「リスクとキャッシュフロー」について ⑦

2013年9月20日金曜日 | ラベル: |

6.キャッシュフロー検討の基礎
(3) 資金運用表
 ① 貸借対照表の比較と資金運用表の作成

   下記のような表を作成し、各勘定科目の金額の増減額を計算します。 

○比較貸借対照表                     (単位 百万円)
  科    目
/   期
/    期
 増 減 額
流動
 
資産
現金・預金
     
売掛金
     
┅ ┅ ┅
     
┅ ┅ ┅
     
流動資産 計
     
固定資産
有形固定資産
     
┅ ┅ ┅
     
┅ ┅ ┅
     
固定資産 計
     
  合  計      
流動
 
負債
買掛金
     
┅ ┅ ┅
     
短期借入金
     
┅ ┅ ┅
     
流動負債 計
     
固定負債
 長期借入金
     
┅ ┅ ┅
     
┅ ┅ ┅
     
固定負債  計
     


 
資本金
     
利益剰余金
     
資本  計
     
  合  計
     

 上記の表で、流動資産の増減金額、固定資産の増減金額、流動負債の増減金額、固定負債の増減金額、資本の増減金額を計算し、先に記述した「資金需要」と「資金調達」の基準に従って、短期資金と長期資金に分けて、資金運用表に書き入れます。

② 資金運用表 の二つのケース
 資金運用表が出来たら、最初に、長期資金から短期資金にお金が流れているか「ケース1」、短期資金から長期資金にお金が流れているか「ケース2」をみます。

○資金運用表  【ケース1】    ④ ≻ ③ の場合 
  (○○ /○ -○○ /○)          (単位百万円)
資 金 需 要
      資 金 調 達
項   目
  金  額
  項   目
金   額
 



 
流動資産増
流動負債減
 
 
 
 
 
 
 
 
 
流動資産減
流動負債増
 
( 長期から流用 )
 
 
 
 
(④ ― ③)
 
   計
• 
    計
•   
 
 
長期
資金
 
固定資産増
固定負債減
資本 減
 
( 短期へ流用 )
 
 
 
 
 
(④ ― ③)
 
固定資産減
固定負債増
資本 増
 
 
 
 
 
 
 
 
   計
•   
   計
•   
  合   計
 
  合  計
 

 長期資金の調達④が長期資金の需要③を上回っている場合は、長期資金調達で余ったお金は短期資金に流れます。短期資金の調達不足(②≼①)があれば先ず不足分に充当され、残りは現・預金の増加になります。短期資金の調達も十分な場合(②≻①)は、長期・短期資金の調達余剰分は総て現・預金増になります。前回貸借対照表のバランス  「金融基調」 で述べましたが、キャッシュフロー安定の原則からみて望ましい形です。


○資金運用表  【ケース2】    ④ ≼ ③ の場合 
  (○○ /○ -○○ /○)          (単位百万円)
資 金 需 要
      資 金 調 達
項   目
  金  額
  項   目
金   額
 



 
流動資産増
流動負債減
 
( 長期へ流用 )
 
 
 
 
 
(③- ④)
 
流動資産減
流動負債増
 
 
 
 
 
 
 
 
   計
• 
    計
•   
 
 
長期
資金
 
固定資産増
固定負債減
資本 減
 
 
 
 
 
 
 
 
 
固定資産減
固定負債増
資本 増
 
( 短期から流用 )
 
 
 
 
 
(③- ④)
   計
•   
   計
•   
  合   計
 
  合  計
 

 長期資金の調達が不足している場合です。長期資金の調達不足分を短期資金で賄うことはキャッシュフロー安定の見地からは好ましいことではありません。ただ、前回6-(1)述べましたが、今までの経営の結果、「固定資産≼(資本+固定負債)」となっている企業の場合は直ちにキャッシュフローに問題が生じないことも有り得ます。
 何れにしても、毎期「ケース1」の傾向であることがキャッシュフロー安定の見地からは望ましいと言えます。

③ 現・預金の増減は資金運用の結果である。
 現・預金の増減は資金運用表の理論上は資産の増加であり資金需要ですが、キャッシュフローの実際ではその期間の資金運用の結果です。最終的に長期・短期資金の資金調達・資金需要の過不足の結果で現・預金が増減します。
 後述する「間接法によるキャッシュフロー計算書」では現・預金の増減はその期間のキャッシュフローの結果として示されますが、資金運用表では、形の上では、現・預金の増減は短期資金の資金需要の項目に入ります。ここのところを良く理解しておいて下さい。

④資金運用表の分析・評価
 作成した資金運用表の分析・評価こそが重要です。
〇資金運用表の実例
下記は、私が銀行員の現役時代に担当した、ある衣料品販売会社の資金運用表です。
○資金運用表     (○○ /○ -○○ /○)                (単位百万円)
資 金 需 要
      資 金 調 達
項   目
  金  額
  項   目
金   額
 
 



現預金 増
受取債権増
(受取手形増
(売掛金増
棚卸資産増 )
短期貸付金増
雑流動資産増
雑流動負債減
   192
   343
   122)
   221)
   226
   125
    77
     2
支払債務増
(支払手形増)
(買掛金増)
短期借入金増
 
 
 
( 長期から流用 )
    323
( 115) 
( 208)
    431
 
 
 
(   211 )
   計    965     計     754
長期
資金
固定資産増
 
( 短期へ流用 )
   206
 
(  211)
投 融資減
長期借入金増
資本 増
     54
    285
     78
   計
   206
   計
417
  合   計
 1,171
  合  計
1,171


〇資金運用表の説明
 上記の資金運用状況の説明は下記のようになります。
1) 金融基調の動向
 先ず最初に、長期資金から短期資金にお金が流れているか、短期資金から長期資金にお金が流れているかをみると、長期資金から短期資金に211百万円流用された形になっています。従って、この期間は、長期資金についてのキャッシュフローの不安定要因は生じていないと判断出来ます。
2)短期資金について
 ③で述べたように、現・預金の増減は資金運用の結果なので除外して検討を行います。現・預金の増加192百万円を除くと、短期資金需要は773百万円になります。 
 即ち、受取債権の増加343百万円(内訳・受取手形増122百万円・売掛金増221百万円)、棚卸資産の増加226百万円、短期貸付金の増加125百万円、雑流動負債の増加77百万円、雑流動負債の減少2百万円で合計773百万円の資金需要があった訳です。
 これに対して、支払債務増323百万円(内訳支払手形増115百万円・買掛金増208百万円)の資金調達が出来たものの、なお短期資金は450百万円不足し、短期借入金を431百万円増やし、その上長期資金から流れて来た資金211百万円のうちの19百万を不足分に充当しています。残額の192百万円は手元現・預金の増加になりました。
3)長期資金について
 固定資産増206百万円の資金需要に対し、投融資減54百万円、資本増78百万円計132百万円の資金調達では74百万円不足し、長期借入金285百万円を借りています。
 長期資金調達の余りは短期資金に流れ、大半は現預金の増加になりました。
4)業績について
 この会社は、衣料品の販売で今期は年間3、255百万円の売上を挙げ、今期売上は前年比244百万円増(伸び率8%)となっています。利益率は横ばいです。
 今回は省略しますが、資金の源泉となる業績の実績・見込みを詳しく検討をすることが必要です。
 この資金運用表をどう評価すれば良いのでしょうか。
1)資金需要・資金調達内容の評価
 売上高が前期比244百万円増加しているこの企業で、受取債権増343百万円、棚卸資産増226百万円計567百万円の資金需要は妥当な金額なのでしょうか。
 支払債務増323百万円の資金調達を差し引いても、売上高が244百万円増加して、受取債権の増加額が343百万円というのは過大なのではないかと見られます。このためには、売上を増加させるのに無理をしていないか、従来の売上回収条件・仕入条件との対比などが必要になります。さらに、棚卸資産が226百万円増加しているのも過大ではないかとみられます。このためには、従来の在庫状況と対比し、伸び率8%の売上増に対し妥当な在庫の増加額なのか、デッドストックは生じていないかなどを検討しなければなりません。
 短期貸付金125百万円の増加は、子会社の設立資金の貸付けだと説明を受けています。子会社の設立の妥当性、短期貸付金として処理して良いかも検討を要します。
 長期資金の不足74百万円に対し、何故この期間に285万円もの長期資金を借り入れたかについては、現在の貸借対照表の状態や子会社を含めた将来の投資計画等により可否を判断しなければなりません。

 キャッシュフローは企業経営の結果であり、キャッシュフローを評価判断することは、最終的には企業経営の現状を判断することになります。
 昭和30年代(1955年~1965年)旧住友銀行では、前述の資金運用表の分析・
評価により企業のキャッシュフローの評価を行っていました。まだキャッシュフロー計算書など言われていなかった時代です。私は当時資金運用表の分析で企業のキャッシュフローの状況は十分に判断・評価出来ていたと確信しています。



