オリンパスの粉飾について想う

2012年1月10日火曜日 | ラベル: |

少し古いのですが、2011年11月16日の日本経済新聞 電子版 の記事です。
なぜウチの大口取引先で、こんなに問題が相次ぐのか」。オリンパスが損失隠しを認めた11月上旬、三井住友FGの幹部は天を仰いだ
 私は、嘗て住友銀行に勤務致しました。後輩のこの言葉は、もし本当だったら看過出来ないという思いがします。
 私が勤務していた時に比べれば大幅に構成比率が低下していますが、それでも平成23年3月末連結資産中最大の45%を占める貸出金債権の保全、貸出先の管理の問題について他人事のような発言は何なのでしょうか。
 昔の銀行では、貸出金は預金者からお預りした資金を運用しているのだから、間違いの無いよう、貸出金の保全と貸出先の管理を十分にしなければならないと骨の髄まで叩き込まれました。
 昭和の半ば過ぎまでは自己資本が十分蓄積されていない企業が多く、企業が発展するためには銀行からお金を借りなければなりませんでした。まだ会計監査制度も十分でなかったので、粉飾決算が横行し、企業の資産内容、損益の実態を明らかにすることは銀行員の大事な仕事でした。
 6月10日のブログに書きましたが、平成18年3月に経済産業省から公表された「リスクファイナンス研究会報告書」には、
 わが国では、メインバンクは、最大の貸し出しシェアを占める債権者として、また長期安定的な株主として、企業が災害や事故等により一時的に業績が悪化しても、長期的視野に立ち、事業活動の継続や相応の収益性が見込まれる場合には、(中略)メインバンクは融資先企業のリスクファイナンスをサポートする機能を提供してきたといえる。
 しかし、企業の財務状況、金融環境の変化により、メインバンク制は次第に弱まってきており、(中略)「いざという時は、メインバンクに資金を手当てしてもらえる」と考えている企業も数多く見られるが、これまで提供されてきたメインバンクによるリスクファイナンス機能は、その提供される度合いや実現性が低下してきている点に留意する必要がある。
と記述されています。
 私は、これはいざと言う時のファイナンス機能の低下であって、貸出先の管理も疎かになっているとは思ってもいませんでした。
 私のブログで分析していますように、東京電力の事態は原子力発電所の津波に対するリスクの評価の甘さ、想定していた以上の事態に対する事前準備の不足が事故を拡大し、結果キャッシュフローに多大の問題を生じている訳です。これは国の政策、監督官庁の監督の不十分と東京電力自体の対応の不十分さの結果ですから、メインバンクとしては事前、事後の管理は殆ど不可能な事態だったと思います。従って貸出先の管理の問題では無く、メインバンクとしては政府の支援も含め、如何に東京電力のキャッシュフロー対策を立てるかが問題なのだと思います。
 記事には、
4~9月期に対応に追われ続けた東京電力問題が、特別事業計画のとりまとめで、ひとまずの決着を付けたのを待ち構えたかのようなタイミングでの取引先の不祥事発覚。
とありますが、特別事業計画の内容については、12月10日のブログに書きましたように、業績。キャッシュフローの見込みともに疑問があり、原子力損害賠償機構の支援を受けるための一時凌ぎの計画かと言う感があります。「特別事業計画のとりまとめで、ひとまずの決着を付けた」と言う日本経済新聞の記事の表現については、三井住友FGの幹部ともあろう者が「特別事業計画」が「ひとまずの決着」だと思っているとは信じられません。
 オリンパスの問題は、東京電力と同様の問題が相次いだのではなく、異った性質の問題が新たに発生したと考えるべきだと思います。揚げ足取りをするのは本意ではありません。問題はオリンパスの不祥事は三井住友FGに取って11月8日のオリンパスの発表によって判ったことだったのかということです。新聞記事のニュアンスについては、これも信じられない思いです。

