我が国では永年企業の評価の尺度は、先ず売上高、次が業績でした。敗戦後の経済復興・発展期に企業は自己資本の蓄積が薄く、発展する企業はお金が足りないのが当たり前でした。その不足資金を供給していたのが銀行です。
財務諸表は、従来は①貸借対照表②損益計算書③財務諸表附属明細書・利益金処分計算書でした。しかし、2000年(平成12年)3月決算期から、上場企業には欧米基準に準拠した「キャシュフロー計算書」が加わりました。
企業の資金繰り(キャッシュフロー)は、企業の損益と勘定科目の金額の変動の結果です。欧米では「事業活動の結果得られるキャシュフローの金額が企業の価値を決める」とされています。わが国では、まだキャッシュフロー重視の思想は企業に十分浸透していないように思われます。
企業の損益計算書を見て、企業の資金の源泉である損益を把握し、貸借対照表の各勘定科目の増減を比較して、利益によってもたらされた資金がどのように増減したかを検討します。「間接法によるキャッシュフロー」の検討です。
然し、多くの中小企業では、実際の収支の実績による資金繰り「直接法によるキャッシュフロー」によって実務が行われています。
企業は、①貸借対照表・②損益計算書・③直接、間接キャッシュフロー計算書の3者を結びつけたキャッシュフローの検討を行わなければなりません。以前は銀行が或る程度こうした見地からの分析を行っていましが、今は望めません。中小企業でも貸借対照表・損益計算書・直接・間接キャッシュフロー計算書の3者を結びつけてキャッシュフローを判断すべきです。
事業を継続するための、最後の決め手は「キャッシュフロー・お金が回るか」です。基本的なキャッシュフローの検討の考え方をご説明致します。
6.キャッシュフロー検討の基礎
(1)貸借対照表のバランス 「金融基調」
〔固定資産 + 固定的資産〕-〔長期引当金 + 長期負債 + 自己資本〕=金融基調
(+ or -)
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キャッシュフローの検討にあたっては、先ず貸借対照表を見て、「企業の固定資産や固定的資産(不良在庫・デッドストックなど)が、長期引当金・長期負債と資本で賄われているかを見ます。
私が勤務していた旧住友銀行では、(資本+固定負債〈含む長期引当金〉)―(固定資産〈含む固定的資産〉)の絶対額のことを「金融基調」といっていました。その後「金融バランス」と言い換えています。或る地方銀行では同じ考えですが、「流動性バランス」と言っておられます。
(参考書)
○「最新銀行員の企業診断」 今井勇 昭和58年 銀行研修社
○「貸出審査の総合判断」住友銀行事業調査部 平成10年 金融財政事情研究会
〇 (資本+固定負債) - 固定資産 = プラス
長期資金収支安定→ 全体の資金収支(キャッシュフロー)も安定
流動資産
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流動負債
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固定負債 (含む長期引当金) |
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固定資産
(含む固定的資産) |
資 本
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〇 (資本+固定負債) - 固定資産 = マイナス
長期資金収支不安定→ 全体の資金収支(キャッシュフロー)も不安定
流動資産
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流動負債
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固定資産
(含む固定的資産) |
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固定負債
(含む長期引当金) |
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資 本
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キャッシュフロー(資金繰り)の安定のための原則は、「固定資産」は「固定負
債*1」か「資本」から生み出されたキャッシュ(お金)で購入することです。
固定資産(1年以上長期的に保有する資産)を、1年以内に返済する借入金等(流動負債)で購入すれば、その資産が十分稼働して利益(キャッシュ)を生み出さない内に借入金を返済しなければならず、多くの場合キャッシュフローが不安定になります。
流動資産を購入する場合に、固定負債*1(例えば長期借入金)でキャッシュ(お金)を調達した場合はキャッシュフローは逆にゆとりが出て来ます。(金利は高くなりますが)
この考え方を比率にしたものが長期固定適合比率*2です。
*1 固定負債とは1年以上後に弁済期限が到来する負債と定義されます。
*2 長期固定適合比率=総固定資産 / 資本勘定+固定負債×100
貸借対照表を見て、固定資産(含む固定的資産)の金額が(資本+固定負債〈含む長期引当金〉)の金額の範囲内に収まっていない場合は、長期資金収支(キャッシュフロー)は不安定となり、全体の資金収支(キャッシュフロー)も不安定になります。「資本+固定負債」の金額を増やす(長期借入金を増やす・資本金を増やす等)ことを考えるべきです。
この原則を自覚していない企業も多くあります。金利が安い、長期借入金は担保が必要となる、銀行は短期資金は貸してくれるが長期資金はなかなか貸して呉れない、などの理由で、現在この原則はあまり実行されていないように思われます。
(2)直接法によるキャッシュフローの検討
下記の表の資金収支の数字は、実際の現金の出入りの金額です。実際の現金の出入りの金額で表した資金繰り表は家庭の家計簿と同じで大変分かりやすい資金繰り表です。企業では一般にこれが使われます。この表が「直接法によるキャッシュフロー計算書」です。
○資金収支実績 (単位 万円)
期初 手元現金 |
200