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「リスクとキャッシュフロー」について ⑥

2013年9月10日火曜日 | ラベル: |

5.キャッシュフローの重要性
 我が国では永年企業の評価の尺度は、先ず売上高、次が業績でした。敗戦後の経済復興・発展期に企業は自己資本の蓄積が薄く、発展する企業はお金が足りないのが当たり前でした。その不足資金を供給していたのが銀行です。
財務諸表は、従来は①貸借対照表②損益計算書③財務諸表附属明細書・利益金処分計算書でした。しかし、2000年(平成12年)3月決算期から、上場企業には欧米基準に準拠した「キャシュフロー計算書」が加わりました。
 企業の資金繰り(キャッシュフロー)は、企業の損益と勘定科目の金額の変動の結果です。欧米では「事業活動の結果得られるキャシュフローの金額が企業の価値を決める」とされています。わが国では、まだキャッシュフロー重視の思想は企業に十分浸透していないように思われます。
 企業の損益計算書を見て、企業の資金の源泉である損益を把握し、貸借対照表の各勘定科目の増減を比較して、利益によってもたらされた資金がどのように増減したかを検討します。「間接法によるキャッシュフロー」の検討です。
 然し、多くの中小企業では、実際の収支の実績による資金繰り「直接法によるキャッシュフロー」によって実務が行われています。
 企業は、①貸借対照表・②損益計算書・③直接、間接キャッシュフロー計算書の3者を結びつけたキャッシュフローの検討を行わなければなりません。以前は銀行が或る程度こうした見地からの分析を行っていましが、今は望めません。中小企業でも貸借対照表・損益計算書・直接・間接キャッシュフロー計算書の3者を結びつけてキャッシュフローを判断すべきです。
 事業を継続するための、最後の決め手は「キャッシュフロー・お金が回るか」です。基本的なキャッシュフローの検討の考え方をご説明致します。

6.キャッシュフロー検討の基礎
(1)貸借対照表のバランス  「金融基調」 


〔固定資産 + 固定的資産〕-〔長期引当金 + 長期負債 + 自己資本〕=金融基調 
                              (+ or  -)

 キャッシュフローの検討にあたっては、先ず貸借対照表を見て、「企業の固定資産や固定的資産(不良在庫・デッドストックなど)が、長期引当金・長期負債と資本で賄われているかを見ます。
 私が勤務していた旧住友銀行では、(資本+固定負債〈含む長期引当金〉)―(固定資産〈含む固定的資産〉)の絶対額のことを「金融基調」といっていました。その後「金融バランス」と言い換えています。或る地方銀行では同じ考えですが、「流動性バランス」と言っておられます。
(参考書)
 ○「最新銀行員の企業診断」  今井勇  昭和58年 銀行研修社 
 ○「貸出審査の総合判断」住友銀行事業調査部 平成10年 金融財政事情研究会

  
〇 (資本+固定負債) - 固定資産 = プラス

長期資金収支安定→ 全体の資金収支(キャッシュフロー)も安定  
 
流動資産   
 
流動負債

固定負債
(含む長期引当金)
 
固定資産
(含む固定的資産)
 
 
 資 本


〇 (資本+固定負債) - 固定資産 = マイナス

長期資金収支不安定→ 全体の資金収支(キャッシュフロー)も不安定
 
流動資産
 
 
流動負債

固定資産
(含む固定的資産)
 
固定負債
(含む長期引当金)
資 本

 キャッシュフロー(資金繰り)の安定のための原則は、「固定資産」は「固定負
*1」か「資本」から生み出されたキャッシュ(お金)で購入することです。
 固定資産(1年以上長期的に保有する資産)を、1年以内に返済する借入金等(流動負債)で購入すれば、その資産が十分稼働して利益(キャッシュ)を生み出さない内に借入金を返済しなければならず、多くの場合キャッシュフローが不安定になります。
 流動資産を購入する場合に、固定負債*1(例えば長期借入金)でキャッシュ(お金)を調達した場合はキャッシュフローは逆にゆとりが出て来ます。(金利は高くなりますが)
 この考え方を比率にしたものが長期固定適合比率*2です。
 *1 固定負債とは1年以上後に弁済期限が到来する負債と定義されます。
 *2 長期固定適合比率=総固定資産 / 資本勘定+固定負債×100

 貸借対照表を見て、固定資産(含む固定的資産)の金額が(資本+固定負債〈含む長期引当金〉)の金額の範囲内に収まっていない場合は、長期資金収支(キャッシュフロー)は不安定となり、全体の資金収支(キャッシュフロー)も不安定になります。「資本+固定負債」の金額を増やす(長期借入金を増やす・資本金を増やす等)ことを考えるべきです。
 この原則を自覚していない企業も多くあります。金利が安い、長期借入金は担保が必要となる、銀行は短期資金は貸してくれるが長期資金はなかなか貸して呉れない、などの理由で、現在この原則はあまり実行されていないように思われます。

(2)直接法によるキャッシュフローの検討
 下記の表の資金収支の数字は、実際の現金の出入りの金額です。実際の現金の出入りの金額で表した資金繰り表は家庭の家計簿と同じで大変分かりやすい資金繰り表です。企業では一般にこれが使われます。この表が「直接法によるキャッシュフロー計算書」です。
○資金収支実績                        (単位 万円)
期初 手元現金
200
営 業 収 入 売上現金回収 
4800
営 業 支 出 仕入現金支払  ⓐ
3600
人件費支払い  ⓑ
800
経費支払い   ⓒ
500
決算支出等   ⓓ
100
支出小計( ⓐ + ⓑ + ⓒ+ⓓ)
5000
①営業活動による資金収支(キャッシュフロー)
△ 200
•  設備投資等の資金収支(キャッシュフロー)
500
③事業の資金収支(フリー・キヤッシュフロー(①+②)
△ 600
•  財務活動の資金収支(キャッシュフロー)
500
現金および現金同等物の増減額      ①+②+④
△ 100
期末 手元現金
100
*理解を容易にするため、事例を単純化しています。例えば仕入時と仕入れ代金支払い時、販売時期と販売代金入金時との時間差などは省略しています。また個人企業か会社かなども明らかにしていません。

 「直接法によるキャッシュフロー計算書」では、毎月の資金収支の過不足が金額ではっきりと把握出来ます。また資金繰りの見通しをつける場合も「直接法によるキャッシュフロー計算書」を作って作業をします。
 然し、「直接法によるキャッシュフロー計算書」では、どうしてそういう資金繰りになったのか、或いはなるのかの理由は判然としません。資金の過不足は明らかになりますが、赤字のためなのか、在庫の増加のためなのか、売上金の回収が上手くいっていないためなのか、等々は「直接法によるキャッシュフロー計算書」からは直ちに分析出来ません。
 日常の資金繰りでは、「直接法によるキャッシュフロー計算書」を活用していても、例えば資金繰りが苦しくなった場合に資金繰り対策を考える場合には「間接法によるキャッシュフロー計算書」に基づいて原因を明らかにして、対策を考えることになります。
 下記は、旧住友銀行の資金繰り表(直接法によるキャッシュフローの表)です。

(3)間接法によるキャッシュフローの検討  ― 中小企業の場合 ―
 企業の損益と勘定科目の金額の変動に基づいて作成した資金繰り表が「間接法によるキャッシュフロー計算書」です。日常の資金繰りは、「直接法によるキャッシュフロー計算書」を使い、資金繰り対策を樹てる場合は「間接法によるキャッシュフロー計算書」に基づいて原因を明らかにして、対策を考えるべきです。
 中小企業は上場企業と異なり「間接法によるキャッシュフロー計算書」を作っていません。中小企業の経営者は、他のデータや勘でキャッシュフローの変化の理由を把握することになります。中小企業でも「間接法によるキャッシュフロー計算書」を作成することは可能であり、また有用なので、以下このことを説明致します。
①  「資金需要」と「資金調達」
 キャッシュ(お金)が必要になることを「資金需要」といいます。キャッシュ(お金)を生み出すことを「資金調達」といいます。
A) 資金需要  
 「商品を買う」、「機械を買う」とキャッシュ(お金)が必要になります。貸借対照表で考えると、「商品を買う」と「棚卸資産→流動資産*1」が増えます。「機械を買
う」と「固定資産*2」が増えます。「資産の増加」が「資金需要」です。
*1流動資産とは、通常1年以内に現金化、費用化ができる資産(1年基準)と定義されます。
*2*固定資産とは、1年以上継続的に保有される資産と定義されます。
 また「借りているお金を返す」、「業績が悪化して損失が生じる」とキャッシュ(お金)が必要になります。貸借対照表で考えると、「借りているお金を返す」と「借入金→負債」が減少します。「業績が悪化して損失が生じる」と「資本」が減少します。「負債・資本の減少」も「資金需要」です。
b)資金調達
 「商品を売る」、「不用になった機械を売却する」とキャッシュ(お金)が生み出されます。貸借対照表で考えると、「商品を売る」と「棚卸資産→流動資産」が減少します。「不用になった機械を売却する」と「固定資産」が減少します。「資産の減少」は「資金調達」です。
 また「お金を借りる」とキャッシュ(お金)が増えます。「利益が企業に蓄積される」場合もキャッシュ(お金)が生まれます。貸借対照表で考えると「お金を借りる」と「負債」が増加します。「利益が企業に蓄積される」と貸借対照表上は「資本」が増加します。「負債と資本の増加」も「資金調達」です。
 企業の資金繰り(キャッシュフロー)は、企業の損益と勘定科目の金額の変動の結果なのですが、「資金需要と資金調達の結果」だとも言えます。そして、「資金調達の根本は企業活動から生みだされる利益」なのです。

