ターンブルの実行―取締役会への説明 ③ 第一章-3 ~ Implementing Turnbull  A Boardroom Briefing ~

2012年12月20日木曜日 | ラベル: |

 引続き「ターンブルの実行 取締役会への説明(Implementing Turnbull A Boardroom Briefing)」を辿って行きます。

 私事で申し訳ありません。12月7日娘明子が永眠致しました。亨年50歳。そのため10日のブログを休みました。
 16日(日)には、学生時代に家庭教師をした教え子の広部機型製作所社長の広部元勝さんと京都で素敵な初冬の1日を過ごしました。


○一番好きな冬の栂尾の高山寺は、世界遺産・国宝鳥獣戯画所蔵のお寺です。
 この時期は訪れる人もまばらで、静かな佇まいが心を洗います。



 
○恒例南座の顔見世興行

○「まねき」は京都の師走の風物詩です。

 
○ターンブルの実行ー取締役会への説明
~ Implementing Turnbull  A Boardroom Briefing ~

以下は、記述の抜粋です。

○第1章 なぜターンブルか  
 
3.いますぐやること
 3-1  リスクマネジメントと内部統制に対するあなたの態度は正しいか。
 役員は、次のような問題に注意を怠ってはならない。
  • 役員会がリスクマネジメントは自分たちの問題ではないと考えている。
  • 会社が未だに内部の財務管理にのみ重点を置いている。
  • 事業目的が何かと言うことについて、役員会の中で合意が無い。
  • キーとなるリスクの指標が無く、従業員のための訓練も行われていない。
  • 内部統制の見直しが対外発表のため、定期的に行われる作業に過ぎない。
  • リスクマネジメントが、監査と保険と言った一部門の責任と考えられている。
もし、既に従業員のパフォーマンス向上に関係する変革の試みをしているのであれば、
新に「ターンブル」と言う改革を別途始めるのは止めること。その試みを続ける。ただし効果的なリスクマネジメントと言う方針を会社の目標の中に入れる。競合的な計画は作らない。既存の計画におんぶする
 
3-2 不要な複雑さとコストを回避する。
 中小企業の問題は、リスクマネジメントと内部統制のために使える資源の不足。プロセスを出来る限りシンプルに判り易くする。コストが利益を上回るようなプロセスはビジネスとしては無意味。
 製品ラインアップもキーパーソンも資産も少ない中で、会社を守って行くには、健全なリスクマネジメントは極めて重要であると認識すべきである。
 
○ケース・スタディで内容が更に詳細に解説されています。
 3-3 いま何をする必要があるか。
 組織のあらゆるレベルの人間の関与が重要。最初は、上級管理職と役員会のサポートを得なければならないが、業務レベルでの〝草の根〞の支持も必要。
 2段階の業務プロジェクトとして取り上げることを勧める。
 初期段階(initial stage) 
 プロジェクト計画策定は、そのために適当な時間を使うことのでき人に任せる。その人に協力し、計画を推進させる。主要な成果物、責任、期限を図示する。対応する必要のあるリスクの多くは業務に関わるものであるから、業務経験を持っている者に関与させることは特に有効。計画は複雑にし過ぎてはいけない。経営陣やスタッフから敬遠される。
 
○プロジェクトの推進案が図示されています。

  進行段階(ongoing stage)
  • 計画を組織の各段階に埋め込む。
  • 適切な報告の仕組みを実行する。
  • 情報開示のみならず、事業の発展を目指す。
進行段階は継続的なものである。リスクの監視と管理が必要。
 
○役員会に提出する書類の初期段階の重要な要素が記述されています。
  • ターンブルを実行する背景。  上場規則・コンバインドコード等
  • リスクの特定と順位づけ。
  • 実行すべき主要なタスク。 リスクマネジメント戦略とリスクマネジメント方針書の策定 等
  • 役員会の役割。
  • 資源の割り当て。
  • 計画の各段階における責任。
  • 重要なリスク一つ々々についての経営陣の責任。
企業のリスクマネジメントと内部統制の戦略と方針は、エクスポージャーの変化に応じて微調整しなければならない。過ちから学習し、事業の発展とリスク軽減の可能性を活かすためには、フィードバックの過程が極めて重要である。