 オリンパス㈱第三者委員会報告書・訂正有価証券報告、文芸春秋1月号のウッドフォード前社長の手記を読みました。
下記は、第三者委員会報告内容の概略です。
 オリンパスは1985年ころから金融資産の積極運用・所謂財テクに乗り出しました。1990年バブル崩壊以降金融資産の含み損が増大、1990年代後半には1,000億円弱の巨額に達しました。1997-1998年にかけて金融資産の会計処理が、取得原価主義から時価評価主義に転換する動きが本格化したため、連結決算から外れる海外のファンドに含み損のある金融資産を簿価で買い取らせ(所謂〈飛ばし〉です。資金は海外の銀行からオリンパスの預金・国債担保で借入)、一方国内投資事業ファンドも立ち上げました。
 安価に購入したベンチャー企業をオリンパスが高額で買い取る(オリンパスはのれん代を計上)、大型M&A案件にからみ高額の手数料をファンドに支払うなどにより資金を還流させ、買取り資金を返済しました。
 この方法で飛ばした損失は1,177億円、スキーム維持費用を含めると損失合計は1,348億円だと第三者委員会は報告しています。

 報告書は、含み損の多くが「デリバティブ」などのオフバランス取引によって生じたので、それらの損失の付け替えは発見が著しく困難であったこと、外銀に対しオリンパスは監査にあたり残高証明を求められた場合残高のみを回答し担保その他の事項は回答しなくて良いと手を回していたことなども指摘し、『飛ばし』の全貌の発見は困難であったことを認めています。
 しかし、1999年あずさ監査法人が飛ばしを発見した後徹底した監査を実施しなかったこと、その際の外部専門家委員会が十分機能しなかったこと、あずさ監査法人との意見対立の結果の新日本監査法人への業務引継が形式的だったことを問題にしています。
 さらに、企業風土はワンマン体制で社内で異論を述べられない雰囲気、経営者の透明性やガバナンスに対する意識、コンプライアンス意識の欠如、社外取締役の機能不全、監査役会の形骸化を指摘しています。起こるべくして起こったことだと言えます。
 メインバンクは1999年にあずさ監査法人が飛ばしを発見したことを仮に知らなかったとしても、その後の監査法人の交代について疑問を持たなかったのでしょうか。報告書によれば結局あずさ監査法人は適正意見書を付けた様ですが、それならばなおさら監査法人の交代には疑念が生ずる筈です。
 安価に購入したベンチャー企業をオリンパスが高額で買い取る、大型M&A案件にからみ高額の手数料をファンドに支払うなどは決算書の分析にあたり問題にならなかったのでしょうか。
 更に言えば、金融資産の積極運用・所謂財テクに走っていた企業が軒並み含み損を出していた時代に、オリンパスだけは大丈夫だったと信じていたのでしょうか。
 事態の経緯はとにかく、「メインバンクとして会社の実態を十分把握しておらずお恥ずかしい」と言う場面で、「天を仰ぐ」場面では無いと古い銀行員としては思うのですが。それとも日本経済新聞の記者の誤った印象だったのでしょうか。
 アメリカの「サーベンス・オックスリー法(SOX法)」、我が国の「金融商品取引法」の原因となった「エンロン」も不正の内容は「飛ばし」でした。10年以上前の手法が継続していたことは我が国企業の信用に関わる事態だと思います。
 SOX法の究極の目的は、エンロンやワールドコムの不正行為の結果危殆に瀕したアメリカの上場企業の信用を回復し、再発を防止するために、不正を行った経営者を厳罰に処すること(個人ついては最高500万ドルの罰金と最長20年の禁固刑が適用される)にあると私は思います。
 我が国の金融取引法の罰則はさほど厳しくはありませんが、それでも今回厳正に適用されることを望みたいと思います。(金融商品取引法は10年以下の懲役若しくは1,000万円以下の罰金、又はこれを併科)
 内部統制制度も、監査法人の監査も、社外取締役も、監査役会も経営者が絡んだ不正の場合には殆ど無力です。不正を行う経営者の再発防止への対処策は、不正を行った経営者に対する厳罰しか無いと私は思います。