今回はここまでです。次回以降引続きご説明致します。


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「リスクとキャッシュフロー」について ⑤

2013年9月1日日曜日 | ラベル: |

4. 「企業の将来を見る」ことの難しさ
 (1) 旧住友銀行 調査部信用調査係  ②
 私が住友銀行に入行したのは1957年です。続く1960年代も企業は自己資本の蓄積が少なく、事業の拡大の為には銀行からの借入れが必要で、しかも銀行からの資金の供給は十分ではありませんでした。
 監査法人第1号の太田哲三事務所が設立されたのは1967年です。まだ企業の監査は不十分であり、企業では銀行借入を有利にするための粉飾決算が横行していました。
 住友銀行は大阪地区を主力とし、特に纖維業界の取引先が多くありました。当時の纖維業界は季節性が強く、商品は春物・夏物・秋冬物と別れていました。夏に涼しかったり、暖冬だったりすると、商品が売れ残ります。「半値八掛五割引」と言いましたが、売れ残った季節性商品の価値は二割くらいに下落し、翌期に売ろうと思っても倉庫代を考えると殆ど価値が無くなるといった状態でした。
 纖維業者の取引銀行としては、季節の終りに企業の在庫を確認しないと、企業の状況が把握出来ません。そのため取引先の同意を得て、期末在庫を銀行がチェックすることが行われました。このためには在庫の実態と価値を判断するノウハウが必要となります。
結果、担当部門である調査部信用調査係に実地調査のノウハウが蓄積していったのだと私は思います。
 日本興業銀行(旧みずほコーポレート銀行)は重工業中心の融資を行っていました。
重工業中心に、広く製造業全般に融資していると、自行に保有する各企業のデータで各業界の動向、またその業界における当該企業のスタンスが明確になります。当時日本興業銀行の「調査月報」の内容は都市銀行にとっても大変参考になりました。
 企業の分析にあたり①財務諸表の計数の分析にとどまらず、貨幣価値をもって表現出来ない外的な経済環境とその変化、内的な経営の人的要素とその運営管理を含めて会社の実態を認識する。②場合によっては当該企業の実地調査をして判断する。③調査部信用調査係の業種別担当者による業界動向とその業界における当該企業のスタンスに基づく判断を加える。 
と言うのが旧住友銀行調査部信用調査係の企業分析でした。こうした体制を取っていた銀行は他には無かったと思います。

(2)会社分析 ―企業実態の把握
 これは、私の経験に其づく意見なのですが、前回に列挙した、企業全体を見るための検討項目の各項目を一つずつ検討して行って、最後の項目に達しても、その企業の将来に関する結論は出て来ません。何故でしょうか。
 参考書などの記述の順番に、多くの項目を分析をして終章まで行ったとしても、各項目間の判断に軽重がなければ、企業全体としてどうするかの判断は出て来ないからです。各項目のウエイト付けをどうするのか。企業を分析するにあたっては、どこが問題
なのかを先ず考えて見て、そのシナリオに従って検討しなければ結論は出ません。どこに問題があるかを予見する能力は、経験でしか身につきません。
 例えばこの企業は営業に問題があると仮定したら,全ての項目の検討を営業力強化の視点から判断する訳です。そうすれば自ら結論が見えて来ます。検討の過程で事態が当初の考え通りであったら(そういう場合が当然多いと思われます。)自信を深めて検討を続行すべきです。分析・検討している過程で、実は技術力が問題なのではないかと思われたら、弾力的にシナリオを訂正することが必要です。ここも非常に難しく、デリケートな部分です。思考の柔軟性が最も大事であると思います。
 私は推理小説を読むのが好きです。一回だけ行ったロンドンでは、早朝、宿泊先のホテルから、シャーロックホームズが住んでいた(ことになっている)「Baker Street 221b」へジョギングし、プレートを見て感激して帰って来ました。
 色々な手掛かり・情報を基に名探偵が真相を暴き出す過程は、論理力に加え、構成力・イマジネーションなどが不可欠です。企業を分析して、実態を把握認識し、将来を見極めるについても同様の能力が必要だと私は思います。
 どうやったら名探偵のような能力を身に付けることが出来るのか。若いころの旧住友銀行調査部信用調査係では、1対1の徒弟制度で身に付けさせていました。参考書にはここの部分は一切書いてありませんので、先ず「先輩の傍で先輩が企業分析の作業をするのを見る。大体理解出来たら、自分が企業分析の作業をするのを先輩に見て貰う。」こうした過程を繰り返すことによって徐々にスキルが身に付いて来ます。この場合、自分では考えられない、自分では判断が出来ないタイプの人にはスキルが身に付きません。そいう人は部署を変って貰うしかありません。また自分の考えを持つことと、頑固とは異なります。
 私はハードボイルドも読みました。レイモンド・チャンドラーの「プレイバック」の中の探偵・フィリップ・マーロウの有名な台詞「しっかりしていなかったら生きていられない。やさしくなれなかったら生きている資格がない。(清水俊二訳)」は、私が企業を分析・判断する際の基本的な心構えでした。「判断は厳しく、しかし対象企業に対しては暖かい見方をする。」と言うことです。
 こういうことは、口で言うのは易しいのですが、私の企業分析の経験は苦心惨憺の連続でした。例えば利益を増やすために架空の売上げを計上する場合、当時は伝票会計の時代でしたから、実地調査で企業の売上伝票を見せて貰い、期末に或取引先に対する多額の売上伝票があれば、出荷伝票で本当に出荷されているのか、期初に返品になっていないか等を見るとある程度売上の粉飾は見つけられました。
 問題は、このような単純な粉飾でなく、企業側が知恵を絞って利益の水増しなどの粉飾を行う場合です。「経費を架空資産として計上する。関係会社を利用して売上や利益を増やす。」等々綿密な計画に基づく組織的な粉飾は容易に発見出来ません。
 1960年代、或支店の貸付係員だった時代、製造メーカーのお得意様を訪問した時、経理課長さんに「眞崎さん、この機械のことをお調べになってみて下さいませんか。」
と言われました。ピンと来ました。その機械を工場で確認しようとしましたが、見つかりません。機械の購入伝票、納入記録、支払いの記録なども確認出来ませんでした。経費を架空の機械に変えていた訳です。こういった事実が一つ確認出来れば、その他にも粉飾があるのでは無いかと、会社に質問が出来ます。その結果粉飾を確認し、対策を講じることが出来ました。経理課長さんは、粉飾の結果会社の資金繰りがつかなくなることを憂慮され、しかし社内で告発することは不可能なので、私にヒントを与えて解決しようとされた訳です。こういうことは全く例外的な経験で、今も経理課長さんの必死の面持ちが忘れられません。
 普通は、「外的な経済環境とその変化」「当該業界の現況と当該企業の状況との対比」等が判断の役に立ちます。旧住友銀行調査部信用調査係では、業種別に担当し、支店からの稟議書を見ることで、直近のその業種の企業の業績の動向が把握出来ます。業界全体の業況が悪いなかで、その企業の業績だけが順調だという場合は、特別な事情がなければ粉飾なのでは無いないかと可成の確率で判断が出来ました。
 名探偵、企業の分析には、何れも共通の能力 〓 論理力、構成力・イマジネーション 〓などの能力が必要だと私は思います。しかもそれは、持って生まれた天性と、その後の訓練・努力と両々相俟つて始めて可能になる能力だと私は思います。

(3)キャッシュフローは偽れない
 企業が巧妙に粉飾を続けている場合,中々外部からか粉飾を確認することが出来ません。然し、キャッシュフローの動きは偽れません。
 業績が赤字であればキャッシュは不足します。損失を架空資産に隠し、或いは在庫を水増しして隠しても、お金が足りないことは解決できませんからどうしても外部借入が増加して行きます。
 「外的な経済環境とその変化」「当該業界の現況と当該企業の対比」から、その企業の業績は悪くなっているのでは無いかと思われる場合、表面の業績はまずまずでも、外部借入は着実に増大している場合は、資金需要の原因が在庫の増加や設備の増加などで説明出来る形になっていても、前段の判断に基づいて企業を眺めて,粉飾をしているのではないか疑ってみる必要があります。
 勿論何の根拠も無く,「貴社は粉飾決算をしているのではありませんか。」と言えば大問題になります。最悪の事態を想定して,日常の取引に際し、色々な事象の変化に対し注意を怠らないと言う姿勢で対処すれば、道が開ける場合もあり得ます。
 貸倒リスクのマネジメントにおいて、妙案はありません。常に企業の状況について外部環境を含め注意して行くしかないと私は思っていました。

