「リスクとキャッシュフロー」について ⑦

2013年9月20日金曜日 | ラベル: |

6.キャッシュフロー検討の基礎
(3) 資金運用表
 ① 貸借対照表の比較と資金運用表の作成

   下記のような表を作成し、各勘定科目の金額の増減額を計算します。 

○比較貸借対照表                     (単位 百万円)
  科    目
/   期
/    期
 増 減 額
流動
 
資産
現金・預金
     
売掛金
     
┅ ┅ ┅
     
┅ ┅ ┅
     
流動資産 計
     
固定資産
有形固定資産
     
┅ ┅ ┅
     
┅ ┅ ┅
     
固定資産 計
     
  合  計      
流動
 
負債
買掛金
     
┅ ┅ ┅
     
短期借入金
     
┅ ┅ ┅
     
流動負債 計
     
固定負債
 長期借入金
     
┅ ┅ ┅
     
┅ ┅ ┅
     
固定負債  計
     


 
資本金
     
利益剰余金
     
資本  計
     
  合  計
     

 上記の表で、流動資産の増減金額、固定資産の増減金額、流動負債の増減金額、固定負債の増減金額、資本の増減金額を計算し、先に記述した「資金需要」と「資金調達」の基準に従って、短期資金と長期資金に分けて、資金運用表に書き入れます。

② 資金運用表 の二つのケース
 資金運用表が出来たら、最初に、長期資金から短期資金にお金が流れているか「ケース1」、短期資金から長期資金にお金が流れているか「ケース2」をみます。

○資金運用表  【ケース1】    ④ ≻ ③ の場合 
  (○○ /○ -○○ /○)          (単位百万円)
資 金 需 要
      資 金 調 達
項   目
  金  額
  項   目
金   額
 



 
流動資産増
流動負債減
 
 
 
 
 
 
 
 
 
流動資産減
流動負債増
 
( 長期から流用 )
 
 
 
 
(④ ― ③)
 
   計
• 
    計
•   
 
 
長期
資金
 
固定資産増
固定負債減
資本 減
 
( 短期へ流用 )
 
 
 
 
 
(④ ― ③)
 
固定資産減
固定負債増
資本 増
 
 
 
 
 
 
 
 
   計
•   
   計
•   
  合   計
 
  合  計
 

 長期資金の調達④が長期資金の需要③を上回っている場合は、長期資金調達で余ったお金は短期資金に流れます。短期資金の調達不足(②≼①)があれば先ず不足分に充当され、残りは現・預金の増加になります。短期資金の調達も十分な場合(②≻①)は、長期・短期資金の調達余剰分は総て現・預金増になります。前回貸借対照表のバランス  「金融基調」 で述べましたが、キャッシュフロー安定の原則からみて望ましい形です。


○資金運用表  【ケース2】    ④ ≼ ③ の場合 
  (○○ /○ -○○ /○)          (単位百万円)
資 金 需 要
      資 金 調 達
項   目
  金  額
  項   目
金   額
 



 
流動資産増
流動負債減
 
( 長期へ流用 )
 
 
 
 
 
(③- ④)
 
流動資産減
流動負債増
 
 
 
 
 
 
 
 
   計
• 
    計
•   
 
 
長期
資金
 
固定資産増
固定負債減
資本 減
 
 
 
 
 
 
 
 
 
固定資産減
固定負債増
資本 増
 
( 短期から流用 )
 
 
 
 
 
(③- ④)
   計
•   
   計
•   
  合   計
 
  合  計
 

 長期資金の調達が不足している場合です。長期資金の調達不足分を短期資金で賄うことはキャッシュフロー安定の見地からは好ましいことではありません。ただ、前回6-(1)述べましたが、今までの経営の結果、「固定資産≼(資本+固定負債)」となっている企業の場合は直ちにキャッシュフローに問題が生じないことも有り得ます。
 何れにしても、毎期「ケース1」の傾向であることがキャッシュフロー安定の見地からは望ましいと言えます。

