東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書 ~ 想定外と言うこと② ~

2012年1月20日金曜日 | ラベル: |

2011年5月1日に「想定外と言うこと」について書きました。
2011年12月26日に公表された「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」中間報告書の最も重要なテーマは「想定外」の問題だと思いました。 
 同報告書は本編507ページ、資料212ページの膨大な報告書です。私は主として「Ⅶ これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言」の章を読みました。以下、私なりにその内容を纏めてみました。
 先ず、今回の事故の総括です。これまでに発生したレベル7 の事故は、1986(昭和61)年のチェルノブイリ事故です。レベル5 ではあるが国際的によく知られているのが、1979(昭和54)年のスリーマイル島事故です。それらは原子炉単基の事故ですが、福島第一原発では3 基もの原子炉で「レベル7」という極めて深刻なトラブルが発生したものです。先進国の中で自然災害に対する危険度が最も大きい日本で、自然災害によって原子力発電所の事故が発生したことは極めて重大な問題だと思います。
 同報告書は今回の事故と調査・検証から判明した下記の問題点を詳述しています。
① 事故発生後の政府諸機関の対応の問題点
② 福島第一原発における事故後の対応に関する問題点
③ 被害の拡大を防止する対策の問題点
④ 事前の津波対策及びシビアアクシデント対策の不備
 これらの内容は何れも傾聴に値することばかりなのですが、今回は ④事前の津波対策及びシビアアクシデント対策の不備の部分を見てみたいと思います。

○事前の津波対策 (アンダーラインは筆者)
 福島第一原発は昭和41 年から47年にかけて、3.122m の設計波高に基づいて設置許可がなされました。3.122m という波高は、1960(昭和35)年のチリ津波を考慮したものです。設置許可により、1号機から4号機4m 盤に非常用海水ポンプ等の施設が、そして10m 盤に原子炉建屋、タービン建屋等が設置されたことから、仮に津波の襲来を受けた場合、その波高が4m を超えると海水による冷却機能が喪失し、10m を超えると直流電源、非常用ディーゼル発電機本体等が機能喪失することとなる施設でした
 その後、津波想定の見直しが行われ、福島第一原発に来襲する津波の最大波高は5.7m(後の算定では6.1m)へと見直され、平成14 年には同原発において非常用海水系ポンプのかさ上げ工事が行われました。これにより、津波が来襲しても、4m 盤に設置された多くの施設は浸水し損傷するものの、非常用海水系ポンプは被害を免れ、冷却機能は保持され炉心損傷は防ぐことができるものと考えられていました。
 しかし、東北地方太平洋沖地震による津波水位は10m を超え、全交流電源喪失という事態に立ち至り、原子炉の冷却機能は失われてしまいました。
 同報告書には、下記のように記述されています。  
「施設は設計基準の枠内で安全が担保できるように設置認可され、設計基準を超える炉心や核燃料が損傷を受ける重大事故が発生した場合は、シビアアクシデント対策で対応するというのが、原子力発電における安全性確保の基本となっている。この場合、一般的には、設計基準を超えても著しい炉心損傷を伴わない事象はシビアアクシデントとはいわないが、設計上の想定を大きく上回る津波の場合は、共通的な要因によって安全機能の広範な喪失が一時に生じることがある
 津波はあくまで地震随伴事象であり、津波の専門家がいなくても地震の専門家がいれば津波問題はカバーできると考えられていた。過去の津波被害や津波の歴史、津波の特性などの問題を地震の専門家だけでカバーすることは必ずしも容易なことではない。
 津波の専門家を委員に加えていなかったことは、当時の安全委員会の津波問題の重要性についての認識が必ずしも十分なものではなかったことの表れといえよう。
津波評価手法や津波対策の有効性の評価基準を提示するのが規制関係機関の役割であるが、当委員会の調査によれば、関係機関においてそのような努力がなされた形跡は確認できていない。平成14 年3 月に津波評価技術に基づく安全性評価結果の報告が東京電力より保安院に対して行われたが、それに対して保安院から特段の指摘や指示はなかった。」
「平成20 年に東京電力は津波リスクの再検討を行った。その結果、福島第一原発において15m を超える想定波高の数値を得た。また、東京電力は、同年、佐竹健治・行谷佑一・山木滋「石巻・仙台平野における869 年貞観津波の数値シミュレーション」と題する論文(以下「佐竹論文」という。)に記載された貞観津波の波源モデルを基に波高を計算し、9m を超える数値を得た。
 しかし、東京電力は、前者については、三陸沖の波源モデルを福島沖に仮置きして試算した仮想的な数値にすぎず、後者については、佐竹論文において
波源モデルが確定していないなど、十分に根拠のある知見とは見なされないとして、福島第一原発における具体的な津波対策に着手するには至らなかった。 このように、平成20 年に津波対策を見直す契機はあったものの、その見直しはなされず、結果として今回の原子力事故を防ぐことができなかった。」

