「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」の報告書

2012年4月1日日曜日 | ラベル: |

ブログを始めて丁度1年経ちました。皆様に読んで頂けるのが励みになり、続けています。今年度もどうか宜しくお願い申し上げます。
 「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」の報告書を漸く3月17日に入手し、鋭意読みました。畑村洋太郎先生柳田邦男氏らの「東京電力福島第1原発事故調査・検証委員会・中間報告書」と比較して感想をご報告致します。
 先ずは、恒例の「京都の四季」の写真です。
 春爛漫・素敵な京都の櫻 その1です。

HP 「京都の四季」より  平案神宮 枝垂れ櫻
  今年も4月5日(木)、6日(金)、7日(土)、8日(日)の4日間、ライトアップされた平安神宮で催される「紅しだれコンサート」は、私も一度行きましたが、地元の大阪や神戸から来た女性達も「綺麗やわー」と感嘆していた夢のような一夜です。
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/kyo_np/info/moyoosi/2012benishidare/

平安神宮 紅しだれコンサートの夜景 京都新聞HPより

 「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」の報告書
   
 昨年12月26日に公表された「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書(本編507ページ、資料212ページ)については1月20日の記事に書きました。この報告書の最も重要なテーマは「想定外」の問題だと思います。また、この報告書には「官邸等における事故発生後の対処や措置に関する意思決定の経緯については、中間報告までの時間的制約により、当時の閣僚等の重要な関係者についてヒアリングが未了である。」と記述されています。
 「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」報告書も本編403ページ、資料8ページ)の分厚い報告書です。この報告書では、菅直人前首相・海江田万里前経済産業相・枝野幸男経済産業相・斑目春樹原子力安全委員会委員長など政府要人のヒアリングを行っていますが、東京電力の関係者については「東京電力は我々の経営陣に対するインタビューを拒否した*1」と記述されていて非常に対照的です。従って、双方の報告書を読むことによって、全貌が掴めるのかなと思われます。
 「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」報告書においても第1部・第2部の「福島原発の事故の経緯と各方面の対応についての広汎な分析」が半分以上を占めています。
*1:P.393

○安全神話
 第3部「安全規制の歴史と構造の分析」に89ページが割かれています。ここの重要なキーワードは「安全神話」です。
 「原発の安全性に対する楽観的な認識に基づいてガバナンス体制が構築され、規制当局や安全規制に責任を持つ電気事業者、さらに原発立地自治体の住民や国民全体が〈安全神話〉を受け入れることで、日本の原子力事業が成り立っており、次第に事故の可能性を議論することすら難しい状況を生み、その結果、事故に対する〈備え〉が不十分となったのではないか。(中略)安全性の問題に正面から向き合うことを避けるような風潮を作っていった。その時に重要な背景となったのが国が原子力政策を推進し、電力会社が原発を商業運転する〈国策民営〉体制であるといえる。国策で導入した原子力であったが、次第に安全性の向上も、一義的には民間企業である電気事業者の責任となっていた。それゆえ、規制当局は電気事業者を監督しつつも、実際の安全性向上の投資は民間事業者の判断に委ねられていった。そのため、安全性向上に対する国の責任の所在があいまいになり、事故への対応が混乱するといった状況がみられた。
 そうしたことが、日本の原子力安全規制ガバナンスに反映され、一方では緻密で膨大なハードウェアの点検を中心とする規制が作られることで、原発の安全性が確保されているという神話が紡ぎだされた。他方そうした規制だけを実施することで、事故を想定した緊急時対応などの準備が不十分な状況が容認されてきた。それが福島第一原発事故に際して、十分な備え、とりわけ〈深層防護〉の第4層にあたるシビアアクシデント(過酷事故)対策の未整備につながったと考えられる。*2
最終章の 『「国策民営」のあいまいさ』 にも下記のように記述されています。
「今回、平時においては民間企業(電力会社)が原子力発電事業を経営するのは問題がないとしても、原発危機においては、政府が最大の責任を持って取り組む以外ないということを如実に示した。東京電力の危機管理能力と意思決定、そしてガバナンスの弱さは、このような企業に原子力発電を行う資格があるのか、という疑問を国民に抱かせる結果となった。
 しかし、その疑問は東京電力に対してのみ向けられるべきではないだろう。国も当事者意識の恐ろしいまでの欠如を露呈させた。*3
*2:P246-247   *3:P.388

 原子力発電所の事故発生前は、各電力会社は「私企業だから防災対策に無限に金を掛ける訳にはいかない。」といっていました。「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書は「確率が低い場合でも、もし起きたら取り返しのつかない事態が起きる場合には、そのような事態にならない対応を考えるべきである。今回の事故は、我々に対して、〈想定外〉の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している。」と記述しています。
 本報告書では「安全性の向上も、一義的には民間企業である電気事業者の責任となっていた。」と指摘しています。
 福島原発の事故発生についての問題点を「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」中間報告書は「想定外」の問題として、本報告書は「〈国策民営〉のあいまいさの結果」と捉えています。人が変れば分析内容も変るものだと思いました。

