コダックの破綻に想う ~事業継続(BCP)はリスクマネジメントの究極のゴール~

2012年2月1日水曜日 | ラベル: |

今年の北陸の豪雪は現地の方々に取っては大変なことだと思います。北陸の方々には申し訳ありませんが、京都の雪景色はいつもながら本当に素敵です。これが見られるのも写真のお陰です。
 
HP 「京都の四季」より  嵐山 渡月橋の雪景色












 イーストマン・コダックが1月19日、米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用をニューヨークの連邦地裁に申請したと報じられています。コダクロームと言う黄色い箱に入った写真用カラーフィルムは全世界を制覇していました。
 私は昭和43年(1968年)10月に都市銀行の銀座支店貸付係長に転勤しました。銀座支店は富士写真フィルム(現富士フィルムグループ・富士フィルムの前身)の取引店でした。残念ながら、その時代わが国のプロの写真家は殆ど富士カラーフィルムを使っていませんでした。プロの写真家は富士カラーフィルムの画質に不安を持っていたからです。そのころの富士カラーフィルムは青色が強かったと思います。一般向けのカラーフィルムは色調が冷たく、暖い色を表現しにくかったと記憶しています。その後大いに改良されました。
 当時、富士写真フィルムはコダック対策に全力を投入していました。カラーフィルムの品質を改良するとともに、全国に現像所を展開し、現像サービス網の充実を図ってコダック迎撃に必死だったことを鮮明に記憶しています。
 追いつき追い越せは敗戦後の日本企業のモットーでした。小松製作所は昭和38年(1963年)に当時の新三菱重工業と米国キャタピラー社がキャタピラー三菱を設立した時、全社を挙げて品質の改良に取り組み、その後の発展に繋がりました。重電・家電業界はアメリカのGE(ゼネラルエレクトリック)、自動車業界はアメリカのGM(ゼネラルモータース)が目標でした。
 コダック破綻の原因については、90年代後半から急速に普及し始めたデジカメを世界で初めて開発したにも関わらず、高収益のフィルム事業に固執してデジカメの商品化でライバルの日本勢の先行を許し、特定の製品や事業で成功し過ぎたために次の波をつかみ損ねる「イノベーター(先駆者)のジレンマ」の典型だとされています。企業の寿命は30年だと言う説があります。必ずしもそうだとは思いませんが、企業の盛衰は激しいものがあります。

 東日本大震災の後、BCP(事業継続計画)への関心が非常に高まっています。BCPでは中核事業を特定し、中核事業の目標復旧時間を定めるとされています。わが国企業におけるBCPの策定は、事故・災害発生後の復旧対策的な色彩が強く、自社の中核事業とは何かという根本の議論があまりなされません。私は日本でトップクラスのBCPのコンサルタントの方に、「中核事業を決定するに際し、企業とどう言う議論をされるのですか。」とお聞きしたことがあります。その方は、「中核事業を決めるのは企業側で,われわれは企業が決めた中核事業を前提にしてサポートをします。」と答えられました。それも一理はありますが、この場合は、企業側の自覚が大切だと思いました。
 BCPの策定にあたり「中核事業」について、多くの企業は最も売上の大きい、或いは利益の大きい事業部門を考えるのではないかと思いますが、それで良いのでしょうか。わが国のBCPの解説書には「中核事業」の決定方法についてはあまり記述がなされていません。技術的なことが先行して、BCPに関する経営の根本理念が欠落しているのではないでしょうか。
 「本業再強化の戦略」という本は中核事業(Core Business)を
① 自社に最も高い収益を齎す顧客層、
② 自社において最大の差別化要因になっている戦略スキル、
③ 自社に不可欠な商品・サービス、
④ 最重要チャネル、
⑤ その他上記四つを支える重要経営資産(特許・ブランド・ネットワーク拠点など)だとしています。
 中核事業とは「その企業の本質を規定している、或いは企業の成長ミッション(持続的な売上、利益の創出)達成のために不可欠な、商品、スキル、顧客、チャネル、地理的要因の組み合わせである。実際に中核事業を定義する際には経営陣に激しい議論が起こるかもしれない。」と記述されています。
            *クリス・ズック、ジェームス・アレン著,須藤美和監訳 2002年日経BP社  P.26
 中核事業を特定することは、自社の事業の将来を見極めることだと思います。私は銀行時代、支店長になるまでは専ら企業調査・審査・融資部門に属していましたが、優れた経営者の最も重要な資質は「変化に対する適応力」だと確信していました。「言うは易く行うは難し」ですが。

 昨年7月1日のブログ「QC(品質管理)とリスクマネジメント 〜戦後のアメリカ流マネジメント手法の導入を振りかえる〜」で、「QCは生産部門という単一の部門に対する管理手法であったため,経営者の理解も得易く,縦割色の強い我が国企業において他部門との調整をあまり必要としないで導入が可能であった。さらにQCはTQC(総合的品質管理Total Quality Control )に進化し、製造業を中心とするわが国の経済的発展に大きく貢献した。⏌と書きました。「先進国の製造メーカーに追いつき追い越す。安価で良質の製品を大量に生産して世界に輸出する」ため「品質管理」がわが国の経済的発展の基礎になった時代は終ったのだと思います。
 私が外資系出版社の手伝いをしていた平成15年(2003年)ころに、わが国にQCを導入したアメリカのデミング博士の自叙伝を翻訳出版しようと思って、QCの普及の中心だった日本科学技術連盟にご相談をした際、日本科学技術連盟は、「現在日本において生産部門の地位は当時に比し低下しています。デミング賞も国内で無く、東南アジアの会社の受賞が増えています。恐らくその本は日本ではあまり売れないでしょう」と言う意見で、出版を断念しました。私は若いころのQCに対する日本中の熱気を思い出して隔世の感を覚えました。 

 茲許、トヨタの生産台数が世界第4位になる、パナソニックの2012年3月期の連結最終赤字(米国会計基準)が3000億円前後(前期は740億円の黒字)に達する見通しなどと報じられています。日本の企業では生産部門以外のマネジメント手法の進歩はあまりなかったのだと改めて痛感します。
 「本業再強化の戦略」の中核事業(Core Business)の定義にある「企業の成長ミッション(持続的な売上、利益の創出)達成のために不可欠な、商品、スキル、顧客、チャネル、地理的要因の組み合わせについて、トヨタはGM・フォルクスワーゲン・日産ルノーなどに、パナソニックは韓国のサムスン・LG電子などに劣後したのではないかと考えます。私は昭和35年(1970年)から数年間銀行の調査部門で家庭電器業界を担当しましたので、爾来ずっと家電業界の動向をフォローして来た積りですが、嘗てアメリカのメーカーに勝ったテレビ製造事業が韓国のメーカーに負けていることは大変なショックです。わが国の製造業は今後どうなるのでしょうか。
 しかし、コダックの破綻に対し、富士フィルムグループの発展は大変喜ばしいことです。最近の富士フィルムグループのデータを見ますと、昭和43年(1968年)当時の富士写真フィルムの事業の売り上げは。現在グループ全体の14.7%になっているようです。社名から2006年に「写真」と言う字が消えましたが、今や「フィルム」の文字も会社の事業内容には合致していないのではないかと思うくらい事業の内容の変化・体質改善がなされていると思います。
 英国エコノミスト誌 2012年1月14日号は、「驚いたことに、コダックが変化に抵抗する紋切り型の日本企業のように行動し、富士フィルムが柔軟な米国企業のように行動した。」そして「それは2000年6月に社長に就任した古森重隆氏の功績である。」と記述しています。
 前に優れた経営者の最も重要な資質は「変化に対する適応力」だと書きました。「良き経営者を得て、変化に対して適応している」会社が発展を続けているのことを改めて認識しました。わが国の製造業の中にもこうした企業が存在することは誠に喜ばしく心強い限りです。

