33
固定資産
 減66
増△50
△116
 投融資
 増△5
減19
24
投資活動によるキャッシュフロー
  133
   8
△125
長期借入金
 減△68
 増41
  109
長期資金収支
  65
 49
△ 16

総合資金  収支
  53
 △45
△98
現・預金の増減額
  53
△ 45
△ 98
期末 現預金
  68
  23
△ 45  

 この会社のキャッシュフローの最大の問題点は、キャッシュフローが安定していないということにあると考えます。18/9– 19/9 間と19/9 - 20/9間を比べますと、殆ど全ての勘定科目で増減が逆転しています。その結果18/9– 19/9 間の営業活動によるキャッシュフローは58百万円のプラスであったのに対し、19/9 - 20/9間の営業活動によるキャッシュフローは108百万円のマイナスと大幅に悪化しています。キャッシュフローの状態が安定していない訳です。その理由については検討を要しますが売上げの増減に応じたなだらかな勘定科目の増減がキャッシュフロー安定の基本です。

 投資活動によるキャッシュフローの状況、長短借入金の増減の状況についても全く同じことが言えます。

 その結果総合資金収支は18/9– 19/9 間プラス53百万円に対し19/9 - 20/9間はマイナス45百万円です。期末現預金残高は15百万円、68百万円、23百万円と大幅に増減しいています。こんな不安定なキャッシュフローの状況を取引金融期間が傍観しているとすれば、怠慢以外の何者でもありません。会社の事業方針がどうなっているか。またキャッシュフローに対する考えかたはどうなっているか等について会社側と篤と協議すべきだと思います。

事例③―2 キャッシュフロー検討表          (単位 百万円)
項   目          19.10 ―2 0.9 20.10 - 21.9  対比増減
期初現・預金      166    290    124
   受取手形 増 △   16 減     3     19   
  材料。貯蔵品増 増 △    5 減     5  10
工事未収入金 減    169 増△    1 △   170
未成工事支出金 減     11 増△    7 △   18
   未収入金 減      3 増△   46 △    49
  短期貸付金 減      1 減     2    1
  工事未払金 増      1 増     4      3
支払手形 減 △   21 増   133  154
未払法人税等 減 △    5 増    13     18
未払費用 減△     7       -      7
営業活動によるキャシュフロー      131     106 △   25
短期借入金        0 増   200       200
短期資金収支      131     306    175
 
自己資本の増加額        4      l7     13
固定資産 減     14 減     6 △     8
投資有価証券 増△    18       -     18
保険積立金 増△     1 増△    2 △    1
長期前払費用 減      1 増△    3 △     4
長期貸付金 減      1 減     2      1
  長期保証金       - 減     8    8
長期資金収支     1      28   27
長期借入金 増   192 増    64 •   128
社債 減△  200 減△   10    190
  長期資金収支  △     8     254   262
 
総合資金収支   124   378  254
現・預金増減額 増   124 増   378    254
期末現預金     290     668    378

 この事例は建設業のケースです。営業活動によるキャッシュフローは各期とも1億円以上のプラスで好ましい形です。ただ内容は工事未収入金の大幅増減・支払手形の大幅増減・未収入金の大幅増減によるもので、それぞれ事由あることとは思いますが、安定した動きではない点が気がかりです。長期資金繰りは毎期僅かの金額の影響しかありません。

 問題は短期借入金・長期借入金・社債の大幅増減です。取引金融機関が貸してくれるからだと思いますが、この会社には借入に対する方針が無いと思われます。借りられたら良いというものではありません。この企業の場合は基本的に借入の必要はなく、社債・借入金の増加は現・預金の増加になっているだけです。手元資金は多い方が好ましいのですが,こんなに増加させる意味は無いと思います。

事例③―3  キャッシュフロー検討表          (単位 百万円)
     〇16/5 ― 19/5
   項    目
    金   額
期初現・預金残高
        288
 
受取債権増
棚卸資産増
雑流動資産増
支払債務増
未払金増
雑流動負債減
△       169            
△        53
△        12
         54
          9 
△        17
営業活動によるキャッシュフロー
△        188
 短期借入金減
△         29
 短期資金収支
△        217
 
資本減
固定資産増
 投融資減
△       231
△        92
         56
投資活動によるキャッシュフロー
△       267
長期借入金増
社債増
        189
        158
長期資金収支
         80       

