「リスクとキャッシュフロー」について ㉓

2014年4月10日木曜日 | ラベル: |

 11.「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の「財務診断モデル」 ②

 「中小企業BCP(事業継続計画)策定運用指針」の「財務診断モデル」は、中小企業の経営者に対して地震による被害を受けた場合の資産の復旧費用、地震による企業活動停止の影響を考慮した地震発生後のキャッシュフローの変化を試算するよう勧めています。また、地震発生後の融資・損害保険などの事前・事後のキャッシュフロー対策の例を示して、災害時のキャッシュフロー対策を講じると言う思想で書かれています。
 中小企業が災害に遭遇した場合のキャッシュフローの変化を予測・検討することを勧めています。先ず最も重大な結果が生ずる地震のケースについて製造メーカーの場合を検討しています。これを参考にしてそれ以外のケースについても、逐次検討をするようになっています。
 災害時には、復旧のための資金が不足して借入を必要とする場合が多いと思われます。復旧のため資金調達計画の立案や、融資に関する金融機関との相談の際にこの「財務診断モデル」を役立てて頂きたいと思います。 
 財務診断モデル(基本コース)には下記のように記述されています。
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 BCPサイクルの一環として、災害に遭遇した場合の貴方の会社の財務状況(復旧費用総額、キャッシュフローなど)を整理しておきます。実際の災害時には、被災状況を反映した再検討を行い、復旧資金の調達計画の立案や融資に関する金融機関との相談の際に役立てて下さい。
 なお、以降のページでは、財務診断を進めるための手順を示していますが、同様の手順に従った計算作業がエクセルファイル上で行えるようになっています。 ダウンロードページ から、エクセルファイルの「財務診断モデル基本コース」をダウンロードして、その中の指示に従って作業を行って下さい。計算が自動的に行われて、BCPに綴じるべき帳票が簡単に作成できます。 更に詳しく検討をしたい時は、中級コースを参照して下さい。また、地震以外あるいは、複数工場、複数事業で中核事業を継続する等のケースは、上級コースを参照して下さい。
1 復旧費用の算定
 あなたの会社の建物が、例えば震度6強の地震によって全壊するか半壊するかし
た場合、あなたの事業を再開するために、お金がどのくらい掛かるでしょうか。大体の金額で構いませんので、下の表を埋めて下さい
 復旧費用とは、災害時にあなたの会社の資産(建物や機械)が損壊し「資産の損害」が生じたとき、立て直す費用と、災害の結果あなたの会社の事業がストップし、その間「事業中断による損害」により発生する費用の二つを言います。
  「事業中断による損害」に備えて、経験上月商の1ヶ月分くらいの現金・預金を持っていることをお薦めします。 緊急時に備え、平時から「月商の1ヶ月分くらいの資金」を用意しておくのは、流動性リスクに対する経験則です。緊急事態発生直後は、工場や事務所の整備、事業再開への対策等で資金の手当てを考える暇はありません。また当面事業がストップすることを覚悟しなければなりません。そのために最低1ヶ月くらいの出費を賄えるだけの資金を持っていることが必要となります。厳密には月商の1ヶ月分とは言えませんが、不測の出費なども考えて月商の1ヶ月分としました。
 例えば、ソニーの2004年3月期ア二ュアルレポートでは、「ソニーは流動性確保のために、グループ全体で、年度における平均月次売上高および予想される最大月次借入債務返済額の合計の100%以上に相当する流動性を維持することを基本方針としています。」と書かれています。

復旧費用の算定(製造業) (単位 千円)

  損害の程度 復旧期間 復旧費用 備  考
建   物
全   壊
    日
   
半   壊
     日
   
機   械
建物全壊
     日
   
建物半壊
     日
   
棚卸資産
全   損
     日
   
半   損
     日
   
器具・工具等  
    日
   
資産関係 計       ( A )
事業中断損失       ( B )
復旧費用 計       ( A ) +  ( B )

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ここで強調したいことは、こういった金額の試算について、『あなたの事業を再開するために、お金がどのくらい掛かるでしょうか。大体の金額で構いませんので、下の表を埋めて下さい。』と記述されている点です。

前回も書きましたが、「中小企業BCP策定運用指針(第1版)」のキャッシュフロー対策が普及しなかった理由については、中小企業のBCPのサポートをするコンサルタントの方々にキャッシュフロー対策に関する知識やサポートの経験を有する人が少ないこと、さらには民間金融機関がお得意様のBCPのキャッシュフロー対策のサポートに熱心ではないことが大きな理由だと私は思います。

 キャッシュフローに関する知識の無いコンサルタントの方々などからは、中小企業が「事業を再開するために、お金がどのくらい掛かるか。」を算定定するのは無理だと言う声が多く聞かれます。
しかし中小企業の経営者で、地震等の大災害発生後自社の事業を再開するのにどのくらいのお金が必要だろうかと考えない人はいないと私は思います。「見当もつかない」「ヤマカンで50百万円くらいかな」などです。それが「大体の金額で構いませんので、下の表を埋めて下さい。」と言う意味なのです。

 私は「中小企業BCP策定運用指針(第1版)」策定後3年間受託の三菱総合研究所とご一緒に全国で普及セミナーの講師をしましたが、その際「地震等の大災害発生後自社の事業を再開するのにどのくらいのお金が掛かるかを」を考えてどうしてもお金の面で事業の再開が無理だと思われる場合は、「地震等の大災害発生後自社の事業を整理するにはどうしたら良いか」例えば取引金融機関からの借入金に対する保証債務の履行・従業員を解雇する費用などを検討しておくのもBCPだと申し上げていました。事業を継続出来るかの最後のキーポイントはお金ですから、ヤマカンででも考えてみるべきです。

 お金を借りてでも事業を継続したいと思う経営者は、事前には自分で考えつく対策は成るべく請じておく。そして、とりあえず1ヶ月くらい過ごせる資金を経営者の個人資産ででも用意しておいて、地震が発生したら1ヶ月くらいの間に再建計画を考え、お金は政府の「災害復旧融資制度」に頼るというのが、現実的な中企業のBCPではないかと私は考えます。

 ヤマカンは嫌だという経営者には中級コースに書かれている細かい作業をして貰うと言う仕組みになっているのですが、ここを理解しないで(読まないで)「中小企業のBCP策定」にあたってキャッシュフロー対策は無理だとして、「中小企業BCP策定運用指針(第1版)」のキャッシュフロー対策が普及しなかったことは、大変残念なことだったと私は思います。

 さらには「民間金融機関がお得意様のBCPのキャッシュフロー対策のサポートに熱心ではないこと」については、前回書きましたように「金融庁の検査マニュアル」に「お得意様に対するBCPサポート」の項目が入らないので、状況は変りません。私は地震発生時には、貸出先顧客の被災により貸出金債権が毀損される結果の貸倒引当金繰入増が民間金融機関の損益悪化の主因となりますので、取引先に対するBCP(事業継続計画)の策定支援はあたかも工場の耐震化工事と同じだと思うのですが、現在でもあまり行われていないと思われます。

 また、1)東日本大震災における津波に当たるものは首都圏直下型地震では「大火災」だということ、2)小規模企業のBCP、3)損害額と復旧費用の相違などについては次回にご説明致します。