電機大手の業績について想う ④ 「赤字では会社はつぶれない」

2012年9月20日木曜日 | ラベル: |

 16日の日本経済新聞32面「私の履歴書」今井敬様の文章の中に、富士製鉄永野重雄社長が「赤字では会社はつぶれない。手元にキャッシュがなくなり銀行が貸してくれなくなったときが本当の危機だ。」と語られたと書かれています。キャシュフローリスクの重要性を唱える者として「我が意を得たり」の思いが致します。

○8月末、35年振りに嘗ての勤務地岐阜へ行って「鵜飼い」を見て来ました。

 山の上は 岐阜城です。

 長良川です。
 

○「赤字では会社はつぶれない」 

16日の日本経済新聞32面今井敬様の「私の履歴書」
 


○赤字では会社はつぶれない 
 東京電力のケースでも、自己資本がマイナスになったら会社が倒産すると言うような議論が散見されます。東証の上場廃止基準は、「債務超過の状態となった場合において、1年以内に債務超過の状態でなくならなかったとき(原則として連結貸借対照表)」となっています。自己資本がマイナス(債務超過)になっても、直ちに上場廃止にもなりません。
 企業の損益が赤字であっても、更にその結果自己資本がマイナス(債務超過)になっても、手元にキャッシュがあれば会社は潰れません。そこのところをはっきりと理解することが肝心です。元富士製鉄社長永野重雄様の言葉として、「赤字では会社はつぶれない。手元にキャッシュがなくなり銀行が貸してくれなくなったときが本当の危機だ。」と、16日の日本経済新聞の今井敬様の「私の履歴書」の中で、キャッシュフロー・リスクの神髄を語って頂きこんなに嬉しいことはありません。
 昨年6月10日にご紹介した「経済産業省のリスクファイナンス研究会報告書」を是非読んで頂きたいと思います。私の申し上げたいことがみんな書いてあります。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1009715
 シャープのケースでは、主力銀行の態度が判然としないまま、主力銀行が8月の新規融資に担保権を設定して内外に不信を招きました。
 9月5日の朝日新聞9面に「新規融資に際し8月31日付でシャープ本社・亀山工場に主力銀行が担保権を設定。異例のこと。」と報じられたため、主力銀行はシャープの将来を信用していないことを内外に知らしめました。
 また、前回にも書きましたが、9月4日の日本経済新聞に『6月末の残高は3年前の3倍弱4600億円に上るが、(主力銀行は)経営改善に積極的に関与してこなかった。「シャープほどの優良企業なら大丈夫だと思った。」と銀行幹部は明かす。(中略)バブル崩壊を経て一度遠くなった企業との距離を埋められずにいる。』とか、9月5日の朝日新聞には『これ以上の融資には黒字転換するための事業計画が必要」(幹部)との声もある。』と報じられるなど、新聞記事で見る限りは銀行幹部の言動は今一つでした。
 支援の方針を明かにしないままの担保権の設定も一因となって、シャープは格付けの低下、株価の低落を招き、鴻海に足元を見られるなど、支援の順序が違っていたのではないかと古い銀行員としては思います。直近の融資に担保を付けてもエクスキューズにしかならないと思います。過去の無担保融資はシャープが行詰まれば損失になります。
 昔ならメインバンクとしての支援の姿勢を先ず明確にし、他方会社側と一緒に知恵を絞って事態の打開を図る場面です。その間の融資を躊躇っても全くプラスは無いのではないかと思います。主力銀行は歯を食いしばってでも支援する姿勢を示すのがシャープのためだったのではないかと思います。
 15日の朝日新聞11面に「シャープ創業100周年の記念行事は奥田社長の訓示のみ」と報じられています。哀れな100周年記念日になりました。
 主力銀行のみずほコーポレート銀行佐藤頭取は13日の会見で「モバイル端末の中核技術を高く評価し、協力を惜しまない」と言われました。何故最初からそう仰らなかったのでしょうか。投資政策を誤ったとしても、培った液晶技術が他国に流出するのは国益に反するのではないかと私は思います。