総合資金  収支
△        137
 
現・預金の増減額
△       137
期末現預金 残高
        151

 この事例は商社です。この会社は18/5期、19/5期と業績が悪化し、キャッシュフロー対策のご相談を受けたので、業績悪化直前の17/5から19/5期に至る3年間のキャッシュフローを検討したものです。売上は17/5期に比べ18/5期19/5期は100百万円ほど増加しているのですが、経費が増大し赤字になっています。
 11月1日の事例でも同じことを書きましたが、100万円程度の売上増加に対し、受取債権増169百万円、棚卸資産増54百万円計223百万円の増加は、売り増加額の2倍に及び明らかに過大です。「売上を増加させるのに無理をしているのではないか」と考えられます。
 営業活動によるキャッシュフローのマイナス188百万円と、赤字231百万円を主因にこの会社のキャッシュフローは大幅に悪化しました。結果長期借入金159百万円、社債158百万円を調達しても足りず、現預金は137百万円減少しました。
 この会社の現預金が多かったこと、取引金融機関が資金を供給して下さったので、破綻に至らなかったわけです。この段階で経理担当者を変え、その後のキャッシュフロー対策のご相談を受け、会社と一緒に苦労しました。この3年間に、取引金融機関からのアドバイスは殆どなかったようです。
 これらの3事例は極端なケースで、キャッシュフローの安定した企業も数多くあるとは思います。しかし、キャッシュフローで苦労されてる中小企業に対し、昔は、取引金融機関は自己の貸出金債権保全のためにも、貸出先に苦言を呈し、キャッシュフローが円滑に推移するよう努めていました。今は企業自体が自社のキャッシュフローについて良く々々自覚していなければならない時代なのだと痛感致します。

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「リスクとキャッシュフロー」について⑫

2013年11月20日水曜日 | ラベル: |

 旧住友銀行の後輩から、千葉県立蓮沼海浜公園で行われる「ミニトレインフェスタin さんむ」に来ませんかと誘われて11月9日(土)に行って来ました。ここには2.1Kmの日本で一番長いミニトレイン用のレールが敷設されています。
 私は鉄道が大好きで、就職の際当時の「日本国有鉄道」を受験する準備をしていました。しかし最初に決まった会社に就職するというルールがあり、住友銀行に入りました。 80歳になっても若い時の気持ちのままです。
 ミニ蒸気機関車のオーナーに「どこの国の製品ですか。」とお聞きしましたとろ「私が作りました。」と言われ驚嘆しました。ペットボトルの水を補給し、石炭と炭を炉に投入しながら2.1Kmを走っておられました。当日ミニ蒸気機関車がもう一台ありました。
 楽しい1日を過ごすことが出来ました。

〇自家製ミニ蒸気機関車です。


〇発車オーライ


〇もう一台のミニ蒸気機関車です。


7.キャッシュフロー検討の事例 事例②

 事例②はある電力会社です。
 8年ほど前、私はある電力会社の企画部のリスクマネジメント担当の複数の方と大学の先生とで小規模な研究会を行っていました。その研究会でキャッシュフローについての意見を求められましたので、有価証券報告書の記述に基きキャッシュフローの状況の検討を致しました。下記はその時のデータです。
 平成16年3月末と平成17年3月末のバランスシートを比較して、資金需要項目と資金調達項目に分け、それを長期資金と短期資金に分けた表 ➞ 「資金運用表」は下記です。

○資金運用表(単体)                     (単位億円)
  資 金 需 要       資 金 調 達
項   目   金   額   項   目  金   額
 



核燃料他資産増
その他固定資産増
長期借入金減
 
      167
      179
     1327
電気事業固定資産減
(固定資産減
(固定資産仮勘定増
 社債増
 その他固定負債増
 自己資本増 
【 短期に流用 
  926    1
1360)       ―434)
  238
  382
  674
  547 】
   計      1673     計  2220
 
 
短期
資金
現・預金増
その他流動資産増
短期借入金減
その他流動負債減
 
       29
       24
      600
      525
 
【 長期から流用547 】
1年以内返済の長期借入金増
未払費用増
未払税金増
諸引当金増
  442
   88
   75
   26
   計      1178    計   631
   合   計      2851   合  計  2851

(評価)
 長期資金面では、核燃料他の資産増346億円と長期借入金減1327億円計1673億円の資金需要に対して、電気事業固定資産減926億円、社債増238億円、その他固定負債増382億円に加え自己資本増674億円、計2220億円で賄い、547億円を短期資金に流用した形になっています。
 短期資金面では、その他流動資産増24億円、短期借入金減600億円、その他流動負債減525億円計1178億円の資金需要に対して、調達は1年以内の長期借入金の増加442億円、未払費用・税金増163億円、諸引当金増26億円計631億円に止まり、不足は長期資金の流用で賄い、残額は現・預金増29億円となっています。
 今期資金需要の太宗は長・短借入金の返済1,927億円です。減価償却金額を下回る設備投資(固定資産減となって表れている)による資金余剰と利益で長・短借入金を毎期減少させています。誠に好ましい資金運用状況です。連結ベースでもこの傾向は変わっていない筈です。

