「病院4団体が東京電力に計画停電の損害賠償を請求することを検討している」と産経新聞が報じています。
これがきっかけになって、計画停電の損害賠償請求が頻発すれば東京電力には新たな負担が生じます。これを政府が面倒をみる根拠はありません。6月1日の記事 「東日本大震災について思う④ 企業の損害はどうなるのか」を読み返してみて下さい。
○電力会社のキャシュフロー
平成17年(2005年)ころ、ある電力会社の知人から依頼されてその電力会社のキャッシュフローについて私見を申し述べました。当時各電力会社は、設備投資を抑制し減価償却額以内の投資を行っていて、その余剰資金と利益を外部負債の返済に充てていました。従ってキャッシュフローは安定していたのですが、私は下記のような意見を申し上げました。
「会社が利益を挙げている上に、減価償却費を下回る固定資産取得支出が、キヤッシュフローを安定させている根本的な理由です。分析の結果では、財務活動の中身が問題となります。
- 御社は「銀行借入や社債による調達に問題が起こる恐れは無い」というお考えだと思います。現実にはそうでしょうが、万一問題が起こって資金調達に齟齬を来たすとどうなるかということを考えておく必要があると思います。
- 17年3月期末の御社(単体)の現・預金312億円は、御社の月商1、111億円の0.3ヶ月分です。コミットメントラインの状況は分かりませんが、これだけを見ればかなりの低水準です。※1
※1 事故に備え、平時から「月商の1ヶ月分くらいの資金」を用意しておくのは、CFO(最高財務責任者)の流動性リスクに対する経験則です。 - 資金調達は10年ものの社債・期限一括返済の長期借入ですが、これで良いのか。償還・返済期限到来時期の平準化(金利の絡みもあり難しい問題ですが)を考えるべきではないかと思います。
- キヤッシュフロー計算書を3期間拝見致しますと、社債増減、長期借入金増減、短期借入金増減、コマーシャルペーパー増減の傾向がバラバラです。中長期の調達(返済)方針が無く、行き当たりバッタリに資金調達をされている感があります。(恐らく財務部門には怒られるでしょう)
社債・銀行借入に不安がないという状況では、そんなことを考えなくてもキヤッシュフローは大丈夫だと皆が思っておられるからだと考えます。
今、東京電力、関西電力、九州電力などの資金繰り悪化の状況が新聞紙上で報道されています。
9月1日に、『将来起こるかもしれない色々なリスクに対し、事前に色々な対策を考えておく訓練がいざと言う場合に必ず役に立ちます。』と書きました。平成17年(2005年)ころには、一笑に付されていた電力会社の資金調達リスクが現実になっています。
リスクファイナンスの重要性が改めて認識される事態です。電力会社に限らず多くの企業で、リスク発生時のキャッシュフロー対策は現状十分上手くいっているとは思えません。
○東京電力のキヤッシュフロー
○キヤッシュフロー実績 ①
(単位 百万円)
科 目 | 平成 19 年度実績 | 平成 20 年度実績 | 平成 21 年度実績 |
現金及び現金同等物の期首残高 | 113,926 | 125,147 | 258,714 |
営業活動によるキャッシュ・フロー | 509,890 | 599,144 | 988,271 |
投資活動によるキヤッシュフロー | △ 686,284 | △ 655,375 | △ 599,263 |
事業のキヤシュフロー | △ 176,394 | △ 56,231 | 389,008 |
財務活動によるキヤッシュフロー | 188,237 | 194,419 | △ 495,091 |
当期総合キヤッシュフロー | 11,843 | 138,188 | △ 106,083 |
現金及び現金同等物の期末残高 | 125,147 | 258,714 | 153,117 |
同上 月商比 | 0.3 ヶ月 | 0.5 ヶ月 | 0.4 ヶ月 |
東京電力も平成18年度までは、投資活動によるキヤッシュフローの金額は営業活動によるキャッシュ・フローの金額を下回り、キャッシュフローは安定していました。
柏崎刈羽原子力発電所の災害発生後の平成19年度・20年度は、投資活動によるキヤッシュフローのマイナス金額が営業活動によるキャッシュ・フローのプラス金額を上回り、これを財務活動で補っていて、以前のような安定したキャッシュフローの状況にはなっていません。平成21年度に漸く平成18年度以前の安定したキャッシュフローの状態に戻った翌年に東日本大震災が起こりました。