○シビアアクシデント対策に関する同報告書の記述です。(アンダーラインは筆者)
「設計上の想定を大きく上回る津波の場合、共通的な要因によって安全機能の広範な喪失が一時に生じることがあり、直ちにシビアアクシデントに至る可能性が高い。今回の事故が示したとおりである。それにもかかわらず、シビアアクシデント対策においては、これまで津波のリスクが十分には認識されていなかった。
 不幸にしてシビアアクシデントが発生した場合、それによる被害を可能な限り軽減する上で、シビアアクシデント対策が極めて重要であることが今回の事故によって実証された。原子力発電所の安全性が十分に確保されていると考えていた規制関係機関及び電力事業者は、シビアアクシデント対策を外的事象にまで拡げて積極的に推進することはしなかった。シビアアクシデント対策は、事業者の自主保安に委ねれば済むのではなく、規制関係機関が検討の上、必要な場合には法令要求事項とすべきものであることを改めて示したのが今回の事故であった。
 福島第一原発では、一度に3 基もの原子炉で深刻なトラブルが発生した。浸水により全電源が失われた中で、それに対処する備えは全くなされておらず、現場における対処を極めて困難なものとした。東京電力が津波に対して事前の対策を整備していなかったことは、極めて大きな問題点の一つであったといえよう
原子力の災害対応当たる関係機関や関係者、原子力発電所の管理・運営に当たる人々の間で、全体像を俯瞰する視点が希薄であったことは否めない。そこに
は、「想定外」の津波が襲ってきたという特異な事態だったのだから、対処しきれなかったといった弁明では済まない、原子力災害対策上の大きな問題があったというべきであろう
以上、三つの問題点から指摘できるのは、一旦事故が起きたなら、重大な被害を生じるおそれのある巨大システムの災害対策に関する基本的な考え方の枠組み(パラダイム)の転換が、求められているということであろう。
○「Ⅶ これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言」
10 おわりに のエッセンスの部分  (アンダーラインは筆者)
「原子力発電は本質的にエネルギー密度が高く、一たび失敗や事故が起こると、かつて人間が経験したことがないような大災害に発展し得る危険性がある。しかし、そのことを口にすることは難しく、関係者は、人間が制御できない可能性がある技術であることを、国民に明らかにせずに物事を考えようとした。それが端的に表れているのが「原子力は安全である。」という言葉である。一旦原子力は安全であると言ったときから、原子力の危険な部分についてどのような危険があり、事態がどのように進行するか、またそれにどのような対処をすればよいか、などについて考えるのが難しくなる。「想定外」ということが起こった背景に、このような事情があったことは否定できない。
 何かを計画、立案、実行するとき、想定なしにこれらを行うことはできない。したがって、想定すること自体は必ずやらなければならない。しかし、それと同時に、想定以外のことがあり得ることを認識すべきである。たとえどんなに発生の確率が低い事象であっても、「あり得ることは起こる。」と考えるべきである。発生確率が低いからといって、無視していいわけではない。起こり得ることを考えず、現実にそれが起こったときに、確率が低かったから仕方がないと考えるのは適切な対応ではない。確率が低い場合でも、もし起きたら取り返しのつかない事態が起きる場合には、そのような事態にならない対応を考えるべきである。今回の事故は、我々に対して、「想定外」の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している。
「Ⅶ これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言」の詳細は下記をご覧下さい。
http://jp.wsj.com/ed/pdf/111226_TEPCO/111226Honbun7Shou.pdf

