「リスクとキャッシュフロー」について ④

2013年8月20日火曜日 | ラベル: |

3.企業の将来を見る
 8月17日(土)の日本経済新聞1面に、「金融庁は1990年代はじめのバブル崩壊後の不良債権処理を目的とした検査の見直しの検討を始めた。」と報じられています。
 同記事によれば、「銀行は赤字決算をしたり、返済が1~2ヶ月滞った企業を〈その他要注意先〉として管理しており、正常債権ではあるが〈不良債権予備軍〉といわれる。金融庁の検査で不良債権とみなされると貸倒引当金を積増す必要があり、新規融資に応じられなくなっていた。」「(見直しの)最大のポイントは融資先の査定を銀行に任せることだ。仮に倒産しても銀行の経営に響かない中小企業向けの融資は,原則銀行の自己査定を尊重する。大口融資も検査対象にする範囲を小さくする。」「金融庁が銀行の自主判断を尊重することで、銀行は〈その他要注意先〉にも新規に融資できるようになる。創業期に赤字が続くベンチャー企業や、技術力はあるのに過去の投資の失敗で赤字に陥っている中小企業などが将来的な成長力や潜在力をもとに運転資金や設備資金を借りやすくなる。」「金融庁が検査体制を見直すのは、バブル期のように甘い自己査定が原因で銀行の経営が揺らぐリスクが遠のいたからだ。また、金融危機が去って銀行の体力が回復したのに融資が伸悩む背景には、金融庁検査で細かく銀行を拘束しすぎる弊害があると判断した。」と記述されています。誠に尤もなことで、銀行融資の本来あるべき姿に戻ることになるのだと思います。
 今後、銀行に求められるものは「企業の将来を見る」能力です。

(1)「会社分析」
 旧住友銀行のOBで後、後に朝日監査法人理事長、日本公認会計士協会会長になられた小澤修冶氏の「会社分析」(春秋社1956年)には『一般には「経営分析」の意味するところは、貸借対照表・損益計算書、その他財務諸表によって会社の資産内容などを分析してその適否・欠陥・傾向などを発見する方法である。』『「会社分析」と題した所以は、財務諸表の計数の分析にとどまらず、貨幣価値をもって表現出来ない外的な経済環境とその変化、内的な経営の人的要素とその運営管理を含めて会社の実態を認識すべきである。(序文)』という考えが書かれています。この本はこうした考えの基に書かれた、定性的な分析を加味した経営分析論の古典ともいうべき本です。こうした考えが旧住友銀行の企業分析の伝統で、その後も「最新銀行員の企業診断」(銀行研修社1983年)などの本にこの伝統が受け継がれています。
 もともと「会社分析」は、アメリカにおいて銀行が融資するに当たって、融資先から財務諸表の提出を求め、これを分析してその支払能力を判断するところから発展したものです。会社を分析する目的・対象・方法は、分析を行う主体(会社内部・金融機関・投資家など)のそれぞれの立場と性格によって、自ら目的が異なり、資料も限定され、方法も変わってくることになります。
 銀行の場合は、貸出金が貸倒れにならないよう、企業の将来を見通すために企業の分析を行う必要があります。
 企業のキャッシュフロー(資金繰り)は企業経営の結果です。キャッシュフロー(資金繰り)の見通しの根本は、今後企業が如何に経営されていくかに帰着します。企業のキャッシュフロー(資金繰り)については、当該企業の将来はどうなるかを根本的に検討した上で対策を考えるべきです。技術的なことは、その後に必要となります。

 
(2)企業全体を見る。(定性的項目も含めて企業を判断する)
 小澤修冶氏の言われる、貨幣価値をもって表現出来ない外的な経済環境とその変化、内的な経営の人的要素とその運営管理を含めて会社の実態を認識すべき項目について考えてみます。
① 外的な経済環境の変化について
 企業業績が外的な経済環境の変化によって左右されることは避けがたい運命です。企業は如何に対応していくか。これは経営者の判断に掛かっています。
 中小企業の場合は外的な経済環境の変化に抗することは到底不可能です。自助努力と政府の中小企業対策を活用するしかありません。毎年出版される、中小企業庁の「中小企業施策利用ガイドブック」に眼を通されることをお勧め致します。
http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/index.html