2.キヤッシュフロー計算書の分析

○キヤッッシュフロー計算書                    (単位 億円)
    科  目 15年3月期 16年3月期 17年3月期
営業活動によるキヤッシュフロー ①
(内減価償却費)
4596
(2764)
  3868
(2607)
  4192
(2402)
投資活動によるキヤッシュフロー ②
(内固定資産の取得による支出 )
2444
(2667)
  1998
 (2118)
 1935
(2063)
フリー キヤッシュフロー  ①―②    2152   1870 2257
財務活動によるキヤッシュフロー
(内 社債増減)
(長期借入金増減)
(短期借入金増減)
(コマーシャルペーパー増減)
 △2228
( △171)
( △857) 
( △697)
( △240) 
 △1981
(△1569)
( △726)
(  300)
(  250)
△1935
(  210)
( △871)
( △609)
( △580)
現金及び現金同等物の増減額    △76   △111    322

 会社が利益を挙げている上に、減価償却費を下回る固定資産取得が、キヤッシュフローを好転させている根本的な理由です。

 ここで、財務活動の内容を検討して見ます。
 当時の電力会社は、基本的には銀行借入・社債による調達に問題が起こる恐れは無いと考えていたと思いますが、万一何か問題が起こって調達に齟齬を来たすような事態が生じたらどうなるという点についての当時の私の意見は下記です。

① 17年3月期末の(単体)の現預金312億円は、会社の月商1、111億円の0.3ヶ月分です。コミットメントラインの状況は分かりませんので、これだけを見ればかなりの低水準です。
※事故に備え、平時から「月商の1ヶ月分くらいの資金」を用意しておくのは、CFO(最高財務責任者)の流動性リスクに対する経験則です。 
 例えば、ソニーの2004年3月期ア二ュアルレポートの記述です。     
「ソニーは流動性確保のために、グループ全体で、年度における平均月次売上高および予想される最大月次借入債務返済額の合計の100%以上に相当する流動性を維持することを基本方針としています。」
② この会社は10年ものの社債・期限一括返済の長期資金借り入れで資金調達をしていました。これらの返済期限の平準化を考えなくても良いのかと言う問題があります。
③ キヤッシュフロー計算書を3期見ますと、社債増減、長期借入金増減、短期借入金増減、コマーシャルペーパー増減がバラバラです。基本的な資金調達(返済)方針が無く行き当たりバッタリなのではないかと言う感があります。
④ 根本は、社債・銀行借入に不安がないという状況では、こんなことを考えなくてもキヤッシュフローはご安泰だと皆が思っている結果だと考えられますが、それで良いのでしょうか。

 研究仲間の企画部の方が財務部門に私の意見を伝えて下さいました。財務部門からは「当社は銀行から借りてくれ、借りてくれと言われている。そんなことは考慮する必要は無い。」ということだったとお聞きしています。
 6年後の平成23年度、平成24年度、この会社は千億円単位の赤字となっています。「営業活動によるキャシュフロー + 投資活動によるキャッシュフロー」も千億円単位のマイナスになり、長期借入金は1兆円以上増加しています。東京電力の場合「想定外」ということが問題になりました。この電力会社の場合もキャッシュフローの状況は一変しました。
 どんなに安定したキャッシュフローの状況に見えていても、こういったことが起こると考えているべきだと痛感します。

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「リスクとキャッシュフロー」について ⑪

2013年11月10日日曜日 | ラベル: |

 11月4日(月)親しい研究仲間の方が、矢来能楽堂でお能「葵上」のシテ六条御息所を務められましたので、見に行って来ました。

〇矢来能楽堂の舞台です。

 
 事前に資料を頂いていたので、見所・内容など理解出来て大変感銘しました。私は10年ほど前からオペラの団体の東京二期会の監事をしていてオペラを屡々見ていますのでオペラに比較すると、お能は余分なものを極力捨てた抽象性を強く感じました。それでいて十分迫力のある舞台に感動しました。
 私は「大鼓」の澄んだ音が大好きで、当日も心が洗われる思いがしました。
7.キャッシュフロー検討の事例 事例①

