「リスクとキャッシュフロー」について ⑲

2014年2月20日木曜日 | ラベル: |

 2月14日(金)関東地区2度目の大雪の日、経済産業省別館のセミナー室で行われたBBLセミナー*1で、熊本県商工観光労働部観光経済交流局 くまもとブランド推進課 課長 成尾雅貴様の「くまモンにみる熊本県のブランド戦略」というお話をお聞きし、「くまモン」と握手をして来ました。


 くまモン オフィシャルHP https://kumamon-official.jp/ より

 2011年3月の九州新幹線全線開通をきっかけに生まれ、「ゆるキャラグランプリ」を獲得した「くまモン」が、如何にして人気者になれたのかについては『①トップ(知事)の理解と支援、②くまモンの弛まぬ努力③軽快な動き・豊かな表現力④新旧メディアを最大限に活用⑤いつもサプライズを忘れないこと。』だと言われました。
 地方の活性化のため色々な試みがなされ、各地で多くの「ゆるキャラ」が活動していますが、尋常一様のことでは上手くいかないのだと思いました。「くまモン」の事例には大変感銘しました。もうすぐ、BBLセミナーのHPに当日の資料がアップされると思いますので是非ご覧下さい。

*1:BBLセミナー (経済産業研究所のHPより)
 米国の大学や研究機関では、先生、学生たちの間でBrown Bag Lunch Meetingというものが頻繁に行われています。(自分の昼食を茶色の紙袋に入れて集まるところから、この名前がついたそうです。) BBL(Brown Bag Lunch Seminar Series)とは、ワシントンのマサチューセッツアべニューにあるシンクタンクで日夜繰り広げられているような政策論争の場を日本にも移植し、policy marketを作りたいという思いで、当研究所が企画しているブレインストーミングセッションです。
 国内外の識者を招き、様々な政策について、政策実務者、アカデミア、産業界、ジャーナリスト、外交官らとのディスカッションを行っています。会場スペースの制約もあり、現状では非公開としておりますが、これまでに行われたセミナーの概要や配付資料、今後の開催予定等は、こちらでご覧頂けます。
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/


9.企業におけるキャッシュフローの悪化と金融機関の役割について ①
 2011年6月10日(金曜日)・2013年7月20日(土曜日)のブログで触れた経済産業省の「リスクファイナンス研究会報告書*2」には、
 『わが国では、メインバンクは、最大の貸出しシェアを占める債権者として、また長期安定的な株主として、企業が災害や事故等により一時的に業績が悪化しても、長期的視野に立ち、事業活動の継続や相応の収益性が見込まれる場合には、(中略)メインバンクは融資先企業のリスクファイナンスをサポートする機能を提供してきたといえる。
 しかし、企業の財務状況、金融環境の変化により、メインバンク制は次第に弱まってきており、企業がデフォルト(倒産)した際にメインバンクが被る損失も相対的に小さくなってきている。このためメインバンクによる企業救済のインセンティブは低下している可能性がある。「いざという時は、メインバンクに資金を手当てしてもらえる」と考えている企業も数多く見られるが、これまで提供されてきたメインバンクによるリスクファイナンス機能は、その提供される度合いや実現性が低下してきている点に留意する必要がある。』と記述されています。
 事故や自然災害は企業のキャッシュフローを悪化させます。私が旧住友銀行に勤務していた時代は、私どもの銀行も融資先企業のリスクファイナンスをサポートしていました。
 私の旧住友銀行における後輩は安宅産業の救済にあたり、アメリカでその業務に従事していました。当時彼はアメリカのバンカー達から「どうして住友銀行はそこまで企業を助けるのか。」と言われたと言っていました。2013年8月1日(木曜日)のブログに書きましたように,CSR(企業の社会的責任)の議論がまだあまり行われていなかった1970年代後半に、『安宅産業の破綻は日本の商社全般に対する国際信用の失墜と、日本の銀行に対する国際的な信用不安を齎し「第二の昭和恐慌」の引き金になるかも知れないから、安宅産業の破綻は日本経済のために絶対に避けなければならない。』と言う考えで、メインバンクとしての公共的使命を果たすべく、多額の負担の下に安宅産業の救済を行った事は評価されるべきことだったと私は今でも思います。
 1978年10月第1次オイルショックの結果、原油価格が高騰し、アメリカにおけるロータリーエンジン車が売れなくなり、マツダが危機に陥った際、マツダが破綻すれば広島地区の経済が破綻するという事態を救済するため、メインバンクの旧住友銀行・サブメインの旧協和銀行などが支援をしました。資金支援・人材派遣に加え、支店長車を全面的にマツダの「ルーチェ」にした時私は亀戸支店長でした。他行の支店長車のトヨタ・クラウンや日産・セドリックなどに比べ,遥かに小さな車に乗っていました。
 1980年代の後半「アサヒビール」の市場占有率が10%を割り「夕日ビール」と揶揄されていたころ、メインバンクの旧住友銀行従業員は、本体の資金支援・人材派遣に加え、支店における接待・会合や自宅での晩酌でも一生懸命「アサヒビール」を飲んでいました。
 現在の、東京電力、オリンパス、シャープ等の経営危機におけるメインバンクの対応と比べて、当時のメインバンクの対応の著しい違いは、「メインバンクの公共的使命に徹し、メインバンの責任と犠牲において企業の救済を主導し」全社を挙げて努力をしいていたと言う点だと思います。
 「リスクファイナンス報告書」の『これまで提供されてきたメインバンクによるリスクファイナンス機能は、その提供される度合いや実現性が低下してきている点に留意する必要がある。』と言うことは、場合によっては取引をしている金融機関に取って「貸倒れリスクの増加に繋がっている部分」もあるのではないかと古い銀行員である私は思います。
*2:経済産業省「リスクファイナンス研究会報告書」
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1009715
 世界銀行のレポートは、リスク発生時の資金繰り対策では、「自己資金+保険+災害復旧融資」のベスト・ミックスが大切であると論じています。
 地震の発生により、金融機関本支店の建物・機械等が毀損され、固定資産関連の損失が発生します。従業員に死傷者も生じ、一部の店部では営業の継続が困難となりますが、更に貸出先顧客の被災により貸出金債権が毀損されます。その結果、貸倒引当金が増加します。
 東日本大震災後の金融機関の損益状況を、東北地区の地方銀行の有価証券報告書で見ますと、平成23年3月期連結で、例えば下記のように報告されています。
・A銀行 災害による損失  50,687百万円 当期純損失 30,458百万円。
「災害による損失」には、貸倒引当金繰入額48,847百万円及び固定資産関連損失1,023百万円(うち災害損失引当金繰入額848百万円、固定資産処分損170百万円)を含む。
・B銀行    その他の特別損失 6,919百万円  当期純利益 1,109百万円。
 東日本大震災による与信費用6,075百万円及び震災関連のその他費用807百万円を含む。
 貸倒引当金繰入額5,100百万円及び固定資産関連費用84百万円を含んでおります。 
・C銀行 貸倒引当金繰入額2,898百万円及び減損損失113百万円を含む。
 当期純損失 4,834百万円
・D銀行  災害による損失  15億円  当期純損失 10億円。
 貸倒引当金繰入額1,457百万円及び固定資産関連損失74百万円。
即ち、貸出先顧客の被災により貸出金債権が毀損された結果の貸倒引当金繰入増が民間金融機関の損益悪化の主因となります。
 民間金融機関が融資先に対し「BCP(含むキャッシュフロー対策)」のサポートを行えば、金融機関の資産の太宗をなす貸出金債権が地震等のリスクで毀損することを防止することが出来ると私は思います。
 企業におけるキャッシュフローの悪化と金融機関の役割について、古い銀行員の感想を次回も書きたいと思います。


