「リスクとキャッシュフロー」について ㉑

2014年3月10日月曜日 | ラベル: |

10.中小企業庁の「中小企業BCP策定運用指針」

 大震災に備える対策について考えてみましょう。例えば、製造業の場合、地震が発生したら工場が損壊・,生産がストップし、売上がゼロになります。生産がストップする期間は自社の工場の復旧期間とインフラの復旧期間の長い方で決まります。そして、工場の復旧費用と、生産がストップした期間の損害により発生するキャッシュフローの悪化に対する対策が必要になります。事故・災害に備え,企業は事業の継続のために色々な対策を講じます。地震,津波、風水害,火山の噴火など自然災害の発生を防ぐことは出来ません。企業に出来ることは自然災害の被害を極小化する対策・事業を継続する対策、そして最後はキャッシュフロー対策です。
 地震に備え、地震保険に加入するのが通常の対策です。しかし、東日本大震災後、平成23年5月20日の朝日新聞は「損害保険の大手3社(東京火災日動・三井住友・損保ジャパン)が企業向けの地震保険特約*1の新規募集を停止し、すでに加入している顧客からの保険拡充の要望も断っている。」と報じました。これは一時的なことだったと思いますが、もともと我が国では中小企業は地震保険が付け難く現状も困難な状況にあると思います。更に、地震による生産のストップ(事業中断)の損害を補填する保険(地震利益保険)を付保することは極めて困難です
 *1:通常企業の地震保険は火災保険契約の特約の形で付保されます。

 一方、自然災害による企業の損害を政府は補償するのでしょうか。阪神淡路大震災の時、兵庫県議会で「地震による中小企業の被害を国や県は救済出来ないのか。」と言う質問がありましたが、「資本主義社会だから特定の企業に国費や県費を出すことは出来ない。長期低利融資で助ける。利息は出来るだけ補給するのが限度だ。」という答が述べられました。今回の東日本大震災による、企業の損害についても同様で、今後とも、政府や地方自治体の支援は金融支援が中心であり、最も重要な部分になると思います。
 2005年6月、中小企業庁の「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」策定作業が開始された際、既に内閣府の「事業継続ガイドライン」(2005年8月1日公表)の作業がかなり進行していました。従って、その時点で中小企業向けに重ねて新しい「BCP(事業継続)ガイドライン」を作る必要があるのかと言う議論が生じました。
 中小企業庁は、「政府の中小企業災害対策は、災害発生後の対策は既に相当充実しているが、災害発生前の対策は未だ手つかずの状態である。中小企業庁としては、現行の中小企業災害対策の空白部部分である事前対策を確立することにより中小企業災害対策を完成させることが‹中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針≻を新たに作成する目的である。」従って中小企業のために別途BCPの指針を策定する必要があると明確に考えておられました。私はご縁があって、「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の策定に当たり有識者会議のメンバーを勤めました。
 「政府の中小企業災害対策」→「災害復旧貸付制度」の有効活用のための事前対策の確立が目的なので、「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」には「財務診断モデル」という災害時のキャッシュフロー対策が詳述されています。これが「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の一つの大きな特徴になっています。
 既に何回も引用していますが、自然災害発生時のキャッシュフロー対策の基本的な考え方について、世界銀行のレポートは「保険と緊急時災害融資と自己資金の最適な組合せが、企業のリスクファイナンス戦略である。」と言っています。
 地震発生時のキャッシュフロー対策については、地震保険は中小企業の場合は頼りになりません。自己資金については、中小企業庁の「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の「財務診断モデル(キャッシュフロー対策)」では、緊急時に備え、平素から「月商の1ヶ月分くらいの資金(現金・預金)を用意しておく」ことを勧めています。これは流動性リスクに対する経験則です。しかし、自己資金の保有は中小企業の場合は限度があります。
 災害発生直後は、工場や事務所の整備、事業再開への対応等で資金の手当てを考える暇などありません。事業はストップしたままです。最低1ヶ月くらいの出費を賄えるだけの資金を持っていれば、当面の対策を樹てる時間が出来ます。厳密に言えば、人件費・家賃等売上の有無に関係なく支出される費用(固定費)の1ヶ月分が最低必要なのですが、災害時の不時の出費等も考えて、売上の1ヶ月分と言っている訳です。災害発生後、1ヶ月くらいの間に事業の継続やその後のキャッシュフロー対策を講ずることが現実的な手段になると言う考えです。
 2004年3月期のソニー㈱のアニュアルレポートには、「流動性マネジメントおよびコミットメントライン」と言う項目がありました。その記述は下記です。 

ソニーは手元流動性の範囲を(a)現金・預金および現金同等物、定期預金と(b)銀行との間で設定されるコミットメントラインの内ムーディーズによる財務格付け‛c’以上の銀行と締結したものと定義しています。その上でソニーは流動性の確保のために、グループ全体で、年度における平均月次売上高および予想される最大月次借入債務返済額の合計の100%以上に相当する手元流動性を維持することを基本方針としています。


 ソニー㈱も月商の1カ月分ぐらいの手元資金をもつことを基本方針に掲げていました。残念ながらその後のソニー㈱の業況の変化で、現在はこの記述は削除されています。
 中小企業庁の考え方からも、世界銀行の考え方からも、結局「緊急時災害融資」→「政府の災害復旧貸付制度」を活用することが、我が国では最も有効なキャッシュフロー対策になります。
 2006年(平成18年)2月「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」が公表されました。2007年度から2009年度の3年間普及活動が行われ、全国で「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の普及セミナーが開催されました。私はキャッシュフロー対策の部分を担当し、北は札幌から南は福岡まで各地に行きました。現在は地道な普及活動の時代です。中小企業に普及させるのは至難の技だと痛感します。
 中小企業庁のホームページに「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」が掲載されています。覗いて見て下さい。
http://www.chusho.meti.go.jp/bcp/

 「東日本大震災後の資金繰り支援策の実施状況」も発表されています。
http://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/shikinguri/earthquake2011/2014/1gatu.htm

 今年1月末の支援件数は914,364件・金額は16兆9,652億円です。
 東日本大震災の被害額は約16.9兆円と言われていますから、それと同額以上の資金支援が全国の中小企業に対して行われています。従来は資金支援に当たり地域を限定するのが普通でした。今回は「措置の対象は‹全国≻」となったため、直接被害を受けた中小企業だけでなく、例えば船橋市における地盤液状化による損害も措置の対象になるなど大きな効果を挙げています。
 次回からは「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」のキャッシュフロー対策をご紹介致します。