4月から始めた「リスクマネジメントあれこれ」は9ヶ月を経過し、新しい年を迎えました。今年もどうかお読み下さいますようお願い申し上げます。
昨年12月26日に「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」
の中間報告書が公表されました。
「Ⅶ これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言・10 おわりに」に下記のように記述されています。
「原子力発電は本質的にエネルギー密度が高く、一たび失敗や事故が起こると、かつて人間が経験したことがないような大災害に発展し得る危険性がある。しかし、そのことを口にすることは難しく、関係者は、人間が制御できない可能性がある技術であることを、国民に明らかにせずに物事を考えようとした。それが端的に表れているのが〈原子力は安全である。〉という言葉である。一旦原子力は安全であると言ったときから、原子力の危険な部分についてどのような危険があり、事態がどのように進行するかまたそれにどのような対処をすればよいか、などについて考えるのが難しくなる。〈想定外〉ということが起こった背景に、このような事情があったことは否定できない。私は、5月1日のブログ「東日本大震災について思う ① 想定外と言うこと」で「原子力発電など 〈想定外のことが起こってはいけない〉場合、〈想定リスクのレベル〉について、それで良かったのかが今回シビアに問われていると考えます。」と書きました。
何かを計画、立案、実行するとき、想定なしにこれらを行うことはできない。したがって、想定すること自体は必ずやらなければならない。しかし、それと同時に、想定以外のことがあり得ることを認識すべきである。
たとえどんなに発生の確率が低い事象であっても、「あり得ることは起こる。」と考えるべきである。発生確率が低いからといって、無視していいわけではない。起こり得ることを考えず、現実にそれが起こったときに、確率が低かったから仕方がないと考えるのは適切な対応ではない。確率が低い場合でも、もし起きたら取り返しのつかない事態が起きる場合には、そのような事態にならない対応を考えるべきである。今回の事故は、我々に対して、「想定外」の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している。」
9ヶ月の間の最大の話題は「東日本大震災」でした。そこで最も思うことはただ1点、「想定外とは何か」いうことです。
一般に、企業は自社の体力などを考慮して想定リスクのレベルを定めます。そして、「想定した以上→想定外のリスク」については、全く対応がなされません。本来は「想定外のリスク」については「自己保有する」という考えであるべきなのですが、そういった先進的な企業はごく一部で、一般的には、「想定外のリスク」は「起こらない」と整理しています。「起こらない」ことに対しては、もちろん対策などは立てません。
企業の想定した以上のリスクが発生したら企業はどうなるのかについては、例え十分な対策を講じる余裕が無くて考えたくない場合でも、企業倒産も視野に入れて予め考えておくことが必要だと私は思います。
ブログで再三検討していますが、わが国の代表的企業であり、資産株の代表とされていた東京電力でさえ、危機に陥っています。リスクマネジメントの重要性が改めて痛感されます。
アイシン精機の事例
前回の最後に、「事故翌期末に償還期限の来る転換社債147億8,300万円があったことが判明しました。事故の結果業績が大幅に低下すれば、株価が低落します。その結果事故翌期に転換社債の転換がなされなければ、キャッシュフローに大きく影響します。それを防ぐために、戦略的な財務対策を立てて実行したのではないかと推察されるに至りました。」と書きました。
転換社債というのは、一定の価格で株式に転換できる権利の付いた社債です。社債発行時に転換価格が決まっています。株価が転換価格を上回っていたら株式に転換した方が利益になりますから、社債権者は株式に転換します。そうなると社債を償還しなくて済みますからキャッシュフロー上はプラスになります。
事故発生前日の株価は1,850円、事故翌日の株価は1,770円です。社債の転換価格は1,650円でしたから転換価格スレスレでした。事故発生の結果同社の業績に不安が生じ、株価が転換価格以下に低落すれば、翌期末には社債148億円を償還しなければならなくなります。
アイシン精機は生産復旧の早期化を行う一方で、事故期の売上高、利益の更なる増大を図って株価の低落を防ぎ、転換社債の転換を推進するという財務戦略を立て、2月1日の火災発生以降3月末までに対策を講じたのではないかというのが私の推理です。