 事例①はある製薬会社について、有価証券報告書の記述に基きキャッシュフローの状況の検討をしたものです。

1)金融基調

○20年3月期                 (単位百万円)
 (固定負債≼11,093≻+自己資本≼76,951≻) ―  固定資産≼46,834≻
  =88,044 ― 46,834 = 41,210
○21年3月期                 (単位百万円)
 (固定負債≼8,420≻+自己資本≼76,344≻) ―  固定資産≼40,708≻
  =84,764- 40,708 = 44,056
○ 22年3月期                (単位百万円)
 (固定負債≼9,007≻+自己資本≼80,370≻) ―  固定資産≼44,101≻
  =89,377- 44,101 = 45,276
 最近3期の連結貸借対照表では金融基調はプラスであり、しかもプラスの金額は逐年拡大しています。このことはキャッシュフローの安定上大変好ましい傾向です。

2)業 績
 最近3期の連結損益計算書を見ると、安定した高収益を挙げていて、この点もキャッシュフローの安定上大変好ましいことです。

○連結損益計算書                          (単位百万円)
  平成 19 年度実績 平成 20 年度実績    平成 21 年度実績
(19.4.1 - 20.3.31) ( 20.4.1 - 21.3..31) ( 21.4.1-22.3.31 ) 前年度比
 売上高  59,450 63,072 62,932 △   140 
売上総利益
(同上率)
 32,072
(53.9%)
34,158
(54.2%)
33,937(5 3.9 %- ) △   221
 (△0.3 % )
販売費・一般管理費
 (同上率)
 25,610
(43.1%)
26,610
(42.2%)
 27,475
(43.7 % )
    865
(1.5 % )
 営業利益
 (同上率)
  6,461
(10.9%)
  7,547
(12.0%)
  6,461
  ( 10.3%)
 △1,086
(△1.7 % )
 経常利益
 (同上率)
  6,860
(11.5%)
  8,041
(12.7%)
  6,786
(10.8%)
 △1,255
 (△1.9%)
特別利益
特別損失
    18
     -
      -
    354
    206
      -  
   206
•  354    
税引前当期純利益又は純損失
 (同上率)
  6,879

(11.6%)
  7,686

(12.2%)
  6,993
 
(11.1 % )
 △ 693 
 
(△1.1%)
 
平均 月商  4,954 5,256 5,244 △   12

3)連結キャッシュフロー

○連結キャッシュフロー計算書の要約              (単位 百万円)
 項     目 (19.4.1 - 20.3.31) ( 20.4.1 - 21.3..31) ( 21.4.1 -22.3.31 )
営業活動によるキャッシュフロー ①
(内 税金等調整前当期純利益)
 7,346
(6,879)
6,370
(7,686)
9,225
(6,993)
投資活動によるキャッシュフロー ② △1,070 △3,565 △3,648
•  - ② (フリーキャッシュフロー)  6,276  2,805  5,577
財務活動によるキャッシュフロー △2,149 △2,300 △1,318
現金及び現金同等物の増減額 △  286    292  4,001

 最近3期の連結キャッシュフロー計算書の要約を見ると、好業績に支えられて毎期営業活動によるキャッシュフローは大幅なプラス、フリーキャッシュフローもプラスで現金及び現金同等物も茲許大幅に増えていて好ましい傾向です。またこうしたキャッシュフローの改善の結果22年3月末で長短借入金が0になったことは画期的な事態です。

 リスク発生時に備え企業は少なくとも月商の1ヶ月分くらいは手元資金を保有しておくことが望ましいと考えますが、期末現預金・及び現金同等物残高は、22年3月期は3.7ヶ月でありリスク発生時の対応には十分な自己資金を保有していると考えます。

○ 期末現預金・及び現金同等物残高推移           (単位 百万円)
 項     目 (19.4.1 - 20.3.31) ( 20.4.1 - 21.3..31) ( 21.4.1 -22.3.31 )
期末現預金 ①
(同上 平均月商比)
 11,234
( 2.3 ヶ月 )
 14,687
( 2.8 ヶ月)
 11,028
 ( 2.1 ヶ月)
有価証券残高 ②
預入期間が 3 ヶ月を越える定期 ③
  3,999
△    80
   798
△   40
  8,499△    80
•    +  ②  +  ③
(同上 平均月商比)
15,153
(3.1ケ月)
 15,446
 (2.9ヶ月)
 19,447
 ( 3. 7ヶ月)

○借入金残高推移                       (単位 百万円)
   項     目 20.3.31  末 21.3.31 末 22.3.31 末
  短期借入金 30     0     0
1 年以内に返済予定の長期借入金   1,162    70     0
  長期借入金     59   182     0
    計   1,251   252     0

