ソニー㈱とリスクマネジメント - 大賀典雄様を悼む

2011年6月30日木曜日 | ラベル: |

 6月23日午前、品川のソニ―㈱本社における故大賀典雄相談役の「お別れの会」に行き、献花して来ました。私はご縁があって、オペラの団体公益財団法人東京二期会の監事をしていますが、昨年までは大賀様と二人で勤めて来ました。監査報告書にはいつも大賀様の下にサインをしていました。直接お話をしたのは1回だけでしたが、ソニーの一時代を築いた優れた経営者だったと思います。CDの録音時間が75分なのは、オランダ・フィリップス社との共同開発の過程で、「ベートーベンの第9の演奏が録音出来る長さが必要だ」と言う大賀さんの主張で決められたと言うのは有名な話です。同日午後には上野の東京文化会館で関係者による音楽葬が行われました。

大賀氏しのび鎮魂歌=ソニー元社長、お別れの会 (asahi.comサイト記事へのリンク)

 リスクマネジメント、特にキャッシュフロー・リスクとソニー㈱はどこで繋がっているのでしょうか。
 実は、2004年3月期のソニー㈱のアニュアルレポートには、「流動性マネジメントおよびコミットメントライン」と言う項目があります。その記述は下記です。 
「ソニーは手元流動性の範囲を(a)現金・預金および現金同等物、定期預金と(b)銀行との間で設定されるコミットメントラインの内ムーディーズによる財務格付け"c"以上の銀行と締結したものと定義しています。その上でソニーは流動性の確保のために、グループ全体で、年度における平均月次売上高および予想される最大月次借入債務返済額の合計の100%以上に相当する手元流動性を維持することを基本方針としています。」
 6月20日の記事で、中小企業庁の「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の財務診断モデルでは、緊急時に備え、平素から「月商の1ヶ月分くらいの資金(現金・預金)」を用意しておくことを勧めています。これは流動性リスクに対する経験則です。と書きました。
 私の知る限り、日本企業のアニュアルレポートで「流動性マネジメント」の記述があるのはソニー㈱だけです。しかも「年度における平均月次売上高および予想される最大月次借入債務返済額の合計の100%以上に相当する手元流動性を維持することを基本方針としています。」とは、将に我が意を得たりです。
 残念乍らその後ソニー㈱の業況の変化により現在はこの記述は削除されています。
大賀様のご生前を偲び、ソニー㈱の現況を考え、複雑な感慨に耽りました。

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災害時の金融支援 ② 関東大震災・阪神淡路大震災とハリケーン・カトリーナのケースの比較

