集合訴訟とリスクマネジメント ② ~経営法友会の意見~

2011年9月10日土曜日 | ラベル: |

 8月20日の読売新聞35面に「悪質商法賠償訴訟を代行」という記事が掲載されていました。8月11日の「集合訴訟とリスクマネジメント」で触れましたように、日本における集合訴訟(クラスアクション)の立法化がいよいよ始まります。 
 読売新聞の記事の見出しは「悪質商法賠償訴訟を代行」となっています。悪質商法でない場合にも、「集合訴訟」が日本でもアメリカのように乱用されないかが問題になると思われますが、記事にはそういう印象は全くありません。また読売新聞以外は記事にすらなっていません。 
 今後企業に生ずるであろう、大きなリスクについて対策を考えるべきだと思い、「集合訴訟とリスクマネジメント」の続きを書きます。

 研究仲間が、平成23 年7 月22 日付けの、経営法友会の「消費者集合訴訟制度の現状の議論に対する意見」が参考になると教えて下さいました。以下はそのご紹介です。

  • 本制度は、消費者のみならず、中小企業を含む多数の事業者に大きな影響を与えるものであることから、一方の当事者となる事業者をも含めた関係者から幅広く意見等を聴取する機会(パブリック・コメント等)が確保されなければならない。
    また、制度案等の周知・啓発についても、関係者に十分な時間的猶予を与える必要がある。2012 年の通常国会への法案提出が前提で進んでいるが、拙速な制度の導入を行うことは、多くの弊害が発生することにつながりかねない。
  • 少額・多数の被害を救済するという目的は正当であるが、目的達成の手段として、本制度が最も適切か議論が尽くされたとはいえない。法律扶助、ADR(裁判外紛争解決手続)、選定当事者制度、通常共同訴訟等の既存制度の改善により、本制度よりも適切な手段を設計できるかをさらに慎重に検討すべきである。
    (落合先生は、行政による救済等も手段の一つとされています。)
  • また、消費者被害を真に救済するという観点からは、まず優先すべきは悪質な事案における消費者被害の救済制度の設計であると考える。いわゆる“真面目な事業者”が主たる対象となってしまうおそれがある。わが国の民事訴訟制度、裁判実務、これを前提とした事業者の組織体制の変更が予想される本制度を設けることは、わが国産業の競争力のさらなる低下をもたらす事態を生じかねない。本制度の導入には、それが与える影響の大きさから、今後も十分な議論を重ねる必要があると考える。