 リスクマネジメントが「金銭的損害の最小化」から、総ての事業リスクに対するリスクマネジメントの手法を適用するERM(全社的リスクマネジメント Enterprise Risk Management)に進化し、リスクマネジメントの目的は「企業価値の増大」に変わりました。さらにBCP(事業継続計画 Business Continuity Plan)が導入されて「企業の継続的発展」が目標になりました。私はBCPはリスクマネジメントの究極のゴールだと考えます。

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東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書 ~ 想定外と言うこと② ~

2012年1月20日金曜日 | ラベル: |

2011年5月1日に「想定外と言うこと」について書きました。
2011年12月26日に公表された「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」中間報告書の最も重要なテーマは「想定外」の問題だと思いました。 
 同報告書は本編507ページ、資料212ページの膨大な報告書です。私は主として「Ⅶ これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言」の章を読みました。以下、私なりにその内容を纏めてみました。
 先ず、今回の事故の総括です。これまでに発生したレベル7 の事故は、1986(昭和61)年のチェルノブイリ事故です。レベル5 ではあるが国際的によく知られているのが、1979(昭和54)年のスリーマイル島事故です。それらは原子炉単基の事故ですが、福島第一原発では3 基もの原子炉で「レベル7」という極めて深刻なトラブルが発生したものです。先進国の中で自然災害に対する危険度が最も大きい日本で、自然災害によって原子力発電所の事故が発生したことは極めて重大な問題だと思います。
 同報告書は今回の事故と調査・検証から判明した下記の問題点を詳述しています。
① 事故発生後の政府諸機関の対応の問題点
② 福島第一原発における事故後の対応に関する問題点
③ 被害の拡大を防止する対策の問題点
④ 事前の津波対策及びシビアアクシデント対策の不備
 これらの内容は何れも傾聴に値することばかりなのですが、今回は ④事前の津波対策及びシビアアクシデント対策の不備の部分を見てみたいと思います。

○事前の津波対策 (アンダーラインは筆者)
 福島第一原発は昭和41 年から47年にかけて、3.122m の設計波高に基づいて設置許可がなされました。3.122m という波高は、1960(昭和35)年のチリ津波を考慮したものです。設置許可により、1号機から4号機4m 盤に非常用海水ポンプ等の施設が、そして10m 盤に原子炉建屋、タービン建屋等が設置されたことから、仮に津波の襲来を受けた場合、その波高が4m を超えると海水による冷却機能が喪失し、10m を超えると直流電源、非常用ディーゼル発電機本体等が機能喪失することとなる施設でした
 その後、津波想定の見直しが行われ、福島第一原発に来襲する津波の最大波高は5.7m(後の算定では6.1m)へと見直され、平成14 年には同原発において非常用海水系ポンプのかさ上げ工事が行われました。これにより、津波が来襲しても、4m 盤に設置された多くの施設は浸水し損傷するものの、非常用海水系ポンプは被害を免れ、冷却機能は保持され炉心損傷は防ぐことができるものと考えられていました。
 しかし、東北地方太平洋沖地震による津波水位は10m を超え、全交流電源喪失という事態に立ち至り、原子炉の冷却機能は失われてしまいました。
 同報告書には、下記のように記述されています。  
「施設は設計基準の枠内で安全が担保できるように設置認可され、設計基準を超える炉心や核燃料が損傷を受ける重大事故が発生した場合は、シビアアクシデント対策で対応するというのが、原子力発電における安全性確保の基本となっている。この場合、一般的には、設計基準を超えても著しい炉心損傷を伴わない事象はシビアアクシデントとはいわないが、設計上の想定を大きく上回る津波の場合は、共通的な要因によって安全機能の広範な喪失が一時に生じることがある
 津波はあくまで地震随伴事象であり、津波の専門家がいなくても地震の専門家がいれば津波問題はカバーできると考えられていた。過去の津波被害や津波の歴史、津波の特性などの問題を地震の専門家だけでカバーすることは必ずしも容易なことではない。
 津波の専門家を委員に加えていなかったことは、当時の安全委員会の津波問題の重要性についての認識が必ずしも十分なものではなかったことの表れといえよう。
津波評価手法や津波対策の有効性の評価基準を提示するのが規制関係機関の役割であるが、当委員会の調査によれば、関係機関においてそのような努力がなされた形跡は確認できていない。平成14 年3 月に津波評価技術に基づく安全性評価結果の報告が東京電力より保安院に対して行われたが、それに対して保安院から特段の指摘や指示はなかった。」
「平成20 年に東京電力は津波リスクの再検討を行った。その結果、福島第一原発において15m を超える想定波高の数値を得た。また、東京電力は、同年、佐竹健治・行谷佑一・山木滋「石巻・仙台平野における869 年貞観津波の数値シミュレーション」と題する論文(以下「佐竹論文」という。)に記載された貞観津波の波源モデルを基に波高を計算し、9m を超える数値を得た。
 しかし、東京電力は、前者については、三陸沖の波源モデルを福島沖に仮置きして試算した仮想的な数値にすぎず、後者については、佐竹論文において
波源モデルが確定していないなど、十分に根拠のある知見とは見なされないとして、福島第一原発における具体的な津波対策に着手するには至らなかった。 このように、平成20 年に津波対策を見直す契機はあったものの、その見直しはなされず、結果として今回の原子力事故を防ぐことができなかった。」