③ 現・預金の増減は資金運用の結果である。
 現・預金の増減は資金運用表の理論上は資産の増加であり資金需要ですが、キャッシュフローの実際ではその期間の資金運用の結果です。最終的に長期・短期資金の資金調達・資金需要の過不足の結果で現・預金が増減します。
 後述する「間接法によるキャッシュフロー計算書」では現・預金の増減はその期間のキャッシュフローの結果として示されますが、資金運用表では、形の上では、現・預金の増減は短期資金の資金需要の項目に入ります。ここのところを良く理解しておいて下さい。

④資金運用表の分析・評価
 作成した資金運用表の分析・評価こそが重要です。
〇資金運用表の実例
下記は、私が銀行員の現役時代に担当した、ある衣料品販売会社の資金運用表です。
○資金運用表     (○○ /○ -○○ /○)                (単位百万円)
資 金 需 要
      資 金 調 達
項   目
  金  額
  項   目
金   額
 
 



現預金 増
受取債権増
(受取手形増
(売掛金増
棚卸資産増 )
短期貸付金増
雑流動資産増
雑流動負債減
   192
   343
   122)
   221)
   226
   125
    77
     2
支払債務増
(支払手形増)
(買掛金増)
短期借入金増
 
 
 
( 長期から流用 )
    323
( 115) 
( 208)
    431
 
 
 
(   211 )
   計    965     計     754
長期
資金
固定資産増
 
( 短期へ流用 )
   206
 
(  211)
投 融資減
長期借入金増
資本 増
     54
    285
     78
   計
   206
   計
417
  合   計
 1,171
  合  計
1,171


〇資金運用表の説明
 上記の資金運用状況の説明は下記のようになります。
1) 金融基調の動向
 先ず最初に、長期資金から短期資金にお金が流れているか、短期資金から長期資金にお金が流れているかをみると、長期資金から短期資金に211百万円流用された形になっています。従って、この期間は、長期資金についてのキャッシュフローの不安定要因は生じていないと判断出来ます。
2)短期資金について
 ③で述べたように、現・預金の増減は資金運用の結果なので除外して検討を行います。現・預金の増加192百万円を除くと、短期資金需要は773百万円になります。 
 即ち、受取債権の増加343百万円(内訳・受取手形増122百万円・売掛金増221百万円)、棚卸資産の増加226百万円、短期貸付金の増加125百万円、雑流動負債の増加77百万円、雑流動負債の減少2百万円で合計773百万円の資金需要があった訳です。
 これに対して、支払債務増323百万円(内訳支払手形増115百万円・買掛金増208百万円)の資金調達が出来たものの、なお短期資金は450百万円不足し、短期借入金を431百万円増やし、その上長期資金から流れて来た資金211百万円のうちの19百万を不足分に充当しています。残額の192百万円は手元現・預金の増加になりました。
3)長期資金について
 固定資産増206百万円の資金需要に対し、投融資減54百万円、資本増78百万円計132百万円の資金調達では74百万円不足し、長期借入金285百万円を借りています。
 長期資金調達の余りは短期資金に流れ、大半は現預金の増加になりました。
4)業績について
 この会社は、衣料品の販売で今期は年間3、255百万円の売上を挙げ、今期売上は前年比244百万円増(伸び率8%)となっています。利益率は横ばいです。
 今回は省略しますが、資金の源泉となる業績の実績・見込みを詳しく検討をすることが必要です。
 この資金運用表をどう評価すれば良いのでしょうか。
1)資金需要・資金調達内容の評価
 売上高が前期比244百万円増加しているこの企業で、受取債権増343百万円、棚卸資産増226百万円計567百万円の資金需要は妥当な金額なのでしょうか。
 支払債務増323百万円の資金調達を差し引いても、売上高が244百万円増加して、受取債権の増加額が343百万円というのは過大なのではないかと見られます。このためには、売上を増加させるのに無理をしていないか、従来の売上回収条件・仕入条件との対比などが必要になります。さらに、棚卸資産が226百万円増加しているのも過大ではないかとみられます。このためには、従来の在庫状況と対比し、伸び率8%の売上増に対し妥当な在庫の増加額なのか、デッドストックは生じていないかなどを検討しなければなりません。
 短期貸付金125百万円の増加は、子会社の設立資金の貸付けだと説明を受けています。子会社の設立の妥当性、短期貸付金として処理して良いかも検討を要します。
 長期資金の不足74百万円に対し、何故この期間に285万円もの長期資金を借り入れたかについては、現在の貸借対照表の状態や子会社を含めた将来の投資計画等により可否を判断しなければなりません。

