「リスクとキャッシュフロー」について ⑩

2013年11月1日金曜日 | ラベル: |

6.キャッシュフロー検討の基礎
(5)3種類のキャッシュフロー計算書 ③
 アメリカ流のキャッシュフロー計算書の思想は、自己資本・各種引当金等の増減額に短期資産・負債の増減額(短期資金収支)を加えたものがフリーキャッシュフロー〓企業価値の源泉で、そこから株主への配当や将来の発展のための投資をすると言うことだと思います。
 私は有価証券報告書のキャッシュフロー計算書の考え方が間違っていると思っている訳ではありませんが、自己資本の蓄積が乏しく、収益も上がらない企業が多い我が国の中小企業は資金の不足を金融機関からの借り入れに頼るケースが多くあります。その場合のキャッシュフローの検討に当たっては、少し違った考えの旧住友銀行流の検討手法も役に立つと私は思います。

〇旧住友銀行本店(大阪市)


下記キャッシュフロー検討表 (Ⅱ) をご説明致します。

 ○キャッシュフロー検討表 (Ⅱ)        (単位 百万円)
   項    目
    金   額
期初現・預金残高
        200
 
受取債権増
棚卸資産増
短期貸付金増
雑流動資産増
雑流動負債減
支払債務増
△       343  
△       226
△       125
△        77
△         2
        323  
営業活動によるキャッシュフロー
△      450
 短期借入金増
        431
 短期資金収支
△       19
 
資本増
固定資産増
 投融資減
        78
△      206
        54
投資活動によるキャッシュフロー
△       74
長期借入金増
       285
長期資金収支
       211       

総合資金  収支
        192
 
現・預金の増減額
        192
期末現預金 残高
        392


① 短期資金収支
 短期の資産・負債の増減額だけを独立させて計算すると(短期資金収支)営業活動によるキャッシュフローは450百万円のマイナスです。
 売上を増やすと売掛金の増加や在庫の積み増しのためある程度の資金が必要になります。この場合の資金需要の妥当性の検証については、「売上増加率と受取債権増や棚卸資産増加率がほぼ等しければ(回収条件の改善は常に必要ですが)止むを得ないか」などと考えることになります。
 このケースでは、別途損益計算書を見ると、売上高が前期比244百万円増加しているのに対し、受取債権増343百万円、棚卸資産増226百万円計567百万円の増加です。売上増加額の2倍以上の資金需要は過大ではないか。と言うことが先ず問題点として浮上します。
 「売上を増加させるのに無理をしているのではないか」と考えれば、従来の売上回収条件との対比が必要になります。また「244百万円の売上増に対し棚卸資産が226百万円増加しているのは過大ではないか。デッドストックは生じていないか。」などの検討を要します。更に、短期貸付金125百万円の増加の内容の検討も必要です。
 短期借入金を431百万円増やし、結果短期収支の不足分19百万円は長期資金から流れて来た資金から充当しています。長期資金から流れて来た資金の残り192百万円(211百万円ー19百万円)は手元現・預金の増加になっています。
 短期資金の不足ですから短期借入金を増やしているわけですが、返済をどうするか、可能かなどは後ほど検討致します。

② 期資金収支
 固定資産増206百万円の資金需要に対し、資本増78百万円、投融資減54百万円、計132百万円の資金調達では74百万円不足し、長期借入金285百万円を借りています。長期資金調達の余りは短期資金に流れ、大半は現預金の増加になりました。
 ここでは、長期資金の不足74百万円に対し、何故285百万円もの長期資金を借り入れたのかの検討が必要です。例えば近々投資計画があるのか等です。お金を余分に借りられれば良いというものではありません。

③金融基調
 資金は長期から短期に流れていますからこの期間は長期資金についてのキャッシュフローの不安定要因は生じていないと判断されます。
 繰り返しになり誠に恐縮ですが、10月20日(日)の①有価証券報告書のルールに準じたキャッシュフロー計算書と、その説明を再度読んで見て比較して頂きたいと思います。 