○「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書に対する東京電力の反応について

 12月27日の東京新聞は東京電力の原子力・立地本部長代理が「政府の東京電力福島第1原発事故調査・検証委員会・中間報告書」の「東電が2008年に最大15.7Mの津波があり得ると試算していたのに、適切な対策をしていなかった。」との指摘に対して「仮定の試算であり、科学的合理性はなかった。」と反論したと報じています。
 また、1月17日の日本経済新聞に、国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会で、 東京電力山崎雅男副社長が「東日本大震災以前に得られた巨大津波の予測を公表しなかったのは科学的に根拠がなかったため」と主張し、地震学者の石橋克彦委員が「科学に対する侮辱。」と反論したと報じています。

 先に12月2日公表された東京電力の「福島原子力事故調査報告書」には「どうすれば事故が防げたのだろうか」についての記述が無く、反省点も述べられていません。12月7日の日本経済新聞の社説はこの報告書について、「自己弁護と責任回避の色合いがあまりに濃い。なぜ大津波や重大事故を想定外とし対策に踏み出せなかったのか納得出来る説明と検証を欠く。東電に強く働き掛け事実を明かにさせるべきだ。」と論じています。

これだけの事態が発生した後なのに、「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書の指摘の最も重要な部分、『たとえどんなに発生の確率が低い事象でも「あり得ることは起こると考えるべきである。もし起きたら取り返しのつかない事態が起きる場合にはそのような事態にならない対応を考えるべきである。」我々に対して、「想定外」の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している。』に対して、何故東京電力はかくも頑なに反論を繰り返すのでしょうか。
「想定外の事象が起こった。」との発言に、多くの国民が「想定できないことが起こったのだから仕方がない。自分たちには責任がない。」という意味の発言と受け取り、責任逃れの発言だとの印象を持ったことは間違いありません。

政府の方針、監督機関の責任もあると思いますが、このような厳しい状況を想定して対処しておくことは、事業者である東京電力の責務であった筈だと思います。 もし損害賠償責任のことを考えているのならば、こう言ったら自社の責任が軽くなると思っているのでしょうか。東京電力は現在国の支援を受け、企業に対して料金の値上げを表明しています。何度も言いますが、福島第一原子力発電所の廃炉費用・原子力損害賠償の事務コストなどを考えれば、料金の値上げをしても業績の見通しは依然暗澹たるものがあります。さすれば更なる国の支援が必要になります。それは結局国民の負担になると思います。東京電力はこういった考えのままで、企業や国民の理解を得られると思っているのでしょうか。
 東京電力は原子力発電所を稼働させることにより、過去においては利益を得ていたことを想起すべきです。東京電力自体の「事前の津波対策及びシビアアクシデント対策の不備」も今回指摘されています。
 東京電力が「想定外」の事態に関して、未だに頑なに反論を繰り返す理由が私には理解出来ません。これでは今回の福島原子力発電所事故の教訓は、東京電力では到底生かされないと思います。

