「リスクとキャッシュフロー」について ㉔

2014年4月20日日曜日 | ラベル: |

11.「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の「財務診断モデル」 ③

 平成17年6月から中小企業庁「中小企業BCP普及事業」プロジェクトの有識者会議メンバーとして作業に従事した際、平成7年1月17日の阪神淡路大震災後に実行された災害復旧融資の返済状況をお聞きしました。
阪神淡路大震災における中小企業への災害復旧貸付実績は、貸付 27,459件 5,304億円 保証 55,245件 6,503億円 合計 82,704件 1兆1,807億円(阪神淡路大震災被害総額 約 9.9兆円)で、返済期間は10年でしたから丁度返済期限が来ていました。「7割は約定通リ返済され、3割は返済期限を延長して返して貰っています。」との答えでした。我が国の中小企業の経営者は大地震で壊滅的な被害を受けても、事業の再建のために借りたお金を一生懸命返す人たちなのだと痛感し、「政府の災害復旧融資制度」は有効に機能していると思いました。

◎小規模企業のBCP
 今更の感がありますが、中小企業基本法に中小企業の定義がなされています。
 (中小企業)
 1.製造業その他  資本金3億円以下,又は従業員300人以下
  2.卸売業       資本金1億円いか、又は従業員100人以下 
 3.小売業       資本金5千万円以下、または従業員50人以下
 4.サービス業    資本金5千万円以下、または従業員100人以下
 〇日本政策金融公庫・中小企業事業部門が担当(旧中小企業金融公庫)
  (小規模企業)
 1.製造業その他    従業員20人以下
  2.商業・.サービス業   従業員5人以下
 〇日本政策金融公庫・国民生活事業部門が担当(旧国民金融公庫)
 4月1日のブログに書きましたが「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の第2版の改定では『我が国企業へのBCPの導入を図るためには、99%を占める中小企業への普及促進が必要不可欠であり、そのためには特に太宗を占める小規模事業者への導入を含めた対応が求められています。このため、平成18年に公表した「中小企業BCP策定運用指針(第1版)」を一部見直し、小規模事業者を含めた初心者を念頭に「入門コース」を新たに加えるとともに、業種別の事例を追加する等、分かり易い内容に改訂しました。』とされています。
 私は、平成18年度以降3年間「中小企業BCP策定運用指針」普及セミナーの講師として、受託の三菱総合研究所とご一緒に全国で「財務診断モデル」の話をしました。その際、北陸の或る商工会議所の青年部会の方々の「BCP作成」のお手伝いをしました。参加メンバー10社中5社は小規模企業でした。
〇参加メンバー中の小規模企業
会社名
(人 員)
業  種 販売地域     留 意 点
A
(1 名)
店舗内装・建築施工・図面製作 地元限定 災害発生時の需要はどうか。
B
(1名)
ガーデン・エクステリア 地元限定  災害発生時の需要はどうか。
C
(2 名)
保険代理業 ほぼ地元限定  災害発生時の被害者・保険会社との対応 超多忙
D
( 2  名)
 商  店 地元限定  災害発生時の需要はどうか。
 商品の仕入れは可能か。
E
(2 名)
建築サービス 地元限定  災害発生時の需要はどうか。

 
 小規模企業がどこまでのBCPを作成するかについては、議論が分かれるところですが、私は必ずしも各項目を全部検討出来なくても、可能な限りで充分意味があると考えています。
 下記の社会保険労務士のBCPは、或るBCPの研究会で私が最高点を差し上げたものです。ご本人から公開の許可を得てお見せ致します。
これについては、内閣府系のBCPご担当の方から「眞崎さん、こんなものをBCPだと言って貰っては困ります。BCPの各項目の一部しか検討していないではないですか。BCPというものに対する誤解を生じます。」と厳しく言われました。
 私は、そうであればBCPと言わないで「地震対策計画」と言えば良いと思います。要は身の丈にあった地震対策を立てて、ご自分の事業が継続出来ればよいことだと思います。
 名前や、形式に拘って何もしないよりも、少しでも対策を立てた方が、実際の役に立つと考えます。

社会保険労務士事務所のBCPの必要性

1. 社会保険労務士事務所のBCP
(1) コアビジネスを止めない策の検討
(2) コアビジネスが止まるほどの災害の検討
(3) コアビジネスへの影響度の分析
(4) 目標復旧期間の設定
(5) 緊急時における顧問先との共通認識
(6) 各種資源の代替策の確保
(7) 事前投資・災害時の資金調達・保険の検討
(8) 共助・地域貢献