4)キャッシュフローの状況に対する意見
 この会社は金融基調・業績・連結キャッシュフロー計算書・期末現預金・及び現金同等物保有状況等総て好ましい状況にあり、優等生ですが、強いて言えば、下記の2点を再考すべきだと思います。

1) 借入金額以上の現・預金残高を持つ実質無借金の企業と、借入金の無い無借金企業との差異は、銀行員の視点からは、借入金が無くなるとメインバンクの融資担当者が無くなると共に、企業の財務データが銀行のデーターベースに入らなくなり、緊急時の咄嗟の融資交渉がやり難くなる恐れがあるかどうかと言うことにあると私は思います。
 例えば、武田薬品工業は平成22年3月期末現預金残高は266,538百万円で、売上高1、465,965百万円の2.2ヶ月分の現・預金を保有していましたが、短期借入金を3,285百万円を残していました。その意味は上記のことだと私は思います。この事例の企業は無借金に踏み切ったわけですが、私は借入金を残して置いた方が良かったのではないかと思います。

2)この会社の生産拠点は小田原1ヶ所だけなので、東海地震等発生時の資金需要と対策について、前記の金融機関との借入関係の維持、地震保険、特に地震に起因する事業中断に対する利益保険の付保は充分なのかなどを検討をすべきだと思います。

 次回も事例について考えます。

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「リスクとキャッシュフロー」について ⑩

2013年11月1日金曜日 | ラベル: |

6.キャッシュフロー検討の基礎
(5)3種類のキャッシュフロー計算書 ③
 アメリカ流のキャッシュフロー計算書の思想は、自己資本・各種引当金等の増減額に短期資産・負債の増減額(短期資金収支)を加えたものがフリーキャッシュフロー〓企業価値の源泉で、そこから株主への配当や将来の発展のための投資をすると言うことだと思います。
 私は有価証券報告書のキャッシュフロー計算書の考え方が間違っていると思っている訳ではありませんが、自己資本の蓄積が乏しく、収益も上がらない企業が多い我が国の中小企業は資金の不足を金融機関からの借り入れに頼るケースが多くあります。その場合のキャッシュフローの検討に当たっては、少し違った考えの旧住友銀行流の検討手法も役に立つと私は思います。

〇旧住友銀行本店(大阪市)


下記キャッシュフロー検討表 (Ⅱ) をご説明致します。

 ○キャッシュフロー検討表 (Ⅱ)        (単位 百万円)
   項    目
    金   額
期初現・預金残高
        200
 
受取債権増
棚卸資産増
短期貸付金増
雑流動資産増
雑流動負債減
支払債務増
△       343  
△       226
△       125
△        77
△         2
        323  
営業活動によるキャッシュフロー
△      450
 短期借入金増
        431
 短期資金収支
△       19
 
資本増
固定資産増
 投融資減
        78
△      206
        54
投資活動によるキャッシュフロー
△       74
長期借入金増
       285
長期資金収支
       211       

総合資金  収支
        192
 
現・預金の増減額
        192
期末現預金 残高
        392


① 短期資金収支
 短期の資産・負債の増減額だけを独立させて計算すると(短期資金収支)営業活動によるキャッシュフローは450百万円のマイナスです。
 売上を増やすと売掛金の増加や在庫の積み増しのためある程度の資金が必要になります。この場合の資金需要の妥当性の検証については、「売上増加率と受取債権増や棚卸資産増加率がほぼ等しければ(回収条件の改善は常に必要ですが)止むを得ないか」などと考えることになります。
 このケースでは、別途損益計算書を見ると、売上高が前期比244百万円増加しているのに対し、受取債権増343百万円、棚卸資産増226百万円計567百万円の増加です。売上増加額の2倍以上の資金需要は過大ではないか。と言うことが先ず問題点として浮上します。
 「売上を増加させるのに無理をしているのではないか」と考えれば、従来の売上回収条件との対比が必要になります。また「244百万円の売上増に対し棚卸資産が226百万円増加しているのは過大ではないか。デッドストックは生じていないか。」などの検討を要します。更に、短期貸付金125百万円の増加の内容の検討も必要です。
 短期借入金を431百万円増やし、結果短期収支の不足分19百万円は長期資金から流れて来た資金から充当しています。長期資金から流れて来た資金の残り192百万円(211百万円ー19百万円)は手元現・預金の増加になっています。
 短期資金の不足ですから短期借入金を増やしているわけですが、返済をどうするか、可能かなどは後ほど検討致します。

