推理小説とリスクマネジメント

2011年9月1日木曜日 | ラベル: |

 私は推理小説を読むのが大好きです。一回だけ行ったロンドンで、1995年(平成7年)11月1日(水)早朝、宿泊先のモントカームホテルから、シャーロックホームズが住んでいた(ことになっている)「Baker Street 221b」へジョギングし、プレートを見て感激して帰って来ました。
 アーサー・コナンドイル、エドガー・アラン・ポー、アガサ・クリスティー、エラリー・クイーン等々,高校時代から、特に大学時代に推理小説を乱読しました。色々な手掛かり・情報を基に名探偵が真相を暴き出すについては、論理力に加え、構成力・イマジネーションが不可欠です。リスクマネジメントで将来のリスクを見極めるについても同様の能力が必要だと私は思います。
 また、ハードボイルドも読みました。レイモンド・チャンドラーの「プレイバック」の中の探偵、フィリップ・マーロウの有名な台詞「しっかりしていなかったら生きていられない。やさしくなれなかったら生きている資格がない。(清水俊二訳)」は、私が企業を分析・判断する際の基本的な心構えでした。即ち、判断は厳しく、しかし対象企業に対しては暖かい見方をすると言うことです。
If I wasn’t hard
I wouldn’t be alive
If I couldn’t ever be gentle
I wouldn’t deserve to be alive
 私は中小企業のキャッシュフロー対策を専門にしていますが、京橋の旧全国信用金庫連合会の建物の前に、城南信用金庫理事長であった故小原鐡五郎氏の銅像があります。1983年(昭和58年)に上梓された「私の体験的経営論 貸すも親切貸さぬも親切」の中で
「もともと庶民金融は担保が十分あるから貸そう、利息も元金も取りはぐれが無さそうだから貸そうというものではないはずである。その人が手掛けている仕事が上手くいくかいかないか。どうすれば上手く行くかを相手の身になって親切に考えてお金を貸すようにしなければ本当の金融にはならない。どうもまずいと思った時には、どんないい担保があっても〈おやめになったらどうです〉と説得する。リスクは当然ある。借り手が一生懸命やっても、景気やめぐり合わせでどうしようもない貸倒れも出てくる。貸倒れはないに越したことはないが、安全・安全といって自分が損しないことばかり考えていたのでは、本当の生きた中小企業金融はできない。(50-51ページ)」
と書かれています。マーロウの台詞と気持ちが相通ずるところがあります。中小企業のリスクマネジメント、BCPのサポートに際して、企業の体力からどうしても十分な対策が出来ない場合は、万一の際は倒産の可能性もあると考えるなども大切なことだと思います。
 私は若いころ都市銀行の事業調査部門に属して、取引先企業の分析をしていました。企業分析・経営分析に関しては昔から沢山の参考書があり、分析項目・内容・順序が詳細に述べられています。新米の調査部員が参考書の記述の順番に、数多くの項目を分析をして終章まで行っても、一向に結論が出せません。それは、各項目の分析結果に軽重がついていないため、どこの部分は良い、どこの部分は問題だとはなっても、結局全体としてどうなのかの判断が出来ないからです。
 企業を分析する場合、恰も探偵が色々な手掛かり・情報を基に真相に辿りつくのと同じような論理力(思考能力)・構成力・イマジネーションが必要です。さらに論理的な推論を加えることも必要となります。例えば「この企業は営業力に問題があるのではないかと推論し、その見地で各項目を分析し、問題の無い項目は無視する、問題のある各項目は営業力強化の視点からさらに深く検討して問題点をあぶり出す」と結論が見えて来ます。
 リスクマネジメントの実践に際し、色々なリスク事象から、将来起こるであろうリスクを想定し、評価する場合、その内容はリスクマネジメントの担当者によって大きく変わって来ます。リスクマネジメントの参考書にはこう言ったことは書いてありません。
 私はリスクマネジャーとしての能力の重要な部分は、企業に取って最も重要なリスクは何かを想定し、それを評価し、対策を講じるについて、本格推理小説における名探偵と同じような論理力・構成力・イマジネーションだと考えます。単独のリスクでもそうですが、幾つかのリスクが絡み合って大きなリスクになるような場合は特にこうした能力が必要です。
 ではどうやって名探偵のような能力を身に付けるのか。若いころの都市銀行の事業調査部門では、1対1の徒弟制度で身に付けさせていました。前にも書きましたように、参考書にはこの部分は何も書いてありませんから、先ず、先輩の傍で先輩が企業分析の作業をするのを見る。大体理解出来たら次に自分が企業の分析作業をするのを先輩に見て貰う。こうした過程を繰り返すことによって徐々にスキルが身に付いて来ます。この場合、自分で考えられない、自分では判断が出来ないタイプの人にはスキルが身に付きません。そういう人は部署を代って貰うしかありません。
 さらに、自分の考えを持つことと、頑固とは異なります。例えば「この企業は営業力に問題があるのではないか」と推論し分析しているうちに、実は技術力が問題なのではないかと思われたら、自分の考え・判断を弾力的に訂正することも必要です。ここも非常に難しく、デリケートな部分です。
推理小説を読むのが大好きな人が,良きリスクマネジャーになれると言っているわけではありません。推理小説を読み、名探偵のような思考能力を身に付けることは、リスクマネジメントの実践にプラスになると言っているだけです。
 BCP(事業継続計画)の策定においても、参考書の記載の順番通りに計画を策定したらうまく行くわけではありません。将来起こるかもしれない色々なリスクに対し、事前に色々な対策を考えておく訓練がいざと言う場合に必ず役に立ちます。事業継続計画を作っても、固定した計画に依存したままでは、計画外の事態が発生した場合に対応出来ません。
 名探偵、企業の分析、リスクマネジメントの実践、事業継続計画の策定・遂行には、何れも共通の能力 =論理力、構成力・イマジネーション= が必要だと私は思います。しかもそれは、持って生まれた天性とその後の訓練とが両々相俟つて始めて可能になる能力だと私は思います。