 
 (6)借入金の返済について
  企業が銀行からお金を借りたら、返さなければなりません。旧住友銀行では借入金の返済原資は「償却前・引当前利益」だとされていました。
 (利益)+(お金が企業の外に出ない減価償却、引当金)の中からお金を返すことが出来ると言うことです。この点は有価証券報告書のキャッシュフロー計算書の考え方とは異なります。
 有価証券報告書のキャッシュフロー計算書の考え方では「営業活動によるキャッシュフロー」の中に「資本の増加額」「 減価償却費」「引当金の増減」が全て算入されています。「営業活動によるキャッシュフロー」で「投資活動によるキャッシュフロー」を賄いきれない場合の借入金はどうやって返済することになるのか。多分次期以降キャッシュフローを改善して返済するということでしょうが、貸出時に返済能力をどうやって判断するのか、私には分かりません。
 まして「営業活動によるキャッシュフロー」がマイナスになった場合の資金不足をどうやって調達するのか。多分アメリカでは、「営業活動によるキャッシュフロー」がマイナスの企業は銀行からは借りないで増資資金などを当てるのかも知れません。
 アメリカの場合はさておき、我が国では戦後大企業を含め、自己資本の蓄積が少ない時期、不足した運転資金の貸出では、「1年以内に期限に一括返済し、一括再貸出」の短期借入金が横行していました。私が現役のころは「ころがし短期借入金」と言われていました。
 企業は先ず長期借入金の約定返済を行います。これは今も変らないと思います。まずここで長期借入金の約定返済額が「償却前・引当前利益」の金額の範囲内かを見ます。
長期借入金の約定返済額が「償却前・引当前利益」の金額を超えると短期のキャッシュフローに悪影響を及ぼします。
 「返済期日が貸借対照表日の翌日から起算して1年以内に到来するものが短期借入金」だと定義されています。「利益も含めた長期資金収支」がマイナスで、長期借入金を増やしているような企業が、短期資金が不足して借りた短期借入金を1年以内に返済することは不可能です。
 以前の「ころがし短期借入金」は現在では認められていません。中小企業は短期資金が不足して短期借入金を借り入れる場合は、1年以内の返済条件を付けて借入れ、これを借り換えることでキャッシュフローを維持している場合が多いと思われます。 「1年以内に期限に一括返済し、一括再貸出」から「1年以内の返済条件付き借入・再貸出」かは形式の違いだけで、実質「ころがし」或いは「自転車操業(止まると倒れる)」であるわけです。
 私は、長期的には企業は自己資本を充実し、收益を改善して、キャッシュフローの自転車操業を脱することが目標になると思いますが、我が国の多くの中小企業は現在の状況を早急に改善することは困難だと思います。
 まず、こうした多くの中小企業のキャッシュフローの「自転車操業」の現状・問題点を中小企業の経営者が正しく認識することが必要だと思います。
 そのために、「キャッシュフロー検討表 (Ⅱ)」の各項目を企業経営者・金融機関双方で常に検討していなければなりません。
 企業の資金繰り(キャッシュフロー)は、企業の損益と勘定科目の金額の変動の結果です。「自転車操業」のキャッシュフローで、最も重要なことは(倒れないこと)、企業業績の維持・安定です。
私が勤務した旧住友銀行では、こういった見地から、時には経営・キャッシュフローなどについて企業に苦言を呈していました。言い過ぎると経営者が怒って取引を他の銀行に移してしまわれたりしますので、難しいことですが、企業のお役にたっていた場合もあったと信じています。
 いま、幾つかの中小企業からキャッシュフローについてのご相談を受けていますが、企業側、金融機関双方に、今回申し述べたような考えはあまり無いように思われます。
 企業の損益計算書や貸借対照表をコンピューターで整理・計算し評価分析をする今の時代は、データの作成と判断に融資担当者の経験・能力の差が影響しないので、大変良いことだと思います。
 コンピューターで整理・計算する場合に、今回申し上げたような「キャッシュフロー検討表 Ⅱ)」も自動的に作成し、ただその読み方は上司や先輩が実例に基づき十分教育する。そして企業の経営者にも現状を良く理解して貰えば、貸出金管理に役立つと私は思います。
 日常そうやっていても、大地震とか大洪水などで事業がストップすれば、またキャシュフローに甚大な影響が生じます。BCP(事業計測計画)における、キャッシュフロー対策〓リスクファイナンスについては後日項を改めてご説明を致します。
 次回からは、いくつかの企業のキャッシュフロー検討の事例を解説致します。