② 経営者について
 企業が利益を挙げて存続していく為には経営者の資質が最も重要であることは誰しも異存がないことです。銀行員として永年企業とお付き合いしての私の結論は、「優れたワンマン経営者による経営がベスト」です。「優れた」という意味は、「部下の意見を良く聞き、外的な経済環境の変化に対する対応力を有する」ことだと思います。「ワンマン経営者」とは、「リーダーシップのある経営者」と言い換えられます。合議制による経営は、優れたワンマン経営者がいない場合の次善の策だと思います。
また我が国では、特に地方に業歴数百年という老舗企業が数多く存在していますので、一慨に世襲が悪いとは結論付けられません。

③ 企業全体を見る検討項目の例(製造業のケース)
 

 下記に縷々列挙していますが、過去の損益・キャッシュフローの実績だけでなく、それを齎した企業全体の状況と、それに基いた当該企業の将来の損益・キャッシュフローの見通しを考慮して、貸出金の安全性を判断しなければならないということです。
 その場合、支店の現場では個々の企業について分かっていても、数多くある業種の業界事情は十分には分かりませんので、旧住友銀行では後述するように調査部の信用調査係が業界別の立場からの意見を加えて、審査部とのダブルチェックを行っていました。

【 検討項目の例 】
1.会社の形態
 (1)設立(2)資本金(3)役員(4)株主(5)大株主 一族の保有状況       
2.会社の沿革及び経営
  (1)沿革 資本金推移 (2)経営の状況
4.営業の状況
  (1)扱い品
  (2)仕入 (イ)主要仕入先別仕入れ状況 (ロ)仕入決済条件
  (3)販売 (イ)品種別売上高 (ロ)受注残高推移 
        (ハ)主要販売先別販売実績       
        (ニ)販売決済条件
  (4)工場概観   技術水準 
  (5)業界における地位    同一製品の他社生産実績
5.業績の推移 
  (1)過去の推移 実際損益明細 連結損益明細    
  (2)部門別損益 子会社損益            
  (3)部門別損益分岐点 変動費・固定費明細 変動費率 限界利益率
  (4)見通しと対策 (イ)業績見通し (ロ)長期的見通しと対策
     製造原価明細 一般管理費販売費明細 利益金処分
6.資産の状況
  (1)実力 (表面自己資本+査定益―査定損=正味実力)  
  (2)貸借対照表
  (3)付保状況
  (4)担保権設定状況   

7.金融
 (1)金融基調 〔固定資産+固定的資産〕-〔長期引当金+固定負債+自己資本〕
=金融基調 *(+ or -)   
    主要財務比率    
 (2)資金移動(運用)状況  
     (イ)  / 〜 /  間の金繰り(資金移動)実績 
     (ロ)  / 〜 /  間の金繰り(資金移動)実績 
    (ハ)  / 〜 /  間の金繰り(資金移動)見通し 
     銀行別借入予想 ○年○月借入状況 当行与信及び担保
 8.関係会社
   (1)○○会社  設立 資本金 代表者 従業員    
             貸借対照表 実力  
   (2)○○会社  設立 資本金 代表者 従業員            
             貸借対照表 実力  
   (3)○○会社  設立 資本金 代表者 従業員    
             貸借対照表 実力  
(参考)
 ○貸借対照表内訳及び査定明細  (内容省略)
                         不良資産の内容・実際の資産価値等を実地調
                         査して査定益・査定損を算定

  *金融基調 短期資金繰りの判断    

 固定資産―(自己資本+固定負債)=金融基調 ( + or - )


流動資産
  流動負債

 
(金融基調  ―  )

固定資産
 
  固定負債
 
  自己資本

 固定資産を流動負債で賄っている場合(金融基調 マイナス)の場合は、
 短期資金繰りは不安定だと判断します。

流動資産   
 
流動負債
 
固定負債
 
(金融基調 +)
 