(4)予信管理(貸倒リスクのマネジメント)
 「企業の粉飾は隠されていれば中々発見出来ない。推理することは出来る。」と言った状況で、さらに将来を見通すことは難しいことです。企業の実態を把握、経済動向・業界動向から、現状当該企業はどこに問題があるかを判断し、現状の問題点が判れば近い将来そのことが企業の業績に如何に影響してくるかが見えて来ます。目先の業績の見通しくらいは見えますが、中長期的な企業の将来を見通すことは至難の技です。
 現状あまり問題がない場合は、一定の時期(多くは決算期ごと)に繰り返し分析し、経済動向・業界動向の変化の影響を含めて、一定の時期(多くは決算期ごと)に繰り返し分析し判断します。 
 私が、旧住友銀行調査部信用調査係時代担当していた家電業界について言えば、当時は白黒テレビの時代で、カラーになり始めていました。将来ブラウン管が液晶になるなどとは全く予想も出来ませんでした。中長期的には事態の推移、変化を時間の経過とともに判断に加え、見通しを訂正していくしかありません。
 私は企業分析の仕事を通じて、経営者に求められる最も重要な資質は「変化に対する適応能力」だと確信しています。
 銀行が貸出をしている企業は支店ごとに何百とあります。全ての貸出先企業に対し詳細に分析していては仕事は回りません。そこで取引企業を問題店の大きさ・危険度によって分類し、問題のある企業を重点的に監視します。 こういったことが昔の銀行の与信管理(今で言えば貸倒リスクのマネジメント)でした。
 現在は、貸出先企業の「財務諸表の計数の分析」はコンピューターでなされていると思います。事務効率上は大変良くなっていると思います。問題は尾澤修治先生の言われる「財務諸表の計数の分析にとどまらず、貨幣価値をもって表現出来ない外的な経済環境とその変化、内的な経営の人的要素とその運営管理を含めて会社の実態を認識」しているかです。
 8月20日のブログで日本経済新聞の記事「「銀行は赤字決算をしたり、返済が1~2ヶ月滞った企業を〈その他要注意先〉として管理しており、正常債権ではあるが〈不良債権予備軍〉といわれる。金融庁の検査で不良債権とみなされると貸倒引当金を積増す必要があり、新規融資に応じられなくなっていた。」をご紹介しました。その段階で銀行は企業の将来に対する判断を放棄している訳です。
 その銀行が、今後「金融庁が銀行の自主判断を尊重することで、銀行は〈その他要注意先〉にも新規に融資できるようになる。創業期に赤字が続くベンチャー企業や、技術力はあるのに過去の投資の失敗で赤字に陥っている中小企業などが将来的な成長力や潜在力をもとに運転資金や設備資金を借りやすくなる。」という事に必要な企業の将来を見る能力をまだ保持しているのでしょうか。
 メガバンクは、中小企業に対する貸出は効率が悪くリスクが大きいので、貸倒のリスクを信用保証協会の保証に転嫁して与信管理(貸倒リスクのマネジメント)を効率化しているように私には見えます。
 1957年から1960年代、旧住友銀行の上司からは「銀行は質屋では無いよ。」と厳しく指導されました。つまり「十分な担保があるからお金を貸すと言うのでは質屋と変らない。銀行は企業の将来を見てお金を貸すのだ。」と言うことです。これは8月20日のブログでご紹介した 城南信用金庫の元理事長 小原鉄五郎氏の「私の体験的金融論・貸すも親切貸さぬも親切」の「もともと庶民金融は担保が十分有るから貸そう、利息も元金も取りはぐれがなさそうだから貸そうというものではないはずである。その人が手掛けようとしている仕事がうまくいくか、いかないか。どうすればうまくいくかを相手の身になって考えて、その上でおカネを貸すようにしなければならない。」
というお言葉にも通じることだと思います。
 中小企業に対する貸出が大きなウエイトを占める、地方銀行や信用金庫には、まだ企業を見て貸出をするノウハウが残っていると私は信じています。
 与信管理を通じ、ある場合は企業に苦言を呈し、取引先企業の健全な発展に貢献しない銀行は、CSR(企業の社会的責任)を放棄していると私は思います。
 今、テレビで「半沢直樹」が大評判ですが、私どもの時代とのあまりの相違に驚くばかりです。昔は(こんなことを言うのは老人のたわごとかも知れませんが、7月20日のブログに書きましたように)メインバンクはある時は企業に苦言を呈し、その代わり責任を持って融資もしていました。
 今の銀行の在り方を批判しても事態は改善されません。経営者はご自分の事業の現状をシビアに認識し、今後如何に経営すべきかをご自分で判断し、銀行にも理解を求めて行くしかないと私は思います。

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「リスクとキャッシュフロー」について ④

2013年8月20日火曜日 | ラベル: |

3.企業の将来を見る
 8月17日(土)の日本経済新聞1面に、「金融庁は1990年代はじめのバブル崩壊後の不良債権処理を目的とした検査の見直しの検討を始めた。」と報じられています。
 同記事によれば、「銀行は赤字決算をしたり、返済が1~2ヶ月滞った企業を〈その他要注意先〉として管理しており、正常債権ではあるが〈不良債権予備軍〉といわれる。金融庁の検査で不良債権とみなされると貸倒引当金を積増す必要があり、新規融資に応じられなくなっていた。」「(見直しの)最大のポイントは融資先の査定を銀行に任せることだ。仮に倒産しても銀行の経営に響かない中小企業向けの融資は,原則銀行の自己査定を尊重する。大口融資も検査対象にする範囲を小さくする。」「金融庁が銀行の自主判断を尊重することで、銀行は〈その他要注意先〉にも新規に融資できるようになる。創業期に赤字が続くベンチャー企業や、技術力はあるのに過去の投資の失敗で赤字に陥っている中小企業などが将来的な成長力や潜在力をもとに運転資金や設備資金を借りやすくなる。」「金融庁が検査体制を見直すのは、バブル期のように甘い自己査定が原因で銀行の経営が揺らぐリスクが遠のいたからだ。また、金融危機が去って銀行の体力が回復したのに融資が伸悩む背景には、金融庁検査で細かく銀行を拘束しすぎる弊害があると判断した。」と記述されています。誠に尤もなことで、銀行融資の本来あるべき姿に戻ることになるのだと思います。
 今後、銀行に求められるものは「企業の将来を見る」能力です。

(1)「会社分析」
 旧住友銀行のOBで後、後に朝日監査法人理事長、日本公認会計士協会会長になられた小澤修冶氏の「会社分析」(春秋社1956年)には『一般には「経営分析」の意味するところは、貸借対照表・損益計算書、その他財務諸表によって会社の資産内容などを分析してその適否・欠陥・傾向などを発見する方法である。』『「会社分析」と題した所以は、財務諸表の計数の分析にとどまらず、貨幣価値をもって表現出来ない外的な経済環境とその変化、内的な経営の人的要素とその運営管理を含めて会社の実態を認識すべきである。(序文)』という考えが書かれています。この本はこうした考えの基に書かれた、定性的な分析を加味した経営分析論の古典ともいうべき本です。こうした考えが旧住友銀行の企業分析の伝統で、その後も「最新銀行員の企業診断」(銀行研修社1983年)などの本にこの伝統が受け継がれています。
 もともと「会社分析」は、アメリカにおいて銀行が融資するに当たって、融資先から財務諸表の提出を求め、これを分析してその支払能力を判断するところから発展したものです。会社を分析する目的・対象・方法は、分析を行う主体(会社内部・金融機関・投資家など)のそれぞれの立場と性格によって、自ら目的が異なり、資料も限定され、方法も変わってくることになります。
 銀行の場合は、貸出金が貸倒れにならないよう、企業の将来を見通すために企業の分析を行う必要があります。
 企業のキャッシュフロー(資金繰り)は企業経営の結果です。キャッシュフロー(資金繰り)の見通しの根本は、今後企業が如何に経営されていくかに帰着します。企業のキャッシュフロー(資金繰り)については、当該企業の将来はどうなるかを根本的に検討した上で対策を考えるべきです。技術的なことは、その後に必要となります。

 
(2)企業全体を見る。(定性的項目も含めて企業を判断する)
 小澤修冶氏の言われる、貨幣価値をもって表現出来ない外的な経済環境とその変化、内的な経営の人的要素とその運営管理を含めて会社の実態を認識すべき項目について考えてみます。
① 外的な経済環境の変化について
 企業業績が外的な経済環境の変化によって左右されることは避けがたい運命です。企業は如何に対応していくか。これは経営者の判断に掛かっています。
 中小企業の場合は外的な経済環境の変化に抗することは到底不可能です。自助努力と政府の中小企業対策を活用するしかありません。毎年出版される、中小企業庁の「中小企業施策利用ガイドブック」に眼を通されることをお勧め致します。
http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/index.html

② 経営者について
 企業が利益を挙げて存続していく為には経営者の資質が最も重要であることは誰しも異存がないことです。銀行員として永年企業とお付き合いしての私の結論は、「優れたワンマン経営者による経営がベスト」です。「優れた」という意味は、「部下の意見を良く聞き、外的な経済環境の変化に対する対応力を有する」ことだと思います。「ワンマン経営者」とは、「リーダーシップのある経営者」と言い換えられます。合議制による経営は、優れたワンマン経営者がいない場合の次善の策だと思います。
また我が国では、特に地方に業歴数百年という老舗企業が数多く存在していますので、一慨に世襲が悪いとは結論付けられません。

③ 企業全体を見る検討項目の例(製造業のケース)
 

 下記に縷々列挙していますが、過去の損益・キャッシュフローの実績だけでなく、それを齎した企業全体の状況と、それに基いた当該企業の将来の損益・キャッシュフローの見通しを考慮して、貸出金の安全性を判断しなければならないということです。
 その場合、支店の現場では個々の企業について分かっていても、数多くある業種の業界事情は十分には分かりませんので、旧住友銀行では後述するように調査部の信用調査係が業界別の立場からの意見を加えて、審査部とのダブルチェックを行っていました。

【 検討項目の例 】
1.会社の形態
 (1)設立(2)資本金(3)役員(4)株主(5)大株主 一族の保有状況       
2.会社の沿革及び経営
  (1)沿革 資本金推移 (2)経営の状況
4.営業の状況
  (1)扱い品
  (2)仕入 (イ)主要仕入先別仕入れ状況 (ロ)仕入決済条件
  (3)販売 (イ)品種別売上高 (ロ)受注残高推移 
        (ハ)主要販売先別販売実績       
        (ニ)販売決済条件
  (4)工場概観   技術水準 
  (5)業界における地位    同一製品の他社生産実績
5.業績の推移 
  (1)過去の推移 実際損益明細 連結損益明細    
  (2)部門別損益 子会社損益            
  (3)部門別損益分岐点 変動費・固定費明細 変動費率 限界利益率
  (4)見通しと対策 (イ)業績見通し (ロ)長期的見通しと対策
     製造原価明細 一般管理費販売費明細 利益金処分
6.資産の状況
  (1)実力 (表面自己資本+査定益―査定損=正味実力)  
  (2)貸借対照表
  (3)付保状況
  (4)担保権設定状況   