 キャッシュフローは企業経営の結果であり、キャッシュフローを評価判断することは、最終的には企業経営の現状を判断することになります。
 昭和30年代(1955年~1965年)旧住友銀行では、前述の資金運用表の分析・
評価により企業のキャッシュフローの評価を行っていました。まだキャッシュフロー計算書など言われていなかった時代です。私は当時資金運用表の分析で企業のキャッシュフローの状況は十分に判断・評価出来ていたと確信しています。



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「リスクとキャッシュフロー」について ⑥

2013年9月10日火曜日 | ラベル: |

5.キャッシュフローの重要性
 我が国では永年企業の評価の尺度は、先ず売上高、次が業績でした。敗戦後の経済復興・発展期に企業は自己資本の蓄積が薄く、発展する企業はお金が足りないのが当たり前でした。その不足資金を供給していたのが銀行です。
財務諸表は、従来は①貸借対照表②損益計算書③財務諸表附属明細書・利益金処分計算書でした。しかし、2000年(平成12年)3月決算期から、上場企業には欧米基準に準拠した「キャシュフロー計算書」が加わりました。
 企業の資金繰り(キャッシュフロー)は、企業の損益と勘定科目の金額の変動の結果です。欧米では「事業活動の結果得られるキャシュフローの金額が企業の価値を決める」とされています。わが国では、まだキャッシュフロー重視の思想は企業に十分浸透していないように思われます。
 企業の損益計算書を見て、企業の資金の源泉である損益を把握し、貸借対照表の各勘定科目の増減を比較して、利益によってもたらされた資金がどのように増減したかを検討します。「間接法によるキャッシュフロー」の検討です。
 然し、多くの中小企業では、実際の収支の実績による資金繰り「直接法によるキャッシュフロー」によって実務が行われています。
 企業は、①貸借対照表・②損益計算書・③直接、間接キャッシュフロー計算書の3者を結びつけたキャッシュフローの検討を行わなければなりません。以前は銀行が或る程度こうした見地からの分析を行っていましが、今は望めません。中小企業でも貸借対照表・損益計算書・直接・間接キャッシュフロー計算書の3者を結びつけてキャッシュフローを判断すべきです。
 事業を継続するための、最後の決め手は「キャッシュフロー・お金が回るか」です。基本的なキャッシュフローの検討の考え方をご説明致します。

6.キャッシュフロー検討の基礎
(1)貸借対照表のバランス  「金融基調」 


〔固定資産 + 固定的資産〕-〔長期引当金 + 長期負債 + 自己資本〕=金融基調 
                              (+ or  -)

 キャッシュフローの検討にあたっては、先ず貸借対照表を見て、「企業の固定資産や固定的資産(不良在庫・デッドストックなど)が、長期引当金・長期負債と資本で賄われているかを見ます。
 私が勤務していた旧住友銀行では、(資本+固定負債〈含む長期引当金〉)―(固定資産〈含む固定的資産〉)の絶対額のことを「金融基調」といっていました。その後「金融バランス」と言い換えています。或る地方銀行では同じ考えですが、「流動性バランス」と言っておられます。
(参考書)
 ○「最新銀行員の企業診断」  今井勇  昭和58年 銀行研修社 
 ○「貸出審査の総合判断」住友銀行事業調査部 平成10年 金融財政事情研究会

  
〇 (資本+固定負債) - 固定資産 = プラス

長期資金収支安定→ 全体の資金収支(キャッシュフロー)も安定  
 
流動資産   
 
流動負債

固定負債
(含む長期引当金)
 
