「リスクとキャッシュフロー」について ⑤

2013年9月1日日曜日 | ラベル: |

4. 「企業の将来を見る」ことの難しさ
 (1) 旧住友銀行 調査部信用調査係  ②
 私が住友銀行に入行したのは1957年です。続く1960年代も企業は自己資本の蓄積が少なく、事業の拡大の為には銀行からの借入れが必要で、しかも銀行からの資金の供給は十分ではありませんでした。
 監査法人第1号の太田哲三事務所が設立されたのは1967年です。まだ企業の監査は不十分であり、企業では銀行借入を有利にするための粉飾決算が横行していました。
 住友銀行は大阪地区を主力とし、特に纖維業界の取引先が多くありました。当時の纖維業界は季節性が強く、商品は春物・夏物・秋冬物と別れていました。夏に涼しかったり、暖冬だったりすると、商品が売れ残ります。「半値八掛五割引」と言いましたが、売れ残った季節性商品の価値は二割くらいに下落し、翌期に売ろうと思っても倉庫代を考えると殆ど価値が無くなるといった状態でした。
 纖維業者の取引銀行としては、季節の終りに企業の在庫を確認しないと、企業の状況が把握出来ません。そのため取引先の同意を得て、期末在庫を銀行がチェックすることが行われました。このためには在庫の実態と価値を判断するノウハウが必要となります。
結果、担当部門である調査部信用調査係に実地調査のノウハウが蓄積していったのだと私は思います。
 日本興業銀行(旧みずほコーポレート銀行)は重工業中心の融資を行っていました。
重工業中心に、広く製造業全般に融資していると、自行に保有する各企業のデータで各業界の動向、またその業界における当該企業のスタンスが明確になります。当時日本興業銀行の「調査月報」の内容は都市銀行にとっても大変参考になりました。
 企業の分析にあたり①財務諸表の計数の分析にとどまらず、貨幣価値をもって表現出来ない外的な経済環境とその変化、内的な経営の人的要素とその運営管理を含めて会社の実態を認識する。②場合によっては当該企業の実地調査をして判断する。③調査部信用調査係の業種別担当者による業界動向とその業界における当該企業のスタンスに基づく判断を加える。 
と言うのが旧住友銀行調査部信用調査係の企業分析でした。こうした体制を取っていた銀行は他には無かったと思います。