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オリンパスの粉飾について想う

2012年1月10日火曜日 | ラベル: |

少し古いのですが、2011年11月16日の日本経済新聞 電子版 の記事です。
なぜウチの大口取引先で、こんなに問題が相次ぐのか」。オリンパスが損失隠しを認めた11月上旬、三井住友FGの幹部は天を仰いだ
 私は、嘗て住友銀行に勤務致しました。後輩のこの言葉は、もし本当だったら看過出来ないという思いがします。
 私が勤務していた時に比べれば大幅に構成比率が低下していますが、それでも平成23年3月末連結資産中最大の45%を占める貸出金債権の保全、貸出先の管理の問題について他人事のような発言は何なのでしょうか。
 昔の銀行では、貸出金は預金者からお預りした資金を運用しているのだから、間違いの無いよう、貸出金の保全と貸出先の管理を十分にしなければならないと骨の髄まで叩き込まれました。
 昭和の半ば過ぎまでは自己資本が十分蓄積されていない企業が多く、企業が発展するためには銀行からお金を借りなければなりませんでした。まだ会計監査制度も十分でなかったので、粉飾決算が横行し、企業の資産内容、損益の実態を明らかにすることは銀行員の大事な仕事でした。
 6月10日のブログに書きましたが、平成18年3月に経済産業省から公表された「リスクファイナンス研究会報告書」には、
 わが国では、メインバンクは、最大の貸し出しシェアを占める債権者として、また長期安定的な株主として、企業が災害や事故等により一時的に業績が悪化しても、長期的視野に立ち、事業活動の継続や相応の収益性が見込まれる場合には、(中略)メインバンクは融資先企業のリスクファイナンスをサポートする機能を提供してきたといえる。
 しかし、企業の財務状況、金融環境の変化により、メインバンク制は次第に弱まってきており、(中略)「いざという時は、メインバンクに資金を手当てしてもらえる」と考えている企業も数多く見られるが、これまで提供されてきたメインバンクによるリスクファイナンス機能は、その提供される度合いや実現性が低下してきている点に留意する必要がある。
と記述されています。
 私は、これはいざと言う時のファイナンス機能の低下であって、貸出先の管理も疎かになっているとは思ってもいませんでした。
 私のブログで分析していますように、東京電力の事態は原子力発電所の津波に対するリスクの評価の甘さ、想定していた以上の事態に対する事前準備の不足が事故を拡大し、結果キャッシュフローに多大の問題を生じている訳です。これは国の政策、監督官庁の監督の不十分と東京電力自体の対応の不十分さの結果ですから、メインバンクとしては事前、事後の管理は殆ど不可能な事態だったと思います。従って貸出先の管理の問題では無く、メインバンクとしては政府の支援も含め、如何に東京電力のキャッシュフロー対策を立てるかが問題なのだと思います。
 記事には、
4~9月期に対応に追われ続けた東京電力問題が、特別事業計画のとりまとめで、ひとまずの決着を付けたのを待ち構えたかのようなタイミングでの取引先の不祥事発覚。
とありますが、特別事業計画の内容については、12月10日のブログに書きましたように、業績。キャッシュフローの見込みともに疑問があり、原子力損害賠償機構の支援を受けるための一時凌ぎの計画かと言う感があります。「特別事業計画のとりまとめで、ひとまずの決着を付けた」と言う日本経済新聞の記事の表現については、三井住友FGの幹部ともあろう者が「特別事業計画」が「ひとまずの決着」だと思っているとは信じられません。
 オリンパスの問題は、東京電力と同様の問題が相次いだのではなく、異った性質の問題が新たに発生したと考えるべきだと思います。揚げ足取りをするのは本意ではありません。問題はオリンパスの不祥事は三井住友FGに取って11月8日のオリンパスの発表によって判ったことだったのかということです。新聞記事のニュアンスについては、これも信じられない思いです。

 オリンパス㈱第三者委員会報告書・訂正有価証券報告、文芸春秋1月号のウッドフォード前社長の手記を読みました。
下記は、第三者委員会報告内容の概略です。
 オリンパスは1985年ころから金融資産の積極運用・所謂財テクに乗り出しました。1990年バブル崩壊以降金融資産の含み損が増大、1990年代後半には1,000億円弱の巨額に達しました。1997-1998年にかけて金融資産の会計処理が、取得原価主義から時価評価主義に転換する動きが本格化したため、連結決算から外れる海外のファンドに含み損のある金融資産を簿価で買い取らせ(所謂〈飛ばし〉です。資金は海外の銀行からオリンパスの預金・国債担保で借入)、一方国内投資事業ファンドも立ち上げました。
 安価に購入したベンチャー企業をオリンパスが高額で買い取る(オリンパスはのれん代を計上)、大型M&A案件にからみ高額の手数料をファンドに支払うなどにより資金を還流させ、買取り資金を返済しました。
 この方法で飛ばした損失は1,177億円、スキーム維持費用を含めると損失合計は1,348億円だと第三者委員会は報告しています。