固定資産
(含む固定的資産)
 
 
 資 本


〇 (資本+固定負債) - 固定資産 = マイナス

長期資金収支不安定→ 全体の資金収支(キャッシュフロー)も不安定
 
流動資産
 
 
流動負債

固定資産
(含む固定的資産)
 
固定負債
(含む長期引当金)
資 本

 キャッシュフロー(資金繰り)の安定のための原則は、「固定資産」は「固定負
*1」か「資本」から生み出されたキャッシュ(お金)で購入することです。
 固定資産(1年以上長期的に保有する資産)を、1年以内に返済する借入金等(流動負債)で購入すれば、その資産が十分稼働して利益(キャッシュ)を生み出さない内に借入金を返済しなければならず、多くの場合キャッシュフローが不安定になります。
 流動資産を購入する場合に、固定負債*1(例えば長期借入金)でキャッシュ(お金)を調達した場合はキャッシュフローは逆にゆとりが出て来ます。(金利は高くなりますが)
 この考え方を比率にしたものが長期固定適合比率*2です。
 *1 固定負債とは1年以上後に弁済期限が到来する負債と定義されます。
 *2 長期固定適合比率=総固定資産 / 資本勘定+固定負債×100

 貸借対照表を見て、固定資産(含む固定的資産)の金額が(資本+固定負債〈含む長期引当金〉)の金額の範囲内に収まっていない場合は、長期資金収支(キャッシュフロー)は不安定となり、全体の資金収支(キャッシュフロー)も不安定になります。「資本+固定負債」の金額を増やす(長期借入金を増やす・資本金を増やす等)ことを考えるべきです。
 この原則を自覚していない企業も多くあります。金利が安い、長期借入金は担保が必要となる、銀行は短期資金は貸してくれるが長期資金はなかなか貸して呉れない、などの理由で、現在この原則はあまり実行されていないように思われます。

(2)直接法によるキャッシュフローの検討
 下記の表の資金収支の数字は、実際の現金の出入りの金額です。実際の現金の出入りの金額で表した資金繰り表は家庭の家計簿と同じで大変分かりやすい資金繰り表です。企業では一般にこれが使われます。この表が「直接法によるキャッシュフロー計算書」です。
○資金収支実績                        (単位 万円)
期初 手元現金
200
営 業 収 入 売上現金回収 
4800
営 業 支 出 仕入現金支払  ⓐ
3600
人件費支払い  ⓑ
800
経費支払い   ⓒ
500
決算支出等   ⓓ
100
支出小計( ⓐ + ⓑ + ⓒ+ⓓ)
5000
①営業活動による資金収支(キャッシュフロー)
△ 200
•  設備投資等の資金収支(キャッシュフロー)
500
③事業の資金収支(フリー・キヤッシュフロー(①+②)
△ 600
•  財務活動の資金収支(キャッシュフロー)
500
現金および現金同等物の増減額      ①+②+④
△ 100
期末 手元現金
100
*理解を容易にするため、事例を単純化しています。例えば仕入時と仕入れ代金支払い時、販売時期と販売代金入金時との時間差などは省略しています。また個人企業か会社かなども明らかにしていません。

 「直接法によるキャッシュフロー計算書」では、毎月の資金収支の過不足が金額ではっきりと把握出来ます。また資金繰りの見通しをつける場合も「直接法によるキャッシュフロー計算書」を作って作業をします。
 然し、「直接法によるキャッシュフロー計算書」では、どうしてそういう資金繰りになったのか、或いはなるのかの理由は判然としません。資金の過不足は明らかになりますが、赤字のためなのか、在庫の増加のためなのか、売上金の回収が上手くいっていないためなのか、等々は「直接法によるキャッシュフロー計算書」からは直ちに分析出来ません。
 日常の資金繰りでは、「直接法によるキャッシュフロー計算書」を活用していても、例えば資金繰りが苦しくなった場合に資金繰り対策を考える場合には「間接法によるキャッシュフロー計算書」に基づいて原因を明らかにして、対策を考えることになります。
 下記は、旧住友銀行の資金繰り表(直接法によるキャッシュフローの表)です。

