○1981年来日時のカラヤンです(当時のプログラムより)。
○1981年来日時の17歳のムターさんです(当時のプログラムより)。その寫真の下にサインをして頂きました。
○現在のムターさんです(公演プログラムより)。
2年前、平成23年6月30日のブログで、「ソニー㈱とリスクマネジメント 大賀典雄様を悼む」と言う記事を書きました。私は大賀様がお亡くなりになるまで、ご一緒に東京二期会の監事を勤めて来ました。監査報告書にはいつも大賀様の下に署名をしていました。
今回は、大賀典雄様が親しかったカラヤン、カラヤンが見出した天才少女アンネ=ゾフィー・ムターさんと言う繋がりで、「アンネ=ゾフィー・ムターさんのサイン」について書きます。
「浅間通信員」と言うブログに「カラヤンと大賀典雄氏 2011.7.16」という記事が掲載されています。
http://asamatsuushin.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-40d8.html
「カラヤンが亡くなった日、ソニーの前会長大賀典雄氏がカラヤン宅を訪れて、次期カラヤンの映像企画の打ち合わせをしていました。当日カラヤンは朝から体調がすぐれず、不調を訴えていたそうですが、打ち合わせ中に体調が急変しその場に倒れこんでしまいました。大賀氏が抱き起こして声を掛けましたが、その大賀氏の胸に抱かれて息を引き取ってしまったそうです。」
私はカラヤン・ベルリンフィルを一度だけ聞く機会がありました。1981年にアンネ=ゾフィー・ムターさんがカラヤン・ベルリンフィルと来日されました。そのころムターさんのことは若くしてカラヤンに見出された天才少女ということで大いに話題になっていました。しかしこの時、ムターさんとカラヤン・ベルリンフィルの共演はたった二回だけでしたので、私はカラヤン・ベルリンフィルのブラームス交響曲第3番・第1番を聞くことは出来ましたが、ムターさんとの共演を聞くことが出来ず大変残念に思いました。
1981年の来日はムターさんにとって、初めての日本であり、また日本におけるカラヤン・ベルリンフィルとムターさんの共演はこの時だけだったと思います。
今回、ムターさんの東京公演で、円熟したムターさんの演奏を聞くことが出来、その上32年前のプログラムの17歳の時のムターさんの写真の下にサインをして頂くことが出来ました。一生の思い出になりました。8月で80歳ですから、死んだらサイン入りのプログラムを棺に入れて貰って、あの世に持って行こうと思います。
○1981年カラヤン・ベルリンフィル日本公演の際の布装ハードカバーの立派なプログラムです。
1981年公演のプログラムには、
「アンネ=ゾフィー・ムターは1963年ドイツ南西部ラインフェルデンに生れる。5歳の時よりピアノを始め、その半年後にヴァイオリンも習う。13歳の時ルツェルン音楽祭でデビューリサイタルを行い輝かしい成功を収める。この驚くべき才能を持った新人の噂がカラヤンの耳に入り、カラヤンはベルリンにある、フィルハーモニー・ホールでのオーディションに彼女を招いた。カラヤンは大事な会議があるので長くは聴けないと前もって断っていた。ゾフィーはバッハのシャコンヌを弾き始めた。カラヤンはその演奏に心を奪われて、席を立つことが出来なくなってしまった。しまいには、彼女にモーツアルトのコンチェルトの楽章を2つ弾くように要請したのだった。その結果、ただちに1977年ザルツブルグの聖霊降誕日の音楽祭でモーツアルトのコンチェルトを演奏する話が決まった。それ以来定期的にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とカラヤンと共に、ザルツブルグ、ベルリンにおいて、あるいは演奏旅行において、モーツアルトやベートーヴェンのヴァイオリン・コンチェルトなどのソリストとして演奏活動を行っている。と記述されています。
彼女は単なる神童ではなく、その若年を考慮に入れなくても、世界的なヴァイオリニストであることはもはや明らかである。このことを認識して連邦政府は、何と、ストラディヴァリウス(エミリアーニ)を購入して、彼女に永久貸与したのである。」
1981年、17歳のムターさんは、ベートーヴェンのヴァイオリン・コンチェルト ニ長調 作品61を10月29日と11月5日に、東京文化会館でカラヤン・ベルリンフィルと共演されています。
それから32年、私は今回初めてムターさんの演奏をお聞きしました。私はヴァイオリンの演奏に関しては全くの素人ですが、何という流麗な美しい音色かと心を奪われました。近くの女性は涙を浮かべておられました。
今回の公演のプログラムの記述によれば、「音楽の友」誌のアンケートで「あなたが好きなヴァイオリニストは?」で、ムターさんは堂々の第一位なのだそうです。
この歳になっても、美しい音楽に感動出来るのは、誠に幸なことだと痛感しました。
次回からは、また「A Risk Management Standard」のご紹介に戻ります。