2. ヒト・モノ・カネ・情報の事前対策
  予防 複数化 バックアップ 代替
ヒト 従業員教育 他地域の社会保険労務士との提携   採用補充
モノ 事務所の耐震補強   臨時拠点の確保 設備の移動
設備の調達
カネ 内部留保 資金調達の多様性 緊急融資 損害保険
(社会保険労務士賠償責任保険)
情報   地域の団体(商工会・同友会等)の所属 データバックアップ データ再構築

3. BCP導入効果イメージ(大地震による災害を想定、従業員3人)
  BCP による準備 BCP 導入なし事務所 BCP 導入済み事務所
当 日
•  書庫・棚の固定
 
•  事務所(建物)の 耐震補強
 
•  従業員の連絡手段 等の事前確認(携帯等)
•  棚が倒れ、書類が散乱
 →書類の整理に追われる
•  事務所半壊
→営業できない
•  従業員の安否が確認できない
→ 従業員の状況を把握できない
•  書類の散乱は小規模
→すぐに書類整理できる
•  事務所は無事
→すぐに営業できる
•  従業員の安否確認がとれる
→ 従業員の状況を把握
数日間
•  地域のコミュニケーションをとる( 地域の団体 に所属)
 
•  緊急時の 顧問先との共通認識 (連絡系統の確認)
 
•  他地域の社会保険労務士 との提携
•  地域での協力がとれない
→孤立
 
•  顧問先と連絡が取れない
→緊急時対応ができず、信頼度低下
•  他地域に提携している社会保険労務士がいない
→電気も普及せず、自身で業務ができない
•  地域の復旧活動に協力
→信用度が上がる
 
•  顧問先と連絡が取れる
→緊急時対応ができ、信頼度上昇
•  被害の少ない地域の社会保険労務士に業務代行を依頼
→業務ストップの防止
1ヶ月後
•  内部留保
 
 
 
•  データバックアップ
(サーバーへのデータ保存)
 
•  損害保険( 社会保険労務士責任賠償保険 )
 
 
•  資金調達の多様性
•  事務所修理のための借入により、従業員給与が支払えない
→従業員の一時解雇
•  データの消失
→データ再構築に多大な時間を要する
•  データ消失等による損害賠償責任
→全額自己負担
 
•  多くの資金借入れができない
→資金繰りがつかない
•  手持ち資金で従業員への給与支払い
→従業員との信頼、人的資産の確保
•  データの保存・確保
→電気が回復すれば、すぐに業務に取り掛かれる
•  データ消失等による損害賠償責任
→自己負担は1割
(リスクの移転)
•  多くの資金借入れができる
→早期復旧・営業開始

4. 復旧期間・費用の算出
 
復旧期間
復旧費用
備 考
建  物
30 日
300,000 円
事務所を新たに借りた場合( 1 ヶ月間、礼金等含む)
設  備
14 日
300,000 円
パソコン、 OA 機器、印章、その他
事業中断損失
最長 30 日
500,000 円
顧問企業 15 社×平均単価3万円+スポット平均5万円
合  計
最長 30 日
1,100,000 円
 
※ つまり、これだけの資金を常に準備する必要がある。

5. まとめ
● 社会保険労務士事務所は一般的には原材料や商品の仕入れは無いが、顧問先企業をはじめ、顧客の重要なデータを取り扱っているため、BCPを取り入れることはとても重要である(損害賠償(責任賠償)の問題に関わる)。
 ●ハザードリスクに備え、災害発生後も顧問先企業の緊急依頼に対応できる体制作りが信頼を得る。また、ビジネスチャンスにも繋がる。