(3)間接法によるキャッシュフローの検討  ― 中小企業の場合 ―
 企業の損益と勘定科目の金額の変動に基づいて作成した資金繰り表が「間接法によるキャッシュフロー計算書」です。日常の資金繰りは、「直接法によるキャッシュフロー計算書」を使い、資金繰り対策を樹てる場合は「間接法によるキャッシュフロー計算書」に基づいて原因を明らかにして、対策を考えるべきです。
 中小企業は上場企業と異なり「間接法によるキャッシュフロー計算書」を作っていません。中小企業の経営者は、他のデータや勘でキャッシュフローの変化の理由を把握することになります。中小企業でも「間接法によるキャッシュフロー計算書」を作成することは可能であり、また有用なので、以下このことを説明致します。
①  「資金需要」と「資金調達」
 キャッシュ(お金)が必要になることを「資金需要」といいます。キャッシュ(お金)を生み出すことを「資金調達」といいます。
A) 資金需要  
 「商品を買う」、「機械を買う」とキャッシュ(お金)が必要になります。貸借対照表で考えると、「商品を買う」と「棚卸資産→流動資産*1」が増えます。「機械を買
う」と「固定資産*2」が増えます。「資産の増加」が「資金需要」です。
*1流動資産とは、通常1年以内に現金化、費用化ができる資産(1年基準)と定義されます。
*2*固定資産とは、1年以上継続的に保有される資産と定義されます。
 また「借りているお金を返す」、「業績が悪化して損失が生じる」とキャッシュ(お金)が必要になります。貸借対照表で考えると、「借りているお金を返す」と「借入金→負債」が減少します。「業績が悪化して損失が生じる」と「資本」が減少します。「負債・資本の減少」も「資金需要」です。
b)資金調達
 「商品を売る」、「不用になった機械を売却する」とキャッシュ(お金)が生み出されます。貸借対照表で考えると、「商品を売る」と「棚卸資産→流動資産」が減少します。「不用になった機械を売却する」と「固定資産」が減少します。「資産の減少」は「資金調達」です。
 また「お金を借りる」とキャッシュ(お金)が増えます。「利益が企業に蓄積される」場合もキャッシュ(お金)が生まれます。貸借対照表で考えると「お金を借りる」と「負債」が増加します。「利益が企業に蓄積される」と貸借対照表上は「資本」が増加します。「負債と資本の増加」も「資金調達」です。
 企業の資金繰り(キャッシュフロー)は、企業の損益と勘定科目の金額の変動の結果なのですが、「資金需要と資金調達の結果」だとも言えます。そして、「資金調達の根本は企業活動から生みだされる利益」なのです。

今回はここまでです。次回以降引続きご説明致します。


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「リスクとキャッシュフロー」について ⑤

2013年9月1日日曜日 | ラベル: |

4. 「企業の将来を見る」ことの難しさ
 (1) 旧住友銀行 調査部信用調査係  ②
 私が住友銀行に入行したのは1957年です。続く1960年代も企業は自己資本の蓄積が少なく、事業の拡大の為には銀行からの借入れが必要で、しかも銀行からの資金の供給は十分ではありませんでした。
 監査法人第1号の太田哲三事務所が設立されたのは1967年です。まだ企業の監査は不十分であり、企業では銀行借入を有利にするための粉飾決算が横行していました。
 住友銀行は大阪地区を主力とし、特に纖維業界の取引先が多くありました。当時の纖維業界は季節性が強く、商品は春物・夏物・秋冬物と別れていました。夏に涼しかったり、暖冬だったりすると、商品が売れ残ります。「半値八掛五割引」と言いましたが、売れ残った季節性商品の価値は二割くらいに下落し、翌期に売ろうと思っても倉庫代を考えると殆ど価値が無くなるといった状態でした。
 纖維業者の取引銀行としては、季節の終りに企業の在庫を確認しないと、企業の状況が把握出来ません。そのため取引先の同意を得て、期末在庫を銀行がチェックすることが行われました。このためには在庫の実態と価値を判断するノウハウが必要となります。
結果、担当部門である調査部信用調査係に実地調査のノウハウが蓄積していったのだと私は思います。
 日本興業銀行(旧みずほコーポレート銀行)は重工業中心の融資を行っていました。
重工業中心に、広く製造業全般に融資していると、自行に保有する各企業のデータで各業界の動向、またその業界における当該企業のスタンスが明確になります。当時日本興業銀行の「調査月報」の内容は都市銀行にとっても大変参考になりました。
 企業の分析にあたり①財務諸表の計数の分析にとどまらず、貨幣価値をもって表現出来ない外的な経済環境とその変化、内的な経営の人的要素とその運営管理を含めて会社の実態を認識する。②場合によっては当該企業の実地調査をして判断する。③調査部信用調査係の業種別担当者による業界動向とその業界における当該企業のスタンスに基づく判断を加える。 
と言うのが旧住友銀行調査部信用調査係の企業分析でした。こうした体制を取っていた銀行は他には無かったと思います。