7.金融
 (1)金融基調 〔固定資産+固定的資産〕-〔長期引当金+固定負債+自己資本〕
=金融基調 *(+ or -)   
    主要財務比率    
 (2)資金移動(運用)状況  
     (イ)  / 〜 /  間の金繰り(資金移動)実績 
     (ロ)  / 〜 /  間の金繰り(資金移動)実績 
    (ハ)  / 〜 /  間の金繰り(資金移動)見通し 
     銀行別借入予想 ○年○月借入状況 当行与信及び担保
 8.関係会社
   (1)○○会社  設立 資本金 代表者 従業員    
             貸借対照表 実力  
   (2)○○会社  設立 資本金 代表者 従業員            
             貸借対照表 実力  
   (3)○○会社  設立 資本金 代表者 従業員    
             貸借対照表 実力  
(参考)
 ○貸借対照表内訳及び査定明細  (内容省略)
                         不良資産の内容・実際の資産価値等を実地調
                         査して査定益・査定損を算定

  *金融基調 短期資金繰りの判断    

 固定資産―(自己資本+固定負債)=金融基調 ( + or - )


流動資産
  流動負債

 
(金融基調  ―  )

固定資産
 
  固定負債
 
  自己資本

 固定資産を流動負債で賄っている場合(金融基調 マイナス)の場合は、
 短期資金繰りは不安定だと判断します。

流動資産   
 
流動負債
 
固定負債
 
(金融基調 +)
 
固定資産
自己資本

 流動資産を固定負債で賄っている場合(金融基調 プラス)の場合は、
 短期資金繰り上はプラスだと判断します。

(3)旧住友銀行 調査部信用調査係
 私は旧住友銀行入行後4年目に、東京調査部信用調査係に転勤しました。 旧住友銀行の調査部は大阪の調査部と東京調査部があり、各部は信用調査係と経済調査係に分かれていました。
〇経済調査係 マクロ経済 海外・国内経済情勢の分析。
      ・他行の調査部門は経済調査が主体だったかと思われます。
〇信用調査係 業種別業界事情調査・企業の実地調査・企業の格付けの実施。
      ・他行の信用調査(事業調査と言う場合が多かったと思います)部門は業
       種別の業界事情調査が主体だったかと思われます。       
 旧住友銀行の調査部信用調査係は企業の実地調査→実調を行う点に特色がありまし
た。業績・決算内容に問題がある企業・または銀行として取引を推進したい企業につ
いて、実地調査の上,調書を作成していました(後述)。
 更に、実調の場合、机上検討の場合ともに、自行としての企業の評価→格付けを行っていました。(評点 A・B・C上・C・C下・D)
 申請書(稟議書)のチェックを、審査部と調査部の2部門で行っていました。旧住友銀行のダブルチェック システムと言います。即ち、 
 審査部→原則支店単位 与信の安全性・取引採算等の見地から審査。
 調査部→業種別(調査部所見 業界の現状から見た与信の安全性のチェック)
     調査部の業界別担当者は自己の業界調査の結果と、支店からの申請書を業種別に見ることによって最新の担当業界の業況を把握出来る。業況の悪い業種で、もし業況が良い企業があれば、それは特殊事情があるのか、粉飾であると判断されます。 

 それでは、銀行員には企業の将来は良く見えるのか。これは非常に難しいことだと私は思います。
 私が東京調査部信用調査係に勤務しいていた,1960年代には「リスクマネジメント」と言う言葉はありませんでしたが、銀行支店の融資部門・本部の審査部門・調査部門は全体として、今で言う「与信リスクマネジメント」或いは「貸倒リスクのマネジメント」を行っていた訳です。 
 私は、調査部時代、支店融資部門(旧住友銀行では貸付係)時代、審査部時代、支店長時代にそれぞれ行った企業の将来に対する私の判断が正しかったか,出来るだけその後の推移をフォローするようにしていました。短期的にはある程度は予測出来ますが、中・長期的には「神のみぞ知ることだ」とさえ思えました。それでもリスクを最小にする為には、判断の試行錯誤を繰り返し、なるべく企業の将来が良く見えるように終始努力を続けるしかありません。この点についても、後述する積りです。
 冒頭の記事に言う、「銀行は〈その他要注意先〉にも新規に融資できるようになる。創業期に赤字が続くベンチャー企業や、技術力はあるのに過去の投資の失敗で赤字に陥っている中小企業などが将来的な成長力や潜在力をもとに運転資金や設備資金を借りやすくなる。」為には、銀行員は今後大いに勉強しなければ世の中の期待には添えないと私は思います。

 (4)貸すも親切貸さぬも親切
 私が若かった1960年代は、我が国全体として銀行からの資金供給が十分でなく、また企業の自己資本の蓄積も少なかった時代でした。企業の自己資本が不十分なまま銀行からの借り入れによって業容の拡大を続けていた時代に、銀行は運転資金貸出の部分は担保がないまま融資を行わざるを得ませんでした。従って企業が倒産すれば、都市銀行は必ず損失を蒙りました。では、貸倒れのリスクをどう扱うのか。
城南信用金庫の元理事長 小原鉄五郎氏の「私の体験的金融論・貸すも親切貸さぬも親切」(東洋経済新報社・1983年)には次のように書かれています。
「もともと庶民金融は担保が十分有るから貸そう、利息も元金も取りはぐれがなさそうだから貸そうというものではないはずである。その人が手掛けようとしている仕事がうまくいくか、いかないか。どうすればうまくいくかを相手の身になって考えて、その上でおカネを貸すようにしなければならない。考えてみて、どうもこれはまずいと思ったときには、どんないい担保があっても〝これはおやめになったらどうです〞と説得する。(中略)リスクは当然ある。借り手が一生懸命やっても、景気やめぐりあわせでどうしようもない貸倒れも出てくる。しかしそれはやむをえない。貸倒れはないに越したことはないが、それを恐れて安全・安全といって自分が損をしないことばかり考えていたのでは、本当の生きた中小企業金融は出来ない。」(同書50-61ページ) 
私は、銀行員の現役時代に大変感銘した記述でした。
 ある程度の貸倒リスクを想定して、金利水準を決め融資することが、わが国の現状では如何に難しいことか。中小企業金融はのありかたは、今でも小原鉄五郎氏の言われる通りだと私は思います。

次回は、「企業の将来を見る」ことの難しさについて,私の経験に基づく意見を書きます。


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「リスクとキャッシュフロー」について ③

2013年8月10日土曜日 | ラベル: |

2.メインバンクによるリスクファイナンス機能の例 ・
 安宅産業のケース  ―メインバンクとしての公共的使命―

(6)安宅産業のケースに対する私見
① メインバンクの対応としてそれで良かったのか。
 安宅産業の損失は住友銀行・協和銀行他16行で負担しました。住友銀行はメインバンクとして最大の負担をした上、その後エーシー産業の損失も負担しました。
 1975年9月末の住友銀行の安宅産業に対する貸出金は670億円、安宅アメリカに対する4貸出しは5,100萬ドル(1ドル307円として、157億円)でした。(住友銀行90年史P.672)もし、安宅産業を倒産させていたら、住友銀行の損害は約830億円以下に止まっていた筈です。
 伊藤忠商事との合併交渉、伊藤忠商事が承継する商権・人員の範囲、散逸する商権の確保、安宅産業の人員整理、残余の事業の継続・整理等をメインバンクが一手に引き受けたため、巷間安宅産業の生体解剖だと酷評されました。
 安宅産業の倒産を防いだ結果、住友銀行は1977年9月末の決算で、安宅産業およびATCに対する貸付金のうち1,132億円を償却しました。1975年9月末の貸出金残高比約300億円のプラスです。
 更に、前回書きましたように、伊藤忠に継承されない関係会社株式・不動産・美術品(安宅コレクション)などの不稼動資産を移し、管理・精算を行う受け皿会社として設立したエーシー産業について、1993年精算終了までに住友銀行は676億円を償却しました。貸出金利息の棚上げ分を合算すると住友銀行の経済的な負担額は2,000億円を上回ったと考えられます。1975年9月末の住友銀行の安宅産業に対する貸出金残高対比2.4倍、1,170億円のプラスです。一方下位取引銀行、外国銀行、一般債権者の債権は全額決済されました。 メインバンクとして、これほど過酷な負担をしたケースは他にあるのか、私は寡聞にして知りません。
 1975年12月7日、毎日新聞が安宅アメリカの多額の焦げ付きをスクープした時点で、安宅産業が自力による再建は既に不可能な状態にあったということはメインバンク・大蔵省・日本銀行以外は誰も知らないことでした。勿論伊藤忠商事も世の中も。
 安宅産業が倒産したら、あたかも昭和初期の経済恐慌のような事態となることが必至の状況であり、住友銀行他メインバンクはこうした事態から生ずる社会的混乱を回避することが社会の公器たる金融機関の使命であるとの認識に立って、メインバンクとしての努力を行った訳ですが、そこに至る経緯は世の中には全く知られていないと思います。
「住友銀行90年史」、「ある総合商社の挫折」を読んでこの間の経緯を理解している人がいるとは到底思えません。
 貸出金償却の他にも、安宅産業へ出向した12名に加え、住友銀行では、1975年12月早々、安宅産業問題を一般業務から切離して副頭取磯田一郎(後に頭取)の担当とし、磯田副頭取の統括の下に、常務取締役樋口広太郎はじめ、本店営業部長・企画部長・融資第一部長・調査第二部長・国際管理部長らを動員して特別チームを編成し、この問題に取り組む緊急体制を整えました。1975年には安宅問題担当部として融資第三部を設置しています。これらの部門の人件費・経費の負担もあります。
 さらに、伊藤忠商事の継承しない纖維・木材・建材・マンション建設販売・不動産開発部門および農産部門の一部などが切り放なされて、安宅纖維・安宅建材・安宅木材・安宅地所・安宅農水産などが発足しましたが、これらの会社にも住友銀行から人材が派遣されました。私の知っている同僚で遠くアメリカの僻地まで赴任して、安宅産業の事業の整理にあたった人もいます。こうしたことも考えれば、住友銀行の負担は容易ならざるものであったと思います。
 これだけのことを行いながら、住友銀行の銀行業務は他行に負けないで整斉と行われていました。後で述べますが、「住友銀行の問題企業に対する処理能力は十分にある。」と一般行員は経営陣を信頼していましたから、安宅産業処理に対する住友銀行行員の不安は皆無で、志氣の低下もなかったと私は断言出来ます。
 私は当時岐阜支店長をしていました。支店の向かい角に岐阜信用金庫の本店があり、ある時岐阜信用金庫の融資担当役員から、「割引いていた安宅産業の手形が全て決済されたので地場の纖維業界をはじめ、当金庫も非常に助かりました。」とお礼を言われ、こういうことだったのかと自行の行ったことの意味を改めて実感しました。
 1975年12月の安宅アメリカの多額の焦げ付きのスクープ後、主力2行から安宅産業の全取引銀行に対して従前通リの取引継続を要請しました。安宅産業への新規貸増しは住友・協和・住友信託・東京・三菱・三井の上位取引6行が支援することで合意し、1976年3月から6行による協調融資が実行され、国際的な信用不安や安宅倒産という最悪の事態は回避されました。
 企業の危機に際してメインバンクの支援方針の表明は当時は必要不可欠なことでした。今日では、必ずしもそうではないように思われます。
 「ある総合商社の挫折」の記述の中に、1976年1月に伊藤忠との合併に反対し、自主再建を唱えて結成された安宅労組に安宅ファミリーから労組発足のお祝いが届けられたという話が書かれています。「伊藤忠との合併により安宅ファミリーが追放されることに対する考慮だと思われ、労組はお祝いの受取りを断った。」と記述されています。安宅ファミリーはその時点で、安宅産業の自主再建が可能だと思っていたのか。安宅産業の現状に対する安宅ファミリーの認識は、誠に如何なものかと思わせるエピソードだと思います。
 企業の危機に際し、メインバンクが自行の損失の増大を覚悟の上で支援を継続し、企業の破綻を回避したということについて、現在であれば外国人の株主などから異議が出るかも知れません。私の記憶する限り、当時メインバンクの損失に対する世の中や株主からの批判はありませんでした。ましてやメインバンクとして出過ぎたことをしたという批判もありませんでした。多分世の中や株主は今回書いたような事実をはっきり認識していなかったのだと思います。
 前にも引用しましたが、「ある総合商社の挫折」の「まえがき」には、『我々は、この衝撃的な出来事を一私企業の悲劇としてだけでなく、日本経済の転換期に起きた極めて象徴的な経済事件として捉えたいと考えた。(中略)死に体の安宅産業をいかに影響少なく消滅させるか、それが政府.日銀を巻き込んだ、「日本株式会社」の総力戦の下で行われた企業解体の実態であった。』と記述されています。
 「ジャパン アズ ナンバーワン」という本が出版されたのは1979年です。まだ国際的信用に乏しかった「日本株式会社」としては、メインバンクに頼って、安宅産業をいかに影響少なく消滅させるかの総力戦を行ったのだと思います。
 私は、住友銀行はじめメインバンクは「企業の社会的責任」を果たしたと思います。

