「リスクとキャッシュフロー」について ㉖

2014年5月10日土曜日 | ラベル: |

 11.「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の「財務診断モデル」 ⑤

◎小規模企業のキャッシュフロー・地震対策について
 前回にも書きましたように、私は昭和48年(1973年)10月に都市銀行の亀戸支店長になりました。銀行員は支店長になると漸く一人前になったような気がするものです。 
 張り切って赴任した直後の10月6日に第四次中東戦争が勃発し、石油の価格が高騰しました。石油価格の上昇は、エネルギー源を中東の石油に依存してきた先進工業国の経済を脅かし、日本経済にも深刻な影響が生じました。
 亀戸は中小企業特に零細企業が多いので、新米支店長としては企業のキャッシュフローは今後どうなることかと不安になり,暫くしてから錦糸町にあった国民生活金融公庫の支店をお訪ねして、「錦糸町や亀戸地区の小規模企業の資金繰りの状況をお教え下さい。」とお願いしました。
 驚くべきことに「借入金を返す企業が増えています。」とのことでした。都市銀行の常識からは、景気が悪化し、企業の業績が悪化すれば資金が不足し、借入金が増えて行くだろうと思っていた訳です。「一体どういうことですか。」とお聞きしました。
 国民生活金融公庫の支店長さんは「小規模企業は,大体事業所が1階、住まいが2階などで一体になっています。従業員も家族が中心です。好況の時は一家は昼夜兼行で働きます。過去の赤字を埋めている間は税金を払わなくて済みますので、一生懸命貯金をされます。不況になるとジットして毎日の生活を送られます。生活のためのお金は個人から出ますが、企業としての支出は最小限度に抑えられます。そうなると借入金の金利の支払いが勿体ないので手持ちの貯金を取り崩して借入金を返される訳です。」
 当時の金利は数%のレベルで、利息の金額は馬鹿になりませんでした。「人は、いくら働いてもお金が手元に残らないような仕事をいつまでも続けることはしないと思います。小規模企業の場合、好況と不況の狭間で結局はお金が貯まるから今の仕事を続けているのだと思います。」と言うことでした。現在もそうなのかは私には判りませんが、都市銀行で大企業や大きめの中小企業のキャッシュフローばかり検討していた者に取っては目から鱗が落ちる思いでした。
 平成20年3月14日、中小企業庁の委託で、三菱総合研究所は金沢市で「中小企業BCP策定セミナー ~中小企業の事業継続と社会的信頼性向上のために~」を開催し,私も講師として参加しました。その際石川県商工労働部産業政策課のご協力を得て、能登半島地震時における石川県所在の各種金融機関・石川県信用保証協会の災害復旧融資状況の調査を実施しました。
 その一環で、私は国民生活金融公庫金沢支店をお訪ねし、支店長さんに「今回の能登半島沖地震発生後の融資のご経験から、地震に備えた小規模企業のキャッシュフロー対策はどうしたら良いか。ご意見をお聞かせ下さい。」と質問しました。支店長さんは少し困ったような顔をされました。
 答えは、「地震発生後設置された特別相談窓口で、私どもは最も長期間ご相談に応じました。相談に来られた方の殆ど方は従来私どもや民間金融機関からの融資を受けたことのない方でした。従って事前対策については、今回の経験からはお答えが出ません。また、私どもの従来からの貸出先は、非常に多くの小口貸出先の集まりですから、個々の企業の地震対策のご相談を受けたり、サポートすることは殆どありません。」とのことでした。
 私は、4月1日・10日のブログで「金融機関の取引先に対するBCP(事業継続計画)の策定支援はあたかも工場の耐震化工事と同じだと思うのですが、現在でもあまり行われていないと思われます。」と書きましたが、小規模企業の場合は、資金不足に備えて事前に金融機関と相談する機会は殆どないということが分かり、また目から鱗が落ちる思いでした。
 折しも、5月5日の休日に東京駅前の丸ビルの地下で親しくしている美味しい洋菓子屋さんのご主人とばったり出会い、お茶を飲んで雑談をしました。ご主人が「私は未だ嘗て銀行からお金を借りたことはありません。」と仰言いました。ご自分の事業は常にご自分の資金で賄える範囲で行って来たと言うことでした。こんな小規模企業の経営者は多数おられる訳です。金融機関が相手にしないということではないと私は思います。
 小規模企業の場合は、コンサルタントや金融機関などに相談することなく、ご自分で考えつき実行出来ることは事前にやっておく。然し完全な地震対策は出来ませんから、3月10日のブログに書いたように、「災害発生直後は、事業はストップしますが、最低1ヶ月くらいの出費を賄えるだけの資金を持っていれば、当面の対策を樹てる時間が出来ます。災害発生後1ヶ月くらいの間に事業の継続やその後のキャッシュフロー対策を講ずることが現実的な手段になる。」と言うのが「小規模企業の地震対策」ではないかと改めて思います。
 災害時のキャッシュフロー対策についてもそうですが、「大企業のBCP」「中小企業のBCP」「小規模企業のBCP」は、本質は同じでも、実行方法は色々で、あまり中身を硬直的に考えないことが必要だと私は考えます。