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「リスクとキャッシュフロー」について ⑱

2014年2月10日月曜日 | ラベル: |

8.事故とキャッシュフロー悪化の事例 
(2)雪印乳業 ③ 森永乳業の砒素ミルク事件との対比
 平成12年(2000年)の中毒事故の45年前、昭和30年(1955年)3月にも雪印乳業は東京都で学校給食の粉乳の中毒事故を起こしています。その3ヶ月後昭和30年(1955年)5月から8月にかけて森永乳業のドライミルクに砒素が混入し、乳児128名が死亡、12,103名が被害を受けるという事故が発生しました。事故発生後の森永乳業の業績。売上の推移は下記の通リです。

〇損益計算書                        (単位億円)
 
昭和30年度実績
 昭和31年度実績
(29.4.1-30.3.31) (30.4.1-31.3.31) 前年同期比
 売上高      91      87 -4
売上総利益
(同上率)
     13
(14.3%)
     14
(16.1%)
 1
(1.8%)
販売費・一般管理費
 (同上率)
      8
(8.8%)
       9
  (10.3%)
 1
( 1 。5%)
 営業利益
 (同上率)
      5
( 5.5%)
      5
 (5.7%)
 0
(0.2%)
営業外収支      ―2      ―1  1
税引前当期純利益
 (同上率)
      3
  (3.3%)
      4
  (4.6%)
 1
(1.3%)
中毒事故損失       0        6* -6
中毒事故損失       0       ―2 ―5
*更にその後後遺症に対する補償費用が発生している。

〇品目別販売実績                   (単位 億円)
 
昭和30年度実績
    昭和31年度実績
( 29.4.1-30.3.31 )
(30.4.1-31.3.31)
前 年同期比
  前年度比
 練 乳
      22
     24
  2
109.1%
 份 乳
      33
   23
―10
 69.7%
バター・チーズ
      4
     4
  0
100.0%
 市 乳
      29
    30
  1
103.4%
 その他
     3
   6
  3
200.0%
 計
     91
     87
―4
 95.6%

 〇主要勘定科目増減
              (単位 億円)
  31.3.31 現在
30.3.31 対比増減額
現・預金      ―3
 長期借入金      未満
 社   債       5
資金流出額       8

 ドライミルク(扮乳)でこれだけの事故を起こしたのですから、扮乳の売上は激減するかと思いきや30%くらいしか減っていません。その他の品目の伸びもあって売上は4億円(4.4%)減、当期利益は1億円の増です。中毒事故の損失負担後も2億円の利益を計上しています。現在だったら128名の死者が出たら企業の存続は危殆に瀕していると思います。
 当時の補償金は死亡者25万円・患者は一律2万円とされました。その後、後遺症に対する補償がなされています。
 未だ「製造物責任法」が制定されていない時代のことです。人命の価値について非常に考えさせられます。こういった時代だったので、昭和30年の雪印乳業の事故の教訓が会社の中に残らなかったとも言えます。

(3)その他の企業の事故とキャッシュフロー悪化の事例 
 1)チッソの水俣病問題
 2011年5月25日(水)のブログでチッソについて書きました。再度その要約です。
 水俣病は、チッソ水俣工場の工場廃水に含まれて排出されたメチル水銀化合物が水俣湾内の魚貝類を汚染し、それを摂取した地域住民が発病したものです。昭和48年(1973年)に原因が確定し、その後チッソの水俣病の補償金が急増しました。
昭和48年(1973年)3月期(6ヶ月)チッソの売上高264億円、純利益7億円に対し、水俣病関係費用は66億円が計上されました。昭和53年(1978年)3月末には繰越欠損金は363億円に達し、期末自己資本は △276億円となり,上場廃止になりましたが、熊本県は県債を発行してチッソに補償費用の融資を行っていたので、水俣病の補償遂行のため 会社は存続しなければなりませんでした。)
 平成17年(2005年)3月期は、売上高1147億円・経常利益78億円(水俣病補償損失45億円・公害防止事業負担金12億円)、期末繰越損失1509億円、長期借入金1420億円でした。年間売上高を上回る繰越損失、長期借入金(熊本県からの借入金)で、会社は実質死に体状態でした。
  平成22年(2011年)3月期は売上2612億円、経常利益220億円、純利益105億円 (水俣病補償46億円)、長短借入金1881億円、純資産合計△807億円と状況は大分改善されて来ました。平成23年(2012年)3月末に分社化し、事業譲渡受会社はJNC㈱(チッソ子会社)、チッソ㈱は持株会社となり、従来同様補償を継続することになりました。原因確定から38年後のことです。

2)マツダの工場火災
 平成16年(2004年)12月16日24時45分、主力工場の宇品第1工場から出火、塗装工程など8000平方メートルが焼失しました。
 マツダ㈱は平成17年2月5日に平成17年年3月期の損益見通しを発表しました。そのなかで、昨年12月に広島の主力工場で発生した火災による損害は100億円超になると説明しています。 損害の内訳は、①火災で焼けた塗装設備・建物・半製品などの直接被害。②3万台の自動車の生産を取りやめる影響です。これが、キャッシュフローを悪化させます。

3)新潟三洋電子㈱の地震被害
 公表されている新潟中越地震(平成16年)の三洋グループの被害です。

新潟三洋電子㈱の工場・機械が受けた直接的な被害額  184億円
在庫被害                       46億円
復旧費用                      270億円
復旧のための新たな設備投資               3億円
被害額合計                     503億円
  
地震被害に起因した販売の機会損失           370億円 
連結損益に与える影響                873億円

〇新潟中越地震が三洋電機のキヤッシュフローに与えた影響は、復旧費用+新たな設備投資+機会損失=643億円 となります。
 (機会損失は新潟三洋電子だけでなく、本社、後工程の関係会社、販社分も含む連結べース。)

(4)「大阪アメ二ティパーク」の土壌汚染隠蔽
 三菱マテリアル㈱・三菱地所㈱が三菱マテリアル㈱(旧三菱金属㈱)の精錬所跡に建設し平成13年(2001年)1月に完成したマンションで、平成14年ころより土壌汚染が問題化しました。平成16年11月には宅建業法違反で本社を捜索。平成17年3月には両社並びに両社役職員は宅建業法違反の疑いで書類送検されました。平成17年6月起訴猶予処分になりました。三菱マテリアル㈱西川会長・三菱地所㈱高木社長が引責辞任することで宅建業法違反による営業停止等の処分を免れたと言われています。
 入居者(455所帯)に対する補償に関しては、平成17年5月に管理組合と確認書を締結し、①引き続き入居を希望する住民には購入額の25%を支払う。②売却希望者には不動産鑑定業者の示した金額で買取り、さらに別途鑑定価格の10%を補償する。ことになりました。
 これによるキャッシュフローへの影響は公表されていませんが、本件支払いは75億円超と報道されていて企業の根幹を揺るがすほどのものではないと考えられます。然し、宅建業法違反で業務停止・営業停止等の処分を受ければ、企業の存続に関わる大問題となったかも知れない事例です。

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「リスクとキャッシュフロー」について ⑰

2014年2月1日土曜日 | ラベル: |

8.事故とキャッシュフロー悪化の事例

(2)雪印乳業 ② 

1)事故発生前の業績とキャッシュフロー
雪印乳業では、2000年(平成12年)6月27日以降中毒事故が発生しました。
雪印乳業は乳業界のトップメーカーとして、事故発前は第1表のように年間5.500億円前後の売上で、経常利益も100億円以上を挙げていました。
(第1表) 雪印乳業 業績      (単位 億円)
  第4 8 期実績
( 9.4.1 〜 10.3.31 )
第49期実績
( 10.4.1 〜 11.3.31 )
売上高  5,601  5,431
売上聡利益
( 同上率 )
1 , 748
( 31.3 %)
1 , 696
( 31.2 %)
販売費・一般管理費
( 同上率 )
1 , 653
( 29.5 %)
1 , 590
( 29.3 %)
 営業利益
( 同上率 )
    95
 (  1.7 %)
   106
 (  2.0 %)
経常利益
( 同上率 )
   109
 (  1.9 %)
   116
 (  2.1 %)