 
続きは、次回に。

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「リスクとキャッシュフロー」について ㉓

2014年4月10日木曜日 | ラベル: |

 11.「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の「財務診断モデル」 ②

 「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の「財務診断モデル」は、中小企業の経営者に対して地震による被害を受けた場合の資産の復旧費用、地震による企業活動停止の影響を考慮した地震発生後のキャッシュフローの変化を試算するよう勧めています。また、地震発生後の融資・損害保険などの事前・事後のキャッシュフロー対策の例を示して、災害時のキャッシュフロー対策を講じると言う思想で書かれています。
 中小企業が災害に遭遇した場合のキャッシュフローの変化を予測・検討することを勧めています。先ず最も重大な結果が生ずる地震のケースについて製造メーカーの場合を検討しています。これを参考にしてそれ以外のケースについても、逐次検討をするようになっています。
 災害時には、復旧のための資金が不足して借入を必要とする場合が多いと思われます。復旧のため資金調達計画の立案や、融資に関する金融機関との相談の際にこの「財務診断モデル」を役立てて頂きたいと思います。 
 財務診断モデル(基本コース)には下記のように記述されています。
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 BCPサイクルの一環として、災害に遭遇した場合の貴方の会社の財務状況(復旧費用総額、キャッシュフローなど)を整理しておきます。実際の災害時には、被災状況を反映した再検討を行い、復旧資金の調達計画の立案や融資に関する金融機関との相談の際に役立てて下さい。
 なお、以降のページでは、財務診断を進めるための手順を示していますが、同様の手順に従った計算作業がエクセルファイル上で行えるようになっています。 ダウンロードページ から、エクセルファイルの「財務診断モデル基本コース」をダウンロードして、その中の指示に従って作業を行って下さい。計算が自動的に行われて、BCPに綴じるべき帳票が簡単に作成できます。 更に詳しく検討をしたい時は、中級コースを参照して下さい。また、地震以外あるいは、複数工場、複数事業で中核事業を継続する等のケースは、上級コースを参照して下さい。
1 復旧費用の算定
 あなたの会社の建物が、例えば震度6強の地震によって全壊するか半壊するかし
た場合、あなたの事業を再開するために、お金がどのくらい掛かるでしょうか。大体の金額で構いませんので、下の表を埋めて下さい
 復旧費用とは、災害時にあなたの会社の資産(建物や機械)が損壊し「資産の損害」が生じたとき、立て直す費用と、災害の結果あなたの会社の事業がストップし、その間「事業中断による損害」により発生する費用の二つを言います。
  「事業中断による損害」に備えて、経験上月商の1ヶ月分くらいの現金・預金を持っていることをお薦めします。 緊急時に備え、平時から「月商の1ヶ月分くらいの資金」を用意しておくのは、流動性リスクに対する経験則です。緊急事態発生直後は、工場や事務所の整備、事業再開への対策等で資金の手当てを考える暇はありません。また当面事業がストップすることを覚悟しなければなりません。そのために最低1ヶ月くらいの出費を賄えるだけの資金を持っていることが必要となります。厳密には月商の1ヶ月分とは言えませんが、不測の出費なども考えて月商の1ヶ月分としました。
 例えば、ソニーの2004年3月期ア二ュアルレポートでは、「ソニーは流動性確保のために、グループ全体で、年度における平均月次売上高および予想される最大月次借入債務返済額の合計の100%以上に相当する流動性を維持することを基本方針としています。」と書かれています。

復旧費用の算定(製造業) (単位 千円)

  損害の程度 復旧期間 復旧費用 備  考
建   物
全   壊
    日
   
半   壊
     日
   
機   械
建物全壊
     日
   
建物半壊
     日
   
棚卸資産
全   損
     日
   
半   損
     日
   
器具・工具等  
    日
   
資産関係 計       ( A )
事業中断損失       ( B )
復旧費用 計       ( A ) +  ( B )

◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊ ◊  
ここで強調したいことは、こういった金額の試算について、『あなたの事業を再開するために、お金がどのくらい掛かるでしょうか。大体の金額で構いませんので、下の表を埋めて下さい。』と記述されている点です。

前回も書きましたが、「中小企業BCP策定運用指針(第1版)」のキャッシュフロー対策が普及しなかった理由については、中小企業のBCPのサポートをするコンサルタントの方々にキャッシュフロー対策に関する知識やサポートの経験を有する人が少ないこと、さらには民間金融機関がお得意様のBCPのキャッシュフロー対策のサポートに熱心ではないことが大きな理由だと私は思います。

 キャッシュフローに関する知識の無いコンサルタントの方々などからは、中小企業が「事業を再開するために、お金がどのくらい掛かるか。」を算定定するのは無理だと言う声が多く聞かれます。
しかし中小企業の経営者で、地震等の大災害発生後自社の事業を再開するのにどのくらいのお金が必要だろうかと考えない人はいないと私は思います。「見当もつかない」「ヤマカンで50百万円くらいかな」などです。それが「大体の金額で構いませんので、下の表を埋めて下さい。」と言う意味なのです。

 私は「中小企業BCP策定運用指針(第1版)」策定後3年間受託の三菱総合研究所とご一緒に全国で普及セミナーの講師をしましたが、その際「地震等の大災害発生後自社の事業を再開するのにどのくらいのお金が掛かるかを」を考えてどうしてもお金の面で事業の再開が無理だと思われる場合は、「地震等の大災害発生後自社の事業を整理するにはどうしたら良いか」例えば取引金融機関からの借入金に対する保証債務の履行・従業員を解雇する費用などを検討しておくのもBCPだと申し上げていました。事業を継続出来るかの最後のキーポイントはお金ですから、ヤマカンででも考えてみるべきです。