2011年6月20日月曜日 | ラベル: |

 1923年(大正10年)9月1日午前11時59分関東大震災が起こりました。M7.9、家屋全壊・焼失464,909戸、死者・行方不明者104,619名、歴史に残る大災害です。当時の首相は山本権兵衛、蔵相は井上準之助です。
 震災後7日目の9月7日 勅令「支払延期令」が公布されました。「1923年9月1日以前に発生し、9月30日までに支払いを行うべき金銭債務で、債務者が東京、神奈川、静岡、埼玉、千葉及び震災によって経済上の不安を生じる恐れがある勅令で指定する地域に住所または営業所を有する場合は、30日間支払いを延期する。」ことになりました。モラトリアムと言います。*1
 9月27日には、勅令「震災手形割引損失補償令」が公布されました。これは、震災地(東京、神奈川、静岡、埼玉、千葉)を支払地とする手形、または震災地に震災当時営業所を有した者が振出した手形、またはこれを支払人とする手形で、1923年9月1日以前に銀行が割引いたもののうち、1925年9月30日以前に満期日が来るものを日銀が再割引し、それによって損失を受けた場合は1億円を限度に政府が損失を補償する制度です。 その後、特別融通期間を1926年9月30日まで延長。 融通金額は4億3,028萬円となりました。*2
 中小企業庁の「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の財務診断モデルでは、緊急時に備え、平素から「月商の1ヶ月分くらいの資金(現金・預金)」を用意しておくことを勧めています。これは流動性リスクに対する経験則です。災害発生直後は、工場や事務所の整備、事業再開への対策等で資金の手当てを考える暇はありません。一方、当面事業がストップすることも覚悟しなければなりません。そのためには、最低1ヶ月くらいの出費を賄えるだけの資金を持っていなければ当面の対策を考えることも出来ないとされている訳です。
 1923年ころには勿論BCPの思想などはありませんでした。しかし、企業の当面1ヶ月の資金繰りが破綻しないよう、政府が震災後僅か1週間で「支払延期令」を公布したことは驚くべき英断だと思います。金融機関の割引手形の損失補償は、今で言う公的資金の注入に比せられることだと思います。関東大震災の場合も、先ずキャッシュフロー対策が取られたことにご注目下さい。
 6月1日 「企業の損害はどうなるのか」で、「資本主義社会だから特定の企業に国費や県費を出すことは出来ない。長期低利融資で助ける。利息は出来るだけ補給するのが限度だ。」と書きました。国が行う大災害発生時の支援策は、長期低利の災害復旧融資と信用保証制度の活用です。企業向けの地震保険の新規付保が困難なわが国の現状で、大規模な地震災害発生時の中小企業に対する政府系中小企業向け金融機関(現日本政策金融公庫)の災害復旧貸付制度と信用保証協会のセーフティネット保証制度の効用は極めて大きいものがあります。
 1995年(平成7年)の阪神淡路大震災における直接被害は約10兆円、と言われています。阪神淡路大震災における中小企業への災害復旧貸付実績は、政府系中小企業向け金融機関の貸付件数27,559件 金額5,304億円,保証協会の保証件数55,245件 金額6,503億円、合計件数82,704件、金額1兆1,807億円で、大きな金額を占め、政府の中小企業災害対策の有効性が実証されています。
 集団感染発生時の「事業中断(含む売上低下)損失」、大不況時の「事業中断(含む売上低下)損失」に対しても、政府系中小企業向け金融機関の貸付制度と信用保証協会の保証制度の活用が中小企業のキャッッシュフロー対策に大きな役割を果たします。中小企業の災害時のキャッシュフロー対策は、政府系中小企業向け金融機関の融資制度と、信用保証協会の保証制度の活用でカバー出来ます。
 2005年(平成17年)8月末にニューオーリンズ市の80%を水没させたハリケーン・カトリーナの場合、アメリカのSBA(中小企業庁)の災害支援ローンに関しては、同年11月20日時点で28,000件の申請がSBAに殺到した結果、SBAの審査能力がパンクし、認可件数が僅か840件に過ぎなかったため、議会で大問題になりました。その結果、SBAは被災地域の中小企業を対象とした期間限定の新ローンを開始しました。新ローンは金融機関が15万ドルを上限に融資を行い、SBAが保証するというもので、融資手続きを簡素化し、申請から24時間以内に融資を決定する迅速性が特徴だと、2005年11月の「通商広報3760号」に報告が記載されています。
 日本の災害復旧融資制度では、信用保証協会の保証制度は総ての金融機関の支店が窓口になっています。この点、アメリカの災害支援ローン制度に比し遥かに充実しています。
 中小企業庁の「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」策定作業が2005年6月に開始された際、当時既に内閣府の「事業継続ガイドライン」(2005年8月1日公表)の作業が進行しており、中小企業向けに重ねて新しいBCPガイドラインを作る必要があるのかと言う議論がありました。
 中小企業庁は、「政府の中小企業災害対策は、災害発生後の対策は既に相当充実しているが、災害発生前の対策は未だ手つかずの状態である。中小企業庁としては、現行の中小企業災害対策の空白部部分である事前対策を確立することにより中小企業災害対策を完成させることが‹中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針≻を新たに作成する目的である」従って中小企業のために別途BCPの指針を策定する必要があると明確に考えておられました。
 政府の災害復旧融資制度の有効活用のための事前対策が大きな目的なので、「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」には「財務診断モデル」という災害時のキャッシュフロー対策が詳述されており、これが「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の一つの大きな特徴になっています。


中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針
財務診断モデル 基本コース
財務診断モデル 中級コース
財務診断モデル 上級コース


*1 東京大学大学院 経済学研究科 岡崎哲二教授
「関東大震災と産業復興 自然災害と産業の空間分布変化」BBLセミナー資料より引用。

*2 同上

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災害時の金融支援 ① 経済産業省のリスクファイナンス研究会報告書について