(2)会社分析 ―企業実態の把握
 これは、私の経験に其づく意見なのですが、前回に列挙した、企業全体を見るための検討項目の各項目を一つずつ検討して行って、最後の項目に達しても、その企業の将来に関する結論は出て来ません。何故でしょうか。
 参考書などの記述の順番に、多くの項目を分析をして終章まで行ったとしても、各項目間の判断に軽重がなければ、企業全体としてどうするかの判断は出て来ないからです。各項目のウエイト付けをどうするのか。企業を分析するにあたっては、どこが問題
なのかを先ず考えて見て、そのシナリオに従って検討しなければ結論は出ません。どこに問題があるかを予見する能力は、経験でしか身につきません。
 例えばこの企業は営業に問題があると仮定したら,全ての項目の検討を営業力強化の視点から判断する訳です。そうすれば自ら結論が見えて来ます。検討の過程で事態が当初の考え通りであったら(そういう場合が当然多いと思われます。)自信を深めて検討を続行すべきです。分析・検討している過程で、実は技術力が問題なのではないかと思われたら、弾力的にシナリオを訂正することが必要です。ここも非常に難しく、デリケートな部分です。思考の柔軟性が最も大事であると思います。
 私は推理小説を読むのが好きです。一回だけ行ったロンドンでは、早朝、宿泊先のホテルから、シャーロックホームズが住んでいた(ことになっている)「Baker Street 221b」へジョギングし、プレートを見て感激して帰って来ました。
 色々な手掛かり・情報を基に名探偵が真相を暴き出す過程は、論理力に加え、構成力・イマジネーションなどが不可欠です。企業を分析して、実態を把握認識し、将来を見極めるについても同様の能力が必要だと私は思います。
 どうやったら名探偵のような能力を身に付けることが出来るのか。若いころの旧住友銀行調査部信用調査係では、1対1の徒弟制度で身に付けさせていました。参考書にはここの部分は一切書いてありませんので、先ず「先輩の傍で先輩が企業分析の作業をするのを見る。大体理解出来たら、自分が企業分析の作業をするのを先輩に見て貰う。」こうした過程を繰り返すことによって徐々にスキルが身に付いて来ます。この場合、自分では考えられない、自分では判断が出来ないタイプの人にはスキルが身に付きません。そいう人は部署を変って貰うしかありません。また自分の考えを持つことと、頑固とは異なります。
 私はハードボイルドも読みました。レイモンド・チャンドラーの「プレイバック」の中の探偵・フィリップ・マーロウの有名な台詞「しっかりしていなかったら生きていられない。やさしくなれなかったら生きている資格がない。(清水俊二訳)」は、私が企業を分析・判断する際の基本的な心構えでした。「判断は厳しく、しかし対象企業に対しては暖かい見方をする。」と言うことです。
 こういうことは、口で言うのは易しいのですが、私の企業分析の経験は苦心惨憺の連続でした。例えば利益を増やすために架空の売上げを計上する場合、当時は伝票会計の時代でしたから、実地調査で企業の売上伝票を見せて貰い、期末に或取引先に対する多額の売上伝票があれば、出荷伝票で本当に出荷されているのか、期初に返品になっていないか等を見るとある程度売上の粉飾は見つけられました。
 問題は、このような単純な粉飾でなく、企業側が知恵を絞って利益の水増しなどの粉飾を行う場合です。「経費を架空資産として計上する。関係会社を利用して売上や利益を増やす。」等々綿密な計画に基づく組織的な粉飾は容易に発見出来ません。
 1960年代、或支店の貸付係員だった時代、製造メーカーのお得意様を訪問した時、経理課長さんに「眞崎さん、この機械のことをお調べになってみて下さいませんか。」
と言われました。ピンと来ました。その機械を工場で確認しようとしましたが、見つかりません。機械の購入伝票、納入記録、支払いの記録なども確認出来ませんでした。経費を架空の機械に変えていた訳です。こういった事実が一つ確認出来れば、その他にも粉飾があるのでは無いかと、会社に質問が出来ます。その結果粉飾を確認し、対策を講じることが出来ました。経理課長さんは、粉飾の結果会社の資金繰りがつかなくなることを憂慮され、しかし社内で告発することは不可能なので、私にヒントを与えて解決しようとされた訳です。こういうことは全く例外的な経験で、今も経理課長さんの必死の面持ちが忘れられません。
 普通は、「外的な経済環境とその変化」「当該業界の現況と当該企業の状況との対比」等が判断の役に立ちます。旧住友銀行調査部信用調査係では、業種別に担当し、支店からの稟議書を見ることで、直近のその業種の企業の業績の動向が把握出来ます。業界全体の業況が悪いなかで、その企業の業績だけが順調だという場合は、特別な事情がなければ粉飾なのでは無いないかと可成の確率で判断が出来ました。
 名探偵、企業の分析には、何れも共通の能力 〓 論理力、構成力・イマジネーション 〓などの能力が必要だと私は思います。しかもそれは、持って生まれた天性と、その後の訓練・努力と両々相俟つて始めて可能になる能力だと私は思います。

(3)キャッシュフローは偽れない
 企業が巧妙に粉飾を続けている場合,中々外部からか粉飾を確認することが出来ません。然し、キャッシュフローの動きは偽れません。
 業績が赤字であればキャッシュは不足します。損失を架空資産に隠し、或いは在庫を水増しして隠しても、お金が足りないことは解決できませんからどうしても外部借入が増加して行きます。
 「外的な経済環境とその変化」「当該業界の現況と当該企業の対比」から、その企業の業績は悪くなっているのでは無いかと思われる場合、表面の業績はまずまずでも、外部借入は着実に増大している場合は、資金需要の原因が在庫の増加や設備の増加などで説明出来る形になっていても、前段の判断に基づいて企業を眺めて,粉飾をしているのではないか疑ってみる必要があります。
 勿論何の根拠も無く,「貴社は粉飾決算をしているのではありませんか。」と言えば大問題になります。最悪の事態を想定して,日常の取引に際し、色々な事象の変化に対し注意を怠らないと言う姿勢で対処すれば、道が開ける場合もあり得ます。
 貸倒リスクのマネジメントにおいて、妙案はありません。常に企業の状況について外部環境を含め注意して行くしかないと私は思っていました。