私は当時、アイシン精機はそこまでやるのかとやや批判的に見ていました。しかしその後発生した雪印乳業の事故や東京電力の事態の推移を見る時、「リスクファイナンス研究会報告書」の出る9年も前に、こうした戦略的なリスクファイナンスの取り組みを行っていたとすれば、そのことは高く評価されるべきことだと思うようになりました。
火災事故の発生は、2月1日です。事故の処理の傍ら決算期末まで僅か2ヶ月の間に、売上増→利益増の戦略的な財務対策を立てて実行するには、監査法人の会計監査もありますから、色々な社内外の手続きを会計処理上問題無く遂行しなければなりません。アイシン精機はこれを確実に行ったものと思われます。
結果、アイシン精機の株価は翌期も転換価格以上の状態を続け、転換社債14,783百万円は事故翌期の平成10年3月末の償還期限までに1,827百万円償還されただけで約130億円が株式に転換され、財務戦略は成功したと推察されます。更に事故翌期に普通社債250億円を発行し、同社のキャッシュフローの状況は事故以前の状態に回復しました。
○社債による資金調達の可否
東京電力のキャッシュフローにおいては、福島第一原子力発電所の事故発生後社債の発行が出来なくなったため、社債の償還資金がキャッシュフローの悪化に拍車を掛けています。東京電力の23年9月30日現在の社債の残高は3兆9,769億円で、下期だけでも社債償還4,548億円がキャッシュフローを悪化させます。
雪印乳業の場合も会社が存続する限り社債の償還は続行され、下記の表にも明らかなように社債償還の資金負担は銀行借入れの増加になっています。
○雪印乳業主要勘定科目増減
(単位 百万円)
事故前期末
|
事故後2期目末
|
事故後3期目末(債務免除後)*
| |||
12.3.31
|
14.3.31
|
12.3.31比
|
15.3.31
|
12.3.31比
| |
現・預金 (平均月商比) |
144
(0.3ヶ月)
|
120
(0.4ヶ月)
|
△24
|
20
(0.07ヶ月)
|
△122
|
投資有価証券 |
188
|
83
|
△105
|
50
|
△122
|
短期借入金 |
36
|
981
|
945
|
440
|
404
|
長期借入金 |
6
|
424
|
418
|
115
|
109
|
社 債 |
600
|
464
|
△136
|
216
|
△384
|
有利子負債計 |
642
|
1,869
|
1,227
|
771
|
129
|
雪印乳業、東京電力何れのケースでも、社債の償還は事故発生後のキャッシュフローを大きく悪化させています。平時においては、社債による資金調達は企業に取って大変有利な資金調達方法であることは間違いありませんが、事故後のキャッシュフロー対策の面からは社債による資金調達に頼る部分が大きいことは問題であると考えます。
経済産業省の「リスクファイナンス研究会報告書」には下記のような記述があります。
「多くの企業は、総務部門や管財部門をリスクファイナンス担当部門として位置づけ、保険手当て部分のみを取り出して処理していることが一 般的である。しかしながら、全社的な財務戦略の中で自社のリスクファイナンスの最適化を検討するためには、こうした部門の知見と企業財務の観点を融合させることが重要である。実際、一部先進企業においては、従来の保険担当部門と財務部門等が連携あるいは一体となって、リスクファイナンスの最適化を図っているケースが見られる。(中略)私は銀行退職後、ある製薬会社の経理部長を経験致しました。企業では「経理・財務部門は営業・製造・研究部門とは独立した専門の世界で、他の部門が侵すべからざる神聖な世界である」ように思われました。そのせいだと思いますが、リスクマネジメント、BCPの専門家に取って資金繰りはどうも苦手の方が多いようです。
本来リスクファイナンスは、自社の財務状況やステークホルダーからの要請、リスクの状況を勘案しつつ、財務戦略の中で効率的効果的な金融・財務手当ての最適化を図ることであり、断片的な手当てのみでは最適化が達成されているとはいえない。」
また、私も嘗てそうでしたが、金融機関の融資の担当者はリスクマネジメントやBCP(事業継続計画)にはあまり関心を持たず、知識も持っていないと想われます。
重要なことは「自社の財務状況やリスクの状況を勘案しつつ、財務戦略の中で効果的な金融・財務手当ての最適化を図ること」ですが、多くの企業では現状上手く行っているとは思えません。
読者におかれましては、「リスクファイナンス研究会報告書」で主張されていることを良く理解し、アイシン精機の事例を参考にされ、一方雪印乳業や東京電力の事例を他山の石として、企業のリスクファイナンスに万全を期して頂きたいと切望致します。