2011年6月14日火曜日 | ラベル: |

 私は、リスクマネジメントやBCP(事業継続計画)におけるキャッシュフロー対策の重要性について、ずっと主張を続けておりますがまだ十分に企業の理解を得られていません。
 平成18年3月に経済産業省から公表された「リスクファイナンス研究会報告書*1には、私の言いたいことが総て書いてあります。
先ず、リスクファイナンスの意義について、下記のように記述されています。
「企業においてリスクメネジメントと言った場合、〈如何にしてリスクの顕在化を未然に防ぐか〉をテーマとした事前防止策に重点が置かれており、事故や災害等が発生した後への備えは必ずしも十分に手当てされていないのが実情である。企業の事業継続計画(BCP)については、漸くその重要性が認識されつつあるものの、リスクが発生し顕在化し経済的損失が発生した場合に備えて、企業が運転資金、事故対策資金、復旧資金等を事前に手当てしておくこと、すなわちリスクファイナンスの重要性については未だ十分に認識されていない。*2」 
 このことは、現在進行しつつある、東京電力の状態を見れば良く々々お判り頂けると思います。そして、企業経営とリスクファィナンスの関係については、
「リスクファイナンスとは、〈企業が行う事業活動に必然的に付随するリスクについて、これらが顕在化した際の企業経営へのネガティブインパクトを緩和・抑止する財務的手法〉である。すなわち、事業活動に対して適切な財務手当てが出来ていない場合には、当該事業活動に係るリスクの顕在化により、財基盤が毀損し、企業にとって収益性が高く望ましい投資が阻害される可能性がある。したがって、企業の持続性や競争力を高める上で、リスクファイナンスを含めた戦略的な企業財務が果たす役割は非常に重要である。(後略)
 企業価値の最大化(持続的かつ安定的な価値創造の実現)には、適切なリスクファイナンスの取り組みが必要不可欠である*3
  次に財務データの定量化を求めています。
「リスクファイナンスの検討にあたっては、自社の財務的な耐力や状況を適切に把握することが必要である。この際手元資金の把握や負債、資金繰り(キャッシュフロー)の状況はもちろん、リスク顕在時の復旧に要する資金量や事業活動が停止する期間とキャッシュフローへの影響や、その際の財務的な耐性等を可能な限り数値化しておくことが望まれる。こうした結果をもとに、リスクに備えるための必要資金量や必要となるタイミング等を勘案しつつリスクファイナンス手法を検討するとが望ましい。
 なお、いざという時に備えて、手元資金の積増しにより対応することも有効なリスクファイナンスではあるが、この場合、資本効率の低下につながる点には留意が必要である。*4
 更に、リスクマネジメント、BCP担当部門と財務部門との結びつきが重要だと言っています。
「多くの企業は、総務部門や管財部門をリスクファイナンス担当部門として位置づけ、保険手当て部分のみを取り出して処理していることが一 般的である。しかしながら、全社的な財務戦略の中で自社のリスクファイナンス」の最適化を検討するためには、こうした部門の知見と企業財務の観点を融合させることが重要である。実際、一部先進企業においては、従来の保険担当部門と財務部門等が連携あるいは一体となって、リスクファイナンスの最適化を図っているケースが見られる。  
#.例えば、火災保険による事故発生時の物損填補や予想外のキャッシュ不足へ対応するためのコミットメントライン、当座貸越契約の締結等、断片的な手当ては行われてきた。しかしながら、本来リスクファイナンスは、自社の財務状況やステークホルダーからの要請、リスクの状況を勘案しつつ、財務戦略の中で効率的効果的な金融・財務手当ての最適化を図ることであり、断片的な手当てのみでは最適化が達成されているとはいえない。*5
 最後に、メインバンク制度が無くなっている現在の企業財務の在り方にも言及しています。
「わが国では、メインバンクは、最大の貸し出しシェアを占める債権者として、また長期安定的な株主として、企業が災害や事故等により一時的に業績が悪化しても、長期的視野に立ち、事業活動の継続や相応の収益性が見込まれる場合には、(中略)メインバンクは融資先企業のリスクファイナンスをサポートする機能を提供してきたといえる。
 しかし、企業の財務状況、金融環境の変化により、メインバンク制は次第に弱まってきており、企業がデフォルト(倒産)した際にメインバンクが被る損失も相対的に小さくなってきている。このためメインバンクによる企業救済のインセンティブは低下している可能性がある。「いざという時は、メインバンクに資金を手当てしてもらえる」と考えている企業も数多く見られるが、これまで提供されてきたメインバンクによるリスクファイナンス機能は、その提供される度合いや実現性が低下してきている点に留意する必要がある。*6
 企業は、リスクマネジメント・BCP(事業継続計画)を策定・運用するに当たって、こうしたリスクファイナンスに関する基本的な問題を意識することが重要です。お時間があったら是非経済産業省のリスクファイナンス研究会報告書をご覧下さい。

 
*1 経済産業省 リスクファイナンス研究会報告書
*2 第1部リスクファイナンスの発展に向けて はじめに P.3
*3 第1部リスクファイナンスの発展に向けて 1.リスクファイナンスの経営・財務上の意義 P.6
*4 同上 P.8
*5 第1部リスクファイナンスの発展に向けて Ⅱ.日本におけるリスクファイナンスの現状と課題 P.15
*6 同上 P.17