② 期資金収支
 固定資産増206百万円の資金需要に対し、資本増78百万円、投融資減54百万円、計132百万円の資金調達では74百万円不足し、長期借入金285百万円を借りています。長期資金調達の余りは短期資金に流れ、大半は現預金の増加になりました。
 ここでは、長期資金の不足74百万円に対し、何故285百万円もの長期資金を借り入れたのかの検討が必要です。例えば近々投資計画があるのか等です。お金を余分に借りられれば良いというものではありません。

③金融基調
 資金は長期から短期に流れていますからこの期間は長期資金についてのキャッシュフローの不安定要因は生じていないと判断されます。
 繰り返しになり誠に恐縮ですが、10月20日(日)の①有価証券報告書のルールに準じたキャッシュフロー計算書と、その説明を再度読んで見て比較して頂きたいと思います。 

 
 (6)借入金の返済について
  企業が銀行からお金を借りたら、返さなければなりません。旧住友銀行では借入金の返済原資は「償却前・引当前利益」だとされていました。
 (利益)+(お金が企業の外に出ない減価償却、引当金)の中からお金を返すことが出来ると言うことです。この点は有価証券報告書のキャッシュフロー計算書の考え方とは異なります。
 有価証券報告書のキャッシュフロー計算書の考え方では「営業活動によるキャッシュフロー」の中に「資本の増加額」「 減価償却費」「引当金の増減」が全て算入されています。「営業活動によるキャッシュフロー」で「投資活動によるキャッシュフロー」を賄いきれない場合の借入金はどうやって返済することになるのか。多分次期以降キャッシュフローを改善して返済するということでしょうが、貸出時に返済能力をどうやって判断するのか、私には分かりません。
 まして「営業活動によるキャッシュフロー」がマイナスになった場合の資金不足をどうやって調達するのか。多分アメリカでは、「営業活動によるキャッシュフロー」がマイナスの企業は銀行からは借りないで増資資金などを当てるのかも知れません。
 アメリカの場合はさておき、我が国では戦後大企業を含め、自己資本の蓄積が少ない時期、不足した運転資金の貸出では、「1年以内に期限に一括返済し、一括再貸出」の短期借入金が横行していました。私が現役のころは「ころがし短期借入金」と言われていました。
 企業は先ず長期借入金の約定返済を行います。これは今も変らないと思います。まずここで長期借入金の約定返済額が「償却前・引当前利益」の金額の範囲内かを見ます。
長期借入金の約定返済額が「償却前・引当前利益」の金額を超えると短期のキャッシュフローに悪影響を及ぼします。
 「返済期日が貸借対照表日の翌日から起算して1年以内に到来するものが短期借入金」だと定義されています。「利益も含めた長期資金収支」がマイナスで、長期借入金を増やしているような企業が、短期資金が不足して借りた短期借入金を1年以内に返済することは不可能です。
 以前の「ころがし短期借入金」は現在では認められていません。中小企業は短期資金が不足して短期借入金を借り入れる場合は、1年以内の返済条件を付けて借入れ、これを借り換えることでキャッシュフローを維持している場合が多いと思われます。 「1年以内に期限に一括返済し、一括再貸出」から「1年以内の返済条件付き借入・再貸出」かは形式の違いだけで、実質「ころがし」或いは「自転車操業(止まると倒れる)」であるわけです。
 私は、長期的には企業は自己資本を充実し、收益を改善して、キャッシュフローの自転車操業を脱することが目標になると思いますが、我が国の多くの中小企業は現在の状況を早急に改善することは困難だと思います。
 まず、こうした多くの中小企業のキャッシュフローの「自転車操業」の現状・問題点を中小企業の経営者が正しく認識することが必要だと思います。
 そのために、「キャッシュフロー検討表 (Ⅱ)」の各項目を企業経営者・金融機関双方で常に検討していなければなりません。
 企業の資金繰り(キャッシュフロー)は、企業の損益と勘定科目の金額の変動の結果です。「自転車操業」のキャッシュフローで、最も重要なことは(倒れないこと)、企業業績の維持・安定です。
私が勤務した旧住友銀行では、こういった見地から、時には経営・キャッシュフローなどについて企業に苦言を呈していました。言い過ぎると経営者が怒って取引を他の銀行に移してしまわれたりしますので、難しいことですが、企業のお役にたっていた場合もあったと信じています。
 いま、幾つかの中小企業からキャッシュフローについてのご相談を受けていますが、企業側、金融機関双方に、今回申し述べたような考えはあまり無いように思われます。
 企業の損益計算書や貸借対照表をコンピューターで整理・計算し評価分析をする今の時代は、データの作成と判断に融資担当者の経験・能力の差が影響しないので、大変良いことだと思います。
 コンピューターで整理・計算する場合に、今回申し上げたような「キャッシュフロー検討表 Ⅱ)」も自動的に作成し、ただその読み方は上司や先輩が実例に基づき十分教育する。そして企業の経営者にも現状を良く理解して貰えば、貸出金管理に役立つと私は思います。
 日常そうやっていても、大地震とか大洪水などで事業がストップすれば、またキャシュフローに甚大な影響が生じます。BCP(事業計測計画)における、キャッシュフロー対策〓リスクファイナンスについては後日項を改めてご説明を致します。
 次回からは、いくつかの企業のキャッシュフロー検討の事例を解説致します。