○シビアアクシデント対策に関する同報告書の記述です。(アンダーラインは筆者)
「設計上の想定を大きく上回る津波の場合、共通的な要因によって安全機能の広範な喪失が一時に生じることがあり、直ちにシビアアクシデントに至る可能性が高い。今回の事故が示したとおりである。それにもかかわらず、シビアアクシデント対策においては、これまで津波のリスクが十分には認識されていなかった。
 不幸にしてシビアアクシデントが発生した場合、それによる被害を可能な限り軽減する上で、シビアアクシデント対策が極めて重要であることが今回の事故によって実証された。原子力発電所の安全性が十分に確保されていると考えていた規制関係機関及び電力事業者は、シビアアクシデント対策を外的事象にまで拡げて積極的に推進することはしなかった。シビアアクシデント対策は、事業者の自主保安に委ねれば済むのではなく、規制関係機関が検討の上、必要な場合には法令要求事項とすべきものであることを改めて示したのが今回の事故であった。
 福島第一原発では、一度に3 基もの原子炉で深刻なトラブルが発生した。浸水により全電源が失われた中で、それに対処する備えは全くなされておらず、現場における対処を極めて困難なものとした。東京電力が津波に対して事前の対策を整備していなかったことは、極めて大きな問題点の一つであったといえよう
原子力の災害対応当たる関係機関や関係者、原子力発電所の管理・運営に当たる人々の間で、全体像を俯瞰する視点が希薄であったことは否めない。そこに
は、「想定外」の津波が襲ってきたという特異な事態だったのだから、対処しきれなかったといった弁明では済まない、原子力災害対策上の大きな問題があったというべきであろう
以上、三つの問題点から指摘できるのは、一旦事故が起きたなら、重大な被害を生じるおそれのある巨大システムの災害対策に関する基本的な考え方の枠組み(パラダイム)の転換が、求められているということであろう。
○「Ⅶ これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言」
10 おわりに のエッセンスの部分  (アンダーラインは筆者)
「原子力発電は本質的にエネルギー密度が高く、一たび失敗や事故が起こると、かつて人間が経験したことがないような大災害に発展し得る危険性がある。しかし、そのことを口にすることは難しく、関係者は、人間が制御できない可能性がある技術であることを、国民に明らかにせずに物事を考えようとした。それが端的に表れているのが「原子力は安全である。」という言葉である。一旦原子力は安全であると言ったときから、原子力の危険な部分についてどのような危険があり、事態がどのように進行するか、またそれにどのような対処をすればよいか、などについて考えるのが難しくなる。「想定外」ということが起こった背景に、このような事情があったことは否定できない。
 何かを計画、立案、実行するとき、想定なしにこれらを行うことはできない。したがって、想定すること自体は必ずやらなければならない。しかし、それと同時に、想定以外のことがあり得ることを認識すべきである。たとえどんなに発生の確率が低い事象であっても、「あり得ることは起こる。」と考えるべきである。発生確率が低いからといって、無視していいわけではない。起こり得ることを考えず、現実にそれが起こったときに、確率が低かったから仕方がないと考えるのは適切な対応ではない。確率が低い場合でも、もし起きたら取り返しのつかない事態が起きる場合には、そのような事態にならない対応を考えるべきである。今回の事故は、我々に対して、「想定外」の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している。
「Ⅶ これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言」の詳細は下記をご覧下さい。
http://jp.wsj.com/ed/pdf/111226_TEPCO/111226Honbun7Shou.pdf

○「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書に対する東京電力の反応について

 12月27日の東京新聞は東京電力の原子力・立地本部長代理が「政府の東京電力福島第1原発事故調査・検証委員会・中間報告書」の「東電が2008年に最大15.7Mの津波があり得ると試算していたのに、適切な対策をしていなかった。」との指摘に対して「仮定の試算であり、科学的合理性はなかった。」と反論したと報じています。
 また、1月17日の日本経済新聞に、国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会で、 東京電力山崎雅男副社長が「東日本大震災以前に得られた巨大津波の予測を公表しなかったのは科学的に根拠がなかったため」と主張し、地震学者の石橋克彦委員が「科学に対する侮辱。」と反論したと報じています。

 先に12月2日公表された東京電力の「福島原子力事故調査報告書」には「どうすれば事故が防げたのだろうか」についての記述が無く、反省点も述べられていません。12月7日の日本経済新聞の社説はこの報告書について、「自己弁護と責任回避の色合いがあまりに濃い。なぜ大津波や重大事故を想定外とし対策に踏み出せなかったのか納得出来る説明と検証を欠く。東電に強く働き掛け事実を明かにさせるべきだ。」と論じています。

これだけの事態が発生した後なのに、「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書の指摘の最も重要な部分、『たとえどんなに発生の確率が低い事象でも「あり得ることは起こると考えるべきである。もし起きたら取り返しのつかない事態が起きる場合にはそのような事態にならない対応を考えるべきである。」我々に対して、「想定外」の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している。』に対して、何故東京電力はかくも頑なに反論を繰り返すのでしょうか。
「想定外の事象が起こった。」との発言に、多くの国民が「想定できないことが起こったのだから仕方がない。自分たちには責任がない。」という意味の発言と受け取り、責任逃れの発言だとの印象を持ったことは間違いありません。

政府の方針、監督機関の責任もあると思いますが、このような厳しい状況を想定して対処しておくことは、事業者である東京電力の責務であった筈だと思います。 もし損害賠償責任のことを考えているのならば、こう言ったら自社の責任が軽くなると思っているのでしょうか。東京電力は現在国の支援を受け、企業に対して料金の値上げを表明しています。何度も言いますが、福島第一原子力発電所の廃炉費用・原子力損害賠償の事務コストなどを考えれば、料金の値上げをしても業績の見通しは依然暗澹たるものがあります。さすれば更なる国の支援が必要になります。それは結局国民の負担になると思います。東京電力はこういった考えのままで、企業や国民の理解を得られると思っているのでしょうか。
 東京電力は原子力発電所を稼働させることにより、過去においては利益を得ていたことを想起すべきです。東京電力自体の「事前の津波対策及びシビアアクシデント対策の不備」も今回指摘されています。
 東京電力が「想定外」の事態に関して、未だに頑なに反論を繰り返す理由が私には理解出来ません。これでは今回の福島原子力発電所事故の教訓は、東京電力では到底生かされないと思います。

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オリンパスの粉飾について想う

2012年1月10日火曜日 | ラベル: |

少し古いのですが、2011年11月16日の日本経済新聞 電子版 の記事です。
なぜウチの大口取引先で、こんなに問題が相次ぐのか」。オリンパスが損失隠しを認めた11月上旬、三井住友FGの幹部は天を仰いだ
 私は、嘗て住友銀行に勤務致しました。後輩のこの言葉は、もし本当だったら看過出来ないという思いがします。
 私が勤務していた時に比べれば大幅に構成比率が低下していますが、それでも平成23年3月末連結資産中最大の45%を占める貸出金債権の保全、貸出先の管理の問題について他人事のような発言は何なのでしょうか。
 昔の銀行では、貸出金は預金者からお預りした資金を運用しているのだから、間違いの無いよう、貸出金の保全と貸出先の管理を十分にしなければならないと骨の髄まで叩き込まれました。
 昭和の半ば過ぎまでは自己資本が十分蓄積されていない企業が多く、企業が発展するためには銀行からお金を借りなければなりませんでした。まだ会計監査制度も十分でなかったので、粉飾決算が横行し、企業の資産内容、損益の実態を明らかにすることは銀行員の大事な仕事でした。
 6月10日のブログに書きましたが、平成18年3月に経済産業省から公表された「リスクファイナンス研究会報告書」には、
 わが国では、メインバンクは、最大の貸し出しシェアを占める債権者として、また長期安定的な株主として、企業が災害や事故等により一時的に業績が悪化しても、長期的視野に立ち、事業活動の継続や相応の収益性が見込まれる場合には、(中略)メインバンクは融資先企業のリスクファイナンスをサポートする機能を提供してきたといえる。
 しかし、企業の財務状況、金融環境の変化により、メインバンク制は次第に弱まってきており、(中略)「いざという時は、メインバンクに資金を手当てしてもらえる」と考えている企業も数多く見られるが、これまで提供されてきたメインバンクによるリスクファイナンス機能は、その提供される度合いや実現性が低下してきている点に留意する必要がある。
と記述されています。
 私は、これはいざと言う時のファイナンス機能の低下であって、貸出先の管理も疎かになっているとは思ってもいませんでした。
 私のブログで分析していますように、東京電力の事態は原子力発電所の津波に対するリスクの評価の甘さ、想定していた以上の事態に対する事前準備の不足が事故を拡大し、結果キャッシュフローに多大の問題を生じている訳です。これは国の政策、監督官庁の監督の不十分と東京電力自体の対応の不十分さの結果ですから、メインバンクとしては事前、事後の管理は殆ど不可能な事態だったと思います。従って貸出先の管理の問題では無く、メインバンクとしては政府の支援も含め、如何に東京電力のキャッシュフロー対策を立てるかが問題なのだと思います。
 記事には、
4~9月期に対応に追われ続けた東京電力問題が、特別事業計画のとりまとめで、ひとまずの決着を付けたのを待ち構えたかのようなタイミングでの取引先の不祥事発覚。
とありますが、特別事業計画の内容については、12月10日のブログに書きましたように、業績。キャッシュフローの見込みともに疑問があり、原子力損害賠償機構の支援を受けるための一時凌ぎの計画かと言う感があります。「特別事業計画のとりまとめで、ひとまずの決着を付けた」と言う日本経済新聞の記事の表現については、三井住友FGの幹部ともあろう者が「特別事業計画」が「ひとまずの決着」だと思っているとは信じられません。
 オリンパスの問題は、東京電力と同様の問題が相次いだのではなく、異った性質の問題が新たに発生したと考えるべきだと思います。揚げ足取りをするのは本意ではありません。問題はオリンパスの不祥事は三井住友FGに取って11月8日のオリンパスの発表によって判ったことだったのかということです。新聞記事のニュアンスについては、これも信じられない思いです。