(所見)

 今から10年ほど前、住友銀行の子会社のコンサルタント会社に勤務中、広島の自動車メーカーのリスクマネジメント体制確立のお手伝いを致しました。
 先にご紹介した下記の記述などは、将に当時会社側と議論した事項と一致しています。
  • 内部統制の見直しが対外発表のため、定期的に行われる作業に過ぎない。
  • リスクマネジメントが、監査と保険と言った一部門の責任と考えられている。
  • 既に従業員のパフォーマンス向上に関係する変革の試みをしているのであれば、新に「ターンブル」と言う改革を別途始めるのは止めること。その試みを続ける。ただし効果的なリスクマネジメントと言う方針を会社の目標の中に入れる。競合的な計画は作らない。既存の計画におんぶする
  • コストが利益を上回るようなプロセスはビジネスとしては無意味。
  • 組織のあらゆるレベルの人間の関与が重要。最初は、上級管理職と役員会のサポートを得なければならないが、業務レベルでの〝草の根〞の支持も必要。
企業が内部統制とリスクマネジメントを導入するについての留意事項が、具体的に判り易く記述されていて、大変参考になると思います。


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ターンブルの実行―取締役会への説明 ② 第一章-2 ~ Implementing Turnbull  A Boardroom Briefing ~

2012年12月2日日曜日 | ラベル: |

 引続き「ターンブルの実行 取締役会への説明(Implementing Turnbull A Boardroom Briefing)」を辿って行きたいと思います。
 第1章-2 「付加価値の付け方」は、リスクと内部統制を事業目標に結びつけプロセス、どういうアプローチをするのか等について説明しています。
 ミシガンは琵琶湖を周遊する陽気な外輪船です。クリスマス・ディナークルーズなど素的だと思います。

○ミシガン

○外輪

○ミシガンから大津市を望む

 
○ターンブルの実行ー取締役会への説明
~ Implementing Turnbull  A Boardroom Briefing ~

 以下は、記述の抜粋です。

○第1章 なぜターンブルか  2.付加価値のつけ方
 2-1 リスクと内部統制を事業目標に結びつける
 リスクマネジメントと内部統制は、企業がその明確な目標を達成する能力と密接に結びついている。
 大切なことは、マネジャーたちが〝負のリスクのみ(only downside risk)〞の考え方から脱却することである。〝リスクは起きてしまった悪いこと(bad things happening)〞だけでなく、〝起こっていない良いこと(good things not happening)ということもある。企業は統制だけに集中するのではなく、リスクと統制に力を入れることによって、チャンスを得るのである。
 優れたリスクマネジメントは組織全体を業績の向上に向けて改めて方向付けするという可能性を持っている。

もし、業務担当の管理職が最初懐疑的であったら、次のことに集中するのが非常に有効である。
  • リスクマネジメントと経営監査だけでなく、会社の主要事業目標を達成するのに役立つようなリスクと報償の枠組みを実行すること。
  • 既存のシステムを利用し、事業目標、重要な成功要因、簡潔な報告と主要実行・リスク指標の、確立、再評価と認識を助けるような継続的なプロセスを導入すること。
  • 会社が前提としなければならない外部及び内部の変化の増加。変化が大きくなればリスクマネジメントの必要性も高まる。
2-2 プロセスはどんなものか
 どうやったらターンブルが実行できるか。

