吉野太郎著「事業会社のためのリスク管理・ERMの実務ガイド」

2012年3月10日土曜日 | ラベル: |

素敵な京都の梅 その2・3です。

HP 「京都の四季」より  北野天満宮

HP 「京都の四季」より  北野天満宮
○吉野太郎氏について
 吉野太郎氏については、本ブログの読者はご存知の方が多いと思います。
 私は古くからご交誼を頂いています。私の主宰する日本ナレッジ・マネジメント学会リスクマネジメント研究部会では、平成17年6月「東京ガスのリスクマネジメント」、平成18年6月「使えるERM(全社的リスクマネジメント)導入チェックポイント集~一目でわかるERMと内部統制の基本的要素の具体例〜」、平成19年8月「ERMの現状」、と3回に亙り有益なお話を頂戴しています。
 「事業会社のためのリスク管理・ERM実務ガイド」の著者紹介によれば、吉野さんは1982年に慶応大学経済学部をご卒業、同年東京ガス㈱ご入社。営業統括部・川崎支店・監査部・IR部(リスク管理グループ)を経て,2011年から総合企画部経営管理グループ。2003年からERM(全社的リスクマネジメント)の導入と運用をご担当、その後内部統制報告制度(金融商品取引法)および内部統制整備に関する基本方針(会社法)もご担当。現在ERMの運用・危機管理体制・BCPおよびそれらについての有価証券報告書等での情報開示等をご担当です。

日本価値創造ERM学会副会長 http://www.javcerm.org/
CIA(公認内部監査人)、CCSA(内部統制評価指導士)、CFE(公認不正検査士)

○リスクマネジメントを巡る変化について
 私は1987年1月に初めて東京海上さんからリスクマネジメントを教えて頂いてから25年経ちます。25年前は部門別の個別のリスク管理の時代でした。1992年にアメリカでCOSOレポートが公表され、従来型のリスクマネジメントとは別の、不正な財務報告リスクの防止を主眼とする内部統制と結びついたリスク管理の手法が導入されて来ました。さらに2001年のエンロンの破綻・2002年のワールドコムの倒産の結果、2002年8月にアメリカでサーベンス・オックスリー法(SOX法)が成立しました。2004年9月には COSO2報告書「Enterprise Risk Management Framework」が公表されERMの時代になりました。
 我が国でも、2006年5月に会社法*、6月にSOX法に4年遅れてJ-SOX法と言われる金融商品取引法が施行されました。
 会社法362条の規定は下記です。
4 取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定  
を(する場合には、自らこれを決定しなければならず)取  
締役に委任することができない。
六 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保
するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するた
めに必要なものとして法務省令*1で定める体制の整備
5 大会社である取締役会設置会社においては、取締役会は   
(必ず)前項第六号に掲げる事項を決定しなければならない。

*1;法務省令*1で定める体制
(会社法施行規則)第100条
法第362条第4項第六号に規定する法務省令で定める体制は次の体制とする。
二 損失の危険の管理に関する規程その他の体制
四 使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保 
するための体制
五 当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制

 会社法、金融取引法と内部統制の関係については、COSOの内部統制要件のうち、①業務の有効性と効率性は新会社法で、②財務報告の信頼性は金融商品取引法で、③関連法規の遵守は新会社法で規制されることになったと理解されています。
 この時期、日本では従来型のリスクマネジメントも十分浸透していない企業が多く、そこへ内部統制・不正な財務報告防止等の要求・ERMが入って来たので、企業内でリスク管理体制に混乱を来たす恐れがありました。またコーポレート・ガバナンスの議論とも十分結びついていませんでした。
 2005年8月25日の「商事法務」 No.1740の記事、スクランブル 「新会社法と内部統制基準」はこの時期の状況について、
①「内部統制」の概念について社会的な合意が不十分であるにもかかわらず制度化・義務化が強行されようとしているのではないか。
法務省、金融庁、経済産業省の間でその概念について実質的な調整が行われているのか不透明である。
②会社法と内部統制基準との整理が十分行われているのか。
と警鐘をならしていました。