 第2表は雪印乳業のキャッシュフロー計算書の要約です。黒字の会社ですから、営業活動によるキャッシュフローは毎期150億円以上のプラスになっています。然し、当時の社長は新規事業の開拓に熱心だったので、投資活動によるキヤッシュフローの金額を差し引くと、フリーキャッシュフロー(事業活動の結果生み出されたお金)は毎期100億円程度のマイナスになっていました。フリーキヤッシュフローのマイナス(資金の不足)を社債の発行で補っていました。

 (第2表) 雪印乳業 キヤッシュフロー実績  (単位 億円)
  科  目 平成 9 年度 平成 10 年度
営 業 収 入 5,549  5,390
営 業 支 出  5,388  5,153
収  支  尻    211    237
営業外収支・決算支出     61     58
営業活動によるキヤッシュフロー    150    179
投資活動によるキヤッシュフロー    269    286
事業のキヤシュフロー   △119   △107
財務活動によるキヤッシュフロー    *46     △8
当期総合キヤッシュフロー    △73   △115
* 社債発行200億円を含む。

 雪印乳業の期末の資金残高(現・預金+一時保有の有価証券)は事故の直前の期末では月商の0.3ヶ月分に過ぎませんでした。手元資金残高は過小です。

(第3表) 雪印 資金残高推移      (単位 億円)
  10.3.31 11.3.31
 現金・預金   232   117
一時所有の有価証券     6     6
 期末資金残高 計
(平均月商比)
  238
( 0.5 ヶ月)
  123
 ( 0.3 ヶ月 )

 事故が発生した時、月商の僅か0.3ヶ月分117億円程度の手元資金は直ちに枯渇し資金繰りは破綻する恐れがありました。雪印乳業は事故・災害発生時におけるキヤッシュフローの対応力は充分では無かったと言えます。
 経験則ですが、手許資金残高は月商の1ヶ月分くらいはあった方が良いと言われています。この考えは,「リスク発生直後1ヶ月くらいを手元資金で事業を繰り回せなければ、事故の対策を講ずる暇もない。」と言う企業の財務担当者の実感に基づくものです。例えば
2003年3月期のソニー㈱の有価証券報告書の「流動性マネジメント」の項には「ソニー
は流動性確保のために、グループ全体で年度における平均月次売上高および予想される最大借入債務返済額合計の100%以上に相当する手元流動性を維持することを基本方針としています。」と記載されていました。(その後のソニー㈱の業績・キャッシュフローの悪化により現在は記載されていません。)
 また、第4表に明らかなように雪印乳業の中毒事故発生直前の期末の長短借入金44億円に対して、預金残高は117億円でしたから、世間からは雪印乳業は「無借金の優良会社」だと言われていました。社債も外部負債ですから、私は無借金といえないと思いますが、世間の評価は「無借金」でした。雪印乳業自体も、取引金融機関も事故の発生によって、同社の資金繰りが危殆に瀕することがあるとは考えてもいなかったと思われます。

(第4表) 雪印乳業 有利子負債残高推移  (単位 億円)
  H. 10.3.31 H. 11.3.31
 短期借入金    35    34
社債・転換社債   608   600
  長期借入金    11    10
  計   652   644

 中毒事故発生の翌月7月18日の新聞に「雪印乳業は当座の運転資金として金融機関から300億円を借り入れる」と報じられました。すなわち僅か半月で手許資金は無くなり、金融機関から借り入れをしなければ雪印乳業の資金繰りは破綻する状態になったわけです。
 雪印乳業の製品は約70%がスーパー、コンビニで販売されていました。社長が「自分も寝ていないんだ」とテレビに向かって話すなど対応に不十分なところが多々ありましたので、消費者がスーパー、コンビニに「あんな会社の製品を売るとは怪しからん」と電話をかけてくると、スーパー、コンビニは雪印乳業の製品を一斉に売場から撤去しました。その結果、事故の翌月から雪印乳業の売上げは1/3に激減しました。
 牛乳で食中毒が起こったのですから、牛乳が売り場から撤去されるのは仕方ありませんが、主力のバター・チーズまで雪印乳業の全製品が売り場から撤去されてしまいました。一般大衆向けの商品をスーパー、コンビニのマーケットで売っている場合の事故によるマーケットのリスクは極めて大きいことがわかります。
 事故発生9ヶ月後の決算では第6表の通り、売上高は前年度売上高5,440億円の3分の2の3,616億円に激減し、資金不足は955億円の巨額に達しました。中毒事故の処理費用302億円に対し、売上の減少による損益の悪化を原因とするキヤッシュフローの悪化額は643億円と事故処理費用の2倍以上に達しています。(第7表)後者の金額が事故
処理費用を大きく上回っている点に注意して下さい。

 雪印乳業は不足資金を、手元現・現金減127億円、有価証券売却106億円の他は、殆どを金融機関からの借入671億円で賄いました。 

(第6表)雪印乳業損益計算書                      (単位億円)

  第 50 期実績        第 51 期実績
(11.4.1 - 12.3.31) (12.4.1 - 13.3.31) 前年同期比  前年度比
 売上高   5.440   3.616 -1,824  66.5%
売上総利益
(同上率)
  1,788
( 32.9 %)
  1,036
( 28.7 %)
  -752
( -4.2 %)
 58.0%
販売費・一般管理費
 (同上率)
  1,676
( 30.8 %)
  1,596
( 44.1 %)
   -80
( 13.3 %)
―
 営業利益
 (同上率)
    112
(  2.1 %)
   -560
( -15.5 %)
  -672
( -17.5 %)
-
 経常利益
 (同上率)
    122
(  2.2 %)
   -587
( -16.2 %)
  -709
( -18.4 %)
-
特別利益
特別損失
     21
    530
    396
   *427
   375
   103
ー
-
税引前当期純利益又は純損失
 (同上率)
   -387
( -7.1 %)
   -618
( -17.1 %)
  -231
( -10.0 %)
-

* 中毒関係特別損失 たな卸資産除却損 113億円
                           補償金他    189億円
                              計    302億円

(第7表)雪印乳業主要勘定科目増減        (単位 億円)    
   第 50 期末  第 51 期 期末
12.3.31 13:3:31 前年同日比
 現金・預金
( 平均月商比 )
  144
( 0.3 ヶ月)
  17
(0.06 ヶ月 )
-127
 投資有価証券   188   82 -106
 短期借入金    36  707  671
 社   債   600  650   50
 長期借入金     6    7    1
〇資金不足額 現金・預金減127+投資有価証券減106+短期借入金増671
                +社債増50+長期借入金増1=955億円    
(事故前月商の2.1ヶ月分)

