東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書 ~ 想定外と言うこと② ~

2012年1月20日金曜日 | ラベル: |

2011年5月1日に「想定外と言うこと」について書きました。
2011年12月26日に公表された「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」中間報告書の最も重要なテーマは「想定外」の問題だと思いました。 
 同報告書は本編507ページ、資料212ページの膨大な報告書です。私は主として「Ⅶ これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言」の章を読みました。以下、私なりにその内容を纏めてみました。
 先ず、今回の事故の総括です。これまでに発生したレベル7 の事故は、1986(昭和61)年のチェルノブイリ事故です。レベル5 ではあるが国際的によく知られているのが、1979(昭和54)年のスリーマイル島事故です。それらは原子炉単基の事故ですが、福島第一原発では3 基もの原子炉で「レベル7」という極めて深刻なトラブルが発生したものです。先進国の中で自然災害に対する危険度が最も大きい日本で、自然災害によって原子力発電所の事故が発生したことは極めて重大な問題だと思います。
 同報告書は今回の事故と調査・検証から判明した下記の問題点を詳述しています。
① 事故発生後の政府諸機関の対応の問題点
② 福島第一原発における事故後の対応に関する問題点
③ 被害の拡大を防止する対策の問題点
④ 事前の津波対策及びシビアアクシデント対策の不備
 これらの内容は何れも傾聴に値することばかりなのですが、今回は ④事前の津波対策及びシビアアクシデント対策の不備の部分を見てみたいと思います。

○事前の津波対策 (アンダーラインは筆者)
 福島第一原発は昭和41 年から47年にかけて、3.122m の設計波高に基づいて設置許可がなされました。3.122m という波高は、1960(昭和35)年のチリ津波を考慮したものです。設置許可により、1号機から4号機4m 盤に非常用海水ポンプ等の施設が、そして10m 盤に原子炉建屋、タービン建屋等が設置されたことから、仮に津波の襲来を受けた場合、その波高が4m を超えると海水による冷却機能が喪失し、10m を超えると直流電源、非常用ディーゼル発電機本体等が機能喪失することとなる施設でした
 その後、津波想定の見直しが行われ、福島第一原発に来襲する津波の最大波高は5.7m(後の算定では6.1m)へと見直され、平成14 年には同原発において非常用海水系ポンプのかさ上げ工事が行われました。これにより、津波が来襲しても、4m 盤に設置された多くの施設は浸水し損傷するものの、非常用海水系ポンプは被害を免れ、冷却機能は保持され炉心損傷は防ぐことができるものと考えられていました。
 しかし、東北地方太平洋沖地震による津波水位は10m を超え、全交流電源喪失という事態に立ち至り、原子炉の冷却機能は失われてしまいました。
 同報告書には、下記のように記述されています。  
「施設は設計基準の枠内で安全が担保できるように設置認可され、設計基準を超える炉心や核燃料が損傷を受ける重大事故が発生した場合は、シビアアクシデント対策で対応するというのが、原子力発電における安全性確保の基本となっている。この場合、一般的には、設計基準を超えても著しい炉心損傷を伴わない事象はシビアアクシデントとはいわないが、設計上の想定を大きく上回る津波の場合は、共通的な要因によって安全機能の広範な喪失が一時に生じることがある
 津波はあくまで地震随伴事象であり、津波の専門家がいなくても地震の専門家がいれば津波問題はカバーできると考えられていた。過去の津波被害や津波の歴史、津波の特性などの問題を地震の専門家だけでカバーすることは必ずしも容易なことではない。
 津波の専門家を委員に加えていなかったことは、当時の安全委員会の津波問題の重要性についての認識が必ずしも十分なものではなかったことの表れといえよう。
津波評価手法や津波対策の有効性の評価基準を提示するのが規制関係機関の役割であるが、当委員会の調査によれば、関係機関においてそのような努力がなされた形跡は確認できていない。平成14 年3 月に津波評価技術に基づく安全性評価結果の報告が東京電力より保安院に対して行われたが、それに対して保安院から特段の指摘や指示はなかった。」
「平成20 年に東京電力は津波リスクの再検討を行った。その結果、福島第一原発において15m を超える想定波高の数値を得た。また、東京電力は、同年、佐竹健治・行谷佑一・山木滋「石巻・仙台平野における869 年貞観津波の数値シミュレーション」と題する論文(以下「佐竹論文」という。)に記載された貞観津波の波源モデルを基に波高を計算し、9m を超える数値を得た。
 しかし、東京電力は、前者については、三陸沖の波源モデルを福島沖に仮置きして試算した仮想的な数値にすぎず、後者については、佐竹論文において
波源モデルが確定していないなど、十分に根拠のある知見とは見なされないとして、福島第一原発における具体的な津波対策に着手するには至らなかった。 このように、平成20 年に津波対策を見直す契機はあったものの、その見直しはなされず、結果として今回の原子力事故を防ぐことができなかった。」

