キヤドバリー卿の著書 『トップマネジメントのコーポレート・ガバナンス』

2012年11月1日木曜日 | ラベル: |

 10月10日に「次回以降、エンタープライズ・リスクマネジメントとコーポレート・ガバナンスについて考えてみたいと思います。」と書きました。今回から主としてイギリスにおける経過を中心に振り返って見たいと思います。

○11月初旬の軽井沢です。若葉の頃も素敵ですが,晩秋の趣はまた格別です。
雲場の池

同  上


六本辻

○トップマネジメントのコーポレート・ガバナンス
 1990年代の主要国のコーポレート・ガバナンス議論の先駆となったのは,イギリスにおいて1992年に公表された「キヤドバリー委員会報告書」です。この委員会の委員長を勤めたキヤドバリー卿の著書に,『トップマネジメントのコーポレート・ガバナンス』と言う本があります。注1
 (注1)日本コーポレート・ガバナンス・フォーラム、英国コーポレート・ガバナンス研究会専門委員会訳『トップマネジメントのコーポレート・ガバナンス』シュプリンガー・フェアラーク東京㈱ 2003年 (原著 Adrian Cadbury  『Corporate Governance and Chairmanship 』 Oxford University Press 2002)

  その第一章に,「イギリスにおけるコーポレート・ガバナンスは1600年12月31日にロンドン貿易商会による東インドとの通商に対して国王から勅許状が与えられ,投票権を持つすべての所有者により構成される所有者役員会(Court of Proprietors) が理事役員会(Court of Directors)を通してロンドン貿易商会を管理したこと」が起源である。
 「所有者役員会は最高の権限を持ち,資金の調達は所有者役員会の承認が必要とされ,所有者役員会が理事を選任していた。理事役員会による政策の決定は所有者役員会によって承認されなければならなかったが,それ自身は執行体(executive body) としての機能を持ち,会社の運営に責任を負っていた。」「このようなガバナンス機構は今日の会社とほぼ同じであった。所有者役員会は今日の株主総会に相当し,理事役員会は今日における取締役会の標準的な機能の大部分を実行していた。」と述べられています。

余談ですが、アメリカ合衆国の独立は1976年7月4日ですから、1600年12月31日にロンドン貿易商会に国王から勅許状が与えられた時点ではアメリカ合衆国は影も形もなかった訳で、「コーポレート・ガバナンス」と言う思想に対するキャドバリー卿(またはイギリス人)の強烈な自負心を私は感じます。
 イギリス王室御用達のキャドバリーチョコレートを作っている会社の経営者が、コーポレート・ガバナンス議論の先駆となった「キヤドバリー委員会報告書」の作成にあたって委員長をされたと言う点にも感ずるところがあります。
 キャドバリー委員会報告書では「コーポレート・ガバナンスとは,会社が(それによって)指揮され,統制されるシステムである」と定義されています。所有と経営が分離している現在「株主の代表である取締役会が会社を統治することがコーポレートガバナンスである」ということが、イギリスにおけるコーポレート・ガバナンスの考え方の基礎だということを,しっかりと抑えておく必要があります。この考え方はアメリカでも同じです。
 10月10日のブログで申しましたように、欧米から輸入した法律や制度の建前と、我が国の組織や実務との甚しい乖離は大きな問題だと思います。我が国の株式会社の制度は明治時代にヨーロッパから輸入されたもので、敗戦後大きく改定されましたが、コーポレート・ガバナンスの議論は我が国には歴史的には存在していないと思います。
 元日本銀行理事の若月三喜雄氏は,講演の中で「コーポレート・ガバナンスは、その国の発展段階,資本市場の発展段階,国民性,社会的環境,文化的背景によって違ってくるものである。」と述べておられます。コーポレート・ガバナンスの思想が新に導入された後の我が国における議論は様々です。
 それに加え、我が国では取締役会の構成員はCEO,CFO,その他の執行役員にあたる人達が殆ど一体となっているケースがまだ数多く存在するため、取締役会が経営者を統治することが事実上難しいという問題があります。
 イギリスのコーポレート・ガバナンス論の展開において,内部統制によって支えられるリスクマネジメントが求められることとなりました。
 アメリカにおいては2004年にCOSO2報告書「Enterprise Risk Management Framework」公表され,コーポレート・ガバナンスにリスクマネジメントがビルトインされました。これらのプロセスを概観すればコーポレートガバナンスと内部統制及びリスクマネジメントの関係が良く理解出来ると私は思います。
 次回からは、イギリスの「統合規範」・「内部統制;統合規範に関する取締役のためのガイダンス」(通称、ターンブル委員会報告書)・「ターンブルの実行ー取締役会への説明(Implementing Turnbull)」・「A New Risk Management Standard」の中身を覗いて、イギリスにおいてコーポレート・ガバナンスとリスクマネジメントが結び付いたプロセスを理解をして頂こうと思います。

○イギリスにおけるプロセス
1980 「監査実施基準」で内部統制を規定
1992 「キャドバリー委員会報告書」 
1995 「取締役の報酬;リチャード・グリーンブリー卿を委員長とする検討委員会報告書」
1998 「コーポレート・ガバナンス委員会:最終報告書」
1998 「コーポレート・ガバナンス委員会:統合規範」
1998 「統合規範」はロンドン証券取引所の上場規則集に添付された。
1999 「内部統制;統合規範に関する取締役のためのガイダンス」
      通称「ターンブル委員会報告書」(その後改定あり)
      「ターンブルの実行ー取締役会への説明」で更に詳しい実行方法が解説されている 。
2002 英国の3大リスクマネジメント機関(IRM The Institute of Risk Management: AIRMIC The Association of Insurance and Risk Managers: ALARM The National Forum for Risk Management in the Public Sector) が 「A New Risk Management Standard」を発表。

○参考
1992 COSO報告書 「Internal Control Framework」
              アメリカにおける内部統制のモデルとなる
2004 COSO2報告書 「Enterprise Risk Management Framework」