「リスクとキャッシュフロー」について ⑱

2014年2月10日月曜日 | ラベル: |

8.事故とキャッシュフロー悪化の事例 
(2)雪印乳業 ③ 森永乳業の砒素ミルク事件との対比
 平成12年(2000年)の中毒事故の45年前、昭和30年(1955年)3月にも雪印乳業は東京都で学校給食の粉乳の中毒事故を起こしています。その3ヶ月後昭和30年(1955年)5月から8月にかけて森永乳業のドライミルクに砒素が混入し、乳児128名が死亡、12,103名が被害を受けるという事故が発生しました。事故発生後の森永乳業の業績。売上の推移は下記の通リです。

〇損益計算書                        (単位億円)
 
昭和30年度実績
 昭和31年度実績
(29.4.1-30.3.31) (30.4.1-31.3.31) 前年同期比
 売上高      91      87 -4
売上総利益
(同上率)
     13
(14.3%)
     14
(16.1%)
 1
(1.8%)
販売費・一般管理費
 (同上率)
      8
(8.8%)
       9
  (10.3%)
 1
( 1 。5%)
 営業利益
 (同上率)
      5
( 5.5%)
      5
 (5.7%)
 0
(0.2%)
営業外収支      ―2      ―1  1
税引前当期純利益
 (同上率)
      3
  (3.3%)
      4
  (4.6%)
 1
(1.3%)
中毒事故損失       0        6* -6
中毒事故損失       0       ―2 ―5
*更にその後後遺症に対する補償費用が発生している。

〇品目別販売実績                   (単位 億円)
 
昭和30年度実績
    昭和31年度実績
( 29.4.1-30.3.31 )
(30.4.1-31.3.31)
前 年同期比
  前年度比
 練 乳
      22
     24
  2
109.1%
 份 乳
      33
   23
―10
 69.7%
バター・チーズ
      4
     4
  0
100.0%
 市 乳
      29
    30
  1
103.4%
 その他
     3
   6
  3
200.0%
 計
     91
     87
―4
 95.6%

 〇主要勘定科目増減
              (単位 億円)
  31.3.31 現在
30.3.31 対比増減額
現・預金      ―3
 長期借入金      未満
 社   債       5
資金流出額       8

 ドライミルク(扮乳)でこれだけの事故を起こしたのですから、扮乳の売上は激減するかと思いきや30%くらいしか減っていません。その他の品目の伸びもあって売上は4億円(4.4%)減、当期利益は1億円の増です。中毒事故の損失負担後も2億円の利益を計上しています。現在だったら128名の死者が出たら企業の存続は危殆に瀕していると思います。
 当時の補償金は死亡者25万円・患者は一律2万円とされました。その後、後遺症に対する補償がなされています。
 未だ「製造物責任法」が制定されていない時代のことです。人命の価値について非常に考えさせられます。こういった時代だったので、昭和30年の雪印乳業の事故の教訓が会社の中に残らなかったとも言えます。

(3)その他の企業の事故とキャッシュフロー悪化の事例 
 1)チッソの水俣病問題
 2011年5月25日(水)のブログでチッソについて書きました。再度その要約です。
 水俣病は、チッソ水俣工場の工場廃水に含まれて排出されたメチル水銀化合物が水俣湾内の魚貝類を汚染し、それを摂取した地域住民が発病したものです。昭和48年(1973年)に原因が確定し、その後チッソの水俣病の補償金が急増しました。
昭和48年(1973年)3月期(6ヶ月)チッソの売上高264億円、純利益7億円に対し、水俣病関係費用は66億円が計上されました。昭和53年(1978年)3月末には繰越欠損金は363億円に達し、期末自己資本は △276億円となり,上場廃止になりましたが、熊本県は県債を発行してチッソに補償費用の融資を行っていたので、水俣病の補償遂行のため 会社は存続しなければなりませんでした。)
 平成17年(2005年)3月期は、売上高1147億円・経常利益78億円(水俣病補償損失45億円・公害防止事業負担金12億円)、期末繰越損失1509億円、長期借入金1420億円でした。年間売上高を上回る繰越損失、長期借入金(熊本県からの借入金)で、会社は実質死に体状態でした。
  平成22年(2011年)3月期は売上2612億円、経常利益220億円、純利益105億円 (水俣病補償46億円)、長短借入金1881億円、純資産合計△807億円と状況は大分改善されて来ました。平成23年(2012年)3月末に分社化し、事業譲渡受会社はJNC㈱(チッソ子会社)、チッソ㈱は持株会社となり、従来同様補償を継続することになりました。原因確定から38年後のことです。

2)マツダの工場火災
 平成16年(2004年)12月16日24時45分、主力工場の宇品第1工場から出火、塗装工程など8000平方メートルが焼失しました。
 マツダ㈱は平成17年2月5日に平成17年年3月期の損益見通しを発表しました。そのなかで、昨年12月に広島の主力工場で発生した火災による損害は100億円超になると説明しています。 損害の内訳は、①火災で焼けた塗装設備・建物・半製品などの直接被害。②3万台の自動車の生産を取りやめる影響です。これが、キャッシュフローを悪化させます。

3)新潟三洋電子㈱の地震被害
 公表されている新潟中越地震(平成16年)の三洋グループの被害です。

新潟三洋電子㈱の工場・機械が受けた直接的な被害額  184億円
在庫被害                       46億円
復旧費用                      270億円
復旧のための新たな設備投資               3億円
被害額合計                     503億円
  
地震被害に起因した販売の機会損失           370億円 
連結損益に与える影響                873億円

〇新潟中越地震が三洋電機のキヤッシュフローに与えた影響は、復旧費用+新たな設備投資+機会損失=643億円 となります。
 (機会損失は新潟三洋電子だけでなく、本社、後工程の関係会社、販社分も含む連結べース。)

(4)「大阪アメ二ティパーク」の土壌汚染隠蔽
 三菱マテリアル㈱・三菱地所㈱が三菱マテリアル㈱(旧三菱金属㈱)の精錬所跡に建設し平成13年(2001年)1月に完成したマンションで、平成14年ころより土壌汚染が問題化しました。平成16年11月には宅建業法違反で本社を捜索。平成17年3月には両社並びに両社役職員は宅建業法違反の疑いで書類送検されました。平成17年6月起訴猶予処分になりました。三菱マテリアル㈱西川会長・三菱地所㈱高木社長が引責辞任することで宅建業法違反による営業停止等の処分を免れたと言われています。
 入居者(455所帯)に対する補償に関しては、平成17年5月に管理組合と確認書を締結し、①引き続き入居を希望する住民には購入額の25%を支払う。②売却希望者には不動産鑑定業者の示した金額で買取り、さらに別途鑑定価格の10%を補償する。ことになりました。
 これによるキャッシュフローへの影響は公表されていませんが、本件支払いは75億円超と報道されていて企業の根幹を揺るがすほどのものではないと考えられます。然し、宅建業法違反で業務停止・営業停止等の処分を受ければ、企業の存続に関わる大問題となったかも知れない事例です。