(4)予信管理(貸倒リスクのマネジメント)
 「企業の粉飾は隠されていれば中々発見出来ない。推理することは出来る。」と言った状況で、さらに将来を見通すことは難しいことです。企業の実態を把握、経済動向・業界動向から、現状当該企業はどこに問題があるかを判断し、現状の問題点が判れば近い将来そのことが企業の業績に如何に影響してくるかが見えて来ます。目先の業績の見通しくらいは見えますが、中長期的な企業の将来を見通すことは至難の技です。
 現状あまり問題がない場合は、一定の時期(多くは決算期ごと)に繰り返し分析し、経済動向・業界動向の変化の影響を含めて、一定の時期(多くは決算期ごと)に繰り返し分析し判断します。 
 私が、旧住友銀行調査部信用調査係時代担当していた家電業界について言えば、当時は白黒テレビの時代で、カラーになり始めていました。将来ブラウン管が液晶になるなどとは全く予想も出来ませんでした。中長期的には事態の推移、変化を時間の経過とともに判断に加え、見通しを訂正していくしかありません。
 私は企業分析の仕事を通じて、経営者に求められる最も重要な資質は「変化に対する適応能力」だと確信しています。
 銀行が貸出をしている企業は支店ごとに何百とあります。全ての貸出先企業に対し詳細に分析していては仕事は回りません。そこで取引企業を問題店の大きさ・危険度によって分類し、問題のある企業を重点的に監視します。 こういったことが昔の銀行の与信管理(今で言えば貸倒リスクのマネジメント)でした。
 現在は、貸出先企業の「財務諸表の計数の分析」はコンピューターでなされていると思います。事務効率上は大変良くなっていると思います。問題は尾澤修治先生の言われる「財務諸表の計数の分析にとどまらず、貨幣価値をもって表現出来ない外的な経済環境とその変化、内的な経営の人的要素とその運営管理を含めて会社の実態を認識」しているかです。
 8月20日のブログで日本経済新聞の記事「「銀行は赤字決算をしたり、返済が1~2ヶ月滞った企業を〈その他要注意先〉として管理しており、正常債権ではあるが〈不良債権予備軍〉といわれる。金融庁の検査で不良債権とみなされると貸倒引当金を積増す必要があり、新規融資に応じられなくなっていた。」をご紹介しました。その段階で銀行は企業の将来に対する判断を放棄している訳です。
 その銀行が、今後「金融庁が銀行の自主判断を尊重することで、銀行は〈その他要注意先〉にも新規に融資できるようになる。創業期に赤字が続くベンチャー企業や、技術力はあるのに過去の投資の失敗で赤字に陥っている中小企業などが将来的な成長力や潜在力をもとに運転資金や設備資金を借りやすくなる。」という事に必要な企業の将来を見る能力をまだ保持しているのでしょうか。
 メガバンクは、中小企業に対する貸出は効率が悪くリスクが大きいので、貸倒のリスクを信用保証協会の保証に転嫁して与信管理(貸倒リスクのマネジメント)を効率化しているように私には見えます。
 1957年から1960年代、旧住友銀行の上司からは「銀行は質屋では無いよ。」と厳しく指導されました。つまり「十分な担保があるからお金を貸すと言うのでは質屋と変らない。銀行は企業の将来を見てお金を貸すのだ。」と言うことです。これは8月20日のブログでご紹介した 城南信用金庫の元理事長 小原鉄五郎氏の「私の体験的金融論・貸すも親切貸さぬも親切」の「もともと庶民金融は担保が十分有るから貸そう、利息も元金も取りはぐれがなさそうだから貸そうというものではないはずである。その人が手掛けようとしている仕事がうまくいくか、いかないか。どうすればうまくいくかを相手の身になって考えて、その上でおカネを貸すようにしなければならない。」
というお言葉にも通じることだと思います。
 中小企業に対する貸出が大きなウエイトを占める、地方銀行や信用金庫には、まだ企業を見て貸出をするノウハウが残っていると私は信じています。
 与信管理を通じ、ある場合は企業に苦言を呈し、取引先企業の健全な発展に貢献しない銀行は、CSR(企業の社会的責任)を放棄していると私は思います。
 今、テレビで「半沢直樹」が大評判ですが、私どもの時代とのあまりの相違に驚くばかりです。昔は(こんなことを言うのは老人のたわごとかも知れませんが、7月20日のブログに書きましたように)メインバンクはある時は企業に苦言を呈し、その代わり責任を持って融資もしていました。
 今の銀行の在り方を批判しても事態は改善されません。経営者はご自分の事業の現状をシビアに認識し、今後如何に経営すべきかをご自分で判断し、銀行にも理解を求めて行くしかないと私は思います。