 オリンパス㈱第三者委員会報告書・訂正有価証券報告、文芸春秋1月号のウッドフォード前社長の手記を読みました。
下記は、第三者委員会報告内容の概略です。
 オリンパスは1985年ころから金融資産の積極運用・所謂財テクに乗り出しました。1990年バブル崩壊以降金融資産の含み損が増大、1990年代後半には1,000億円弱の巨額に達しました。1997-1998年にかけて金融資産の会計処理が、取得原価主義から時価評価主義に転換する動きが本格化したため、連結決算から外れる海外のファンドに含み損のある金融資産を簿価で買い取らせ(所謂〈飛ばし〉です。資金は海外の銀行からオリンパスの預金・国債担保で借入)、一方国内投資事業ファンドも立ち上げました。
 安価に購入したベンチャー企業をオリンパスが高額で買い取る(オリンパスはのれん代を計上)、大型M&A案件にからみ高額の手数料をファンドに支払うなどにより資金を還流させ、買取り資金を返済しました。
 この方法で飛ばした損失は1,177億円、スキーム維持費用を含めると損失合計は1,348億円だと第三者委員会は報告しています。

 報告書は、含み損の多くが「デリバティブ」などのオフバランス取引によって生じたので、それらの損失の付け替えは発見が著しく困難であったこと、外銀に対しオリンパスは監査にあたり残高証明を求められた場合残高のみを回答し担保その他の事項は回答しなくて良いと手を回していたことなども指摘し、『飛ばし』の全貌の発見は困難であったことを認めています。
 しかし、1999年あずさ監査法人が飛ばしを発見した後徹底した監査を実施しなかったこと、その際の外部専門家委員会が十分機能しなかったこと、あずさ監査法人との意見対立の結果の新日本監査法人への業務引継が形式的だったことを問題にしています。
 さらに、企業風土はワンマン体制で社内で異論を述べられない雰囲気、経営者の透明性やガバナンスに対する意識、コンプライアンス意識の欠如、社外取締役の機能不全、監査役会の形骸化を指摘しています。起こるべくして起こったことだと言えます。
 メインバンクは1999年にあずさ監査法人が飛ばしを発見したことを仮に知らなかったとしても、その後の監査法人の交代について疑問を持たなかったのでしょうか。報告書によれば結局あずさ監査法人は適正意見書を付けた様ですが、それならばなおさら監査法人の交代には疑念が生ずる筈です。
 安価に購入したベンチャー企業をオリンパスが高額で買い取る、大型M&A案件にからみ高額の手数料をファンドに支払うなどは決算書の分析にあたり問題にならなかったのでしょうか。
 更に言えば、金融資産の積極運用・所謂財テクに走っていた企業が軒並み含み損を出していた時代に、オリンパスだけは大丈夫だったと信じていたのでしょうか。
 事態の経緯はとにかく、「メインバンクとして会社の実態を十分把握しておらずお恥ずかしい」と言う場面で、「天を仰ぐ」場面では無いと古い銀行員としては思うのですが。それとも日本経済新聞の記者の誤った印象だったのでしょうか。
 アメリカの「サーベンス・オックスリー法(SOX法)」、我が国の「金融商品取引法」の原因となった「エンロン」も不正の内容は「飛ばし」でした。10年以上前の手法が継続していたことは我が国企業の信用に関わる事態だと思います。
 SOX法の究極の目的は、エンロンやワールドコムの不正行為の結果危殆に瀕したアメリカの上場企業の信用を回復し、再発を防止するために、不正を行った経営者を厳罰に処すること(個人ついては最高500万ドルの罰金と最長20年の禁固刑が適用される)にあると私は思います。
 我が国の金融取引法の罰則はさほど厳しくはありませんが、それでも今回厳正に適用されることを望みたいと思います。(金融商品取引法は10年以下の懲役若しくは1,000万円以下の罰金、又はこれを併科)
 内部統制制度も、監査法人の監査も、社外取締役も、監査役会も経営者が絡んだ不正の場合には殆ど無力です。不正を行う経営者の再発防止への対処策は、不正を行った経営者に対する厳罰しか無いと私は思います。

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戦略的な企業財務が果たす役割 〜 アイシン精機刈谷第一工場の火災事故 ② 〜

2012年1月1日日曜日 | ラベル: |

明けましてお目出度うございます。
 4月から始めた「リスクマネジメントあれこれ」は9ヶ月を経過し、新しい年を迎えました。今年もどうかお読み下さいますようお願い申し上げます。

 昨年12月26日に「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」
の中間報告書が公表されました。
 「Ⅶ これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言・10 おわりに」に下記のように記述されています。

「原子力発電は本質的にエネルギー密度が高く、一たび失敗や事故が起こると、かつて人間が経験したことがないような大災害に発展し得る危険性がある。しかし、そのことを口にすることは難しく、関係者は、人間が制御できない可能性がある技術であることを、国民に明らかにせずに物事を考えようとした。それが端的に表れているのが〈原子力は安全である。〉という言葉である。一旦原子力は安全であると言ったときから、原子力の危険な部分についてどのような危険があり、事態がどのように進行するかまたそれにどのような対処をすればよいか、などについて考えるのが難しくなる。〈想定外〉ということが起こった背景に、このような事情があったことは否定できない。
何かを計画、立案、実行するとき、想定なしにこれらを行うことはできない。したがって、想定すること自体は必ずやらなければならない。しかし、それと同時に、想定以外のことがあり得ることを認識すべきである。
たとえどんなに発生の確率が低い事象であっても、「あり得ることは起こる。」と考えるべきである。発生確率が低いからといって、無視していいわけではない。起こり得ることを考えず、現実にそれが起こったときに、確率が低かったから仕方がないと考えるのは適切な対応ではない。確率が低い場合でも、もし起きたら取り返しのつかない事態が起きる場合には、そのような事態にならない対応を考えるべきである。今回の事故は、我々に対して、「想定外」の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している。」
 私は、5月1日のブログ「東日本大震災について思う ① 想定外と言うこと」で「原子力発電など 〈想定外のことが起こってはいけない〉場合、〈想定リスクのレベル〉について、それで良かったのかが今回シビアに問われていると考えます。」と書きました。
 9ヶ月の間の最大の話題は「東日本大震災」でした。そこで最も思うことはただ1点、「想定外とは何か」いうことです。