 より良いリスクマネジメントを通じて目標の達成に注力する。 
  • 主要な内部・外部の変化を確認し、明確な目標を再検討し、合意する。
  • 重要な成功要因を特定する。
  • リスクを確認し、優先順位をつける。
  • どのリスクが重要かを決める。
  • コントロール戦略とリスクマネジメント方針に合意する。
  • 業務(accountability)について合意する。
  • 意見交換をし、リスクに対する意識を高める。
  • 行動を変え、優れたリスクマネジメントと内部統制の基本に集中する。
  • 早期警告メカニズム。
  • 内部統制の重要なポイントのモニタリング。
  • 保証の根拠(sources of assurance)
  • 簡潔明瞭な報告。
  • 定期的および、年度末報告前のリスクと統制の見直し。
  • 改善のステップ
ターンブルを、リスクマネジメントだけでなく、事業全体を向上させる機会ととらえる
  • 役員会は何を達成したかを決定しなければならない。
     明確な企業目標を立てる時.過去や現在ではなく未来に向かって表明することが大切である。役員会は、持っている目標がこの先少なくとも2〜3年の間に直面する可能性のある挑戦に見合ったものかどうか、自問してみるべきである。
2-3 これまでのアプローチと何が違うのか
 リスクの研究作業(risk workshop)の〝伝統的な〞やり方が、リスクマネジメントよりも、リスクの確認に重点を置き過ぎていることについての懸念がある。あまりに多くのリスクが認識されると、重要なリスクを特定し、マネジメントすることは非常に難しくなる。
 ターンブルガイダンスは、重要なリスクを主眼に置いている。上級管理職が会社目標の達成にダメージを与える可能性があるものとして特定したリスクである。

 そういうリスクを認知したら、次のようなことがらについて全社的に意見交換するのが望ましい。
  • 会社の目標とそれにかかわる重要なリスクについての意識
  • 会社のリスクマネジメント方針
  • 採用されたコントロール戦略が効果的であるかどうか、そして戦略を実行するには何をすることが必要か。
  • 優れたリスクマネジメントおよび内部統制の基本
  • 会社がその事業目標を達成する力に影響を及ぼすような重要なリスクを最小限にするための改善の方法
  • 行動を変えること
この意見の交換は、上級管理職たちが、とりわけ変化する内部および外部環境に注意を払いながら、会社目標に関係のある重要なリスクをすべて認識しているかどうかを確認するのに助けになる。また役員会に対して、経営監査の効果の評価と、経営監査に関する株主への報告のための健全な基礎を提供する。
 要するに、〝トップダウン〞のアプローチと、全社的な意見交換と、優れたリスクマネジメントおよび内部統制に力点が置かれているのである。

  • もし膨大なリスクを認知していたらどうするか
     役員会は〝リスクの認知のしすぎ〞という状態を避ける必要がある。なぜならこれは重要なリスクに十分な注意が行き渡るのを妨害するからである。もし大量のリスクが今までに確認されていたならば、事業目標、および新たな目標が必要となるような重要な分野との関連性に基づいて有効に分析する。
     
     リスクマネジメントは、企業目標が予測していない出来事によって危うくなる可能性を低減するのに必須である。会社が成し遂げようとしていることは全て、リスク・エクスポージャーによって影響されるのであり、それらは先を見越してマネジメントすべきである。
2-4 グループおよび国際的な経営 
 ターンブルは内部統制に関する効果の再評価および株主への報告は、グループ全体の観点から行うのが望ましいと期待する。従って、グループ全体にとって重要なリスクのマネジメントが優先して行われるよう注意すべきである。また〝トップダウン〞と〝ボトムアップ〞っという二つのやり方が、それぞれ別々に行われることのないよう留意する。
 部門(divisions)や子会社(subsidiaries)があるところでは、それらの役員会には、グループ全体にとって重要なリスクを優先するだけでなく、それぞれの部門や子会社にとって重要なリスクにも取り組むという〝ミドル・ダウン・プロセス〞をもって、本社の役員会による〝トップ・ダウン・プロセス〞に従うチャンスがある。これはグループの重要な目標を各部や子会社はもちろん、すべてのスタッフに,彼らに特有の分野に焦点を合わせて、確実に教え込むことになる。
 ジョイントベンチャーや提携係においては、グループのリスクマネジメントおよび内部統制を彼等にまで広げるには、実務上の障害があるかも知れない。このような状況でターンブルは、実質的なジョイントベンチャーや提携係がグループの一部として扱われていないところでは、情報開示を期待する。
 