 報告書は、含み損の多くが「デリバティブ」などのオフバランス取引によって生じたので、それらの損失の付け替えは発見が著しく困難であったこと、外銀に対しオリンパスは監査にあたり残高証明を求められた場合残高のみを回答し担保その他の事項は回答しなくて良いと手を回していたことなども指摘し、『飛ばし』の全貌の発見は困難であったことを認めています。
 しかし、1999年あずさ監査法人が飛ばしを発見した後徹底した監査を実施しなかったこと、その際の外部専門家委員会が十分機能しなかったこと、あずさ監査法人との意見対立の結果の新日本監査法人への業務引継が形式的だったことを問題にしています。
 さらに、企業風土はワンマン体制で社内で異論を述べられない雰囲気、経営者の透明性やガバナンスに対する意識、コンプライアンス意識の欠如、社外取締役の機能不全、監査役会の形骸化を指摘しています。起こるべくして起こったことだと言えます。
 メインバンクは1999年にあずさ監査法人が飛ばしを発見したことを仮に知らなかったとしても、その後の監査法人の交代について疑問を持たなかったのでしょうか。報告書によれば結局あずさ監査法人は適正意見書を付けた様ですが、それならばなおさら監査法人の交代には疑念が生ずる筈です。
 安価に購入したベンチャー企業をオリンパスが高額で買い取る、大型M&A案件にからみ高額の手数料をファンドに支払うなどは決算書の分析にあたり問題にならなかったのでしょうか。
 更に言えば、金融資産の積極運用・所謂財テクに走っていた企業が軒並み含み損を出していた時代に、オリンパスだけは大丈夫だったと信じていたのでしょうか。
 事態の経緯はとにかく、「メインバンクとして会社の実態を十分把握しておらずお恥ずかしい」と言う場面で、「天を仰ぐ」場面では無いと古い銀行員としては思うのですが。それとも日本経済新聞の記者の誤った印象だったのでしょうか。
 アメリカの「サーベンス・オックスリー法(SOX法)」、我が国の「金融商品取引法」の原因となった「エンロン」も不正の内容は「飛ばし」でした。10年以上前の手法が継続していたことは我が国企業の信用に関わる事態だと思います。
 SOX法の究極の目的は、エンロンやワールドコムの不正行為の結果危殆に瀕したアメリカの上場企業の信用を回復し、再発を防止するために、不正を行った経営者を厳罰に処すること(個人ついては最高500万ドルの罰金と最長20年の禁固刑が適用される)にあると私は思います。
 我が国の金融取引法の罰則はさほど厳しくはありませんが、それでも今回厳正に適用されることを望みたいと思います。(金融商品取引法は10年以下の懲役若しくは1,000万円以下の罰金、又はこれを併科)
 内部統制制度も、監査法人の監査も、社外取締役も、監査役会も経営者が絡んだ不正の場合には殆ど無力です。不正を行う経営者の再発防止への対処策は、不正を行った経営者に対する厳罰しか無いと私は思います。

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戦略的な企業財務が果たす役割 〜 アイシン精機刈谷第一工場の火災事故 ② 〜

2012年1月1日日曜日 | ラベル: |

明けましてお目出度うございます。
 4月から始めた「リスクマネジメントあれこれ」は9ヶ月を経過し、新しい年を迎えました。今年もどうかお読み下さいますようお願い申し上げます。

 昨年12月26日に「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」
の中間報告書が公表されました。
 「Ⅶ これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言・10 おわりに」に下記のように記述されています。