 雪印乳業のメインバンクは都市銀行ではありませんでした。雪印乳業の起源は北海道の酪農農家の組合であり、組合設立当初から関係の深かった農林中央金庫にとって雪印乳業は古い大切な顧客でした。また、雪印乳業の興廃は北海道の酪農業者に大きな影響を与えるものと考えられ、当時役員も派遣していたメインバンクの農林中央金庫にとって、雪印乳業を支援しないと言う選択肢は殆ど無かったものと考えられます。
 然し、当面の運転資金の貸出しが報道された7月18日ころの貸出決定は、7月6日に社長が辞意を表明して経営者不在、再建策の行方も見えず、不足資金の総額も、ましてや返済の目処も全く立っていない時期の決断です。極言すれば殆ど何も検討出来ない状態での融資決定だったと言わざるを得ません。また、一度救済融資に踏み切れば、中途で止めれば即倒産ですから最後まで融資を継続しなければなりません。
 メインバンクの支援方針の決定を受けて取引各銀行も応分の支援を行ったので、雪印乳業の当面の資金繰りは無事解決しました。このような背景でリスクファイナンスが可能となった雪印乳業は非常に恵まれていたと言うべきです。ところが、雪印乳業はその後、国内産牛肉の廃棄処理に輸入牛肉を混入した子会社が解散のやむなきに至り、その子会社の債務超過は198億円に達しました。この結果雪印乳業も債務超過に陥り、上場廃止の危機に陥りました。
 メインバンクは、最初の事故発生から僅か2年9ヶ月後の2003年(平成15年)3月に300億円の債務免除を行いました。実質2度目の破綻です。メインバンクは都市銀行ではなかったので債務免除を行えましたが、サブメインの都市銀行は債務免除ではなく、債務の株式化200億円を引受けました。更に減資・増資を行って債務超過を解消し雪印乳業は上場を継続しました。実質無借金の状態から急速に貸出しを行い、僅か2年9ヶ月で債務免除をしたわけですから、若しメインバンクが都市銀行だったら株主代表訴訟が提起されたかも知れなかった事態です。
 それでは、メインバンクが翌月に運転資金の支援を決定したのは誤りだったのでしょうか。これは大変難しい問題です。前回書きましたように、世の中→投資家は雪印乳業が資金繰りで行詰まるとは毛頭考えていませんでした。事故後7月7日の新聞記事でも「財務体質は極めて強固だ。借入金は42億円で、豊富な手元資金を考えると実質無借金」と記述されています。7月18日、に「雪印乳業は当座の運転資金として金融機関か300億円を借り入れることになった」と報じた新聞にも「借入金を300億円増やしても優良な財務体質がすぐに崩れる心配は無い。(中略)しかし事件の処理が長引いて販売再開が遅れれば収益への影響は大きくなり、財務体質が悪化されることも懸念される」と解説しています。雪印乳業の当面の資金繰りに対する懸念は全く感じられません。世の中は、バランスシートの静的な財務体質や収益ばかりを見ています。自己資本の金額が如何に大きくとも、手元に現・預金がどれだけあるかが重要です。新聞の経済面も暗黙のうちにメインバンクの資金支援を当然のことと考えていたのだと思われます。
 メインバンクと雪印乳業との長い親密な取引関係からすれば、支援は当然であったとして、それで良かったのかについては、グループ関係会社を含めた貸出後の管理をもっともっと厳にすべきであったと考えます。当時は新会社法制定前で、グループ関係会社に関する内部統制の規定は明文化されていませんでした。(注1)
 経営陣は雪印乳業本体に関しては内部管理体制・コンプライアンス等に関して十分な努力をされていたことと推察しますが、関係会社には浸透していなかったのではないか。特にコンプライアンスに関しては徹底が不十分であったといわざるを得ません。
 本件は事故・災害時における救済融資のリスクの大きさ、難しさを示しています。2003年(平成15年)3月ころはまだ不良債権償却の話題が多く、300億円程度の債務免除は当時としては巨額と言う印象は無く、あまり話題になりませんでしたが、事故・災害発生時のメインバンクの救済融資のあり方に関して、極めてシリアスな問題を提起した事例だと言えます。

(注1)(会社法施行規則)第100条
 法第362条第4項第六号に規定する法務省令で定める体制は次の体制とする。
五.当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制



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「リスクとキャッシュフロー」について ⑯

2014年1月20日月曜日 | ラベル: |


 今から62年前の昭和27年(1952年)4月、九州の佐賀高校から現役で京都大学に入学した4人が、「お互い80歳になったので、又時計台の下に集まろう。」ということになり、1月9日に京都へ行って来ました。
 昔は「末は博士か大臣か」と言いました。一人は工学部から建設省・工学博士・参議院議員・法務大臣、ノーベル賞を受賞された湯川先生を慕って理学部へ行った一人は上智大学教授・理学博士、もう一人は福井医科大学教授・医学博士になり、何でもないのは法学部へ行った私だけです。
 4人とも元気でまだ何かしら仕事を続けていて、夕食の話題も豊富でした。希望に満ちた青春時代を思い出し、感慨に耽った一日でした。

8.事故とキャッシュフロー悪化の事例 
(2)雪印乳業
 12月10日のブログに、「私が企業に起こった事故とキャッシュフロー悪化のリスクの重要性を最初に実感したのは、平成9年(1997年)2月1日に起きたアイシン精機刈谷第一工場の火災事故についての分析でした。」と書きました。
 事故の発生によるキャッシュフローの悪化について、旧住友銀行時代の知識に基づき細かい分析を行った最初の事例が雪印乳業の事故です。
 雪印乳業の事故については、セミナーにおける説明や、平成23年1月25日号の「リスク対策Com.」などで屡々述べていますが、再度書きます。
 平成12年(2000年)の中毒事故の45年前、昭和30年(1955年)3月にも雪印乳業は東京都で学校給食の粉乳の中毒事故を起こしています。事故の原因は「北海道の工場で、製造中に機械の故障と停電事故が重なったために、原料の牛乳に溶血性ブドウ球菌が発生した。」ことによるものでした。平成12年の中毒事故も、「北海道の工場で停電事故があり、その結果脱脂粉乳に病原性黄色ブドウ球菌が増殖して毒素が発生していた。」ことが原因であると報じられました。「停電による毒素の発生」を繰り返しているので、「過去の失敗が生きていない。」と言われました。何故そうなったのか。
 前回の事故の教訓が会社のDNAになっていない理由は、一つは45年と言う時間の経過ですが、根本的には45年前の事故が雪印乳業の業績・キャッシュフローに殆ど影響を与えていなかったことが大きな理由だと私は考えます。もし、前回の事故による業績・キャッシュフローの悪化が雪印乳業の企業の存亡に関わっていたら、時間の経過に関わらず、何時までも事故の教訓は会社の記憶に留まっていたはずだと思います。

(a)業績悪化の対比
‹平成12年の中毒事故による影響≻
 下記の損益計算書(単体)に明らかなように、平成12年6月の事故で、事故期の売上は2╱3に激減し、売上総利益も2╱3に激減、経常利益は709億円悪化しました。
○損益計算書                          (単位億円)

  平成 11 年度実績        平成12年度実績
(11.4.1 - 12.3.31) (12.4.1 - 13.3.31)
前年同期比
 前年度比
 売上高
 5.440   3.616 -1,824  66.5%
売上総利益
(同上率)
  1,788
( 32.9 %)
  1,036
( 28.7 %)
  -752
( -4.2 %)
 58.0%
営業利益
 (同上率)
    112
(  2.1 %)
  -560
( -15.5 %)
 -672
( -17.5 %)
   -
 経常利益
 (同上率)
    122
(  2.2 %)
   -587
( -16.2 %)
  -709
( -18.4 %)
   -

○平成12年6月に中毒事故発生。

‹昭和30年の中毒事故による影響≻
 事故の翌年度(前期末の3月に事故が発生しているので実質事故期)の売上(単体)は18%も増加し、売上総利益も25%増加しています。ただし、純利益(当時は経常利益の記載なし)は悪化していますが、これは事故処理費用が影響していると思われます。事故の業績・キャッシュフローへの影響はほとんどありませんでした。

〇損益計算書                           (単位億円)

 
昭和29年度実績
       昭和30年度実績
(29.4.1 - 30.3.31)
(30.4.1 - 31.3.31)
前年同期比
 前年度比
 売上高
     72      85     13 118.1 %
売上総利益
(同上率)
     12
( 16.7 %)
     15
(17.6%)
     3
(0.9%)
125.0 %  
 営業利益
 (同上率)
     3
( 4.2 %)
      3
( 3.5 %)
     0
( -0.7 %)
100.0 %  
 当期純利益
 (同上率)
     1   
(  1.4 %)
    未満
( 0.0 %)
   -1
(― 1.4 %)
   ―
○昭和30年3月に事故発生。