国際的な事業展開を行っている場合には、国境を越えたエクスポージャーを考慮する必要がある。
 
(所見)
 我が国における従来のリスクマネジメントの解説書は、オペレーショナル・リスク中心の〝負のリスクのみ(only downside risk)〞のリスクマネジメントの解説書が殆どです。
 内部統制と結びついた組織全体を業績の向上に向けて改めて方向付けするというERM(Enterprize Risk Mnagement)については言葉では唱えられていますが、具体的な実行方法については各企業の自主性に任せられているのが実情だと思います。
 企画部中心のERMと、現場の〝負のリスクのみ(only downside risk)〞のオペレーショナル・リスクのマネジメントとの乖離を心配する方もいます。
 今回の記述は、如何にリスクマネジメントと内部統制を事業目標に結びつけるかについて具体的に実務に即して説明されています。
 私は、アメリカのCOSOレポートやCOSO2レポート(Enterprize Risk Management - Integrated Framework)の記述よりも、「ターンブルの実行 取締役会への説明(Implementing Turnbull A Boardroom Briefing)」の記述の方がはるかに判り易いと思います。
例えば
  • 膨大なリスクの認知は重要なリスクに十分な注意が行き渡るのを妨害する
  • それぞれの部門や子会社にとって重要なリスクにも取り組むという〝ミドル・ダウン・プロセス〞
など、各社のリスクマネジメント担当者が均しく悩んでいることに対する、有益なアドバイスが多々含まれていると思います。
 わが国のリスクマネジメントの関係者は、アメリカ一辺倒でなく、イギリスの文献にも目を向けるべきだと私は思うのですが。


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ターンブルの実行―取締役会への説明 ① 第一章 ~ Implementing Turnbull  A Boardroom Briefing ~

2012年11月20日火曜日 | ラベル: |

 今回は「ターンブルの実行 取締役会への説明(Implementing Turnbull A Boardroom Briefing)」を読んでみたいと思います。これは日本語訳が未だありません。以前研究仲間の方が試訳をして下さいましたので、それを参考に辿って行きたいと思います。

 江戸時代の芸術家、本阿弥光悦が元和元年(1615)徳川家康からこの地を賜り、光悦一族をはじめ様々な工芸の職人が移り住んだ芸術家の集落の跡が、光悦の死後光悦寺になりました。洛北 鷹峰の光悦寺の紅葉です。

 鷹峰です。

 竹を斜めに組んだ垣根は「光悦垣」と呼ばれます。

 本阿弥光悦のお墓です。

○ターンブルの実行ー取締役会への説明 ~ Implementing Turnbull  A Boardroom Briefing ~

http://www.icaew.com/~/media/Files/Technical/Research-and-academics/publications-and-projects/corporate-governance%20publications/implementing-turnbull.pdf
 
 私は、アメリカの文献は実務の観点から書かれているせいか理論構成が希薄なように思います。ドイツの文献はうっとりするほど緻密な理論構成になっています。イギリスは丁度その中間で、実務の観点と理論が渾然一体となっていて、誠に参考になります。今議論している、イギリスのコーポレート・ガバナンス論の展開において,内部統制によって支えられるリスクマネジメントが求められることとなるプロセスを理解するのに、「ターンブルの実行―取締役会への説明」の記述を辿っていくと、なるほどこう言うことなのかと理解出来ます。国によって適用方法は若干異っても、根本思想の理解が重要だと思い、何回かに分けてご紹介致します。
 「ターンブルの実行―取締役会への説明」は、未だ日本語訳が出版されていません。私の研究仲間が試訳をして下さいましたので、それを参考にして辿って行きます。但し、若し護訳等があれば責任は私にあります。

