災害時の金融支援 ② 関東大震災・阪神淡路大震災とハリケーン・カトリーナのケースの比較

2011年6月20日月曜日 | ラベル: |

 1923年(大正10年)9月1日午前11時59分関東大震災が起こりました。M7.9、家屋全壊・焼失464,909戸、死者・行方不明者104,619名、歴史に残る大災害です。当時の首相は山本権兵衛、蔵相は井上準之助です。
 震災後7日目の9月7日 勅令「支払延期令」が公布されました。「1923年9月1日以前に発生し、9月30日までに支払いを行うべき金銭債務で、債務者が東京、神奈川、静岡、埼玉、千葉及び震災によって経済上の不安を生じる恐れがある勅令で指定する地域に住所または営業所を有する場合は、30日間支払いを延期する。」ことになりました。モラトリアムと言います。*1
 9月27日には、勅令「震災手形割引損失補償令」が公布されました。これは、震災地(東京、神奈川、静岡、埼玉、千葉)を支払地とする手形、または震災地に震災当時営業所を有した者が振出した手形、またはこれを支払人とする手形で、1923年9月1日以前に銀行が割引いたもののうち、1925年9月30日以前に満期日が来るものを日銀が再割引し、それによって損失を受けた場合は1億円を限度に政府が損失を補償する制度です。 その後、特別融通期間を1926年9月30日まで延長。 融通金額は4億3,028萬円となりました。*2
 中小企業庁の「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の財務診断モデルでは、緊急時に備え、平素から「月商の1ヶ月分くらいの資金(現金・預金)」を用意しておくことを勧めています。これは流動性リスクに対する経験則です。災害発生直後は、工場や事務所の整備、事業再開への対策等で資金の手当てを考える暇はありません。一方、当面事業がストップすることも覚悟しなければなりません。そのためには、最低1ヶ月くらいの出費を賄えるだけの資金を持っていなければ当面の対策を考えることも出来ないとされている訳です。
 1923年ころには勿論BCPの思想などはありませんでした。しかし、企業の当面1ヶ月の資金繰りが破綻しないよう、政府が震災後僅か1週間で「支払延期令」を公布したことは驚くべき英断だと思います。金融機関の割引手形の損失補償は、今で言う公的資金の注入に比せられることだと思います。関東大震災の場合も、先ずキャッシュフロー対策が取られたことにご注目下さい。
 6月1日 「企業の損害はどうなるのか」で、「資本主義社会だから特定の企業に国費や県費を出すことは出来ない。長期低利融資で助ける。利息は出来るだけ補給するのが限度だ。」と書きました。国が行う大災害発生時の支援策は、長期低利の災害復旧融資と信用保証制度の活用です。企業向けの地震保険の新規付保が困難なわが国の現状で、大規模な地震災害発生時の中小企業に対する政府系中小企業向け金融機関(現日本政策金融公庫)の災害復旧貸付制度と信用保証協会のセーフティネット保証制度の効用は極めて大きいものがあります。
 1995年(平成7年)の阪神淡路大震災における直接被害は約10兆円、と言われています。阪神淡路大震災における中小企業への災害復旧貸付実績は、政府系中小企業向け金融機関の貸付件数27,559件 金額5,304億円,保証協会の保証件数55,245件 金額6,503億円、合計件数82,704件、金額1兆1,807億円で、大きな金額を占め、政府の中小企業災害対策の有効性が実証されています。
 集団感染発生時の「事業中断(含む売上低下)損失」、大不況時の「事業中断(含む売上低下)損失」に対しても、政府系中小企業向け金融機関の貸付制度と信用保証協会の保証制度の活用が中小企業のキャッッシュフロー対策に大きな役割を果たします。中小企業の災害時のキャッシュフロー対策は、政府系中小企業向け金融機関の融資制度と、信用保証協会の保証制度の活用でカバー出来ます。
 2005年(平成17年)8月末にニューオーリンズ市の80%を水没させたハリケーン・カトリーナの場合、アメリカのSBA(中小企業庁)の災害支援ローンに関しては、同年11月20日時点で28,000件の申請がSBAに殺到した結果、SBAの審査能力がパンクし、認可件数が僅か840件に過ぎなかったため、議会で大問題になりました。その結果、SBAは被災地域の中小企業を対象とした期間限定の新ローンを開始しました。新ローンは金融機関が15万ドルを上限に融資を行い、SBAが保証するというもので、融資手続きを簡素化し、申請から24時間以内に融資を決定する迅速性が特徴だと、2005年11月の「通商広報3760号」に報告が記載されています。
 日本の災害復旧融資制度では、信用保証協会の保証制度は総ての金融機関の支店が窓口になっています。この点、アメリカの災害支援ローン制度に比し遥かに充実しています。
 中小企業庁の「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」策定作業が2005年6月に開始された際、当時既に内閣府の「事業継続ガイドライン」(2005年8月1日公表)の作業が進行しており、中小企業向けに重ねて新しいBCPガイドラインを作る必要があるのかと言う議論がありました。
 中小企業庁は、「政府の中小企業災害対策は、災害発生後の対策は既に相当充実しているが、災害発生前の対策は未だ手つかずの状態である。中小企業庁としては、現行の中小企業災害対策の空白部部分である事前対策を確立することにより中小企業災害対策を完成させることが‹中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針≻を新たに作成する目的である」従って中小企業のために別途BCPの指針を策定する必要があると明確に考えておられました。
 政府の災害復旧融資制度の有効活用のための事前対策が大きな目的なので、「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」には「財務診断モデル」という災害時のキャッシュフロー対策が詳述されており、これが「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の一つの大きな特徴になっています。


中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針
財務診断モデル 基本コース
財務診断モデル 中級コース
財務診断モデル 上級コース


*1 東京大学大学院 経済学研究科 岡崎哲二教授
「関東大震災と産業復興 自然災害と産業の空間分布変化」BBLセミナー資料より引用。

*2 同上