 同じような事故に際し、何故事故の影響がこんなに違ったのかについて、私は以下のように考えています。
1)社会の反応・消費者の反応の相違
 昭和30年頃は、製造物責任の思想がまだ確立しておらず、社会の反応・消費者の反応は今日ほど企業にシビアーではありませんでした。昭和30年(1955年)3月の雪印乳業の中毒事故の直後、同年8月に発生した「森永乳業のヒ素ミルク事件*」が欠陥製品による大規模事故の走りで、製造物責任法成立の端緒となりました。
                        *森永乳業の粉ミルクにヒ素が混入、死者130名、中毒者13,000名発生。
2)事故後の会社側の対応と新聞・テレビ報道の影響の相違
 前回の事故の際は社長以下、会社側の対応は誠心誠意であったのに対して、今回は社長が、「わたしは寝ていないんだ」と報道陣に対し発言をしたことが、テレビで放映され、非難されるなど不手際が目立ちました。
昭和30年3月末のNHKのテレビ受信契約者数は僅々5万3千件であった*のに対し、平成12年3月末契約者数は3,688万件です。テレビ報道の消費者に対する影響は非常に大きかったと思われます。                             *NHK調べ。
3)販売チャンネルの変化
 昭和30年の事故当時は、牛乳は多数の牛乳販売店から各家庭に配達されていました。全国展開のスーパー・コンビニはまだ無く、販売チャンネルは小口分散化されていました。
 平成12年の事故当時、私は四谷の雪印乳業本社の近く、九段南の住友銀行の子会社に勤務していました。事故発生後雪印乳業の広報部にコンタクトし、種々お教え頂くことが出来ました。
 平成12年の事故発生当時、雪印乳業の製品の約70%がスーパー、コンビニで販売されていました。社長が「わたしは寝ていないんだ」とテレビに向かって話すと、消費者が反応して「あんな会社の製品を売るとはけしからん」とスーパー、コンビニに多数の苦情が寄せられました。その結果、スーパー、コンビニは雪印乳業の製品を一斉に売り場から撤去しました。
 その結果、事故の翌月から雪印乳業の売上げは1╱3に激減しました。牛乳で食中毒が起こったのですから、雪印乳業の牛乳が売場から撤去されるのは仕方ありませんが、主力のバターやチーズまで全製品が売り場から撤去されてしまいました。一般大衆向けの商品をスーパー、コンビニで売っている場合の事故によるマーケットのリスクは極めて大きいことがわかります。
 このことに関して、雪印乳業提供の番組「料理バンザイ!」に出演しておられた滝田栄氏が平成18年(2006年)7月13日号の週刊文春「阿川佐和子のこの人に会いたい」というコーナーで,次のように言っておられます。

滝田:20年やっていた「料理バンザイ!」という番組が終わってしまって。(中略)
あのときはマスコミの残酷さを感じましたね。
阿川:社長の失言がねえ。
滝田:あの方は本当に1週間くらい寝ずにみんなで必死に原因を調べていて、「わかったら発表する」と言っているのに、記者に「隠してるんだろう」と食い下がられて、キレちゃって「寝てないんだ」と言ったら、そこだけを何回も放送されちゃったんです。
阿川:あのエレベーターの場面だけが強烈に印象に残ってますもんね。

クライシス・マネジメントの見地からは散々酷評されたことですが、こうした見方もあるのだと考えさせられます。

(b)キャッシュフローの悪化
 平成12年の中毒事故発生の翌月18日の日本経済新聞朝刊に、「雪印乳業は当座の運転資金用に金融機関から300億円借り入れることを決めた。」と報じられました。
すなわち、わずか半月ほどで手許資金は無くなり、金融機関から借り入れをしなければ雪印乳業のキャッシュフローは破綻する状態になったわけです。
 平成12年の事故発生直前の平成12年3月末、雪印乳業の借入金合計42億円に対し、預金残高は144億円だったので、無借金の優良会社だと言われていました。(実は社債残高が600億円ありますのでこの表現には首を傾げます。)しかし、預金残高は雪印乳業の平均月商のわずか0.3ヶ月分で(一般にはリスク発生に備え平均月商の1ヶ月分は保有していることが望まれています。)リスク発生時の財務的な耐性は強固ではなかったと判断されます。

(c)事故発生後の株価推移の対比
 にもかかわらず、当時の株価は倒産を予想するような急落は生じませんでした。下記の表に明らかなように、事故直後の株価の最安値が350円(事故直前月の最高値に比し25%程度の下落に過ぎない)と言うことは、投資家は雪印乳業が僅か半月程度で資金繰りに窮するとか、また万一資金繰りに窮したとしても、その場合にメインバンクが支援しないなどと言うことは全く考えていなかったのだと思われます。
○雪印乳業の株価推移                  (単位 円) 
平成 年 月 12 年 5 月 12 年 6 月 12 年 7 月 12 年 8 月
月間高値 470 Ⓐ  433 404  385
月間安値 405  399 350 Ⓑ  350
Ⓑ/Ⓐ=74.5%

〇東京電力の株価の推移
 平成23年3月11日以降の東京電力の状況については、このブログでも屡々書いていますので触れませんが、株価の推移については雪印乳業と大きく異なっています。
○株価推移             (単位 円)   
年初来高値 2月 23 日 2,197 Ⓐ
年初来安値 4月 6 日 292  Ⓑ
Ⓑ/Ⓐ=13.3%

 事故前後の株価推移を見ると、雪印乳業の株価は事故後も25%くらいしか下落していないのに比し、東京電力の株価は事故後76%くらい大幅に下落しています。
何故、雪印乳業と東京電力の株価の推移がこんなに大きく異なったのでしょうか。

 雪印乳業の事故の際、国内各紙は雪印乳業のキャッシュフローの危機について全く報じていません。(会社の足を引っ張る様な記事は書かないのか、実情が判らなかったのか、私はその両方だったと思うのですが。)また、雪印乳業の事故に対し外国のマスコミは無関心だったと思います。
 東京電力の場合は、事故後フィナンシャル・タイムスや、ロイター等が東京電力の先行きの経営不安を大きく報じたため、国内マスコミも追随して同様の報道をしました。
 雪印乳業の場合は、事故直後売上の急減により資金が枯渇し、7月中旬の融資でキャッシュフローの危機を脱したのに対し、東京電力の場合は、事故発生直後に大きな資金需要が起こったわけでは無く、しかも事故直後の3月末には2兆円(月商の約5ヶ月分)の融資が行われていますので、先行きは兎も角事故直後のキャッシュフローの状況ははむしろ雪印乳業の方が危機であったと判断されます。
 当面のキャッシュフローには全く問題が無かったのに東京電力の株価が大幅に下落したのは、マスコミの報道が投資家に大きく影響したものと考えます。私はマスコミの報道は、主として個人投資家の心理に影響したと考えたいのですが、機関投資家の判断にも影響を与えたのか。実態はどうだったのでしょうか。
 考えさせられる問題です。