 
1. Why Turnbull? 
 第1章は「なぜターンブルか」です。」以下は内容の抄訳です。
1-1 利点と効果
「このガイダンスは内部統制(Internal Controll)の体制を作りその効果を評価するためのリスクに基礎を置いたアプローチについて述べている。それはロンドンの証券市場での目的だけのものではなく、リスクを効果的に管理し、企業が事業活動の目標を達成するためのプロセスに内部統制を組み込むための健全な経営感覚を作り上げるものである。
 もしこれを貴方の事業の発展と言う可能性にリンクさせず、単なるチェック式の練習問題にしてしまえば、官僚主義とコスト体質と言う結果になるかもしれない。しかし、ターンブルを貴方の事業と財務成績を向上させるパワフルなメカニズムとして利用することに興味があるなら読み進んで欲しい。
・効果的なリスクマネジメントと内部統制によって得られる利点とは何か。
 役員は会社の長期的な方向付けに関わっている。”リスク”と言うのは会社が認識したゴールが、目指し望んでいたものと全く異っていることを意味すると言うことができる。従ってリスクは会社がどのように機能するかに大きな影響を与え得るので、全ての役員にとって最も重要な関心事であるべきだ。
 リスクに基礎を置いたアプローチは市場の変動に対し企業をより柔軟に適応力あるものにし、発展を続ける事業環境の中で、変リ続ける顧客のニーズを満足させることを可能にする。
 企業はライバルより先に新い環境に適応することにで、早く行動した者として有利な立場を手にし、中期的に競争力のある強みに繋がって行く。企業に対する外部の認識は、その企業が直面しているリスクの水準と、そのリスクの管理の仕方に影響される。効果的なリスクマネジメントと内部統制は、変化に対応し、事業目標の達成において全社の全ての人間を巻き込むため長期的な株価は勿論、将来の格付けと資金調達力を引き上げるために利用できる。
  
 従って、リスクマネジメントと内部統制に正しく焦点をあてることは、企業に相当な恩恵をもたらす。
 ターンブルガイダンスは、ロンドン証券市場における上場規則の情報開示条件にリンクしている。従ってターンブルガイダンスの順守を怠ると、マスコミ、株主、機関投資家の関心を引くような、恥ずかしい情報開示を年次報告書でなければならない。
 然し、最も大きなマイナスは、本当は機会の逸失と言う形でやって来る。その機会というものは他の会社はしっかりと掴んでいるもので、ターンブルガイダンスを企業の事業目標の達成に利用すると言うことであり、起きて欲しくない出来事の可能性を減らすと言うことである。」

1-2 リスクマネジメントとターンブルガイダンスは中小上場企業にも関係があるか。
 答えは間違いなくイエス。議論の余地はある。中小企業がさらされるリスクのレベルは徐々に上がっている。市場の資金を獲得し維持するには、他の何よりも、投資家に対して効果的なリスクマネジメントと内部統制を行っていることを示すかどうかに掛っている。
 中小企業は大きな変化の戦略を実行しようとする場合大企業より優位である。
  • 中小企業は若くて柔軟であり、カルチャーへの適応力がある。また良く勉強し、熱心であり、大企業にありがちな官僚主義に邪魔されないで、最小の混乱で必要な変化を遂げることができる。
  • リスクマネジメントを早く採用することは中小企業にとって会社が大きくなった時や予期しない出来事に見舞われた時の移行コストを節約できると言うことを意味する。
    またリスクマネジメント文化は、企業が成長するに従ってやることすべてに深く浸透する。
○中小企業ならではの特徴。
  • 役員会の高度な結束
  • 役員同士の頻繁なミーテイング
  • 小規模で深くコミットしたチーム
  • 事業活動が深く理解され、集中的に行われ、数が少ない
  • 生き残りに関わるリスクが厳しくコントロールされている
  • 現金の管理に重点が置かれている。
  • リスクを取る文化
(所見)
 第1章では、ロンドン証券市場の上場企業に対して、リスクを効果的に管理し、企業が事業活動の目標を達成するためのプロセスに内部統制を組み込むことの、重要性とメリットを極めて明白且つ率直に叙述されていることに改めて感銘します。
 細部は次章以下に譲りますが、「リスクマネジメントと内部統制は、変化に対応し、事業目標の達成において全社の全ての人間を巻き込むため長期的な株価は勿論、将来の格付けと資金調達力を引き上げるために利用できる。」書いてあります。
 10月20日のブログ「防災・危機管理に取り組む企業が評価される仕組みを構築するために」で「一般の金融機関において融資条件にBCPを取入れることは可能か、について、私は悲観的です。」と書きました。1999年9月に公表された「ターンブルの実行ー取締役会への説明」の記述と対比する時、我が国におけるリスクマネジメントや内部統制、BCPを実行している企業に対する金融機関や世間の評価が不十分である現状は誠に遅れていると言わざるを得ません。