(2)会社分析 ―企業実態の把握
 これは、私の経験に其づく意見なのですが、前回に列挙した、企業全体を見るための検討項目の各項目を一つずつ検討して行って、最後の項目に達しても、その企業の将来に関する結論は出て来ません。何故でしょうか。
 参考書などの記述の順番に、多くの項目を分析をして終章まで行ったとしても、各項目間の判断に軽重がなければ、企業全体としてどうするかの判断は出て来ないからです。各項目のウエイト付けをどうするのか。企業を分析するにあたっては、どこが問題
なのかを先ず考えて見て、そのシナリオに従って検討しなければ結論は出ません。どこに問題があるかを予見する能力は、経験でしか身につきません。
 例えばこの企業は営業に問題があると仮定したら,全ての項目の検討を営業力強化の視点から判断する訳です。そうすれば自ら結論が見えて来ます。検討の過程で事態が当初の考え通りであったら(そういう場合が当然多いと思われます。)自信を深めて検討を続行すべきです。分析・検討している過程で、実は技術力が問題なのではないかと思われたら、弾力的にシナリオを訂正することが必要です。ここも非常に難しく、デリケートな部分です。思考の柔軟性が最も大事であると思います。
 私は推理小説を読むのが好きです。一回だけ行ったロンドンでは、早朝、宿泊先のホテルから、シャーロックホームズが住んでいた(ことになっている)「Baker Street 221b」へジョギングし、プレートを見て感激して帰って来ました。
 色々な手掛かり・情報を基に名探偵が真相を暴き出す過程は、論理力に加え、構成力・イマジネーションなどが不可欠です。企業を分析して、実態を把握認識し、将来を見極めるについても同様の能力が必要だと私は思います。
 どうやったら名探偵のような能力を身に付けることが出来るのか。若いころの旧住友銀行調査部信用調査係では、1対1の徒弟制度で身に付けさせていました。参考書にはここの部分は一切書いてありませんので、先ず「先輩の傍で先輩が企業分析の作業をするのを見る。大体理解出来たら、自分が企業分析の作業をするのを先輩に見て貰う。」こうした過程を繰り返すことによって徐々にスキルが身に付いて来ます。この場合、自分では考えられない、自分では判断が出来ないタイプの人にはスキルが身に付きません。そいう人は部署を変って貰うしかありません。また自分の考えを持つことと、頑固とは異なります。
 私はハードボイルドも読みました。レイモンド・チャンドラーの「プレイバック」の中の探偵・フィリップ・マーロウの有名な台詞「しっかりしていなかったら生きていられない。やさしくなれなかったら生きている資格がない。(清水俊二訳)」は、私が企業を分析・判断する際の基本的な心構えでした。「判断は厳しく、しかし対象企業に対しては暖かい見方をする。」と言うことです。
 こういうことは、口で言うのは易しいのですが、私の企業分析の経験は苦心惨憺の連続でした。例えば利益を増やすために架空の売上げを計上する場合、当時は伝票会計の時代でしたから、実地調査で企業の売上伝票を見せて貰い、期末に或取引先に対する多額の売上伝票があれば、出荷伝票で本当に出荷されているのか、期初に返品になっていないか等を見るとある程度売上の粉飾は見つけられました。
 問題は、このような単純な粉飾でなく、企業側が知恵を絞って利益の水増しなどの粉飾を行う場合です。「経費を架空資産として計上する。関係会社を利用して売上や利益を増やす。」等々綿密な計画に基づく組織的な粉飾は容易に発見出来ません。
 1960年代、或支店の貸付係員だった時代、製造メーカーのお得意様を訪問した時、経理課長さんに「眞崎さん、この機械のことをお調べになってみて下さいませんか。」
と言われました。ピンと来ました。その機械を工場で確認しようとしましたが、見つかりません。機械の購入伝票、納入記録、支払いの記録なども確認出来ませんでした。経費を架空の機械に変えていた訳です。こういった事実が一つ確認出来れば、その他にも粉飾があるのでは無いかと、会社に質問が出来ます。その結果粉飾を確認し、対策を講じることが出来ました。経理課長さんは、粉飾の結果会社の資金繰りがつかなくなることを憂慮され、しかし社内で告発することは不可能なので、私にヒントを与えて解決しようとされた訳です。こういうことは全く例外的な経験で、今も経理課長さんの必死の面持ちが忘れられません。
 普通は、「外的な経済環境とその変化」「当該業界の現況と当該企業の状況との対比」等が判断の役に立ちます。旧住友銀行調査部信用調査係では、業種別に担当し、支店からの稟議書を見ることで、直近のその業種の企業の業績の動向が把握出来ます。業界全体の業況が悪いなかで、その企業の業績だけが順調だという場合は、特別な事情がなければ粉飾なのでは無いないかと可成の確率で判断が出来ました。
 名探偵、企業の分析には、何れも共通の能力 〓 論理力、構成力・イマジネーション 〓などの能力が必要だと私は思います。しかもそれは、持って生まれた天性と、その後の訓練・努力と両々相俟つて始めて可能になる能力だと私は思います。