 一般に、企業は自社の体力などを考慮して想定リスクのレベルを定めます。そして、「想定した以上→想定外のリスク」については、全く対応がなされません。本来は「想定外のリスク」については「自己保有する」という考えであるべきなのですが、そういった先進的な企業はごく一部で、一般的には、「想定外のリスク」は「起こらない」と整理しています。「起こらない」ことに対しては、もちろん対策などは立てません。
 企業の想定した以上のリスクが発生したら企業はどうなるのかについては、例え十分な対策を講じる余裕が無くて考えたくない場合でも、企業倒産も視野に入れて予め考えておくことが必要だと私は思います。
 ブログで再三検討していますが、わが国の代表的企業であり、資産株の代表とされていた東京電力でさえ、危機に陥っています。リスクマネジメントの重要性が改めて痛感されます。

アイシン精機の事例

 前回の最後に、「事故翌期末に償還期限の来る転換社債147億8,300万円があったことが判明しました。事故の結果業績が大幅に低下すれば、株価が低落します。その結果事故翌期に転換社債の転換がなされなければ、キャッシュフローに大きく影響します。それを防ぐために、戦略的な財務対策を立てて実行したのではないかと推察されるに至りました。」と書きました。
 転換社債というのは、一定の価格で株式に転換できる権利の付いた社債です。社債発行時に転換価格が決まっています。株価が転換価格を上回っていたら株式に転換した方が利益になりますから、社債権者は株式に転換します。そうなると社債を償還しなくて済みますからキャッシュフロー上はプラスになります。
 事故発生前日の株価は1,850円、事故翌日の株価は1,770円です。社債の転換価格は1,650円でしたから転換価格スレスレでした。事故発生の結果同社の業績に不安が生じ、株価が転換価格以下に低落すれば、翌期末には社債148億円を償還しなければならなくなります。
 アイシン精機は生産復旧の早期化を行う一方で、事故期の売上高、利益の更なる増大を図って株価の低落を防ぎ、転換社債の転換を推進するという財務戦略を立て、2月1日の火災発生以降3月末までに対策を講じたのではないかというのが私の推理です。
 私は当時、アイシン精機はそこまでやるのかとやや批判的に見ていました。しかしその後発生した雪印乳業の事故や東京電力の事態の推移を見る時、「リスクファイナンス研究会報告書」の出る9年も前に、こうした戦略的なリスクファイナンスの取り組みを行っていたとすれば、そのことは高く評価されるべきことだと思うようになりました。
 火災事故の発生は、2月1日です。事故の処理の傍ら決算期末まで僅か2ヶ月の間に、売上増→利益増の戦略的な財務対策を立てて実行するには、監査法人の会計監査もありますから、色々な社内外の手続きを会計処理上問題無く遂行しなければなりません。アイシン精機はこれを確実に行ったものと思われます。
 結果、アイシン精機の株価は翌期も転換価格以上の状態を続け、転換社債14,783百万円は事故翌期の平成10年3月末の償還期限までに1,827百万円償還されただけで約130億円が株式に転換され、財務戦略は成功したと推察されます。更に事故翌期に普通社債250億円を発行し、同社のキャッシュフローの状況は事故以前の状態に回復しました。


○社債による資金調達の可否
 東京電力のキャッシュフローにおいては、福島第一原子力発電所の事故発生後社債の発行が出来なくなったため、社債の償還資金がキャッシュフローの悪化に拍車を掛けています。東京電力の23年9月30日現在の社債の残高は3兆9,769億円で、下期だけでも社債償還4,548億円がキャッシュフローを悪化させます。
 雪印乳業の場合も会社が存続する限り社債の償還は続行され、下記の表にも明らかなように社債償還の資金負担は銀行借入れの増加になっています。

○雪印乳業主要勘定科目増減                         
                                       (単位 百万円)

事故前期末
事故後2期目末
事故後3期目末(債務免除後)
12.3.31
14.3.31
12.3.31比
15.3.31
12.3.31比
現・預金
(平均月商比)
144
(0.3ヶ月)
120
(0.4ヶ月)
△24
20
(0.07ヶ月)
△122
投資有価証券
188
83
△105
50
△122
短期借入金
36
981
945
440
404
長期借入金
424
418
115
109
社 債
600
464
△136
216
△384
有利子負債計
642
1,869
1,227
771
129
*平成15年3月 メインバンクの農林中金は300億円の債務免除を行い、同時に都市銀行は債務の株式化200億円を行ったので平成15年3月末に借入金は500億円減少しています。その上減資・増資の結果更に借入金が減少しました。一方社債の償還は確実になされています。

 雪印乳業、東京電力何れのケースでも、社債の償還は事故発生後のキャッシュフローを大きく悪化させています。平時においては、社債による資金調達は企業に取って大変有利な資金調達方法であることは間違いありませんが、事故後のキャッシュフロー対策の面からは社債による資金調達に頼る部分が大きいことは問題であると考えます。
 経済産業省の「リスクファイナンス研究会報告書」には下記のような記述があります。
「多くの企業は、総務部門や管財部門をリスクファイナンス担当部門として位置づけ、保険手当て部分のみを取り出して処理していることが一 般的である。しかしながら、全社的な財務戦略の中で自社のリスクファイナンスの最適化を検討するためには、こうした部門の知見と企業財務の観点を融合させることが重要である。実際、一部先進企業においては、従来の保険担当部門と財務部門等が連携あるいは一体となって、リスクファイナンスの最適化を図っているケースが見られる。(中略)  
本来リスクファイナンスは、自社の財務状況やステークホルダーからの要請、リスクの状況を勘案しつつ、財務戦略の中で効率的効果的な金融・財務手当ての最適化を図ることであり、断片的な手当てのみでは最適化が達成されているとはいえない。」
 私は銀行退職後、ある製薬会社の経理部長を経験致しました。企業では「経理・財務部門は営業・製造・研究部門とは独立した専門の世界で、他の部門が侵すべからざる神聖な世界である」ように思われました。そのせいだと思いますが、リスクマネジメント、BCPの専門家に取って資金繰りはどうも苦手の方が多いようです。
 また、私も嘗てそうでしたが、金融機関の融資の担当者はリスクマネジメントやBCP(事業継続計画)にはあまり関心を持たず、知識も持っていないと想われます。
 重要なことは「自社の財務状況やリスクの状況を勘案しつつ、財務戦略の中で効果的な金融・財務手当ての最適化を図ること」ですが、多くの企業では現状上手く行っているとは思えません。
 読者におかれましては、「リスクファイナンス研究会報告書」で主張されていることを良く理解し、アイシン精機の事例を参考にされ、一方雪印乳業や東京電力の事例を他山の石として、企業のリスクファイナンスに万全を期して頂きたいと切望致します。

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戦略的な企業財務が果たす役割 〜 アイシン精機刈谷第一工場の火災事故 ① 〜

