先ず、根本は下記の規定です。
「原子力損害の賠償に関する法律」(以下原賠法と言う)今回の事故の原因となった、東日本大震災とその結果の津波が「異常に巨大な天災地変」だったのかについては、当初東京電力、財界からは「想定外」で「異常に巨大な天災地変」だと言う主張がなされましたが、結局主張は通らず、「損害賠償は第一義的に東京電力の負担」ということになりました。この場合は下記条項が適用されます。
第三条 「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。」
「原賠法 第十六条」*1 第七条(抜粋) 一事業所当たり1,200億円(以下「賠償措置額」という。)を原子力損害の賠償に充てることができる。
政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(外国原子力船に係る原子力事業者を除く。)が第三条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額*1をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。
2 前項の援助は、国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内において行なうものとする。
東京電力は既に国に対して1200億円の請求をしています。然しこの金額では賠償金額には到底足りません。そこで「原賠法」第十六条の規定に基づき国の支援の枠組みの策定を要請し、平成23年8月3日に「原子力損害賠償支援機構法(以下〈機構法〉という)」が成立し、東京電力は原子力の損害賠償にあたり国の支援を受けることになりました。
他方、「原子力損害賠償紛争審査会」が設立され、4月15日に第1回会合が行われ、10月20日には第15回会合が開催されています。10月20日以降は「原子力損害賠償紛争審査会」の議事録・資料を一生懸命読みました。
「原子力損害賠償紛争審査会」は8月5日「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」(以下〈中間指針〉と言う)を公表しました。
中間指針には「平成23年3月11日に発生した東京電力株式会社福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所における事故(以下〈本件事故〉と言う。)は、広範囲にわたる放射性物質の放出をもたらした上、更に深刻な事態を惹起しかねない危険を生じさせた。このため、政府による避難、屋内退避の指示などにより、指示等の対象となった住民だけでも十数万人規模にも上り、あるいは、多くの事業者が、生産及び営業を含めた事業活動の断念を余儀なくされるなど、福島県のみならず周辺の各県も含めた広範囲に影響を及ぼす事態に至った。これら周辺の住民及び事業者らの被害は、その規模、範囲等において未曾有のものである。」と記述されています。
4月に第一次指針、5月に第二次指針、6月に第二次指針追補が決定・公表されていますが、中間指針には、第一次指針及び第二次指針(追補を含む。以下同じ。)で既に決定・公表した内容にその後の検討事項を加え、賠償すべき損害と認められる一定の範囲の損害類型が示されています。
【損害類型】
1)政府による避難等の指示等に係る損害
[損害項目]
1 検査費用(人)、2 避難費用、 3 一時立入費用、 4 帰宅費用、5 生命・身体的損害、6 精神的損害、7 営業損害、8 就労不能等に伴う損害、9 検査費用(物)、10 財物価値の喪失又は減少等
2) 政府による航行危険区域等及び飛行禁止区域の設定に係る損害
[損害項目]
1 営業損害、2 就労不能等に伴う損害、
3)政府等による農林水産物等の出荷制限指示等に係る損害
[損害項目]
1 営業損害、2就労不能等に伴う損害、3 検査費用(物)
4)その他の政府指示等に係る損害について
[損害項目]
1 営業損害、2 就労不能等に伴う損害、3 検査費用(物)
5)いわゆる風評被害
1 一般的基準、2 農林漁業・食品産業の風評被害、3 観光業の風評被害、4 製造業、サービス業等の風評被害、5 輸出に係る風評被害
6)いわゆる間接被害
7) 放射線被曝による損害について
8) その他
1 被害者への各種給付金等と損害賠償金との調整について
2 地方公共団体等の財産的損害等
これらの損害類型の中身を議論すれば、紙数が幾らあっても足りないくらいです。
「原子力損害賠償紛争審査会」の議事録では、論点の整理として、
- 本件事故と相当因果関係のある損害、すなわち社会通念上当該事故から当該損害が生じるのが合理的かつ相当であると判断される範囲のものが原子力損害に含まれる。
- JCO事故を参考としつつ、本件事故特有の事情を十分考慮する。
- 地震・津波による損害は賠償の対象とはならないが、原子力損害との区別が判然としない場合には、合理的な範囲で、特定の損害が原子力損害に該当するか否か及びその損害額の推認をすることが考えられる。
- 膨大な被害者に対する迅速な救済が求められるため、合理的な範囲で証明の程度の緩和、客観的な統計データ等による合理的な算定方法等により、一定額の賠償を認めることが考えられる。
- 請求金額の一部の前払いなど、東京電力の合理的かつ柔軟な対応が求められる。
1 避難区域(警戒区域)、屋内退避区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域、特定避難勧奨地点及び一部の地方公共団体が住民に一時避難を要請した区域としています。
また中間指針の項目には「自主的避難者の損害」が対象に入っていないので、目下問題になっています。
詳しくは「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」を読んで下さい。
被害者と東京電力の間で合意が成立しない場合は、「原子力損害賠償紛争解決センター」が設立されていて公的機関が和解の仲介をします。それでも上手く行かなければ裁判で争うことになります。企業の損害特に風評被害・間接損害等に関して合意は容易ではないと思います。訴訟が多発すれば、東京電力の訴訟対応の人員(含む弁護士)や費用が益々増大します。
東京電力は当面員約6,500 名規模、年内にはグループ社員約3,700 名を含む約9,000 名規模の体制で対応する計画ですが、前述のように、多数の人を相手に、数多くの損害の処理をするのに、人海戦術だけで上手く処理出来るのか。「交通事故の示談でさえ加害側から『これでどうでしょうか?』と示談を持ってくるのに、東京電力は被害住民が書類を出さないとカネを出さない。」と言う弁護士さんの意見もあります。要求通りに支払いをしなければ被害者は満足しない。また速やかに支払わなければ、東京電力に対する世の中の評価は益々低下します。然し東京電力としては、野放図に支払いをする訳にはいきせん。損害賠償に関する部分の資金繰りもあり、このあたりはは極めて難しいところだと思います。
「その規模、範囲等において未曾有の規模」の「福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害の賠償」は、件数、期間、賠償金額、事務処理のボリューム・費用等において想像を絶するものであります。本体の損益の悪化・事業継続が可能かの問題に加え、長期間に亙り東京電力に多大な悪影響を与え続けるものと考えます。
賠償金について、政府の支援により当面は業績・キャッシュフローに影響がなくても、その後政府に支払う負担金は長期間東京電力の業績・キャッシュフローに悪影響を与えることになります。
11月上旬には東京電力の2011年度中間報告書が公表され、また国の支援を受けるために10月28日に提出した「特別事業計画」の内容は、主務大臣による認定を受け次第公表されると思われます。11月中には同社の今期損益の見通しについて、更に詳しく考えることが出来るようになると思います。判明次第ご報告致します。
次回からはキャッシュフローの検討に移りたいと思います。