以下のような制度設計の検討が必要と考える。
  1. 通常共同訴訟に対するあくまで補充的な手段であることを徹底する。
    訴訟追行主体は適格消費者団体に限るべきと考えているが、その場合でも被害者本人でない適格消費者団体が原告となって訴訟追行することには、多くの弊害・濫用の危険性がある。
  2. 本制度は、少額・多数の案件を束ねることにより、消費者一人あたりの負担軽減を図り、消費者被害の救済を図ることを目的として検討されている制度である点を踏まえると、その対象となる事案は、当然、少額事案に限るべきであり、また予測可能性の観点から限定列挙とすべきである。多数の少額被害の簡易・迅速な救済を達成するためには、対象事案の限定や訴訟要件を制限することは当然であり、さらに、米国の集団訴訟の例を挙げるまでもなく、請求を糾合する制度は濫用のおそれがあるため、濫用防止の観点から、訴訟追行要件は厳格に定めるべきである。
    集団訴訟制度が高度に発達した米国においては、濫用防止の観点から手続追行要件については厳格な見直しが図られている。長い実務経験に裏打ちされた米国の最高裁判決の示すところは、日本の消費者集合訴訟の立法議論において十分に参考とされなければならない。
  3. 本制度はあくまで通常の民事訴訟手続の特則として、現行の民事訴訟制度では救済されない少額・多数の被害を救済するための制度であるので、現行の民事訴訟制度で救済可能なもの、たとえば金額が多額なものや、すでに(または消費者集合訴訟提起後)通常の訴訟が係属しているものについては、手続追行要件を満たさないこととすべきである。また、事案が複雑で上述のような消費者集合訴訟の目的に合致せず、他に適切な方法がありうる場合には、本制度の対象としないことを明確にすべきである。
  4. 対象消費者の利益を適切に保護するためには、手続追行者の組織体制、経理的基礎専門的知識・能力等を踏まえて、また、差止請求訴訟の当事者としての活動実績から、行政からあらかじめ認定されている適格消費者団体のみを手続追行主体とするのが適切である。
    ただし、制度の濫用を防止するとともに授権した消費者が確実に救済されるように、適格消費者団体(や適格消費者団体が委任する弁護士)が成果報酬制度をとる、あるいは利益配分を前提として出資者を募るといった本来の趣旨を外れた行為に及ぶことがないようにすべきである。また、適格消費者団体の適格性が行政規制によって厳しく保たれる制度設計が必要である。
  5. 本制度は、手続追行主体を適格消費者団体に限り、また、通知公告が必要といった従来の民事訴訟実務とは異なる制度であるため、裁判実務の効率化の観点から、管轄は一定の裁判所にのみ認めるべきである。
    そして、本制度を創設するとした場合、複雑で多数の関係者が関与することから、裁判所の負担は非常に大きく、訴訟事務の効率や安定性を考慮すると、相当程度の専門性を有する裁判所に限定すべきである。
  6. 現在、消費者集合訴訟の具体例で挙げられている請求権は、契約の無効又は取消しによる不当利得返還請求権(虚偽又は誇大な広告・表示事案、不当な勧誘事案、契約条項の無効が問題となる事案、契約そのものの無効・違法事案、クーリングオフによる請求が可能か問題になる事案)と不法行為等に基づく損害賠償請求権(虚偽又は誇大な広告・表示事案、不当な勧誘事案、契約そのものの無効・違法事案、個人情報流出事案)であるところ、各々の事案における契約の締結主体や行為の主体は、あくまで事業者(法人)であり、通常は、事業者(法人)の取締役や監査役等が、直接その主体となることはない。したがって、消費者集合訴訟の被告は、事業者(法人)に限るべきであり、事業者(法人)の取締役や監査役等は被告に含まれないとすべきである。役員を被告とすれば、経営判断の萎縮や日常の業務執行への影響も甚大である。
    また、事業主体となりうる団体として、国、地方公共団体、その他の公的団体や独立行政法人のほか、消費者団体、事業者団体を除外する理由はない。
  7. 二段階目に参加する被害者は敗訴のリスクとコストを負わない結果、実際に被害がないにもかかわらず金銭賠償を得るために購入証明資料の偽造を行うなど、米国で大きな問題となっている訴訟実務におけるモラルハザードが発生する問題は看過しえない。モラルハザードを防止すべく、消費者に担保の提供を求めることができる制度等を検討すべきである。また、適格消費者団体には、偽造のないことの証明等モラルハザードを防止する実務を適切に処理する能力や資力がなければならない。
 経営法友会の指摘する問題点は落合 誠一先生が憂慮されている点と殆ど同じです。
 私は知人の大衆消費財メーカーのリスクマネジメント担当の方3人に本件をどう思うか聞いて見ました。結果は、法務リスクは企業のリスクマネジメント担当者の守備範囲の外みたいに思われました。
 落合先生が憂慮され、経済法友会が指摘するように、今後とも事業者をも含めた関係者から幅広く意見等を聴取する機会を設け、企業の営業部門なども含めた関係者に制度案等の周知・啓発をする必要があると思います。

 経営法友会の意見の最後の部分
「当会は、消費者被害を救済する制度の整備自体を否定するものではない。
当会が最も懸念しているのは、本制度の制度設計によっては、制度が本来求めている目的を達成できないばかりか、“真面目な事業者”に対し制度対応のための過度なコスト負担を課すことになり(特に中小企業には大きな負担となる)、わが国産業の国際競争力のさらなる低下をもたらす事態が生じることである。さらには、今般の経済状況から、そのコストを商品やサービスの価格に転嫁せざるをえない状況となり、結果的に多くの消費者の利益が阻害されることになる。
本制度の創設にあたっては、このような事態に陥る可能性をできる限り排除したものでなければならない。」
 が当面の結論だと思います。

○ 経営法友会 「消費者集合訴訟制度の現状の議論に対する意見」
  http://www.keieihoyukai.jp/opinion/opinion72.pdf