イギリスのコーポレート・ガバナンスとリスクマネジメント論の流れは,理路整然たるレポートが次々に発表されている点に特色があり,大変参考になると思います。
1992年のキャドバリー委員会報告書の後、1995年「取締役の報酬;リチャード・グリーンブリー卿を委員長とする検討委員会報告書」、1998年「コーポレート・ガバナンス委員会:最終報告書」が出され、1998年に「コーポレート・ガバナンス委員会:統合規範」に集約されました。一連の報告書でコーポレート・ガバナンス全般が議論され、1999年に「内部統制;統合規範に関する取締役のためのガイダンス」通称「ターンブル・ガイダンス」(その後改定あり)が公表されました。この過程を辿ると,イギリスのコーポレート・ガバナンス論のなかにリスクマネジメントがビルトインされた経過が良く理解出来ます。
学生時代左京区浄土寺南田町、銀閣寺の裏の親類の家に下宿していました。玄関の前が銀閣寺の塀で案内のスピーカーの音声が聞こえていました。
○銀閣です。
○銀沙灘です。
○向月台です。
前回イギリスおけるプロセスの内、先ず「キャドバリー委員会報告書」をご紹介致しました。
「キャドバリー委員会報告書」の後、1995年「取締役の報酬;リチャード・グリーンブリー卿を委員長とする検討委員会報告書」、1998年「コーポレート・ガバナンス委員会:最終報告書(通称ハンベル委員会報告書)」が出され、1998年に「コーポレート・ガバナンス委員会:統合規範」に集約されました。
上場会社のコーポレート・ガバナンスの望ましいモデルが、統合規範(the Combined Code)に示されています。統合規範は、会社と株主が遵守すべきコーポレート・ガバナンスの原則と、ベスト・プラクティス(最善の行為規範)を定めたものです。統合規範はロンドン証券取引所の上場規則集に取り入れられました。
『統合規範(コンバインド・コード)』の構成は下記です。
前 文
第1部 好ましいコーポレート・ガバナンスの原則
第1章 会社
A節 取締役、B節 取締役の報酬、C節 株主との関係、D節 アカウンタビリティーおよび会計監査
第2章 機関株主
E節 機関投資家
付則A:業績連動型報酬の設計に関する条項
付則B:報告書に記載すべき事項に関する条項
統合規範の第一部・第1章・D節2.1内部統制の記述に、
「取締役会は株主の投資および会社資産を保全するために、健全な内部統制システムを維持しなければならない。」 とあります。*
イギリスのコーポレート・ガバナンス論において、内部統制はその一部という位置付け
です。
*日本コーポレート・フォーラム編『コーポレート・ガバナンス 英国の企業革』の訳による。
その後、英国政府は、米国企業エンロンの経営破綻を機に、統合規範の見直しを行い、統合規範の作成を担当する財務報告委員会(FRC)が、2003年7月23日、統合規範を改訂し、公表しました。
主な改正内容は、(1)取締役会における独立非執行取締役の割合を少なくとも半数に引き上げる、(2)独立非執行取締役の定義化、(3)指名委員会の設置、(4)非執行取締役の兼職および任期の制限、(3)監査委員会の役割強化、(4)株主と取締役会議長の対話の義務付け、などです。
ロンドン証券取引所の英国上場会社は、2003年11月1日以降開始する事業年度から新しい統合規範に基づくガバナンス情報の開示が求められています。
わが国の上場会社もコーポレート・ガバナンスの開示の充実を求められていますが、我が国には統合規範のような基準がありませんから、英国企業の開示は十分参考になると思われます。
○ターンブル・ガイダンス
1999年に「内部統制;統合規範に関する取締役のためのガイダンス」「ターンブル
委員会報告書:通称ターンブル・ガイダンス」が公表されました。
これは、「統合規範」における内部統制の要件をロンドン証券取引所上場企業が履行するためのガイドラインです。
なお『ターンバルの実行 取締役会への説明』(Implementing Turnbull A Boardroom Briefing) というレポートで,更に詳しい実行方法が解説されています。
ターンブル・ガイダンスの構成は下記です。
イントロダクション
健全な内部統制システムの維持
内部統制の有効性の審査
内部統制についての取締役会の説明
内部監査
付録
その一部をご紹介致します。
(イントロダクション)
『内部統制とリスク管理の重要性 10』
内部統制システムは,会社の事業目的の実現に重要なリスクのマネジメントを行う際重要な役割を担う.健全な内部統制システムは、株主の投資と会社の資産の保護に貢献する。
『内部統制とリスク管理の重要性 13』
会社の目的や会社の内部組織と事業展開する外部環境は絶えず進展しているため,会社が直面するリスクは絶えず変化している.従って健全な内部統制システムは,会社が直面するリスクの性質と規模を詳細かつ恒常的に評価することと深い関わりを持つ。
利益は,部分的には事業リスクを適切に取り込むことにより得られる報酬である。
このため,内部統制の目的は,リスクを無くすより,むしろ適切にマネジメントを行い,統制し易くすることである。
『健全な内部統制システムの維持 責任 17』
内部統制の政策ーその政策によって会社固有の状況下で健全な内部統制システムを評価するーを決定する際,取締役会は次の要素を審議すべきである。
会社が直面しているリスクの性質と大きさ
会社が許容可能としたリスク
憂慮されるリスクの実現可能性、発生頻度.
事故削減の会社の能力、及びリスクが顕現した場合の業務に与えるインパクトを減らす能力
関連リスクのマネジメントにより得られる利益に関係する特定の統制を行う費用
『健全な内部統制システムの維持 責任 18』
リスクと統制に関する取締役会の政策を実行することは経営者の役割である.経営者はその責任を果す場合,会社が直面するリスクで,取締役会の検討対象となるリスクを認識し,評価し,そして取締役会が採用した政策を実行する内部統制の適当なシステムを設計し,操作し,そしてモニターすべきである。
○コーポレート・ガバナンスとリスクマネジメントの結合
ロンドン証券取引所上場企業の経営者は,内部統制システムによって支えられたリスク
マネジメンを行わねばなりません。
注目すべき点は,①コーポレート・ガバナンス論の中にリスクマネジメントがビルトインされたこと、②内部統制システムは、リスクマネジメントを実行するについて重大な役割を担うものだとされた,ことです。
① はコーポレート・ガバナンスとの関係は希薄であった従来のリスクマネジメントの
画期的な変容です。②はアメリカにおいて提唱された管理手法である内部統制をコーポレート・ガバナンスの基礎であるリスクマネジメントを支える手法として採用したことに注目すべきです。こうした経過で,イギリスにおいてはコーポレート・ガバナンスとリスク・マネジメントが結び付きました。
次回は、「ターンブルの実行ー取締役会への説明」での更に詳しい実行方法を見てみます。