(3)キャッシュフローは偽れない
 企業が巧妙に粉飾を続けている場合,中々外部からか粉飾を確認することが出来ません。然し、キャッシュフローの動きは偽れません。
 業績が赤字であればキャッシュは不足します。損失を架空資産に隠し、或いは在庫を水増しして隠しても、お金が足りないことは解決できませんからどうしても外部借入が増加して行きます。
 「外的な経済環境とその変化」「当該業界の現況と当該企業の対比」から、その企業の業績は悪くなっているのでは無いかと思われる場合、表面の業績はまずまずでも、外部借入は着実に増大している場合は、資金需要の原因が在庫の増加や設備の増加などで説明出来る形になっていても、前段の判断に基づいて企業を眺めて,粉飾をしているのではないか疑ってみる必要があります。
 勿論何の根拠も無く,「貴社は粉飾決算をしているのではありませんか。」と言えば大問題になります。最悪の事態を想定して,日常の取引に際し、色々な事象の変化に対し注意を怠らないと言う姿勢で対処すれば、道が開ける場合もあり得ます。
 貸倒リスクのマネジメントにおいて、妙案はありません。常に企業の状況について外部環境を含め注意して行くしかないと私は思っていました。

(4)予信管理(貸倒リスクのマネジメント)
 「企業の粉飾は隠されていれば中々発見出来ない。推理することは出来る。」と言った状況で、さらに将来を見通すことは難しいことです。企業の実態を把握、経済動向・業界動向から、現状当該企業はどこに問題があるかを判断し、現状の問題点が判れば近い将来そのことが企業の業績に如何に影響してくるかが見えて来ます。目先の業績の見通しくらいは見えますが、中長期的な企業の将来を見通すことは至難の技です。
 現状あまり問題がない場合は、一定の時期(多くは決算期ごと)に繰り返し分析し、経済動向・業界動向の変化の影響を含めて、一定の時期(多くは決算期ごと)に繰り返し分析し判断します。 
 私が、旧住友銀行調査部信用調査係時代担当していた家電業界について言えば、当時は白黒テレビの時代で、カラーになり始めていました。将来ブラウン管が液晶になるなどとは全く予想も出来ませんでした。中長期的には事態の推移、変化を時間の経過とともに判断に加え、見通しを訂正していくしかありません。
 私は企業分析の仕事を通じて、経営者に求められる最も重要な資質は「変化に対する適応能力」だと確信しています。
 銀行が貸出をしている企業は支店ごとに何百とあります。全ての貸出先企業に対し詳細に分析していては仕事は回りません。そこで取引企業を問題店の大きさ・危険度によって分類し、問題のある企業を重点的に監視します。 こういったことが昔の銀行の与信管理(今で言えば貸倒リスクのマネジメント)でした。
 現在は、貸出先企業の「財務諸表の計数の分析」はコンピューターでなされていると思います。事務効率上は大変良くなっていると思います。問題は尾澤修治先生の言われる「財務諸表の計数の分析にとどまらず、貨幣価値をもって表現出来ない外的な経済環境とその変化、内的な経営の人的要素とその運営管理を含めて会社の実態を認識」しているかです。