 
■ 5月25日の原稿の最後に「リスク対策Comと言う雑誌5月25日号の私の寄稿をご参照下さい。」と書きました。一般の書店には置いてありませんが、東京では、三省堂書店神保町本店5Fレジの前「東日本大震災関係書籍」」売り場でバックナンバーを含め入手出来ます。
また、下記書店にも置いてあります。
  • 丸善丸の内本店
  • 紀伊國屋書店新宿本店
  • 紀伊國屋書店新宿南店
  • 書泉グランデ
  • 大阪旭屋書店本店
  • 有隣堂本店
  • ジュンク堂名古屋店

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東日本大震災について思う ④ 企業の損害はどうなるのか

2011年6月1日水曜日 | ラベル: |

 阪神淡路大震災の時、兵庫県議会で「地震による中小企業の被害を国や県は救済出来ないのか。」と言う質問がありましたが、「資本主義社会だから特定の企業に国費や県費を出すことは出来ない。長期低利融資で助ける。利息は出来るだけ補給するのが限度だ。」という答えが述べられました。
 今回の東日本大震災による、企業の損害についても同様で、金融支援が限度だと思います。これについては、3月13日の中小企業庁「2011年東北地方太平洋沖地震等による災害の激甚災害の指定及び被災中小企業者対策について」で詳細に述べられています。

 一方、福島第一原子力発電所の事故による損害については、個人への仮払金支払いや、農業・漁業の損害補償は当然のことと議論されていますが、企業への損害賠償についての議論はまだあまり進んでいません。*1このためと思いますが、5月23日に福島県と経済産業省は6月1日より、移転を余儀なくされる中小企業等向けに原子力災害に伴う「特定地域中小企業特別資金」の特別貸付を始めます。これは無担保・無利子で最高3000万円を期間20年以内で融資する前例のない救済融資制度です。

*1 5月28日(土)の日本経済新聞に漸く中小企業向け損害賠償の仮払いの枠組みの政府方針(1社250万円上限)が報道されました。

 他方、計画停電によって蒙った企業の損害をどうするのかと言う議論は全くありません。自発的に停電に協力したわけでは無く、計画停電のために事業が出来なくなった損害を補償して呉れと言う声はあまり聞こえて来ません。
 計画停電による損害の責任を東京電電力が負わないのは、「電力供給約款」の下記の条項が根拠だと思われます。

 40 供給の中止または使用の制限もしくは中止
(1)当社は,次の場合には,供給時間中に電気の供給を中止し,またはお客さまに電気の使用を制限し,もしくは中止していただくことがあります。イ、ロ、ハ(略)
ニ、非常変災の場合

 42 損害賠償の免責
(1)40(供給の中止または使用の制限もしくは中止)(1)によって電気の供給を中止し,または電気の使用を制限し,もしくは中止した場合で,それが当社の責めとならない理由によるものであるときには,当社は,お客さまの受けた損害について賠償の責めを負いません。

 福島第一原子力発電所の事故による損害については、政府は明言していませんが「今回の地震・津波は原子力損害の賠償に関する法律第3条但し書きに言う〈異常に巨大な天災地変〉では無い」として東京電力に損害賠償責任があるようです。
 一方、計画停電についは今回の地震・津波は「電力供給約款」42 損害賠償の免責の根拠である東京電力の責めとならない場合、「非常変災」になるのでしょうか。「電力供給約款」は民間同士の契約ですから、政府の見解は関係なく、司法の場で争われ結論が出ることになります。日本人は訴訟を好みませんから大事には至らないかも知れませんが、もし損害賠償訴訟が頻発し、原子力発電所の事故の損害は東京電力に責任があり、計画停電による損害については東京電力に責任が無いのはおかしいとの主張が司法の場で容れられたら、政府の東京電力救済のスキームに影響するかも知れません。
 私は法律の専門家ではありませんので個人的な意見ですが、今回の地震・津波は「原子力損害の賠償に関する法律第3条但し書きに言う異常に巨大な天災地変である。しかし東京電力の対応が事前・事後とも問題があったため、全面的な免責にはならない」・「計画停電に関しては、東京電電力に責任を負わせるような特段の事情はなかった。」ということが穏当な解釈になるのではないかと思うのですが。
 まして、中部電力が計画停電を実施したら、その根拠は菅首相の要請であり、「非常変災」ではありませんから要請は免責の根拠にはならないと思います。東北電力以外の電力会社が計画停電をしたらもっと根拠がありません。合意の上節電して貰うべきかと思います。
 日本人・日本の企業の人の良さに頼っていて良いのでしょうか。日本には外国の会社もあります。

■ 5月25日の原稿の最後に「リスク対策Comと言う雑誌5月25日号の私の寄稿をご参照下さい。」と書きました。一般の書店には置いてありませんが、東京では、三省堂書店神保町本店5Fレジの前「東日本大震災関係書籍」」売り場でバックナンバーを含め入手出来ます。

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