2011年12月20日火曜日 | ラベル: |

6月10日(金曜日)のブログに、経済産業省の「リスクファイナンス研究会報告書」について書きました。同報告書には下記のような記述があります。

 「リスクが発生し顕在化し経済的損失が発生した場合に備えて、企業が運転資金、事故対策資金、復旧資金等を事前に手当てしておくこと、すなわちリスクファイナンスの重要性については未だ十分に認識されていない。*1」 
 「リスクファイナンスとは、〈企業が行う事業活動に必然的に付随するリスクについて、これらが顕在化した際の企業経営へのネガティブインパクトを緩和・抑止する財務的手法〉である。すなわち、事業活動に対して適切な財務手当てが出来ていない場合には、当該事業活動に係るリスクの顕在化により、財務基盤が毀損される可能性がある。したがって、企業の持続性や競争力を高める上で、リスクファイナンスを含めた戦略的な企業財務が果たす役割は非常に重要である。」

     *1 経済産業省 リスクファイナンス研究会報告書(平成18年3月)
       http://www.meti.go.jp/report/data/g60630aj.html

 私がキャッシュフロー・リスクの重要性を最初に実感したのは、平成9年(1997年)2月1日に起きたアイシン精機刈谷第一工場の火災事故の分析でした。この火災により、プロポーショニングバルブという、自動車のブレーキの重要な部品の供給が全面的にストップし、トヨタは3日間にわたりやむなく操業を停止し、他の取引自動車会社にも大きな影響を与えました。然し、同社は速やかに代替生産体制を確立するなど、復旧は予想外に早く、4月末には総ての内製化を完了し、トヨタ・グループの事後的な対応の強さを示した好事例だと評されました*2:。
     *2 1997年予防時報 191 森宮康 部品工場の火災とリスクマネジメント

 私は事故の財務的なインパクトを有価証券報告書のデータで分析しました。
1.業績
○損益計算書                              (単位百万円)
  平成 7 年度実績
( 事故前期 )
平成 8 年度実績
( 事故期 )
平成9度実績
(事故翌期)
( 7 4.1 - 8.3.31) (8.4.1-9.3.31) 前期比 (94.1 - 10.3.31)
売上高
477,129
519,073
41,944
521,417
売上総利益
( 同上率 )
49,243
( 10.3% )
54,992
(10.6%)
5,749
(0.3%)
46,909
( 9.0% )
営業利益
(同上率)
13,127
( 2.8% )
16,508
( 3.2% )
3,381
(0.4%)
7,283
( 1.4 %)
 経常利益
(同上率)
15,331
( 3.2 %)
18,751
( 3.6% )
3,420
(0.4%)
10,523
( 2.0% )
特別損失
 ―
7,803
7,803
△ 7,803
当期純利益
(同上率)
8,031
( 1.7% )
5,807
( 1.1% )
△ 2,224
(△ 0.6% )
10,523
( 2.0% )
月  商
39,761
43,256
3,495
43,451

 事故期の売上は前期比7.9%増、経常利益は前期比22.3%の大幅増益で、事故の損失78億3百万円負担後でも58億7百万円の利益を計上しています。事故は起こったが業績自体は順調だったということです。
 事故翌期は、売上総利益、営業利益、経常利益の各段階で金額・利益率ともに落ちています。代替生産体制確立等の事故処理対策に費用が掛ったためかと思われますが詳細は判りません。然し事故の特別損失が無いため、当期純利益は金額・利益率ともに事故期を大きく上回っています。

 2.キヤッシュフロー実績  
                                        (単位 百万円)
科  目
平成7年度実績
 (事故前期)
平成8年度実績
 (事故期)
平成9年度実績
 (事故翌期)
現預金及び一時保有の有価証券
 
46,272 31,568 17.634
 
営業活動によるキャッシュ・フロー
19,908
11,847
17,524
投資活動によるキヤッシュフロー
△ 42,632
△ 34,406
△ 28,203
事業のキヤシュフロー
△  22,724
△  22,559
△ 10,679
財務活動によるキヤッシュフロー
8,020
8,625
23,560
当期総合キヤッシュフロー
△  14,704
△  13,934
12,881
 
現金及び現金同等物の期末残高
31,568
17,634
30,515
同上 月商比
0.8 ヶ月
0.4 ヶ月
0.7 ヶ月

アイシン精機の事故期の業績は増収・増益だったのですが、営業活動によるキャッシュフローは前期比80億6,100万円(事故前期比40.15%減)の大幅な悪化になっています。業績は順調なのに何故こうなったのだろうかと思いました。
 私は本来公表の数字で分析をすることを基本にしているのですが、この点については推理をしてみることにしました。*3
     *3 ブログ・9月1日「推理小説とリスクマネジメント」参照

 念のため貸借対照表の各勘定科目の増減を見たところ、売掛金が前期末比11,867百万円、買掛金が前期末比10,265百万円増加していました。共に売上の伸び率以上に大幅に増加しています。通常売掛金の異常な増加は期末近くに大きな売上を計上した場合に生じます。買掛金の異常な増加は期末近くに大きな金額の仕入れをした場合に発生します。そこで相手先別の売掛金の増減を調べてみるとトヨタへの売掛金が前期末比6,914百万円増加していました(当時の有価証券報告書の開示内容は非常に詳細でした)。

 事故期末の売上増は売掛金の増加となり事故期中にはキャッシュになりません。一方事故対策費用は期中に発生するので、事故期のキャッシュフローが悪化したものと考えられます。
 さらに、事故翌期、通期では営業活動のキャッシュフローは事故期比5,677百万円改善していますが、事故翌期の中間決算期末9月30日の現・預金残高は前期末比6,832百万円減の5,309百万円、一時保有の有価証券も前期末比1,371百万円減少して合計では前期末比8,203百万円の大幅減になりました。
 前年同日比では、現・預金残高は8,789百万円減、一時保有の有価証券も前年同日比8,535百万円減少して、合計では前年同日比17,325百万円の大幅減になっています。
 アイシン精機は業績面では問題が無い状態であったとしても、工場の火災がキャッシュフローに与えた影響は事故翌期の前半まで及び、その影響は82億円〜173億円に達したと言えます。
 確認出来ていませんがアイシン精機におけるプロポーショニングバルブの売上比率は数%(多分5%未満)だったと思われます。その事故がこれだけ大きなキャッシュフローへのインパクトを発生させた訳です。
 アイシン精機は手元現・預金減と有価証券の売却でキャッシュフローの不足を賄い、金
融機関に融資を依頼する必要は無かったのですから、キャッシュフローの危機だったとは言えません。世間では同社のキャッシュフローのことなど当時全く問題にしていませんでした。

○資金残高推移                          (単位 百万円)
 

現・預金
一時保有の
有価証券
 合  計
 金  額
前年同日比
8.3.31
16,441
15,126
31,568
8.9.30
14,098
12,657
26,756
△10,261
9.3.31
12,141
5,49 3
17,634
△13,934
9.9.30
5,309
4,122
 9,431
△17,325
10.3.31
13,505
17,010
30,515
12,881

 古い銀行員の分析・推理の結果からは、アイシン精機は「事故期の売上高・利益のアップを図るため、期末近くにトヨタ向けを中心にかなりの売上増を図った」のだろうということになります。何故こうしたことをする必要があったのかを考えて見ることにしました。
その結果は、事故翌期末に償還期限の来る転換社債147億8,300万円があったことが判明ました。事故の結果業績が大幅に低下すれば、株価が低落します。その結果事故翌期に転換社債の転換が順調になされなければ、キャッシュフローに大きく影響します。それを防ぐために、戦略的な財務対策を立てて実行したのではないかと推察されるに至りました。詳細は次回に申し述べますが、私の推理では、アイシン精機は平成18年の経済産業省の「リスクファイナンス研究会報告書」公表の9年も前に既に「リスクファイナンスを含めた戦略的な企業財務」を実行していたのではないかと思われます。
 私はこの推理・分析の結果を通して、事故・自然災害発生時におけるキャッシュフロー対策の重要性を痛感し、これが今の私の主張の原点になっています。