期末現・預残高は、19年度は末月商の0.3ヶ月・20年度末は0.5ヶ月・21年度末は0.4ヶ月です。コミットメントラインの状況は分かりませんが、これだけを見ればかなりの低水準です。キャッシュフローに不安を感じていなかった証拠です。以前に書きましたが、雪印乳業の事故発生直前期の期末現預残高は月商の0.3ヶ月でした。
○ キヤッシュフロー実績 ② (単位 百万円)
科 目 | 平成 22年度実績 |
現金及び現金同等物の期首残高 | 153,117 |
営業活動によるキャッシュ・フロー | 988,710 |
投資活動によるキヤッシュフロー | △ 791,957 |
事業のキヤシュフロー | 196,753 |
財務活動によるキヤッシュフロー | 1,539,579 |
当期総合キヤッシュフロー | 1,736332 |
現金及び現金同等物の期末残高 | 2,248,290 |
同上 月商比 | 5.0 ヶ月 |
平成22年度も期全体としては投資活動によるキヤッシュフローの金額は営業活動によるキャッシュ・フローの金額を下回っていて、事業のキャッシュフローは安定した形になっていました。
しかし、3月11日の東日本大震災発生後僅か12日目の3月23日に「三井住友銀行など3メガバンクと中央三井信託銀行など4信託銀行に2兆円規模(月商の5カ月分)の緊急融資を申し込み、(雪印の場合は6月27日事故発生の3週間後に300億円〈月商の0.6カ月分〉を貸し出すと報道)、融資が実行された結果現金及び現金同等物の期末残高は、2,248,290百万円・月商の5.0ヶ月分と大幅に増加しました。この時期に巨額の融資を申し込んだ理由は外部からは窺い知れませんが、多分将来の業績、キャッシュフローについて重大な局面に至ると予測されたからだろうと推測します。
東京電力の平成22年度期末現在、1年以内に期限が到来する固定負債は 7,748億円、平成23年度の社債償還予定額は7,479億円、計15,226億円と開示されています。社債の発行が出来ず、銀行からの資金調達が行われなければ、財務活動によるキヤッシュフローは今期中に15,226億円悪化することになります。
○ キヤッシュフロー実績 ③ (単位 百万円)
科 目 | 平成 23 年度 第2四半期実績 | 平成 22 年度 第2四半期実績 | 前年同期比 増 減 |
現金及び現金同等物の期首残高 | 2,206,323 | 153,117 | 2,053,206 |
営業活動によるキャッシュ・フロー | △ 106,367 | 479,461 | △ 585,828 |
投資活動によるキヤッシュフロー | △ 237,132 | △ 443,437 | △ 206,305 |
事業のキヤシュフロー | △ 343,499 | 36,024 | △ 379,523 |
財務活動によるキヤッシュフロー | △ 376,164 | 43,274 | △ 419,438 |
当期総合キヤッシュフロー | △ 719,663 | 79,298 | △ 798,961 |
現金及び現金同等物の期末残高 | 1,487,627 | 230,809 | 1,256,818 |
同上 月商比 | 3.6 ヶ月 | 0. 5 ヶ月 | 2.1 ケ月 |
即平成23年度上期、業績の悪化を主因に営業活動によるキャッシュフローは106,367百万円のマイナスで前年同期比585,828百万円の悪化です。投資活動は前年同期比206,305百万円減少しています。事業活動全体としては、6ヶ月で343,499百万円のマイナスです。さらに、社債償還319,960百万円を主因に財務活動によるキヤッシュフローのマイナスは376,164百万円で、全体としては6ヶ月で719,663百万円の資金が不足し、虎の子の現・預金は僅か6ヶ月で約7,200億円減少しました。
ここで注目すべきことは、事業活動によるキャッシュフローの悪化額より、財務活動によるキャッシュフローの悪化額の方が大きいということです。キャッシュフロー計算書をみると長短借入金は49,837百万円の減少です。金融機関は期中に返済後の貸出しかなりに応じています。社債の償還がキャッシュフローの悪化に大きく影響しています。
世間では東京電力が債務超過になるかどうかが問題になっていますが、企業存続の条件は資金繰りです。東京電力が金融機関から借入を受けられる状態を今後とも維持出来るかどうかが課題だと思います。
次回は、「東京電力に関する経営・財務調査委員会の報告書」や「緊急特別事業計画」などを参考にして、今後のキャッシュフローの見通しを考えたいと思います。