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営 業 収 入 | 売上現金回収 |
4800
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営 業 支 出 | 仕入現金支払 ⓐ |
3600
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人件費支払い ⓑ |
800
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経費支払い ⓒ |
500
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決算支出等 ⓓ |
100
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支出小計( ⓐ + ⓑ + ⓒ+ⓓ) |
5000
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①営業活動による資金収支(キャッシュフロー) |
△ 200
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設備投資等の資金収支(キャッシュフロー)
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500
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③事業の資金収支(フリー・キヤッシュフロー(①+②) |
△ 600
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財務活動の資金収支(キャッシュフロー)
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500
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現金および現金同等物の増減額 ①+②+④
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△ 100
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期末 手元現金 |
100
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「直接法によるキャッシュフロー計算書」では、毎月の資金収支の過不足が金額ではっきりと把握出来ます。また資金繰りの見通しをつける場合も「直接法によるキャッシュフロー計算書」を作って作業をします。
然し、「直接法によるキャッシュフロー計算書」では、どうしてそういう資金繰りになったのか、或いはなるのかの理由は判然としません。資金の過不足は明らかになりますが、赤字のためなのか、在庫の増加のためなのか、売上金の回収が上手くいっていないためなのか、等々は「直接法によるキャッシュフロー計算書」からは直ちに分析出来ません。
日常の資金繰りでは、「直接法によるキャッシュフロー計算書」を活用していても、例えば資金繰りが苦しくなった場合に資金繰り対策を考える場合には「間接法によるキャッシュフロー計算書」に基づいて原因を明らかにして、対策を考えることになります。
下記は、旧住友銀行の資金繰り表(直接法によるキャッシュフローの表)です。
(3)間接法によるキャッシュフローの検討 ― 中小企業の場合 ―
企業の損益と勘定科目の金額の変動に基づいて作成した資金繰り表が「間接法によるキャッシュフロー計算書」です。日常の資金繰りは、「直接法によるキャッシュフロー計算書」を使い、資金繰り対策を樹てる場合は「間接法によるキャッシュフロー計算書」に基づいて原因を明らかにして、対策を考えるべきです。
中小企業は上場企業と異なり「間接法によるキャッシュフロー計算書」を作っていません。中小企業の経営者は、他のデータや勘でキャッシュフローの変化の理由を把握することになります。中小企業でも「間接法によるキャッシュフロー計算書」を作成することは可能であり、また有用なので、以下このことを説明致します。
① 「資金需要」と「資金調達」
キャッシュ(お金)が必要になることを「資金需要」といいます。キャッシュ(お金)を生み出すことを「資金調達」といいます。
A) 資金需要
「商品を買う」、「機械を買う」とキャッシュ(お金)が必要になります。貸借対照表で考えると、「商品を買う」と「棚卸資産→流動資産*1」が増えます。「機械を買
う」と「固定資産*2」が増えます。「資産の増加」が「資金需要」です。
*1流動資産とは、通常1年以内に現金化、費用化ができる資産(1年基準)と定義されます。
*2*固定資産とは、1年以上継続的に保有される資産と定義されます。 また「借りているお金を返す」、「業績が悪化して損失が生じる」とキャッシュ(お金)が必要になります。貸借対照表で考えると、「借りているお金を返す」と「借入金→負債」が減少します。「業績が悪化して損失が生じる」と「資本」が減少します。「負債・資本の減少」も「資金需要」です。
b)資金調達
「商品を売る」、「不用になった機械を売却する」とキャッシュ(お金)が生み出されます。貸借対照表で考えると、「商品を売る」と「棚卸資産→流動資産」が減少します。「不用になった機械を売却する」と「固定資産」が減少します。「資産の減少」は「資金調達」です。
また「お金を借りる」とキャッシュ(お金)が増えます。「利益が企業に蓄積される」場合もキャッシュ(お金)が生まれます。貸借対照表で考えると「お金を借りる」と「負債」が増加します。「利益が企業に蓄積される」と貸借対照表上は「資本」が増加します。「負債と資本の増加」も「資金調達」です。
企業の資金繰り(キャッシュフロー)は、企業の損益と勘定科目の金額の変動の結果なのですが、「資金需要と資金調達の結果」だとも言えます。そして、「資金調達の根本は企業活動から生みだされる利益」なのです。
今回はここまでです。次回以降引続きご説明致します。