② メインバンクのガバナンスの限界について
 住友銀行90年史P.669には、住友銀行の頭取堀田庄三の勧奨による住友商事と安
宅産業の合併が安宅家の反対により実現しなかったことについて、「この事実は、合併を勧奨した堀田にとって、返す返すも残念なことであった。もし住友商事との合併が成立していたならば、今回のような事態は起きなかったであろうし、安宅産業にとっても不幸な結末を招くことはなかったにちがいない。」と記述されています。
 通常社史には意見は書かれないことが多いと思いますが、堀田頭取に取っても、また多額の追加損失を負担した住友銀行に取っても切実な思いだったのだと思います。
 自己資本が少ない時代、企業の発展のためには銀行から融資を受けるのが不可欠の時代にあって、メインバンクの意見は企業に取って避けて通れないものでしたが、創業家の威光で会社を私物化しているような場合は、忠告が無視されます。メインバンクのガバナンスの限界と言えます。しかし、それだけに結果として当該企業が破綻に瀕した場合には創業家の責任が大きいと言えます。
 コーポレート・ガバナンスを考える場合、現在はメインバンクのガバナンスは殆ど存在しないと思います。しかし、同時に経済産業省の「リスクファイナンス研究会報告書」に言う、「メインバンクによるリスクファイナンス機能も提供される度合いや実現性が低下してきている点に留意する必要がある。」と私は思います。
 メインバンクが苦言を呈さない(或いは呈する能力が無くなっている)現状では、企業自体がリスクファイナンスの重要性を自覚し、自らリスクファイナンス対策を講ずべきだと思います。
 「リスクファイナンス研究会報告書」の言う、『「いざという時は、メインバンクに資金を手当てしてもらえる」と考えている企業も数多く見られるが、これまで提供されてきたメインバンクによるリスクファイナンス機能は、その提供される度合いや実現性が低下してきている点に留意する必要がある。』という事実を企業はシリアスに考えるべきだと思います。
 なお、当時住友銀行からは元役員が安宅産業の副社長になっていました。メインバンクとして経営の実態を知らなかったでは済みません。副社長でも経営の実態を隠されていれば判らない場合もあるとは思いますが世間的には通用しません。
 私は派遣されていた元役員の方が、国際業務畑のご出身で、後で書きます住友銀行の伝統である融資・企業調査畑の方でなかったことも残念なことだったと思います。当該企業に勤務し役員会に出席していれば、例えつんぼ桟敷にあったとしても、企業の管理状況は見える筈だと私は思います。役員の派遣も諸刃の刃です。

③ 企業経営私物化の弊害
 前に書きましたように、1966年に住友銀行の頭取堀田庄三は、「安宅産業の人材の
欠乏と安宅家との癒着関係(創業者安宅弥吉はすでに亡く、2代目英一の時代に入り、株式を公開し、安宅家の持ち株は極めて僅少になっていて、同社は安宅家の持ち物では無くなっていたにも関わらず前近代的な内部事情が解消されていなかった)を憂慮して住友商事との合併を勧奨しました。
 「ある総合商社の挫折」P.70には,『安宅産業の創業者弥吉翁の長男であり、安宅家の当主である英一氏は持株こそ安宅産業全株式の2%にも満たなかったが、「安宅産業は安宅家の会社であるという考えの持主」で、それに対し社員のほうもあえて異議を挟まないというのが、安宅産業独特の社風でもあった。(中略)その英一氏からみれば番頭に過ぎない社長が、安宅家の意向も確かめず進めた住友商事との合併構想は英一氏の逆鱗に触れるところとなった。』と記述されています。「堀田頭取が,安宅産業の前途に不安を抱いた理由の一つはこうした責任・権限がはっきりしないまま行われる安宅家の経営への介入と公私混同の行動にあった。」と同書P.71に記述されています。メインバンクの忠告を、事実上経営の実権を握る創業家に拒否され、社長が従えば、それ以上はメインバンクも介入出来ない訳です。

④ 東洋陶磁美術館
 高麗・朝鮮時代の朝鮮陶磁、中国陶磁を中心に、国宝 2件、国の重要文化財 13件
を含む安宅コレクションは、安宅産業株式会社および創業家二代目の安宅英一氏が社業の傍ら東洋陶磁を収集したものです。安宅産業の破綻後、安宅産業の資産として、先に述べたエーシー産業に安宅コレクションも引き継がれました。
 貴重で体系的なコレクションの散逸を惜しむ各方面の意見により、1980年(昭和55年)3月に住友銀行頭取磯田一郎は公共機関に寄托することが最もふさわしいと判断し、大阪市への寄贈を決めました。住友銀行を中心とした住友グループ21社の協力のもと、965件、約1000点の買い取り資金総額152億円が1982年(昭和57年)3月までの2年間に大阪市の文化振興基金に寄付され、美術館の建築資金18億円は、基金の定期預金の利息で賄われました。
 〇東洋陶磁美術館



 大阪の中之島公会堂の前にある東洋陶磁美術館は,私のような古い住友銀行員にとっては痛恨の事態のモニュメントです。
 私は安宅産業の破綻の責任は、挙げて安宅家にあると思います。