 8月20日のブログで日本経済新聞の記事「「銀行は赤字決算をしたり、返済が1~2ヶ月滞った企業を〈その他要注意先〉として管理しており、正常債権ではあるが〈不良債権予備軍〉といわれる。金融庁の検査で不良債権とみなされると貸倒引当金を積増す必要があり、新規融資に応じられなくなっていた。」をご紹介しました。その段階で銀行は企業の将来に対する判断を放棄している訳です。
 その銀行が、今後「金融庁が銀行の自主判断を尊重することで、銀行は〈その他要注意先〉にも新規に融資できるようになる。創業期に赤字が続くベンチャー企業や、技術力はあるのに過去の投資の失敗で赤字に陥っている中小企業などが将来的な成長力や潜在力をもとに運転資金や設備資金を借りやすくなる。」という事に必要な企業の将来を見る能力をまだ保持しているのでしょうか。
 メガバンクは、中小企業に対する貸出は効率が悪くリスクが大きいので、貸倒のリスクを信用保証協会の保証に転嫁して与信管理(貸倒リスクのマネジメント)を効率化しているように私には見えます。
 1957年から1960年代、旧住友銀行の上司からは「銀行は質屋では無いよ。」と厳しく指導されました。つまり「十分な担保があるからお金を貸すと言うのでは質屋と変らない。銀行は企業の将来を見てお金を貸すのだ。」と言うことです。これは8月20日のブログでご紹介した 城南信用金庫の元理事長 小原鉄五郎氏の「私の体験的金融論・貸すも親切貸さぬも親切」の「もともと庶民金融は担保が十分有るから貸そう、利息も元金も取りはぐれがなさそうだから貸そうというものではないはずである。その人が手掛けようとしている仕事がうまくいくか、いかないか。どうすればうまくいくかを相手の身になって考えて、その上でおカネを貸すようにしなければならない。」
というお言葉にも通じることだと思います。
 中小企業に対する貸出が大きなウエイトを占める、地方銀行や信用金庫には、まだ企業を見て貸出をするノウハウが残っていると私は信じています。
 与信管理を通じ、ある場合は企業に苦言を呈し、取引先企業の健全な発展に貢献しない銀行は、CSR(企業の社会的責任)を放棄していると私は思います。
 今、テレビで「半沢直樹」が大評判ですが、私どもの時代とのあまりの相違に驚くばかりです。昔は(こんなことを言うのは老人のたわごとかも知れませんが、7月20日のブログに書きましたように)メインバンクはある時は企業に苦言を呈し、その代わり責任を持って融資もしていました。
 今の銀行の在り方を批判しても事態は改善されません。経営者はご自分の事業の現状をシビアに認識し、今後如何に経営すべきかをご自分で判断し、銀行にも理解を求めて行くしかないと私は思います。

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