 折しも、18日の各紙は、アサヒビール元社長樋口広太郎氏のご逝去を報じています。嘗て勤務した銀行の大先輩です。ビールのシェアが10%を切って「夕日ビール」と言われ、土俵際にあったアサヒビールに1986年住友銀行副頭取から社長に転じ、スーパードライで同社を復活・再生させた方です。企業とメインバンクの協力の好事例だと思います。
 私は「夕日ビール」の時代から個人で飲む時でもビールはアサヒビールしか飲みませんでした。メインバンクの社員として、窮地にあるアサヒビールのためには他社のビールを飲むのはご法度でした。蛍光灯はナショナルかNECを付けていました。事の可否は別にして、そのくらい企業とメインバンクは強く結び付いていました。
 企業が窮地に陥った場合、メインバンクは先ず支援の姿勢を表明していました。一方メインバンクと企業の間では会社再生の方策を巡って徹底した協議がなされました。営業店の融資部門とは別に、銀行の企業調査部門は、業界を分担して業界の調査を行うと共に、業界別に自行の融資先の内容を分析し問題は無いかを常に検討していました。企業の危機に際し、営業店と調査部は協力して企業の再生方策を検討します。「自行のどの企業の支援を受けるか」などについても調査部は業界横断的な検討が出来ました。今回、オリンパスがソニーの出資を受けるについて、オリンパスは旧住友がメイン、ソニーは旧三井がメインです。他の理由もあったのでしょがが、金融面ではベストの組み合わせだと思います。
 今の主力銀行がそうした能力を失っている筈はないと思います。然し、シャープが液晶に会社の将来を賭けていた以上、世界のマーケットにおける液晶テレビのシェアの推移を見ていれば、主力銀行として将来に対する問題点は当然何年か前から予測されていた筈だと思います。「シャープほどの優良企業なら大丈夫だと思った。」と銀行幹部が明かしたなどとは信じられません。もしそうならば、「バブル崩壊を経て一度遠くなった企業との距離を埋められずにいる」のではなく、貸出金債権の保全という重大な義務をないがしろにしていたことだと思います。液晶テレビの世界的な生産・販売状況の問題は、シャープとの距離の問題では無く、業界調査の不備だと思います。また問題点が明らかになった場合、企業に意見を言わなかった(言えなかった?)としたら、与信保全上の怠慢だと思います。
 外から見ているので、当事者の方からは異論があると思います。また、欧米の銀行では取引先企業の苦境に当たってサポートすると言った議論は無いのかも知れません。仮にそうであっても貸出金債権の保全を図ることは、今でも銀行業務の重要な基本業務の一つだと思います。
 今の銀行で、定量的なデータをコンピューターに打ち込んで正確な分析結果が機械的に表示される仕組みは、効率的で手作業の時代に比べ大変良いことだと私は思います。ただ中小企業取引だけでなく(それにも大いに異存がありますが)大企業の与信判断でも主にコンピューターのデータで行い、定性的な部分が抜けているのではないかと懸念します。
 嘗ての銀行は貸出金利息収入と預金支払利息の差が収益の基盤でした。従って企業の倒産による貸倒れは銀行の収益基盤を揺るがすもので、「貸倒れリスクの管理」=「貸出金債権の保全」は銀行員に取って最重要業務でした。
 『財務諸表の計数の分析は過去の実績の分析ですから、現在の状態並びに将来の見通しは別途分析検討が必要です。更に貨幣価値をもって表現できない外的な経済環境とその変化、内的な経営の人的要素とその運営管理を含めて会社の実態を認識すべきであるという定性的な分析を加味した経営分析』がなされなければ、正確な与信判断は出来ません
                              *貸出の可否に関する判断を「与信判断」と言います。
 私は都市銀行勤務中、常に取引先の将来の見通しを考慮して与信判断を行って来ました。精一杯の努力をしても将来を見通すことは至難の技で、見通しを誤ったケースもあります。しかしその時々自分として精一杯の与信判断を繰り返して行くしかありません。後輩も取引先企業のために、優れた与信判断を行って欲しいと思います。