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東京電力の原子力発電所の事故のその後について

2014年1月10日金曜日 | ラベル: |

 私は2012年7月1日のブログで 東京電力㈱の「福島原子力事故調査報告書」についての所感で、『本報告書は、事故の詳細・災害時の対応態勢・事故想定に対する甘さ・情報伝達・情報共有・情報公開等々に大きなページを割いています。然し、あくまで国・或いは学会の方針に従ってやってきたことで、「想定外」のことが起こったのだから仕方がない。と言うスタンスです。これでは如何に分厚い報告書でも、その内容が今後の教訓になる筈がありません。』と書きました。
 2013年12月10日、リスク対策Com.主催の「危機管理カンファレンファレンス2013」で東京電力の原子力運営管理部・防災安全グループの方の「福島第一原子力発電所事故以降の東京電力における危機管理体制 ~原子力防災組織に現場・本店と連携したインシデント・コマンド・システムの導入~ 」と言うお話をお聞きしました。
 その冒頭「事故対応時の問題点(教訓)」で「想定を超える津波に対する防護が脆弱であった」と言われたことに大変な違和感を覚えました。
 2012年1月20日のブログでご紹介した「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会の中間報告書」には、『福島第一原発で平成23 年3 月11 日に深刻な原子力災害が発生した直後関係者から、「想定外の事象が起こった。」との発言が相次いだ。「想定外」とは、「このような事象が起こることを考えていなかった。」との意味であろう。しかし、多くの国民はこの言葉を聞いたとき、「考えていなかった。」という意味だけではなく、「想定できないことが起こったのだから仕方がない。自分たちには責任がない。」という意味を持つ発言と受け取り、責任逃れの発言だとの印象を持った。当事者たちは「想定外」というが、このような厳しい状況を想定することが関係者の責務であったはずだと考える。』
 『今回の事故では、例えば非常に大きな津波が来るとか、長時間に及ぶ全交流電源の喪失ということは十分に確率が低いことと考えられ、想定外の事柄と扱われた。そのことを無責任と感じた国民は多いが、大事なことは、なぜ「想定外」ということが起こったかである。
 原子力発電は本質的にエネルギー密度が高く、一たび失敗や事故が起こると、かつて人間が経験したことがないような大災害に発展し得る危険性がある。しかし、そのことを口にすることは難しく、関係者は、人間が制御できない可能性がある技術であることを、国民に明らかにせずに物事を考えようとした。それが端的に表れているのが「原子力は安全である。」という言葉である。一旦原子力は安全であると言ったときから、原子力の危険な部分についてどのような危険があり、事態がどのように進行するか、またそれにどのような対処をすればよいか、などについて考えるのが難しくなる。「想定外」ということが起こった背景に、このような事情があったことは否定できない。
 何かを計画、立案、実行するとき、想定なしにこれらを行うことはできない。したがって、想定すること自体は必ずやらなければならない。しかし、それと同時に、想定以外のことがあり得ることを認識すべきである。たとえどんなに発生の確率が低い事象であっても、「あり得ることは起こる。」と考えるべきである。発生確率が低いからといって、無視していいわけではない。起こり得ることを考えず、現実にそれが起こったときに、確率が低かったから仕方がないと考えるのは適切な対応ではない。確率が低い場合でも、もし起きたら取り返しのつかない事態が起きる場合には、そのような事態にならない対応を考えるべきである。今回の事故は、我々に対して、「想定外」の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している。』と記述されています。 
 2012年7月10日のブログで、国会の「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」の報告書は、『この事故が「人災」であることはあきらかで、歴代および当時の政府、規制当局、そして事業者である東京電力による、人の命と社会を守るという責任感の欠如があった。』と断定しています。ここがこの報告書の最大のポイントだと思いました。と書きました。
他の報告書でこれだけの批判が行われているのに、未だに冒頭に「想定を超える津波に対する防護が脆弱であった」と述べるのでは、東京電力の本件事故に対する責任感は現在でも無いのではないかと思いました。
更に今回の事故の教訓として、
  • 全ての電源を喪失した場合の、その後の手段(高圧注水・減圧・低圧注水・除熱・燃料プールへの注水。水源確保党が十分に準備されておらず、その場で考えながら対応せざるを得なかった。
  • 炉心損傷後の影響緩和の手段(格納容器損傷防止・水素制御・溶融炉心落下対策・環境への放射性物質の大量放出防止等)が整備されていなかった。
  • 照明や通信手段が限られた他、監視・計測手段を喪失し、プラント状況が把握できなくなった。
  • 大きな余震及び余震に伴う津波の恐れ、瓦礫等の散乱による現場のアクセス性・作業性低下等、著しい作業環境の悪化が事故の対応を困難にしていた。
が挙げられ、その対策の方針として、
  • 津波(かさ上げ。防水等)対策により、既存の安全上重要な設備及び事故時対応で使用を想定している設備の津波に対する防護を向上させる。
  • 深層防護の各層及び機能別に対策を講じ、各層・各機能の対応能力の厚みを向上させる。
  • 全電源喪失・ヒートシンク喪失の長時間継続への対応手段を確保する。
  • 応用性・機動性を高めた柔軟な機能確保策を講じる。
とされていますが、そもそも何故こういう結果になったのかについての、深刻な反省や、分析については何も述べず、人ごとのように今回の事故の結果からの改善策を講ずると言うのでは、今後も真に完全な事故対応策が可能なのか疑問に思われます。
「応用性・機動性を高めた柔軟な機能確保策を講じる。」といっても何故今まで出来ていなかったのか。何故今回は改善が出来るのか等々、これらはお題目に過ぎないのではないか。あと細かい対応策が縷々述べられていますが、根本となる従来の東京電力の組織・運営体制のどこに問題があって、どうしてこういうことになったのか、今後如何に改善するのかの点には全く触れられませんでした。
 私は、警察政策学会・テロ安保部会にも所属しています。この前日1月19日の部会で、「福島第一原子力発電所事故以降の世界各国の原子力発電所のテロ対策」についての話を聞きました。
 福島第一原子力発電所事故の最大の問題は、『世界のテロリストに「原子力発電所施設本体にダメージを与えなくても、送電線、予備発電設備を破壊すれば原子力発電所に大きなダメージを与えることが出来る」と知らしめたことである。』ということでした。従って『各国の原子力発電所の警備体制は大幅に変更せざるを得ず、次々n新しい問題が発生している。』とのことでした。
 東京電力の原子力運営管理部・防災安全グループの方の「福島第一原子力発電所事故以降の東京電力における危機管理体制」のお話の中には「テロ対策」は皆無でした。勿論細かい点は機密事項だとは思いますが、項目の中にも全く無いのは、もしかすると東京電力では危機管理体制の対策項目に「テロ対策」は入っていないのかと心配になりました。
テロは「想定外」ではありません。事故原因の根本的な反省事項に対する言及が無く、テロ対策への言及もない点に私は重ねて大変な違和感を感じました。
 これは、発表者ご本人の問題と言うよりも、東京電力の組織・運営体制が依然変わっていない証拠ではないかと私は思います。
 今、原子力発電所の操業再開が議論されています。経済的な問題も重要ですが、根本の安全対策がこれで良いのかと思いました。皆様はどう思われますか
 

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「リスクとキャッシュフロー」について⑮

2013年12月20日金曜日 | ラベル: |

8.事故とキャッシュフロー悪化の事例 
(1)アイシン精機 ②
 平成9年(1997年)2月1日に起きたアイシン精機刈谷第一工場の火災で、事故が起こったのはプロポーショニング・バルブの製造工程です。プロポーショニング・バルブが属する制動装置分野の事故期におけるウエイトは、生産・販売実績ともに全社の13.5%であり、その中のプロポーショニング・バルブのウエイトは売上の数%(多分5%未満)だったと思われます。火災事故は2月1日に発生し、4月末までに内製化が完了したとされているので、売上の5%未満程度の製品の生産が3ヶ月ストップした訳です。
 事故期の決算は前回書きましたように、売上・利益ともに増大し、事業そのものは順調に推移していた形になっています。業績面からはキャッシュフローの悪化は起らず、火災事故に関する特別損失7,803は百万も直ちに資金が必要になるのではなく、復旧に際して資金が必要になる訳ですから、大きなキャッシュフローの悪化は起こらないように見えました。
 然し、当時の有価証券報告書に記載されている資金繰実績を整理検討すると、大きなキャッシュフローの悪化が生じていました。
 第1表で明らかなように、事故の起こった平成8年10月1日~平成9年3月31日までの6月間の営業収支尻は前年同期間に比べて9,231百万円も悪化しています。
 第2表で明らかなように、事故発生の翌期の前半平成9年4月1日~平成9年9月30日までの6月間の営業収支尻も前年同期間に比べて5,080百万円悪化しています。
事故発生直後の短期間と続く6ヶ月で、売上・生産のウエイトとはかけ離れた大きなインパクトがキャッシュフローに生じています。この内容の詳細は外部からは窺い知れませんが、会社はプロポーショニング・バルブの外部からの仕入れや、代替生産などについて資金を惜しまずに対策を講じた。しかし期末に計上した売上は直ちには資金になっていないなどの結果かと推測されます。
 手元現・預金残高は平成9年9月30日には5,309百万円(月商の0.1ヶ月強)の水準にまで落ち込んでいます。
 平成9年10月1日~平成10年3月31日までの6月間に営業収支は大幅に改善し、社債250億円の新規発行もあって、手元現・預金残高は13,505百万円と大きく増え、漸く事故の影響が薄れています。
〇第1表                            (単位 百万円)
 