○シビアアクシデント対策に関する同報告書の記述です。(アンダーラインは筆者)
「設計上の想定を大きく上回る津波の場合、共通的な要因によって安全機能の広範な喪失が一時に生じることがあり、直ちにシビアアクシデントに至る可能性が高い。今回の事故が示したとおりである。それにもかかわらず、シビアアクシデント対策においては、これまで津波のリスクが十分には認識されていなかった。
 不幸にしてシビアアクシデントが発生した場合、それによる被害を可能な限り軽減する上で、シビアアクシデント対策が極めて重要であることが今回の事故によって実証された。原子力発電所の安全性が十分に確保されていると考えていた規制関係機関及び電力事業者は、シビアアクシデント対策を外的事象にまで拡げて積極的に推進することはしなかった。シビアアクシデント対策は、事業者の自主保安に委ねれば済むのではなく、規制関係機関が検討の上、必要な場合には法令要求事項とすべきものであることを改めて示したのが今回の事故であった。
 福島第一原発では、一度に3 基もの原子炉で深刻なトラブルが発生した。浸水により全電源が失われた中で、それに対処する備えは全くなされておらず、現場における対処を極めて困難なものとした。東京電力が津波に対して事前の対策を整備していなかったことは、極めて大きな問題点の一つであったといえよう
原子力の災害対応当たる関係機関や関係者、原子力発電所の管理・運営に当たる人々の間で、全体像を俯瞰する視点が希薄であったことは否めない。そこに
は、「想定外」の津波が襲ってきたという特異な事態だったのだから、対処しきれなかったといった弁明では済まない、原子力災害対策上の大きな問題があったというべきであろう
以上、三つの問題点から指摘できるのは、一旦事故が起きたなら、重大な被害を生じるおそれのある巨大システムの災害対策に関する基本的な考え方の枠組み(パラダイム)の転換が、求められているということであろう。
○「Ⅶ これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言」
10 おわりに のエッセンスの部分  (アンダーラインは筆者)
「原子力発電は本質的にエネルギー密度が高く、一たび失敗や事故が起こると、かつて人間が経験したことがないような大災害に発展し得る危険性がある。しかし、そのことを口にすることは難しく、関係者は、人間が制御できない可能性がある技術であることを、国民に明らかにせずに物事を考えようとした。それが端的に表れているのが「原子力は安全である。」という言葉である。一旦原子力は安全であると言ったときから、原子力の危険な部分についてどのような危険があり、事態がどのように進行するか、またそれにどのような対処をすればよいか、などについて考えるのが難しくなる。「想定外」ということが起こった背景に、このような事情があったことは否定できない。
 何かを計画、立案、実行するとき、想定なしにこれらを行うことはできない。したがって、想定すること自体は必ずやらなければならない。しかし、それと同時に、想定以外のことがあり得ることを認識すべきである。たとえどんなに発生の確率が低い事象であっても、「あり得ることは起こる。」と考えるべきである。発生確率が低いからといって、無視していいわけではない。起こり得ることを考えず、現実にそれが起こったときに、確率が低かったから仕方がないと考えるのは適切な対応ではない。確率が低い場合でも、もし起きたら取り返しのつかない事態が起きる場合には、そのような事態にならない対応を考えるべきである。今回の事故は、我々に対して、「想定外」の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している。
「Ⅶ これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言」の詳細は下記をご覧下さい。
http://jp.wsj.com/ed/pdf/111226_TEPCO/111226Honbun7Shou.pdf

○「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書に対する東京電力の反応について

 12月27日の東京新聞は東京電力の原子力・立地本部長代理が「政府の東京電力福島第1原発事故調査・検証委員会・中間報告書」の「東電が2008年に最大15.7Mの津波があり得ると試算していたのに、適切な対策をしていなかった。」との指摘に対して「仮定の試算であり、科学的合理性はなかった。」と反論したと報じています。
 また、1月17日の日本経済新聞に、国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会で、 東京電力山崎雅男副社長が「東日本大震災以前に得られた巨大津波の予測を公表しなかったのは科学的に根拠がなかったため」と主張し、地震学者の石橋克彦委員が「科学に対する侮辱。」と反論したと報じています。

 先に12月2日公表された東京電力の「福島原子力事故調査報告書」には「どうすれば事故が防げたのだろうか」についての記述が無く、反省点も述べられていません。12月7日の日本経済新聞の社説はこの報告書について、「自己弁護と責任回避の色合いがあまりに濃い。なぜ大津波や重大事故を想定外とし対策に踏み出せなかったのか納得出来る説明と検証を欠く。東電に強く働き掛け事実を明かにさせるべきだ。」と論じています。

これだけの事態が発生した後なのに、「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書の指摘の最も重要な部分、『たとえどんなに発生の確率が低い事象でも「あり得ることは起こると考えるべきである。もし起きたら取り返しのつかない事態が起きる場合にはそのような事態にならない対応を考えるべきである。」我々に対して、「想定外」の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している。』に対して、何故東京電力はかくも頑なに反論を繰り返すのでしょうか。
「想定外の事象が起こった。」との発言に、多くの国民が「想定できないことが起こったのだから仕方がない。自分たちには責任がない。」という意味の発言と受け取り、責任逃れの発言だとの印象を持ったことは間違いありません。

政府の方針、監督機関の責任もあると思いますが、このような厳しい状況を想定して対処しておくことは、事業者である東京電力の責務であった筈だと思います。 もし損害賠償責任のことを考えているのならば、こう言ったら自社の責任が軽くなると思っているのでしょうか。東京電力は現在国の支援を受け、企業に対して料金の値上げを表明しています。何度も言いますが、福島第一原子力発電所の廃炉費用・原子力損害賠償の事務コストなどを考えれば、料金の値上げをしても業績の見通しは依然暗澹たるものがあります。さすれば更なる国の支援が必要になります。それは結局国民の負担になると思います。東京電力はこういった考えのままで、企業や国民の理解を得られると思っているのでしょうか。
 東京電力は原子力発電所を稼働させることにより、過去においては利益を得ていたことを想起すべきです。東京電力自体の「事前の津波対策及びシビアアクシデント対策の不備」も今回指摘されています。
 東京電力が「想定外」の事態に関して、未だに頑なに反論を繰り返す理由が私には理解出来ません。これでは今回の福島原子力発電所事故の教訓は、東京電力では到底生かされないと思います。