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東京電力の現状と将来の見通し⑥ 〜 緊急特別事業計画に基づく業績見込みとキャッシュフロー 〜

2011年12月10日土曜日 | ラベル: |

○東京電力の福島原子力事故調査報告書について
 東京電力の福島原子力事故調査報告書(中間報告書)が12月2日に公表ましされました。そのスタンスは「当社はこれまで原子力災害に対するリスク低減に、様々な観点から取り組んで参りました。しかしながら、(中略) 結果として、整備して来た取り組みが至らず、放射性物質を外部に放出させるという、大変な事故を引き起こした事に対して深くお詫び申し上げます。」ということです。

 福島原子力発電所事故の概要は「地震に対しては、原子炉の安全維持に必要な電源は確保された。しかし、その後襲来した史上稀に見る津波により、6号機を除き全交流電源を喪失。海水ポンプの冠水により補機冷却系も機能を喪失、1-3号機は直流電源喪失により交流電源を用いない炉心冷却機能も停止。」
 津波の評価については、「設置許可に記載されている津波の高さについては、現状でも変更されていない。」 
  「本報告書では、事故当事者として、体験したこと、集約したデータ等に基に、教訓を得るべく務め、(中略)取りまとめを行いました。これらについては(中略)国内外BWRプラントの安全性向上にご活用いただきたいと考えております。」と書かれています。
 今回の事故に対して、事故発生後の対応については参考になる事が記載されていますが、私たちが一番知りたかった、「どうすれば事故が防げたのだろうか」については、反省もなく記述もありません。

○矢川元基東京大学名誉教授を委員長とする東京電力の事故調査検証委員会の意見
 下記は、同じころ公表された上記委員会の意見の抜粋です。
 「東京電力は、津波対策について、国の中央防災会議に比し積極的であったと言える。
然し、結果として今回の津波被害を防ぐに至らなかったことについては、国も専門家を含めた全体として大きく反省しなければならない。
 東電ならびに関連会社等の、今日に至るまでの献身的な働きや判断がなかったら、事態はより悪い方向に向かったかも知れない。本当に頭の下がる思いである。
 今回の事故を発生させた直接の原因は未曾有の津波である。しかし、【事故を発生させ、又事故を拡大に至らしめたものは、アクシデントマネジメントを含む、ハード面、ソフト面での事前の安全対策が十分でなかったことによる】と我々は結論する。
 東電を含む我が国の原子力関係者において、過酷事故など起こり得ないという『安全神話』を生み、そこから抜け出せなかったことが背景にあると思われる。」
大変妥当なご意見だと思いました。

○12月7日日本経済新聞の社説
 7日の日本経済新聞の社説は東京電力の福島原子力事故調査報告書について、
「自己弁護と責任回避の色合いがあまりに濃い。なぜ大津波や重大事故を想定外とし対策に踏み出せなかったのか納得出来る説明と検証を欠く。東電に強く働き掛け事実を明かにさせるべきだ。」
と論じています。 誠に我が意を得たりです。

○緊急特別事業計画に基づく業績見込みとキャッシュフロー
 平成23年11月4日、東京電力は、「10月28日付で資金援助の申請を行うとともに、同日付で主務大臣(内閣総理大臣、経済産業大臣)に対して、原子力損害賠償支援機構と共同で特別事業計画の認定を申請しておりましたが、本日、同計画について認定をいただきました。」と公表しました。
 私は、11月10日のブログで、東京電力の第2四半期決算記載のデータで連結ベースの今期業績見込みの検討をしましたが、特別事業計画には、新しく単体の今期業績計画・キャッシュフロー計画が記載されていますので、再検討致しました。
○業績比較 (単体)                                                                     (単位 億円)
  平成 22 年度実績 平成 23年度見込み
前期比増減
(22.4.1 - 23.3.31) (23.4.1 - 24.3.31)
売上高
51,463
50,818
△ 645
営業利益
 (同上率)
3,567
( 6.9 %)
△ 3,327
(△ 6.4 %)
△ 6,894
(△ 13.3 %)
経常利益又
は経常損失
(同上率)
 
2,711
( 5.3 %)
 
△ 4,122
(△ 8.1 %)
 
△ 6,833
(△ 13.4 %)
引当金増減
62
16
△ 46
特別損益
△ 10,742
△ 1,625
9,117
当期純利益
又は純損失
 (同上率)
 
△ 8,093
(△ 15.7 %)
 
△ 5,763
(△ 11.3 %)
 
2,330
( 4.4% )
月  商
4,297
4,234
4,171
 前記の計画に基づき、下期の業績見込みを試算しました。

✩業績の見通し (単体)                                                                       (単位 億円)
  平成 22 年度実績 平成 23 年度上期実績 平成 23 年度下期見込 平成 2 3年度見込み
(22.4.1 - 23.3.31) (23.4.1 - 23.9.30) (23.10.1 - 24.3.31) (23.4.1 - 24.3.31)
売上高
51,463 *
23,892
(前年同期比
 △ 3,215)
26,92 6
(前年同期比
2,570 )
50,818
(前年同期比
 △ 645)
営業利益
 (同上率)
3,567
( 6.9 %)
△  828
(△ 3.5 %)
△  2,499
(△ 9.3 %)
△ 3,327
(△ 6. 4%)
経常利益又
は経常損失
(同上率)
 
2,711
( 5.3 %)
 
 △ 1,305
(△  5.5 %)
 
△ 2,817
(△ 10.5% )
 
△ 4,122
(△ 8.1 %)
引当金増減
62
    5 
1 1
16
特別損益
△ 10,742
△   5,075
3,450
△ 1,625
当期純利益
又は純損失
 (同上率)
 
△ 8,093
(△ 15.7 %)
 
△ 6,385
(△ 26.7% )
 
622
(  2.3% )
 
△ 5,763
(△ 11.3 %)
  月  商
4,297
4,171
4,298
4,234

 最大の疑問点は、今年度下期の売上高は前年同期比2,570億円増(10.8%増)の計画だということです。全国的な節電ムードのなかで、東電だけが売上を増やせるのか。現在東京電力は節電のキャンペーンはしていないと思われますが、前年より電力消費を増やすキャンペーンもしていないと思います。売上が未達になれば業績も悪化します。
 また営業利益率が更に悪化する理由は発表の資料からは良く分かりません。

 ○ キヤッシュフロー見込  (単体)
                                                                                      (単位 億円)

科  目
 
平成 22 年度実績
 
平成 23 年度見込
前年同期比
増  減
現金及び現金同等物の期首残高
5,771
21,344
15,573
       
営業活動によるキャッシュ・フロー
9,234
△ 4,398
△ 13,632
投資活動によるキヤッシュフロー
△ 7,487
△ 2,803
△ 4,684
事業のキヤシュフロー
1,747
△ 7,201
△ 8,948
財務活動によるキヤッシュフロー
13,826
△  4,607
△ 18,433
当期総合キヤッシュフロー
15,573
△ 11,808
△ 27,381
       