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「リスクとキャッシュフロー」について ⑨

2013年10月20日日曜日 | ラベル: |

学士会のご斡旋で、10月16日(水)東京オペラシティコンサートホールにウラディミール・ミーニン指揮の「国立モスクワ合唱団」を聞きに行きました。当日朝は台風26号が関東地方の近くを通過したためJRの電車が動かず、漸く動き始めた電車を乗り継いで何とか開演15分前に会場に駆け込みました。2割くらいの方は、前半終了後の休憩時間に入場されていました。


 〇指揮者ウラディミール・ミーニンです。(プログラムの写真より)

  
 〇国立モスクワ合唱団です。(プログラムの写真より)

  


 プログラムには「ミーニンは輝かしい個性を持つソリストたちによる優秀なアンサンブルとしての合唱を具象化した。」と書いてあります。東京二期会の合唱団でもそう思いますが、「ソリストとしても十分通用する人たちのアンサンブル」の合唱だからこそ人々の心を打つのだと痛感しました。その上に優れた指揮者の存在です。
 私の旧制中学生時代の1940年代後半、兄が通学していた旧制高校の音楽会では「ステンカ・ラージン」や「ヴォルガの舟曵き歌」などが歌われていました。
1950年代に「うたごえ運動」や「歌声喫茶」で歌われていた懐かしいロシア民謡の数々「カチューシャ」「ともしび」「トロイカ」等が私の青春時代を思い出させてくれました。聴衆には白髪の方が多く、きっと同じ思いの方々だろうと感じました。そのことを抜きにしても、素晴らしい合唱で万雷の拍手でした。
6月10日のブログ、「アンネ=ゾフィー・ムターさんのサイン」でも書きましたが、この歳になっても美しい音楽に感動出来るのは、誠に幸せなことだと思います。
「リスクとキャッシュフロー」に戻ります。

6.キャッシュフロー検討の基礎
(5)3種類のキャッシュフロー計算書 ②
   ①有価証券報告書のルールに準じたキャッシュフロー計算書 
                             (単位 百万円)


   項    目
 金   額
期初現・預金         200
自己資本の増加額
受取債権増
棚卸資産増
短期貸付金増
雑流動資産増
雑流動負債減
支払債務増
        78
△      343  
△      226
△      125
△       77
△        2
        323  
営業活動によるキャッシュフロー △      372
固定資産増
 投融資減
△      206
         54      
投資活動によるキャッシュフロー △      152
 短期借入金増
長期借入金増
        431
        285        
財務活動によるキャッシュフロー         716
総合資金収支         192


 「営業活動によるキャッシュフローの不足は372百万円、投資活動によるキャッシュフローの不足は152万円、合計524百万円のキャッシュフローのキャッシュフローの不足を長短借入金716百万円で補い、結局総合資金収支は192百万円のプラスになった。」という説明でこの企業のキャッシュフローの問題点が鮮明に浮かび上がるでしょうか。この表では、どこに問題があるのかが分かりにくいと思います。
 繰り返しになって恐縮ですが、9月20日のブログの記述を再度引用致します。



○資金運用表     (○○ /○ -○○ /○)                  (単位百万円)
資 金 需 要       資 金 調 達
項   目   金  額   項   目 金   額
 
 



現預金 増
受取債権増
(受取手形増
(売掛金増
棚卸資産増 )
短期貸付金増
雑流動資産増
雑流動負債減
   192
   343
   122)
   221)
   226
   125
    77
     2
支払債務増
(支払手形増)
(買掛金増)
短期借入金増
 
 
 
( 長期から流用 )
    323
   ( 115) 
   ( 208)
    431
 
 
 
   (211 )
   計    965     計     754
長期
資金
固定資産増
 
( 短期へ流用 )
   206
 
(  211)
投 融資減
長期借入金増
資本 増
     54
    285
     78
   計    206    計 417
  合   計  1,171   合  計 1,171