「原子力発電は本質的にエネルギー密度が高く、一たび失敗や事故が起こると、かつて人間が経験したことがないような大災害に発展し得る危険性がある。しかし、そのことを口にすることは難しく、関係者は、人間が制御できない可能性がある技術であることを、国民に明らかにせずに物事を考えようとした。それが端的に表れているのが〈原子力は安全である。〉という言葉である。一旦原子力は安全であると言ったときから、原子力の危険な部分についてどのような危険があり、事態がどのように進行するかまたそれにどのような対処をすればよいか、などについて考えるのが難しくなる。〈想定外〉ということが起こった背景に、このような事情があったことは否定できない。
何かを計画、立案、実行するとき、想定なしにこれらを行うことはできない。したがって、想定すること自体は必ずやらなければならない。しかし、それと同時に、想定以外のことがあり得ることを認識すべきである。
たとえどんなに発生の確率が低い事象であっても、「あり得ることは起こる。」と考えるべきである。発生確率が低いからといって、無視していいわけではない。起こり得ることを考えず、現実にそれが起こったときに、確率が低かったから仕方がないと考えるのは適切な対応ではない。確率が低い場合でも、もし起きたら取り返しのつかない事態が起きる場合には、そのような事態にならない対応を考えるべきである。今回の事故は、我々に対して、「想定外」の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している。」
 私は、5月1日のブログ「東日本大震災について思う ① 想定外と言うこと」で「原子力発電など 〈想定外のことが起こってはいけない〉場合、〈想定リスクのレベル〉について、それで良かったのかが今回シビアに問われていると考えます。」と書きました。
 9ヶ月の間の最大の話題は「東日本大震災」でした。そこで最も思うことはただ1点、「想定外とは何か」いうことです。

 一般に、企業は自社の体力などを考慮して想定リスクのレベルを定めます。そして、「想定した以上→想定外のリスク」については、全く対応がなされません。本来は「想定外のリスク」については「自己保有する」という考えであるべきなのですが、そういった先進的な企業はごく一部で、一般的には、「想定外のリスク」は「起こらない」と整理しています。「起こらない」ことに対しては、もちろん対策などは立てません。
 企業の想定した以上のリスクが発生したら企業はどうなるのかについては、例え十分な対策を講じる余裕が無くて考えたくない場合でも、企業倒産も視野に入れて予め考えておくことが必要だと私は思います。
 ブログで再三検討していますが、わが国の代表的企業であり、資産株の代表とされていた東京電力でさえ、危機に陥っています。リスクマネジメントの重要性が改めて痛感されます。

アイシン精機の事例

 前回の最後に、「事故翌期末に償還期限の来る転換社債147億8,300万円があったことが判明しました。事故の結果業績が大幅に低下すれば、株価が低落します。その結果事故翌期に転換社債の転換がなされなければ、キャッシュフローに大きく影響します。それを防ぐために、戦略的な財務対策を立てて実行したのではないかと推察されるに至りました。」と書きました。
 転換社債というのは、一定の価格で株式に転換できる権利の付いた社債です。社債発行時に転換価格が決まっています。株価が転換価格を上回っていたら株式に転換した方が利益になりますから、社債権者は株式に転換します。そうなると社債を償還しなくて済みますからキャッシュフロー上はプラスになります。
 事故発生前日の株価は1,850円、事故翌日の株価は1,770円です。社債の転換価格は1,650円でしたから転換価格スレスレでした。事故発生の結果同社の業績に不安が生じ、株価が転換価格以下に低落すれば、翌期末には社債148億円を償還しなければならなくなります。
 アイシン精機は生産復旧の早期化を行う一方で、事故期の売上高、利益の更なる増大を図って株価の低落を防ぎ、転換社債の転換を推進するという財務戦略を立て、2月1日の火災発生以降3月末までに対策を講じたのではないかというのが私の推理です。
 私は当時、アイシン精機はそこまでやるのかとやや批判的に見ていました。しかしその後発生した雪印乳業の事故や東京電力の事態の推移を見る時、「リスクファイナンス研究会報告書」の出る9年も前に、こうした戦略的なリスクファイナンスの取り組みを行っていたとすれば、そのことは高く評価されるべきことだと思うようになりました。
 火災事故の発生は、2月1日です。事故の処理の傍ら決算期末まで僅か2ヶ月の間に、売上増→利益増の戦略的な財務対策を立てて実行するには、監査法人の会計監査もありますから、色々な社内外の手続きを会計処理上問題無く遂行しなければなりません。アイシン精機はこれを確実に行ったものと思われます。
 結果、アイシン精機の株価は翌期も転換価格以上の状態を続け、転換社債14,783百万円は事故翌期の平成10年3月末の償還期限までに1,827百万円償還されただけで約130億円が株式に転換され、財務戦略は成功したと推察されます。更に事故翌期に普通社債250億円を発行し、同社のキャッシュフローの状況は事故以前の状態に回復しました。