○ 吉野太郎著「事業会社のためのリスク管理・ERMの実務ガイド」 について 
 吉野さんは、リスクマネジメント(彼はリスク管理と言っておられます)の変動の時代にずっとリスク管理の実務に従事されていました。そのご経験に基いた「リスク管理・ERMの実務ガイド」は、わが国のリスク管理・ERMの実務家に取って大変有益で、時宜に適した書物であると思います。











 2月29日発行になったので、早速買い求め目下鋭意読んでいます。
 吉野さんは「はじめに」で下記のように述べておられます。
「リスク管理やERMの理論について書かれた書物は多い。またリスクの計測や定量管理の手法、もしくは危機管理・コンプライアンスなど特定分野のリスク管理の手法について書かれた書物も数多い。しかし金融機関以外の事業会社で取り扱う多様なリスクを全体として管理する実務手法を紹介する書物は少ない」
「事業会社のリスクは業種や事業環境によって様々である。その対応策も多岐にわたる。そのため体系化もしくは汎用化することが難しい。筆者はその手法を体系化することにより、事業会社のリスク管理手法を向上させることが必要なのではないかと考え続けてきた。」
私は25年間リスクマネジメントに関ってきて、リスクマネジメントの解説書は部分的な技術論が多く(もちろんこれも大事なことだと思います。)、また経営的視点が欠けている場合が多いので、企業でリスク管理の実務に従事される方が参考にされる場合に限界があるのではないかと思っていました。吉野さんのご意見は将に我が意を得たりです。
 第Ⅰ部 基本編 第1章 リスク管理・ERMの役割 では、先に私が心配した「従来型のリスクマネジメントも十分浸透していない企業に、内部統制・不正な財務報告防止等の要求・ERMが入って来て、企業内でリスク管理体制に混乱を来たす恐れ」に対して、実務のご経験からのクリアーな整理がなされています。例えば下記の表です。
○企業にリスク管理を要請する法律の表  P.4
○内部統制、ERM、本書のリスク管理・ERMの要素の比較表 P.13
○リスクに関する3つの定義の違いの比較表 P.19
事業会社・金融機関・COSO
○リスク管理とERMの相違点の表 P.25
  1. リスク管理の主体から見た(部門、個人単位VS企業全体)リスク管理とERMの相違点
  2. リスクに対する認識の面から見た(個別、部分的VS全社横断的)リスク管理とERMの相違点
  3. リスク管理の時間軸から見た(単発、短期VS継続、中長期)リスク管理とERMの相違点
  4. 対象となるリスクの範囲から見た(狭い焦点VS広い焦点)リスク管理とERMの相違点
  5. 経営環境の面から見た(平時VS変革期)リスク管理とERMの相違点
第2章ERMと各種経営管理フレームワークとの関係
1.コーポレートガバナンスにおけるリスク管理とERMの位置づけ
2.従来から主管部門が定められ相応の管理が行われているリスクもERMの対象
3.実務におけるERMと内部統制の相違点と共通点
の記述は実務のご経験に基づくだけに迫力と説得力があります。さらに、(参考)の、「わが国における5種類の内部統制(会社法・金融商品取引法・COSO・企業会計審議会・不祥事防止)とその相違点」 に関する整理は私にははじめての議論で、非常に勉強になりました。
 第Ⅱ部 フレームワーク編、第Ⅲ部 実践編は、もはや私ごとき実務の門外漢が云々する部分ではありませんが、例えば、第Ⅲ部 実践編第9章 4.ERM実施体制構築の経験と教訓の中の p.214 「事務局担当者は少なくとも4年は異動しない人がよい」については、外から企業のリスクメネジメントご担当の方とお付き合いしている者に取っても全く至言だと思います。大企業の人事ローテーションと専門性の問題は事務系ではまだ充分解決されていない企業が多いと思います。
 大変雑駁なご紹介でしたが、リスクマネジメント、ERM、BCP等の実務に従事されている方々に取って,さらにはこれらを研究されている方々に取っても大変有益な書物だとご推薦申し上げます。