 資金運用状況の説明は下記のようになります。
1) 金融基調の動向
 先ず最初に、長期資金から短期資金にお金が流れているか、短期資金から長期資金にお金が流れているかをみると、長期資金から短期資金に211百万円流用された形になっています。従って、この期間は、長期資金についてのキャッシュフローの不安定要因は生じていないと判断出来ます。
2)短期資金について 
 現・預金の増減は資金運用の結果なので除外して検討を行います。現・預金の増加192百万円を除くと、短期資金需要は773百万円になります。即ち、受取債権の増加343百万円(内訳・受取手形増122百万円・売掛金増221百万円)、棚卸資産の増加226百万円、短期貸付金の増加125百万円、雑流動負債の増加77百万円、雑流動負債の減少2百万円で合計773百万円の資金需要があった訳です。
 これに対して、支払債務増323百万円(内訳支払手形増115百万円・買掛金増208百万円)の資金調達が出来たものの、なお短期資金は450百万円不足し、短期借入金を431百万円増やし、その上長期資金から流れて来た資金211百万円のうちの19百万を不足分に充当しています。残額の192百万円は手元現・預金の増加になりました。
3)長期資金について
 固定資産増206百万円の資金需要に対し、投融資減54百万円、資本増78百万円計132百万円の資金調達では74百万円不足し、長期借入金285百万円を借りています。
長期資金調達の余りは短期資金に流れ、大半は現預金の増加になりました。


 上記の結果下記のことが浮かび上がって来ます。
1)この期間は、長期資金についてのキャッシュフローの不安定要因は生じていない。
2)別途損益計算書を見ると、売上高が前期比244百万円増加している。この場合、受取債権増343百万円、棚卸資産増226百万円計567百万円の資金需要は過大ではないか。短期貸付金125百万円の増加の内容の検討も必要。
3)長期資金の不足74百万円に対し、何故285万円もの長期資金を借り入れたのか。


 最も重要な問題点は、短期資金で、「売上を増加させるのに無理をしているのではないか、従来の売上回収条件・仕入条件との対比などが必要」、また「244百万円の売上増に対し棚卸資産が226百万円増加しているのは過大な在庫の増加ではないか。デッドストックは生じていないか。」などの検討を要します。
 ここで、再度前掲の ①有価証券報告書のルールに準じたキャッシュフロー計算書と、その説明を読んで頂きたいと思います。 
私は有価証券報告書のキャッシュフロー計算書の考え方が間違っていると思っている訳ではありません。ただ中小企業などのキャッシュフローの検討には、旧住友銀行の考え方も役に立つのではないかということを主張したいと思うだけです。
 下記のキャッシュフロー検討表(Ⅰ) は自己資本の増加額を外に出したものです。その結果営業活動によるキャッシュフローの不足金額が強調されていますが、まだ問題点を明確に認識出来る形にはなっていません。

 
○キャッシュフロー検討表 (Ⅰ)           (単位 百万円)
   項    目
    金   額
期初現・預金
       200
自己資本の増加額
        78
受取債権増
棚卸資産増
短期貸付金増
雑流動資産増
雑流動負債減
支払債務増
△      343  
△      226
△      125
△       77
△        2
        323  
営業活動によるキャッシュフロー
△      450
固定資産増
 投融資減
△      206
        54
投資活動によるキャッシュフロー
△      152
 短期借入金増
長期借入金増
       431
       285          
財務活動によるキャッシュフロー
       716
総合資金  収支
       192
現・預金 増
       192
期末   現預金
       392

 キャッシュフロー検討表(Ⅱ)は旧住友銀行の考え方に基づいて、資金運用表を縦に並べ変えたものです。
 9月20日のブログに書きましたが「現・預金の増減は資金運用表の理論上は資産の増加であり資金需要ですが、キャッシュフローの実際ではその期間の資金運用の結果です。最終的に長期・短期資金の資金調達・資金需要の過不足の結果で現・預金が増減します。」と言うことで、現・預金残高の増減は資金需要・調達から外し、最初と最後に預金残高を表示しています。
この表の検討・説明は次回に致します。  

 ○キャッシュフロー検討表 (Ⅱ)           (単位 百万円)
   項    目
    金   額
期初現・預金残高
        200
 
受取債権増
棚卸資産増
短期貸付金増
雑流動資産増
雑流動負債減
支払債務増
△       343  
△      226
△       125
△        77
△         2
        323  
営業活動によるキャッシュフロー
△      450
 短期借入金増
        431
 短期資金収支
△       19
 
資本増
固定資産増
 投融資減
        78
△      206
        54
投資活動によるキャッシュフロー
△       74
長期借入金増
       285
長期資金収支
       211       

総合資金  収支
        192
 
現・預金の増減額
        192
期末現預金 残高
        392

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