○社債による資金調達の可否
 東京電力のキャッシュフローにおいては、福島第一原子力発電所の事故発生後社債の発行が出来なくなったため、社債の償還資金がキャッシュフローの悪化に拍車を掛けています。東京電力の23年9月30日現在の社債の残高は3兆9,769億円で、下期だけでも社債償還4,548億円がキャッシュフローを悪化させます。
 雪印乳業の場合も会社が存続する限り社債の償還は続行され、下記の表にも明らかなように社債償還の資金負担は銀行借入れの増加になっています。

○雪印乳業主要勘定科目増減                         
                                       (単位 百万円)

事故前期末
事故後2期目末
事故後3期目末(債務免除後)
12.3.31
14.3.31
12.3.31比
15.3.31
12.3.31比
現・預金
(平均月商比)
144
(0.3ヶ月)
120
(0.4ヶ月)
△24
20
(0.07ヶ月)
△122
投資有価証券
188
83
△105
50
△122
短期借入金
36
981
945
440
404
長期借入金
424
418
115
109
社 債
600
464
△136
216
△384
有利子負債計
642
1,869
1,227
771
129
*平成15年3月 メインバンクの農林中金は300億円の債務免除を行い、同時に都市銀行は債務の株式化200億円を行ったので平成15年3月末に借入金は500億円減少しています。その上減資・増資の結果更に借入金が減少しました。一方社債の償還は確実になされています。

 雪印乳業、東京電力何れのケースでも、社債の償還は事故発生後のキャッシュフローを大きく悪化させています。平時においては、社債による資金調達は企業に取って大変有利な資金調達方法であることは間違いありませんが、事故後のキャッシュフロー対策の面からは社債による資金調達に頼る部分が大きいことは問題であると考えます。
 経済産業省の「リスクファイナンス研究会報告書」には下記のような記述があります。
「多くの企業は、総務部門や管財部門をリスクファイナンス担当部門として位置づけ、保険手当て部分のみを取り出して処理していることが一 般的である。しかしながら、全社的な財務戦略の中で自社のリスクファイナンスの最適化を検討するためには、こうした部門の知見と企業財務の観点を融合させることが重要である。実際、一部先進企業においては、従来の保険担当部門と財務部門等が連携あるいは一体となって、リスクファイナンスの最適化を図っているケースが見られる。(中略)  
本来リスクファイナンスは、自社の財務状況やステークホルダーからの要請、リスクの状況を勘案しつつ、財務戦略の中で効率的効果的な金融・財務手当ての最適化を図ることであり、断片的な手当てのみでは最適化が達成されているとはいえない。」
 私は銀行退職後、ある製薬会社の経理部長を経験致しました。企業では「経理・財務部門は営業・製造・研究部門とは独立した専門の世界で、他の部門が侵すべからざる神聖な世界である」ように思われました。そのせいだと思いますが、リスクマネジメント、BCPの専門家に取って資金繰りはどうも苦手の方が多いようです。
 また、私も嘗てそうでしたが、金融機関の融資の担当者はリスクマネジメントやBCP(事業継続計画)にはあまり関心を持たず、知識も持っていないと想われます。
 重要なことは「自社の財務状況やリスクの状況を勘案しつつ、財務戦略の中で効果的な金融・財務手当ての最適化を図ること」ですが、多くの企業では現状上手く行っているとは思えません。
 読者におかれましては、「リスクファイナンス研究会報告書」で主張されていることを良く理解し、アイシン精機の事例を参考にされ、一方雪印乳業や東京電力の事例を他山の石として、企業のリスクファイナンスに万全を期して頂きたいと切望致します。

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