 次回からは,私も所属した住友銀行の問題企業に対する処理能力の原泉である調査部
の企業調査のことについて書きます。


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「リスクとキャッシュフロー」について  ②

2013年8月1日木曜日 | ラベル: |

2.メインバンクによるリスクファイナンス機能の例 ・
 安宅産業のケース  ―メインバンクとしての公共的使命―

(5)伊藤忠商事との合併の軌跡 ②
 1976年(昭和51年)1月17日「伊藤忠商事と安宅産業は全面的な業務提携に入る。」旨が発表されると、同日住友銀行から最高顧問に常務取締役(後に頭取)小松康他12名が派遣され、協和銀行からも酒井良彦取締役が派遣されました。伊藤忠商事からはやや遅れ、3月に松井弥之助最高顧問(前タキロン社長)他11名のスタフの派遣が決まりました。
 伊藤忠商事との業務提携を機に、主力2行から安宅の全取引銀行に対して従前通リの取引継続を要請、安宅産業への新規貸増しは住友・協和・住友信託・東京・三菱・三井の上位取引6行が支援することで合意し、1976年3月から6行による協調融資が実行され、国際的な信用不安や安宅倒産などの最悪の事態はとりあえず回避されました
 安宅の経営陣は、経営危機の責任をとって1976年6月に辞任、安宅産業会長に松井弥之助(前タキロン社長)、社長に小松康(住友銀行常務)、副社長に田中秀幸(協和銀行常務取締役)が6月末の総会終了と同時に正式に就任しました。
 一方、安宅産業はNRC関係の債権・債務を1976年1月31日にATC(アトランティック・トレーディング・コーポレーション)に移管し、ATCはNRCと子会社のPRC両社の破産を申し立て、ニューファウンドランド州裁判所で1976年3月両社の破産宣告が下されました。
 「この後、安宅産業の財務内容の整理、希望退職者の募集、主力2行による再就職先の斡旋、伊藤忠商事と両行の間で合併で引続がれるべき商権や社員の人数を巡る意見調整など、当事者には、かって経験したことのない困難な仕事が続いたが、ここでは立ち入らない。」と「住友銀行90年史」に記述されています。
 「ある総合商社の挫折」の記述によれば、住友銀行は伊藤忠商事に依頼を持ちかけた段階で「迷惑は一切かけない。」と、安宅産業再建に伴う損失はすべて銀行側が被ると内外に公約していました。
 伊藤忠商事側としては合併のためには、安宅産業自体の経営が黒字基調に回復すること、関係会社の内容・営業成績の見通し、労使関係の正常化などが前提となるが、なかなか判然としない。安宅産業との合併はメリットどころ伊藤忠商事に大きな負担を及ぼしかねないかもしれない。しかし、永年のメインバンクの申し出であり、無碍には出来ない。という悩みがありました。
 1976年8月には瀬島龍三伊藤忠商事副社長(当時)が伊藤忠商事側の最高責任者になりました。瀬島龍三氏は陸軍大学を主席で卒業した第2次世界大戦時の陸軍の参謀で、伊藤忠商事の発展に辣腕をふるったとされる人物です。
 住友銀行・伊藤忠商事間でシビアな交渉が続けられました。その間にも商権は消えて行きます。文字通リ「当事者には、かって経験したことのない困難な仕事」が続いた後、合併に関する伊藤忠商事と銀行団との意見調整は1976年末に漸く終り、12月29日伊藤忠商事と安宅産業は合併覚書に調印しました。
 伊藤忠商事の継承しない纖維・木材・建材・マンション建設販売・不動産開発部門および農産部門の一部などの切り放しが開始され、安宅纖維・安宅建材(いずれも1976年12月設立)・安宅木材・安宅地所・安宅農水産(いずれも1977年月5月設立)などが発足しました。纖維貿易部門と安宅纖維は伊藤萬に営業譲渡され、さらに伊藤忠商事に継承されない関係会社株式・不動産・美術品などの不稼動資産を移し、管理・精算を行う受け皿会社としてエーシー産業が1977年4月に設立されました。
 1977年5月31日両社は合併契約書に調印しました。「合併期日は10月1日、合併比率は5:1、安宅の債務超過額(1977年3月末で1,160億円)は金融機関の協力を得て、合併期日までに解消する。」
 1977年6月末の両社の株主総会の承認を経て、10月1日安宅産業は伊藤忠商事に合併されました。伊藤忠商事に継承された商権は鉄鋼・化学品などを中心に半期3,000億円、従業員は1,058人が引繼がれました。NRC問題の顕在化から1年10ヶ月、関係者にとっては苦しく長い道のりでした。

(6)貸付金の償却
 安宅産業の合併にあたっては、伊藤忠商事、安宅産業の一般債権者、地方銀行など主要取引銀行以外の国内金融機関、外国の銀行には一切負担をかけないことが基本方針でした。国内・海外を通して信用不安を起こさないという当初からの方針を貫徹するためです。
 この見地から、主力2行・準主力4行・これにつぐ上位取引銀行10行が協力し、合計16行の銀行団が安宅産業およびATCに生じた総額約2,000億円の損失を全面的に負担するという異例の措置が講じられました。
 住友銀行は、伊藤忠商事・安宅産業の合併前日の1977年9月末の決算で、安宅産業およびATCに対する貸付金のうち1,132億円を一挙に償却しました。
 決算書では、これを特別損失に計上し、同期の期間利益の一部391億円のほか、貸倒引当金(有税分)の取り崩し276億円、株式売却益262億円、および法人税などの還付金203億円で償却を補填しました。このうち株式売却益は、住友銀行のもつ当時の株式含み益総額約4,000億円の約6%に相当しています。また同期末(償却後)の広義自己資本は、前期末に比べて239億円減少し,4,379億円になりました。
 「日本経済の混乱回避のためとは言え、永年にわたって築き上げられてきた内部蓄積の一部に手をつけたことは残念な出来事であった。しかし、この蓄積があったからこそ、かってない異常な事態に直面して、主力銀行としての公共的使命の達成に全力を尽くすことができたのである。主力銀行が,自行の債権保全だけを考えて行動したとすれば、おそらく安宅問題の解決はありえなかったであろう。」 と「住友銀行90年史」は書いています。
 下記は、1977年(昭和52年)12月の定時株主総会開催にあたって、住友銀行の招集通知書に添付された書状です。  

「謹啓 時下益々御清祥のこととお喜び申し上げます。
(中略)安宅産業の問題につきましてご説明申し上げるとともに、同問題の処理につきましてご理解を賜りたく、お願い申し上げます。
 ご高承のように、カナダのニューファウンドランド・リファイニング・カンパニー・リミテッドに対する安宅アメリカ株式会社の債権が長期滞留し、これがきっかけとなって昭和50年末以降表面化いたしました安宅産業株式会社の経営危機と信用不安は、単に一企業の問題だけではなく、日本経済全体ひいてはわが国の国際信用にもかかわる深刻な問題でございました。
 すなわち、当時の同社の受けていた信用供与は約1兆円にのぼり、取引先総数は約35,000社、取引金融機関は外国銀行を含め227を数え、また同社の関連会社は国内162社、海外62社、それらの取引先は国内はもとより全世界に及び、関連会社を含めた従業員数も約20,000人に達し、もし同社が倒産したとなれば、あたかも昭和初期の経済恐慌のような事態となるのが必至の状況でございました
 当行はかかる事態から生ずる社会的混乱を回避することが社会の公器たる金融機関の使命であるとの認識に立って、安宅産業株式会社と伊藤忠商事株式会社との合併が最善の方途であると考え、主取引銀行として懸命の努力を重ねてまいりました。伊藤忠商事株式会社と安宅産業株式会社との合併は、取引金融機関および新日本製鉄株式会社をはじめとする取引先のご協力を得、また関係ご当局のご支援のもと、所定の手続きを経て去る10月1日を合併期日として実現いたす運びとなりました。
 本件につきましては、問題発生の当初より、株主の皆様には少なからずご心配をおかけし、また心ならずも世間をお騒がせする結果となりましたことを甚だ遺憾に存じております。日本経済の混乱回避のためとはいえ、安宅産業株式会社関係の債権につき(中略)多額の償却を行い、これがために貸倒引当金の取崩し、株式の売却等過去の蓄積の一部を取崩さざるをえなくなったことにつき、衷心よりお詫び申し上げる次第でございます。
 今後は役職員一同一層心を新たにして業務に精勵し、出来るだけ速やかに業績の回復を図り、株主の皆様のご負託にお応えすべく最善の努力を致す所存でございます。(後略)」

【 所感 】
以上が、安宅産業の救済の概略です。
 私は1975年当時は住友銀行亀戸支店長でした。1973年(昭和48年)10月1日に初めて支店長になり、勇躍亀戸支店に赴任した直後の10月6日に第4次中東戦争が勃発し、原油公示価格は1バレル3.01ドルから5.12ドルへ上昇し、1974年1月からは11.65ドルへ上がりました。石油価格の高騰という第1次オイルショックは、日本経済に深刻な影響を与えました。公共事業の大幅な抑制や、消費者物価指数が1974年には23%上昇し「狂乱物価」といわれるなど、新米支店長として経済情勢の急変に大変うろたえたことを今も鮮明に記憶しています。
 第1次オイルショックによる原油価格の高騰がNRCの事業を不振に陥れ、そのことが引き金となって安宅産業の危機が顕在化した訳ですが、この間の経緯については、
①CSR(企業の社会的責任)の議論がまだあまり行われていなかった1970年代後半
 に、メインバンクとしての公共的使命を果たすべく、多額の負担の下に安宅産業の
 救済を行った事の可否、
②金融機関と融資先企業の関係は如何にあるべきか。メインバンクとしてのガバナンス
 の限界。
③企業経営私物化の弊害。
など、考えせられことが多々あります。
次回は住友銀行の支店長として勤務していた当時の私の実感も加えて、安宅産業のケースについての私の意見を述べたいと思います。


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「リスクとキャッシュフロー」について  ①

2013年7月20日土曜日 | ラベル: |

 今回からは、私のメインテーマである「リスクとキャッシュフロー」について書きたいと思います。

1. 経済産業省の「リスクファイナンス研究会報告書」
 まず、2011年6月10日(金曜日) のブログでご紹介した経済産業省の「リスクファイナンス研究会報告書*1」に再度触れたいと思います。
  *1:経済産業省 リスクファイナンス研究会報告書(2006年3月)
  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1009715


 繰り返しになりますが、同報告書にはリスクファイナンスの意義について、下記のように記述されています。
 「企業においてリスクマネジメントと言った場合、〈如何にしてリスクの顕在化を未然に防ぐか≻をテーマとした事前防止策に重点が置かれており、事故や災害等が発生した後への備えは必ずしも十分に手当てされていないのが実情である。〉企業の事業継続計画(BCP)については、漸くその重要性が認識されつつあるものの、リスクが発生し顕在化し経済的損失が発生した場合に備えて、企業が運転資金、事故対策資金、復旧資金等を事前に手当てしておくこと、すなわちリスクファイナンスの重要性については未だ十分に認識されていない*2」 
  *2 第1部リスクファイナンスの発展に向けて はじめに P.3