科  目
      事  故  前  期   事 故 期
 第73期下期実績  第74期上期実績  第74期下期実績
7.10.1-8.3.31 前年同期比 8.4.1-8.9.30 前年同期比 8.10.1-9.3.31 前年同期比
営業収入 224,040   ― 230,158 7,587 248,784 24,744
営業支出 -209,013   ― -215,928 6,047 -242,988 33,975
営業収支尻 15,027   ― 14,230 1,540 5,796 -9,231
営業外収支尻 1,542   ― 1,298 169 1,580 38
決算支出等 -3,512   ― -6,985 17 -4,072 560
営業活動によるキャッシュフロー  
13,057
 
  ―
 
8,543
 
1,692
 
3.304
 
-9,753
投資活動によるキャッシュフロー  
-23,420
  ―  
-18,320
 
892
 
-16,086
 
7,334
事業のキャッシュフロー  
-10,364
 
 ―
 
-9,777
 
2,585
 
-12,782
 
-2,418
財務活動によるキャッシュフロー  
4,915
 ―  
4,965
 
1 ,860
 
3,654
 
-1,261
当期総合キャッシュフロー  
-5,449
 
  ―
 
-4,812
 
4,444
 
-9,121
 
-3,672


期末資金残高
(月商比)
31,568
(0.8 ヶ月 )
  ― 26,756
( 0.6 ヶ月)
-10,261 17,634
( 0.4 ヶ月)
-13,934

〇第2表                        (単位 百万円)
 
科  目
     事  故  翌  期
 第 75 期上期実績  第7 5 期下期実績
9.4,1-9.9.30 前年同期比 9.10.1-10.3.31 前年同期比
営業収入 256,793 26,635 251,992 3,208
営業支出 247,643 31,715 -241,887 -1,101
営業収支尻 9,150 -5,080 10,105 4,309
営業外収支尻 1,733 435 2,232 652
決算支出等 -3,943 -3,042 -1,753 2,319
営業活動によるキャッシュフロー  
6,940
 
-1,603
 
10,584
 
7,280
投資活動によるキャッシュフロー  
-16,646
 
1,674
 
-11,557
 
4,529
事業のキャッシュフロー -9,707 69 -971 11,811
財務活動によるキャッシュフロー  
1,506
 
-3,391
 
22,055
 
18,401
当期総合キャッシュフロー  
-8,202
 
-3,391
 
 
21,084
 
30,205


期末資金残高
(月商比)
9,431
( 0.2 ヶ月 )
-17,325 30,515
( 0.7 ヶ月)
12,881

アイシン精機は、当時営業活動によるキャッシュフローのプラス金額を上回る旺盛な設備投資を続けていて、その資金は主として転換社債で調達していました。転換社債というのは、一定の価格で株式に転換できる権利の付いた社債です。社債発行時に転換価格が決まっています。株価が転換価格を上回っていたら株式に転換した方が利益になりますから、社債権者は株式に転換します。そうなると社債を償還しなくて済みますからキャッシュフロー上はプラスになります。前回も書きましたように事故発生前日の株価は1,850円、事故翌日の株価は1,770円となり、事故直後同社株はストップ安になるまで叩き売られました。社債の転換価格は1,650円でした。
 同社には事故翌期末に償還期限の来る転換社債が148億7300万円ありました。事故発生の結果同社の業績に不安が生じ、株価が転換価格以下に低落すれば、翌期には社債を約149億円償還しなければならなくなります。前回書きましたように、業績は好調だと世間にアッピールして、株価の下落を防ぎ、結果アイシン精機では、事故期末に14,873百万円あった1年以内償還の転換社債は翌期末までには殆どが転換され、新たに社債250億円が発行され、結果、事故によるキャッシュフローの悪化は解消されました。「戦略的なリスク・ファイナンスの取り組みの成果」と評価されるべきことだと思います。

前回も書きましたように、アイシン精機は手元現・預金減と有価証券の売却でキャッシュフローの不足を賄い、金融機関に融資を依頼しませんでしたから、キャッシュフローの危機だったとまでは言えないかも知れません。

 当時、世間では同社のキャッシュフローのことなど全く問題にもしていませんでした。しかし、私はこの分析を通して、事故・自然災害発生時の企業のキャシュフロー対策「リスク・ファイナンス」の重要性を痛感しその後の私の議論の原点になっています。


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「リスクとキャッシュフロー」について⑭

2013年12月10日火曜日 | ラベル: |

8.事故とキャッシュフロー悪化の事例 

(1)アイシン精機

 私が企業に起こった事故とキャッシュフロー悪化のリスクの重要性を最初に実感したのは、平成9年(1997年)2月1日に起きたアイシン精機刈谷第一工場の火災事故についての財務面からの分析でした。アイシン精機の火災により、プロポーショニング・バルブという、自動車のブレーキの重要な部品の供給がストップし、トヨタは3日間にわたり操業を停止の止む無きに至り、他の供給先の自動車メーカーにも大きな影響を与えました。
 アイシン精機は代替生産体制を確立するなど予想外に早く復旧し、4月末にはすべての内製化を完了し、トヨタグループの事故に対する対応力の強さを示した好事例だと評価されています。然し、この事故の財務的なインパクトを分析した議論は当時皆無だったと思います。

① 業績
○損益計算書                      (単位百万円)
   平成 7 年度実績
( 事故前期 )
    平成 8 年度実績
( 事故期 )
平成9度実績
(事故翌期)
( 7 4.1 - 8.3.31) (8.4.1-9.3.31) 前期比 (94.1 - 10.3.31)
 売上高
477,129
519,073
41,944
521,417
売上総利益
( 同上率 )
49,243
  ( 10.3% )
54,992
(10.6%)
5,749
(0.3%)
46,909
( 9.0% )
営業利益
 (同上率)
13,127
( 2.8% )
16,508
( 3.2% )
3,381
(0.4%)
7,283
( 1.4 %)
 経常利益
(同上率)
15,331
( 3.2 %)
18,751
( 3.6% )
3,420
(0.4%)
10,523
( 2.0% )
特別損失
 ―
7,803
7,803
  -
当期純利益
 (同上率)
8,031
 ( 1.7% )
5,807
( 1.1% )
△ 2,224
(△ 0.6% )
10,523
( 2.0% )
 月  商
39,761
43,256
3,495
43,451
事故期の売上は前期比7.9%増、経常利益は前期比22.3%の大幅増益で、事故の損失78億3百万円負担後でも58億7百万円の利益を計上しています。事故は起こったが業績自体は順調だったという形になっています。

 2.キヤッシュフロー実績  
                             (単位 百万円)
  科  目
平成7年度実績
 (事故前期)
平成8年度実績
 (事故期)
平成9年度実績
 (事故翌期)
現預金及び一時保有の有価証券
 