 お金を借りてでも事業を継続したいと思う経営者は、事前には自分で考えつく対策は成るべく請じておく。そして、とりあえず1ヶ月くらい過ごせる資金を経営者の個人資産ででも用意しておいて、地震が発生したら1ヶ月くらいの間に再建計画を考え、お金は政府の「災害復旧融資制度」に頼るというのが、現実的な中企業のBCPではないかと私は考えます。

 ヤマカンは嫌だという経営者には中級コースに書かれている細かい作業をして貰うと言う仕組みになっているのですが、ここを理解しないで(読まないで)「中小企業のBCP策定」にあたってキャッシュフロー対策は無理だとして、「中小企業BCP策定運用指針(第1版)」のキャッシュフロー対策が普及しなかったことは、大変残念なことだったと私は思います。

 さらには「民間金融機関がお得意様のBCPのキャッシュフロー対策のサポートに熱心ではないこと」については、前回書きましたように「金融庁の検査マニュアル」に「お得意様に対するBCPサポート」の項目が入らないので、状況は変りません。私は地震発生時には、貸出先顧客の被災により貸出金債権が毀損される結果の貸倒引当金繰入増が民間金融機関の損益悪化の主因となりますので、取引先に対するBCP(事業継続計画)の策定支援はあたかも工場の耐震化工事と同じだと思うのですが、現在でもあまり行われていないと思われます。

 また、1)東日本大震災における津波に当たるものは首都圏直下型地震では「大火災」だということ、2)小規模企業のBCP、3)損害額と復旧費用の相違などについては次回にご説明致します。

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「リスクとキャッシュフロー」について ㉒

2014年4月1日火曜日 | ラベル: |

 このブログを初めて4年目に入ります。読んで下さり、「いいね」といって下さる方に励まされて、続けることが出来ました。厚くお礼を申し上げます。

11.「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の「財務診断モデル」 ①
 「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」のキャッシュフロー対策の部分は「財務診断モデル」と言う項目に記述されています。
〇「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」第1版 (平成18年) http://www.chusho.meti.go.jp/bcp/contents/level_a/bcpgl_01.html
「財務診断モデル」基本コース
 http://www.chusho.meti.go.jp/bcp/contents/level_a/bcpgl_05a.html