○グローバル・コンテクスト
 グローバル・コンテクストにも44ページが割かれています。事故の国際的な側面については「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書には記述がなかったと思います。
 ここでの注目点は「福島第一は原発事故では(中略)電源の喪失がもたらす深刻な事態を公知のものとし、原子力発電所におけるセキュリテイの脆弱性を示す結果となってしまった。*4」ということかと思います。例えばテロリストに対して、原子炉本体を攻撃しなくても、周辺の電源を全面的に破壊すれば深刻な事態を引き起こせることを周知させてしまった訳です。
*4:P.337

○福島第一原発事故の教訓
 最終章「福島第一原発事故の教訓」では、「この事故が人災の性格を色濃く帯びている(中略)人災の本質は東京電力の備えにおける組織的怠慢にある*5。」と断じています。
 更に「今回の事故とその後の対応を見る時、東京電力は責任感を著しく欠いていると言わざるを得ない。*6」「しかし、安全規制当局である原子力安全・保安院も、保安院の「規制調査」を任務とする原子力安全委員会も責任は同じである。*6」と述べています。
  「津波の襲来は「想定外」ではなかった。多くの研究がそれを〈想定〉していたのに、東京電力は聞く耳を持たなかった。*7」と叙述されています。
 「原子力安全・保安院は、規制官庁としての理念も能力も人材も乏しかったといわざるをえない。ここは結局のところ、安全規制のプロフェッショナル(専門職)を育てることができなかった*7」「危機は東電の能力の限界はるかに超えていた。今回の原発危機は何よりも安全規制ガバナンスの危機として立ち現われた。*8」「東電本店のガバナンスの深刻な不具合を指摘したうえでなお、現場の〃独走〃は、その判断が結果的に正しかったにせよ、問題を孕んでいることを指摘しておかねばならない。とりわけ、それをあたかも〈現場力〉の表れであるかのように讃える風潮は、危機管理の観点からも問題なしとしない。(中略)最終責任を負うのは上位機関であり、最後は政府であり、所長はその責任を代替することはできない*9
「日本にも科学技術評価機関(機能)を創設し、首相に対する科学技術の助言機能を強化する必要がある。政府の危機管理機能も脆弱だった。最大の問題は、原災本部事務局が機能しなかったことである。その任を負うべき原子力安全保安院は危機対応の備えがなかった。*10」と厳しい意見を述べています。
 *5:P.383  *6:P.384 *7:P.386  *8:P.387  *9;P.392 
 *10:P.394

 先に述べられた「原子力安全・保安院は、結局のところ、安全規制のプロフェッショナル(専門職)を育てることができなかった。*7」理由について報告書は、「スペシャリストよりもゼネラリストを育てることに傾きがちな官庁の人事システムの影響もあり、技術的知見を蓄積する受け皿としての能力に乏しい*11」と指摘しています。
*11:P.251  

 3月10日にご紹介した吉野太郎著「事業会社のためのリスク管理・ERMの実務ガイド」にも、4.ERM実施体制構築の経験と教訓の中の p.214 「事務局担当者は少なくとも4年は異動しない人がよい」との記述があり、私は「大企業の人事ローテーションと専門性の問題は事務系ではまだ充分解決されていない企業が多いと思います。」と書きました。わが国では、官庁も大企業もスペシャリストよりもゼネラリストを育てることに傾きがちな人事システムになっており、これはリスク管理上の大きな問題だと改めて痛感させられます。私はこれも重要な指摘だと思います。

○戦中派の感概
 「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書も、「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」の報告書もともに膨大なものなので、十分読んだとはとてもいえませんが、考えさせられる点が多々ありました。
 私は小学校2年生の12月に日米開戦となり、小学校6年生の8月に敗戦になりました。その後、中学生・高校生・大学生・社会人として戦後を経験しました。私の経験では、悲惨な戦争を何故起こしたのか、どうすれば良かったのかについて、戦後徹底的な議論はなされていないと思います。そのため、わが国の色々な組織に関して、敗戦に至るプロセスの教訓を活かした改革は行われていないと考えます。
 わが国における敗戦後の改革の大部分は占領軍の指示によるもので、眞に敗戦の教訓を活かしたものではありません。従って組織内、特に大企業や官庁の中には旧態依然たる体質が根強く残っていると思います。
 今回このように幾つもの報告書が作成され,各々異った視点から議論されることは大変有意義なことです。この事故を徹底的に分析し、その教訓を生かして、わが国の政府・大企業の組織の在り方を根本的に見直すべきだと痛感します。「第二の敗戦」と認識して議論を尽くす必要があると思いますが、当事者・国民の意識はどうでしょうか。