46,272
31,568
17.634
 
営業活動によるキャッシュ・フロー

19,908
11,847
17,524
投資活動によるキヤッシュフロー
△ 42,632
△ 34,406
△ 28,203
事業のキヤシュフロー
•  22,724
•  22,559
△ 10,679
財務活動によるキヤッシュフロー
8,020
8,625
23,560
当期総合キヤッシュフロー
△  14,704
△  13,934
12,881
 
現金及び現金同等物の期末残高
31,568
17,634
30,515
同上 月商比
0.8 ヶ月
0.4 ヶ月
0.7 ヶ月
アイシン精機の事故期の業績は増収・増益なのに、営業活動によるキャッシュフローは前期比80億6100万円(事故前期比40.5%減)マイナスと大幅に悪化しいます。私は業績が順調だったのにキャッシュフローが悪化したのは何故だろうかと思いました。
 このブログの2011年9月1日に「推理小説とリスクマネジメント」と題して「企業を分析する場合、恰も探偵が色々な手掛かり・情報を基に真相に辿りつくのと同じような論理力(思考能力)・構成力・イマジネーションが必要です。さらに論理的な推論を加えることも必要となります。」と書きました。
 当時の有価証券報告書の開示内容は、単体中心でしたが非常に詳細でした。以下は有価証券報告書のデータに基づく分析の結果です。

○比較貸借対照表 (1)                   (単位 百万円)
  科    目
事故前期
事故期
前期末比増減
事故期翌期
 
流動
 
資産
現金・預金
16,441
12,141

△4,300
 
13,,505
 受取手形
3,149
3,271
122
2,969
売掛金
94,199
106,066
11,867
104,619
有価証券
15,126
5,492

△9,634
 
1 7 ,010
 棚卸資産
12,443
14,916
2,473
16,439
 その他
3,382
7,300
3,918
6,177
流動資産 計
144,740
149,186
4,446
160,719
固定資産
有形固定資産
137,505
139,710

2,205
 
147,402
投資等
125,333
134,066
8,733
134,529
その他
645
189

△456
 
319
固定資産 計
263,483
273,965
10,482
282,250
 合  計
408,223
423,152
14,929
442,970

○比較貸借対照表 (2)                   (単位 百万円)
  科    目
事故前期
事故期
前期末比増減
事故期翌期
 
流動
負債
 支払手形
2,811
3,137
326
3,035
 買掛金
59,807
70,072
10,265
65,048
1年以内償還の転換社債
610
14,873
14,263
   ―
その他
58,093
58,146
53
55,010
流動負債 計
121,321
146,228
24,907
123,093
固定
負債
 社債
   ―
   ―
   ―
25,000
転換社債
46,120
29,138
 
△16,982
 
29,117
 その他
23,704
25,420
1,716
27,620
固定負債 計
69,824
54,558
 
△15,266
 
81,737
  資  本
217,077
222,364
5,287
238,139
 合  計
408,223
423,152
14,929
442,970

 貸借対照表の各勘定科目の増減を見ると、上記のように売掛金が事故前期末比118億6700万円、買掛金が事故前期末比102億6500万円増加していました。共に売上の伸び率以上に大幅に増加しています。通常売掛金の異常な増加は期末近くに大きな売上を計上した場合に生じます。買掛金の異常な増加は期末近くに大きな金額の仕入れをした場合に発生します。そこで相手先別の売掛金の増減を調べてみるとトヨタへの売掛金が前期末比69億1400万円増加しています。古い銀行員としては、この分析結果から、アイシン精機は「売上高・利益のアップを図るため、期末近くにトヨタ向けを中心に売上増加を図った」のではないかと推理しました。買掛金の増加の内訳は判然としていませんが、多分事故対策結果だと思われます。
 何故こうしたことをする必要があったのだろうかと調べて見ると、事故翌期末に償還期限の来る転換社債148億7300万円があることが判明しました。転換社債というのは、一定の価格で株式に転換できる権利の付いた社債です。社債発行時に転換価格が決まっています。株価が転換価格を上回っていたら株式に転換した方が利益になりますから、社債権者は株式に転換します。そうなると社債を償還しなくて済みますからキャッシュフロー上はプラスになります。事故発生前日の株価は1,850円、事故翌日の株価は1,770円となり、事故直後同社株はストップ安になるまで叩き売られました。社債の転換価格は1,650円でした。事故発生の結果同社の業績に不安が生じ、株価が転換価格以下に低落すれば、翌期には社債を約149億円償還しなければならなくなります。
 アイシン精機は生産復旧の早期化を行う一方、事故期の売上高、利益の更なる増大を図って、株価の低落を防ぎ、転換社債の転換を維持するという財務戦略を立て、2月1日の火災発生以降、期末までに対策を講じたのではないかというのが私の推論です。
 平成18年3月に経済産業省から公表された「リスクファイナンス研究会報告書」は「リスクファイナンスとは、‹企業が行う事業活動に必然的に付随するリスクについて、これらが顕在化した際の企業経営へのネガティブインパクトを緩和・抑止する財務的手法≻である。すなわち、事業活動に対して適切な財務手当てができていない場合には、当該事業活動に係るリスクの顕在化により、財務基盤が毀損(中略)される可能性がある。したがって、企業の持続性や競争力を高める上で、リスクファイナンスを含めた戦略的な企業財務が果たす役割は非常に重要である。」 といっています。
 当時私は、アイシン精機はそこまでやるのかとやや批判的に見ていました。しかし雪印乳業や東京電力の事故後の事態の推移と比べると、「リスクファイナンス研究会報告書」の出る9年も前にこうした戦略的なリスクファイナンスの取り組みを行っていたことは高く評価されるべきことだと思うようになりました。
 事故期末の平成9年3月31日の現・預金残高は前年同日比43億円減の121億4100万円、一時保有の有価証券も前年同日比85億3500万円減少し、手元資金合計では前年同日比139億3400万円の大幅減になっています。
 事故翌期の中間決算期末平成9年9月30日の現・預金残高は前年同日比96億3400万円減の53億900万円、一時保有の有価証券も前年同日比85億3500万円減少し、合計では前年同日比173億2500万円の大幅減になっています。
 平成9年3月31日に比べれば手元資金は6ヶ月で82億3百万円の減です。現金・預金残高は、3月末比6,832百万円、前年同期比8,789百万円減の5,309百万円の低水準になっています。
事故翌期の中間決算時にもなお現・預金、一時保有の有価証券残高が大幅に減少したのは、事故のキャシュフローへの影響が翌期半ばまで尾を引いたからだと考えられます。

○手元資金残高推移              (単位 百万円)
 
 日
現・預金
一時保有の
有価証券
 合  計
 金  額
前年同日比
 8.3.31
16,441
15,126
31,568
―
8.9.30
14,098
12,657
26,756
△10,261
9.3.31
12,141
5,492
17,634
△13,934
9.9.30
5,309
4,122
 9,431
△17,325
10.3.31
13,505
17,010
30,515
12,881

 アイシン精機は業績面では問題が無い状態にあったとしても、(私は若干の違和感を持っていますが)工場の火災がキャッシュフローに与える影響は事故翌期の前半にまで及び、手元資金残高への影響は年間173億2500万円に達したと言えます。確認できていませんがアイシン精機におけるプロポーショニング・バルブの売上比率は数%(多分5%未満)だったと思われます。その製造工場の火災事故がこれだけ大きなキャッシュフローへのインパクトを発生させたわけです。「キャッシュフローは正直なもの」です。
 アイシン精機は手元現・預金減と有価証券の売却でキャッシュフローの不足を賄い、金融機関に融資を依頼する必要は無かったのですから、キャッシュフローが危機だったとはいえません。世間では、同社のキャッシュフローのことなど当時は全く問題にもしていませんでした。
 私はこの分析を通して、事故・自然災害発生時の企業のキャシュフロー対策の重要性を痛感し、これが今の私の主張の原点になっています。
 半期ごとのキャッシュフローの分析の詳細は次回にご紹介致します。



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