〇「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」第2版(平成24年)では
http://www.chusho.meti.go.jp/bcp/
【参考】財務診断モデル(基本コース) •••••••••••••••••••••••••••••• 参考- 1
財務診断モデル(中級コース) •••••••••••••••••••••••••••••• 参考-14
財務診断モデル(上級コース) •••••••••••••••••••••••••••••• 参考-46
となりました。
 既に何回か触れていますが、中小企業庁の「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」策定作業が平成17年6月に開始された時、既に内閣府の「事業継続ガイドライン」(平成17年8月1日公表)の作業が進行していました。そこで、中小企業向けに重ねて新しいBCPガイドラインを作る必要があるのかと言う議論が生じました。
 中小企業庁は、『政府の中小企業災害対策は、災害発生後の対策は既に相当充実しているが、災害発生前の対策は未だ手つかずの状態である。中小企業庁としては、現行の中小企業災害対策の空白部部分である事前対策を確立することにより中小企業災害対策を完成させることが「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」を新たに作成する目的である。』従って中小企業のために別途BCPの指針を策定する必要があると明確に考えておられ、「政府の中小企業災害対策」→「災害復旧貸付制度」の有効活用のための事前対策の確立が目的なので、「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」には「財務診断モデル」という災害時のキャッシュフロー対策が詳述されています。これが「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の一つの大きな特徴になっていました。
 第2版の改定では『我が国企業へのBCPの導入を図るためには、99%を占める中小企業への普及促進が必要不可欠であり、そのためには特に太宗を占める小規模事業者への導入を含めた対応が求められています。このため、平成18年に公表した「中小企業BCP策定運用指針(第1版)」を一部見直し、小規模事業者を含めた初心者を念頭に「入門コース」を新たに加えるとともに、業種別の事例を追加する等、分かり易い内容に改訂しました。』とされています。
 第1版の有識者会議委員として「財務診断モデル」の作成に関与した者としては「財務診断モデル」が第2版では本体から参考資料になったことについて、一抹の寂しさを感じます。これは「財務診断モデル」が中小企業に普及しなかった結果だと私は思います。
 BCPにおけるキャシュフロー対策の重要性は何人も否定できないことだと思いますが「中小企業BCP策定運用指針(第1版)」のキャッシュフロー対策が普及しなかった理由については、中小企業BCPのサポートをするコンサルタントの方々にキャッシュフロー対策に関する知識やサポートの経験を有する人が少ないこと、さらには民間金融機関がお得意様のBCPのキャッシュフロー対策のサポートに熱心ではないことが大きな理由だと思います。
 私は、平成18年度以降3年間「中小企業BCP策定運用指針」普及セミナーの講師として、受託の三菱総合研究所とご一緒に北は札幌から南は高知・福岡まで全国で「財務診断モデル」の話をしました。その際、27行の金融機関を訪問して、お得意様のBCPの作成のサポートをお願いしました。結論は仙台や静岡など地震災害が身近な地区の金融機関以外は、「総論においては賛成ですが、そのために人と費用を掛けても収益には寄与しないので。」と消極的でした。
 東日本大震災後の金融機関の損益状況は、例えば仙台の七十七銀行の有価証券報告書を見ますと、平成23年3月期連結で下記のように報告されています。
〇災害による損失  50,687百万円 当期純損失 30,458百万円。
「災害による損失」には、貸倒引当金繰入額48,847百万円及び固定資産関連損失1,023百万円(うち災害損失引当金繰入額848百万円、固定資産処分損170百万円)を含む。
 七十七銀行には、先の「中小企業BCP策定運用指針」普及セミナーの際、平成19年3月にお伺いしました。宮城県は頻繁に地震が発生する地域なので、七十七銀行はBCPに対しては最も理解が深く、またお得意様に対するサポートに最も熱心な銀行の一つでした。それでも490億円と言う多額の貸倒引当金を積むことになりました。しかし、日頃からのBCPのサポートがあるので、実際に貸倒れになる確率は低くなっている筈だと私は信じています。
 「中小企業BCP策定運用指針」策定に関与していた当時、『金融庁の検査マニュアルに「お得意様に対するBCPサポート」の項目を入れたら立ちどころに「中小企業のBCP」は普及すると思う。』と言う意見を述べたところ、ある方から「そんなことをしたら我が国の金融機関の貸出金債権は自然災害に対しウイークであるといことを国として世界に対して認めることになる。我が国金融機関の対外的信用を害することにもなる。」と窘められました。今回の東日本大震災が金融機関に与えた影響は、既に公表されている訳ですからその意見は最早通用しなくなっていると私は思います。
 地震発生時には、貸出先顧客の被災により貸出金債権が毀損される結果の貸倒引当金繰入増が民間金融機関の損益悪化の主因となります。民間金融機関は事業継続体制の策定・整備を行っていますが、これはあくまで民間金融機関自身のことであって、取引先に対するBCP(事業継続計画)の策定支援は現在でもあまり行われていないと思われます。
 私は民間金融機関が取引先、特に融資先に対し「BCP(含むキャッシュフロー対策)」のサポートを行うことにより、金融機関の資産の太宗をなす貸出金債権が地震等のリスクで毀損することを防止することが出来ますから、恰も製造業において工場の耐震化工事を行うのと同じことになると確信します。
 以前、銀行系のコンサルタント会社で広島の自動車メーカーのリスクマネジメント体制確立の支援を行った際、オーストラリア出身のCFOがリスクマネジメントの責任者になると名乗り出られ、結局損害保険担当の総務部門担当役員が責任者になられました。欧米ではリスクマネジメントやBCPの実践にあたって、キャッシュフロー対策は当然の前提になっていてCFOが中心となっているからだと思いました。
 「中小企業BCP策定運用指針」策定当時、『「アメリカのBCPの指針」には「キャッシュフロー対策」なんか入っていない。そんなものを入れるのは可笑しい。』と言われた方もいました。私はアメリカでは「キャッシュフロー対策」は当然の前提になっていてわざわざ書く事ではないことだと思っているのですが,如何でしょうか。
 『企業のリスクマネジメントと金融機関の役割・キャッシュフローに着目した支援が不可欠に(金融財政事情・平成12年)』、『金融機関は損害の財務的処理の重要性を認識すべし(金融財政事情・平成13年)』と主張してから13年経ちましたが、私の意見はなかなか金融機関に普及しません。
 次回から「財務診断モデル」の中身をご説明致します。

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