固定資産
自己資本

 流動資産を固定負債で賄っている場合(金融基調 プラス)の場合は、
 短期資金繰り上はプラスだと判断します。

(3)旧住友銀行 調査部信用調査係
 私は旧住友銀行入行後4年目に、東京調査部信用調査係に転勤しました。 旧住友銀行の調査部は大阪の調査部と東京調査部があり、各部は信用調査係と経済調査係に分かれていました。
〇経済調査係 マクロ経済 海外・国内経済情勢の分析。
      ・他行の調査部門は経済調査が主体だったかと思われます。
〇信用調査係 業種別業界事情調査・企業の実地調査・企業の格付けの実施。
      ・他行の信用調査(事業調査と言う場合が多かったと思います)部門は業
       種別の業界事情調査が主体だったかと思われます。       
 旧住友銀行の調査部信用調査係は企業の実地調査→実調を行う点に特色がありまし
た。業績・決算内容に問題がある企業・または銀行として取引を推進したい企業につ
いて、実地調査の上,調書を作成していました(後述)。
 更に、実調の場合、机上検討の場合ともに、自行としての企業の評価→格付けを行っていました。(評点 A・B・C上・C・C下・D)
 申請書(稟議書)のチェックを、審査部と調査部の2部門で行っていました。旧住友銀行のダブルチェック システムと言います。即ち、 
 審査部→原則支店単位 与信の安全性・取引採算等の見地から審査。
 調査部→業種別(調査部所見 業界の現状から見た与信の安全性のチェック)
     調査部の業界別担当者は自己の業界調査の結果と、支店からの申請書を業種別に見ることによって最新の担当業界の業況を把握出来る。業況の悪い業種で、もし業況が良い企業があれば、それは特殊事情があるのか、粉飾であると判断されます。 

 それでは、銀行員には企業の将来は良く見えるのか。これは非常に難しいことだと私は思います。
 私が東京調査部信用調査係に勤務しいていた,1960年代には「リスクマネジメント」と言う言葉はありませんでしたが、銀行支店の融資部門・本部の審査部門・調査部門は全体として、今で言う「与信リスクマネジメント」或いは「貸倒リスクのマネジメント」を行っていた訳です。 
 私は、調査部時代、支店融資部門(旧住友銀行では貸付係)時代、審査部時代、支店長時代にそれぞれ行った企業の将来に対する私の判断が正しかったか,出来るだけその後の推移をフォローするようにしていました。短期的にはある程度は予測出来ますが、中・長期的には「神のみぞ知ることだ」とさえ思えました。それでもリスクを最小にする為には、判断の試行錯誤を繰り返し、なるべく企業の将来が良く見えるように終始努力を続けるしかありません。この点についても、後述する積りです。
 冒頭の記事に言う、「銀行は〈その他要注意先〉にも新規に融資できるようになる。創業期に赤字が続くベンチャー企業や、技術力はあるのに過去の投資の失敗で赤字に陥っている中小企業などが将来的な成長力や潜在力をもとに運転資金や設備資金を借りやすくなる。」為には、銀行員は今後大いに勉強しなければ世の中の期待には添えないと私は思います。

 (4)貸すも親切貸さぬも親切
 私が若かった1960年代は、我が国全体として銀行からの資金供給が十分でなく、また企業の自己資本の蓄積も少なかった時代でした。企業の自己資本が不十分なまま銀行からの借り入れによって業容の拡大を続けていた時代に、銀行は運転資金貸出の部分は担保がないまま融資を行わざるを得ませんでした。従って企業が倒産すれば、都市銀行は必ず損失を蒙りました。では、貸倒れのリスクをどう扱うのか。
城南信用金庫の元理事長 小原鉄五郎氏の「私の体験的金融論・貸すも親切貸さぬも親切」(東洋経済新報社・1983年)には次のように書かれています。
「もともと庶民金融は担保が十分有るから貸そう、利息も元金も取りはぐれがなさそうだから貸そうというものではないはずである。その人が手掛けようとしている仕事がうまくいくか、いかないか。どうすればうまくいくかを相手の身になって考えて、その上でおカネを貸すようにしなければならない。考えてみて、どうもこれはまずいと思ったときには、どんないい担保があっても〝これはおやめになったらどうです〞と説得する。(中略)リスクは当然ある。借り手が一生懸命やっても、景気やめぐりあわせでどうしようもない貸倒れも出てくる。しかしそれはやむをえない。貸倒れはないに越したことはないが、それを恐れて安全・安全といって自分が損をしないことばかり考えていたのでは、本当の生きた中小企業金融は出来ない。」(同書50-61ページ) 
私は、銀行員の現役時代に大変感銘した記述でした。
 ある程度の貸倒リスクを想定して、金利水準を決め融資することが、わが国の現状では如何に難しいことか。中小企業金融はのありかたは、今でも小原鉄五郎氏の言われる通りだと私は思います。

次回は、「企業の将来を見る」ことの難しさについて,私の経験に基づく意見を書きます。