現金及び現金同等物の期末残高
21,344
9,536
△ 11,808
 
 
5.0  ヶ月
2.3  ヶ月
△  2.7 ケ月

通期でも、極めて大幅なキャッシュフローの悪化です。

 ○ キヤッシュフロー見込 (アバウトな試算) 
                                                                                      (単位 億円)
科  目  
 上期 ( 連結 )
 
  下期 ( 単体 )
平成 23 年度見込
( 単体 )
現金及び現金同等物の期首残高
22,062
14,877
21,344
       
営業活動によるキャッシュ・フロー
△ 1,064
△ 3,334
△ 4,398
投資活動によるキヤッシュフロー
△ 2,371
△ 432
△ 2,803
事業のキヤシュフロー
△ 3,435
△ 3,766
△ 7,201
財務活動によるキヤッシュフロー
△ 3,762
△ 845
△ 4,607
当期総合キヤッシュフロー
△ 7,197
△ 4,611
△ 11,808
       
現金及び現金同等物の期末残高
14,877
9,536
9,536
同上 月商比
3.6  ヶ月
2.3  ヶ月
2.3  ヶ月

 東京電力単体の売上は先期で連結96%なので、単体のキャッシュロー見込みから上期連結キャッシュフローを引いて下期のキャッシュフローについてアバウトな試算をして見ました。
 平成23年度の経常損益が △4,122億円程度で収まるかは良くわかりません。損益が悪化すれば営業活動によるキャッシュフローも悪化します。
 下期投資活動によるキヤッシュフローは△432億円の少額になりますが、それで収まるのか。
 財務活動によるキヤッシュフローは△4,607億円で収まるのでしょうか。平成22年度期末現在、1年以内に期限が到来する固定負債は 7,748億円、平成23年度の社債償還予定額は7,479億円、計15,226億円と開示されています。アバウトな試算では、下期財務活動によるキヤッシュフローは△845億円となります。上期社債償還3,200億円後の未償還残額は4,548億円あります。資産売却がどれだけ寄与するのか判りませんが、
この金額も疑問です。 業績見込み・キャッシュフロー見込み何れにも疑問を持ちます。
 8日の日本経済新聞3面に東京電力西沢社長のインターヴュー記事が掲載されています。平成23年10月28日に 東京電力株式会社 が作成し主務大臣の認定を受けた「緊急特別事業計画」の具体的な実施手順となるアクションプラン【実行計画】を週内にも纏めるとされています。毎日新聞1面には「東電実質国有化へ」と言う見出しが踊っています。
何れも現在の計画では駄目だと言うことだと思います。
 いつも同じことを書きますが、東京電力の将来の見通しは依然暗澹たるものがあります。

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白木屋の火災とリスクマネジメント〜 利益保険について 〜

2011年12月1日木曜日 | ラベル: |

東京電力の話題が5回連続しましたので、今回は違った話題にしました。
 
COREDO 日本橋

○白木屋の火災
 東京、日本橋交差点の角にCOREDO日本橋があります。 今は跡形もありませんが、嘗てそこには老舗のデパート白木屋があり、昭和7年に大火災が発生しました。

白木屋の火災

 白木屋三百年史(昭和32年発行)には次のように記述されています。
『昭和七年(1932年)十二月十六日午前九時十五分、歳末大売出しとクリスマスデ
コレーションで店内くまなく華やかに装飾された四階玩具売場の装飾電気器具接触
部附近から突然発火、装飾用モールを伝ってかたわらに山積されてあったセルロイド
玩具にアットいう間に引火、火はたちまち店内に燃えひろがった。』
 白木屋の火災は当時としては空前のデパートの大火災であり、高層建築の火災としても未曾有のものでした。死者14名、重傷者21名を出しましたが、問屋の関係者一人を除き、死者はすべて店員でした。また重傷者もほとんどすべてが店員で、顧客の死者は一人も無かったことが国際的な賛嘆と同情を生みました。
 ニューヨークのヘラルド・トリビューン紙は翌17日の社説で「武士道」と題して、このことを賞賛しました。同じくウィメンズ・ウェア・ディリー、上海英字日報なども、白木屋の全店員が決死の救助活動を行い、多くの死傷者を店員間から出したにもかかわらず、顧客の一人をも傷つけることのなかった勇敢な行動を誉め称えました。
 また、当時としては全く異例のことですが、天皇,皇后両陛下から金一封が御下賜されました。
 12月22日、芝増上寺において合同告別式が行われました。弔辞の中で「皆様が、自分の身を犠牲にしてお客様を救い出されたことは,眞の大和魂の発露で,7,000万人の同胞が皆泣いております。」と述べられました。
 火災後一週間、12月24日に地下鉄が京橋から日本橋へ延伸開通したのに合わせ3階までを開店しました。4階以上の修理については損害調査に3ケ月を要し、保険金支払額の決定迄に時日を空費し、4階以上は6月9日に漸く開店しました。
 その間に日本橋高島屋の開店があり、花見時も過ぎる等、「有形無形の営業損失は莫大なものがあった」と白木屋三百年史に記述されています。当時はこのような損失をカバーする保険(利益保険)はまだありませんでした。白木屋の火災は、火災が企業に与える影響を今も生々しく我々に訴えかけています。

○利益保険
 利益保険とは、火災の結果、営業が休止または阻害されたために生じる損失(営業利益や経常費について生じる間接損害)をてん補する保険です。
*損害保険業界の用語で、直接原価計算における固定費にあたります。
 損害保険各社の社史を見ますと、下記のように記述されています。
① 東京火災50年史(昭和13年11月)
 白木屋の火災に就いて特に注目すべき問題は……火災後の営業休止によって意外の損害を蒙ったことから、一般に「火災後休業保険」の要望が強くなったことである。(中略)当社においては昭和4年7月、該保険の事業免許を商工省に申請してあったがいまだその免許を得るに至っていない。
② 安田火災80年史(昭和43年11月)
 利益保険は、昭和14年春漸く火災保険の条項の一つとして認可され、14年12月1日から発売した。然し予想に反してこの保険は普及をみないまま、戦時体制化の簡素化の時代に入り、自然休止のかたちとなった。
③ 東京海上80年史(昭和39年4月)
 昭和13年に利益担保火災保険の引き受けを開始したが契約量は極めて少なかった。
 昭和31年約款の改定を行って積極的に引き受けを開始し、その後契約は順調な伸びを示している。
④ 住友海上100年史(平成7年1月)
 昭和13年12月利益保険の認可を受けた。

 我が国では、工場に火災保険を掛け、なお利益保険を掛けている割合は十数%以下だと思われます。火災が起こったら、事業が中断するのは必至なのですが、何故火災保険と利益保険を同時に付保しないのか。それは、火災発生時のキャシュフロー対策の重要性が多くの企業で、未だ十分に認識されていないからです。
 白木屋の火災から79年、利益保険の認可から73年、白木屋百年史の記述から54年、経っています。我が国におけるリスク発生時のキャッシュフロー対策の遅れには、絶望的にならざるを得ません。

○白木屋の火災に関する文献をご紹介頂いたのは、旧住友海上火災保険㈱情報センター長だった故植村達男さんです。 
 植村さんは昨年12月22日に逝去されました。心から哀悼の意を表します。

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