 企業経営とリスクファィナンスの関係については、
 「リスクファイナンスとは、‹企業が行う事業活動に必然的に付随するリスクについて、これらが顕在化した際の企業経営へのネガティブインパクトを緩和・抑止する財務的手法≻である。すなわち、事業活動に対して適切な財務手当てが出来ていない場合には、当該事業活動に係るリスクの顕在化により、財基盤が毀損し、企業にとって収益性が高く望ましい投資が阻害される可能性がある。したがって、企業の持続性や競争力を高める上で、リスクファイナンスを含めた戦略的な企業財務が果たす役割は非常に重要である。(後略) 企業価値の最大化(持続的かつ安定的な価値創造の実現)には、適切なリスクファイナンスの取り組みが必要不可欠である*3」 
  *3 第1部リスクファイナンスの発展に向けて 1.リスクファイナンスの経営・財務上の意義 P.6

 更に、メインバンク制度が無くなっている現在の企業財務の在り方にも言及しています。
 『わが国では、メインバンクは、最大の貸出しシェアを占める債権者として、また長期安定的な株主として、企業が災害や事故等により一時的に業績が悪化しても、長期的視野に立ち、事業活動の継続や相応の収益性が見込まれる場合には、(中略)メインバンクは融資先企業のリスクファイナンスをサポートする機能を提供してきたといえる。
 しかし、企業の財務状況、金融環境の変化により、メインバンク制は次第に弱まってきており、企業がデフォルト(倒産)した際にメインバンクが被る損失も相対的に小さくなってきている。このためメインバンクによる企業救済のインセンティブは低下している可能性がある。「いざという時は、メインバンクに資金を手当てしてもらえる」と考えている企業も数多く見られるが、これまで提供されてきたメインバンクによるリスクファイナンス機能は、その提供される度合いや実現性が低下してきている点に留意する必要がある。*4
  *4 第1部リスクファイナンスの発展に向けて Ⅱ.日本におけるリスクファイナンスの現状と課題  P.17

 私は住友銀行に勤務し、メインバンクが企業に対してリスクファイナンス機能を発揮していた時代に、企業調査部門・融資部門に属して働いていました。
 リスクとキャッシュフローを考えるに当たり、先ず「メインバンクによるリスクファイナンス機能」とはどのようなものであったのかから話を始めたいと思います。

2. メインバンクによるリスクファイナンス機能の例 ・
 安宅産業のケース ―メインバンクとしての公共的使命―

(1)安宅産業の歴史と住友銀行との関係
 安宅産業という総合商社が伊藤忠商事と合併して消滅したのは1977年10月1日、今から35年以上前ですからご記憶のない方も多いことと思います。
 安宅産業は1904年(明治37年)に安宅弥吉により個人商店「安宅商会」として創業された老舗です。1919年株式会社に改組され、1943年に「安宅産業」に社名が変更されました。官営八幡製鉄所以来の鉄鋼を主として発展して来た専門商社で、堅実な会社として定評がありました。ただ10大商社の中では第9位で最下位グループに属していました。
 戦後の高度成長期の1965年以降に取扱商品の多様化・国際化を図って背伸びした経営を行い暴走し破局に至りました。メインバンクは住友銀行でした。
 1966年住友銀行の頭取堀田庄三は、安宅産業の人材の欠乏と安宅家との癒着関係(創業者安宅弥吉はすでに亡く、2代目英一の時代に入り、株式を公開し、安宅家の持ち株は極めて僅少になっていて、同社は安宅家の持ち物では無くなっていたにも関わらず前近代的な内部事情が解消されていなかった)ことを憂慮して、安宅産業と住友商事との合併を勧奨し、1966年9月には新社名・住友安宅商事、会長安宅産業社長、社長住友商事社長、合併比率1:1で合意に至りました。然し、1ヶ月後安宅家の反対により堀田頭取の斡旋は実現しませんでした。*5
  *5:住友銀行90年史 1979年 行史編纂委員会 P.669 以下同書と表現する。

 メインバンクのアドバイスを断ったため、爾後住友銀行は融資には慎重になりまし
たが、メインバンク以外から調達した資金を財源に安宅産業は拡大を止めず、メインバンクの融資シェアは遂年低下していきました。

(2)安宅産業の危機発覚とメインバンクの対応
 住友銀行90年史の記述(同書p665~671)によれば、「安宅産業行き詰まりの直接の原因は、カナダのニューファウンドランド・リファイニング・カンパニー(NRC)に対する巨額の売掛金が焦げ付いたこと」でした。
 NRCは石油危機以前に割安であった中東原油を輸入し、米国の東海岸市場へ製品を輸出することを意図した精油所でしたが1973年9月のオイルショックをきっかけに中東原油の価格が値上げされ事業は不可能になっていました。
 安宅アメリカは住友はじめL/C開設銀行に対し、NRCに売り渡した輸入原油に関わる輸入決済手形のロールオーバーを依頼して来ました。これが住友銀行が安宅産業の異変を察知したきっかけでした。1975年9月のことでした。
 安宅アメリカの延滞債権が、安宅産業の存立を根底から揺るがすほどの巨額に上っていることが判明した時点で、安宅産業問題は住友銀行にとって首脳陣自からの進退をかけた大問題になりました。
 安宅産業の危機は、極秘のうちに住友銀行から、大蔵省・日本銀行へ報告され、事態の重大性について政府。日本銀行と住友.協和両主力銀行の認識は完全に一致し、主力2行は関係当局の支持を得ることが出来ました。
 両行の結論は『もし安宅産業の倒産という局面を迎えることになれば、オイルショック以降戦後最大の不況に苦しむ経済界に大きな打撃を与え、同時に外国にも例のない巨大な商業信用を動かしている総合商社の一角が崩れることから、その影響が広がり、ひいては日本の企業・銀行に対する広汎な国際信用不安をひきおこす恐れがある。(中略)「第二の昭和恐慌」の引き金になるかも知れないから、安宅産業の破綻は日本経済のために絶対に避けなければならない。』ということでした。 
 1975年12月7日、毎日新聞が安宅アメリカの多額の焦げ付きをスクープしました。「ニューファウンドランド。リファイニング・カンパニー(NRC)に3奥9000万ドル(当時の為替レートで1,000億円)の債権が焦げ付いている。担保は5%程度」と。

(3)メインバンクとは
 銀行における経験から私は、銀行がメインバンクである条件は
1) 融資シェアがトップである。
に加え、
2)メインバンクは、常に当該企業の状況を十分把握することに努力し、必要と思われる場合には、当該企業の経営に関し苦言を含めたアドバイスをする。
3)当該企業のトップと銀行のトップ(中小企業の場合には銀行取引店のトップ)の間に信頼関係が存する。
ことだと考えます。
 危機発覚時の、安宅産業と住友銀行の関係は、
1) 融資シェアはトップであるが、遂年低下していた。
2) 経営改善に関する頭取の提案を創業家が拒否した。
3) 現経営陣に対する銀行の信頼関係は希薄であった。
と言った状態で、住友銀行は安宅産業の真のメインンバンクであったのかは疑問に思われます。
 そのような状態でも住友銀行の安宅産業への対応は、
『安宅産業の破綻は日本の商社全般に対する国際信用の失墜と、日本の銀行に対する国際的な信用不安を齎し「第二の昭和恐慌」の引き金になるかも知れないから、安宅産業の破綻は日本経済のために絶対に避けなければならない。』でした。
 メインバンクとしての公共的使命に徹し、その処理に当たるということです。日本銀行・大蔵省もこの見解に合意し、メインバンク主導で安宅産業の救済が行われることになりました。
 当時CSR(corporate social responsibility)と言う言葉は、まだ唱えられていませんでした。
 現在の、東京電力、オリンパス、シャープ等の経営危機における銀行の対応と比べる時、著しい違いは、安宅産業の救済は、メインバンクの公共的使命に徹し、メインバンの責任と犠牲において主導したと言う点だと思います。

 (4)伊藤忠商事との合併の軌跡 ①
 住友商事に再度安宅産業の救済を依頼する訳には行きません。翌1976年1月17日「伊藤忠商事と安宅産業は全面的な業務提携に入る。」旨が発表されました。
 1976年6月安宅産業会長に松井弥之助(前タキロン社長)、社長に小松康(住友銀行常務)が就任しました。
 「ある総合商社の挫折」NHK取材班 日本放送出版協会 1977年9月と言う本があります。まえがきには、『我々は、この衝撃的な出来事を一私企業の悲劇としてだけでなく、日本経済の転換期に起きた極めて象徴的な経済事件として捉えたいと考えた。(中略)死に体の安宅産業をいかに影響少なく消滅させるか、それが政府.日銀を巻き込んだ、「日本株式会社」の総力戦の下で行われた企業解体の実態であった。』と記述されています。

 「住友銀行90年史」「ある総合商社の挫折」に書かれている住友銀行の対応は、企業の経営危機におけるメインバンクのCSRの見地からの対応であって、地震や事故発生時のメインバンクの対応とは聊か異なっています。然し、経済産業省の「リスクファイナンス研究会報告書」で言う「リスクファイナンスに対するメインバンクの対応」を考えるについて大いに参考になります。
 当時住友銀行の支店長として勤務していた私の実感も加えて、次回以降安宅産業と伊藤忠商事との合併までの軌跡を辿り、私の考えを述べたいと思います。

 
○「ある総合商社の挫折」NHK取材班 日本放送出版協会 1977年9月
 は「日本の古本屋」詳細検索で見ると、2冊アップされます。 
http://www.kosho.or.jp/public/book/detailsearch.do;jsessionid=9FB677BAC7E06CA55621748AA76C2832

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