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統合規範(コンバインド・コード)と ターンブル・ガイダンス

2012年11月10日土曜日 | ラベル: |

 今回も引続きイギリスにおける経過を辿って見たいと思います。
 イギリスのコーポレート・ガバナンスとリスクマネジメント論の流れは,理路整然たるレポートが次々に発表されている点に特色があり,大変参考になると思います。

1992年のキャドバリー委員会報告書の後、1995年「取締役の報酬;リチャード・グリーンブリー卿を委員長とする検討委員会報告書」、1998年「コーポレート・ガバナンス委員会:最終報告書」が出され、1998年に「コーポレート・ガバナンス委員会:統合規範」に集約されました。一連の報告書でコーポレート・ガバナンス全般が議論され、1999年に「内部統制;統合規範に関する取締役のためのガイダンス」通称「ターンブル・ガイダンス」(その後改定あり)が公表されました。この過程を辿ると,イギリスのコーポレート・ガバナンス論のなかにリスクマネジメントがビルトインされた経過が良く理解出来ます。

 学生時代左京区浄土寺南田町、銀閣寺の裏の親類の家に下宿していました。玄関の前が銀閣寺の塀で案内のスピーカーの音声が聞こえていました。
○銀閣です。

○銀沙灘です。


○向月台です。

○統合規範(コンバインド・コ-ド)

前回イギリスおけるプロセスの内、先ず「キャドバリー委員会報告書」をご紹介致しました。
「キャドバリー委員会報告書」の後、1995年「取締役の報酬;リチャード・グリーンブリー卿を委員長とする検討委員会報告書」、1998年「コーポレート・ガバナンス委員会:最終報告書(通称ハンベル委員会報告書)」が出され、1998年に「コーポレート・ガバナンス委員会:統合規範」に集約されました。

 上場会社のコーポレート・ガバナンスの望ましいモデルが、統合規範(the Combined Code)に示されています。統合規範は、会社と株主が遵守すべきコーポレート・ガバナンスの原則と、ベスト・プラクティス(最善の行為規範)を定めたものです。統合規範はロンドン証券取引所の上場規則集に取り入れられました。
 『統合規範(コンバインド・コード)』の構成は下記です。
 前 文
 第1部 好ましいコーポレート・ガバナンスの原則
 第1章 会社
 A節 取締役、B節 取締役の報酬、C節 株主との関係、D節 アカウンタビリティーおよび会計監査
 第2章 機関株主
 E節 機関投資家 
  付則A:業績連動型報酬の設計に関する条項
  付則B:報告書に記載すべき事項に関する条項

 統合規範の第一部・第1章・D節2.1内部統制の記述に、
 「取締役会は株主の投資および会社資産を保全するために、健全な内部統制システムを維持しなければならない。」 とあります。
 イギリスのコーポレート・ガバナンス論において、内部統制はその一部という位置付け
です。
  *日本コーポレート・フォーラム編『コーポレート・ガバナンス 英国の企業革』の訳による。

 その後、英国政府は、米国企業エンロンの経営破綻を機に、統合規範の見直しを行い、統合規範の作成を担当する財務報告委員会(FRC)が、2003年7月23日、統合規範を改訂し、公表しました。
 主な改正内容は、(1)取締役会における独立非執行取締役の割合を少なくとも半数に引き上げる、(2)独立非執行取締役の定義化、(3)指名委員会の設置、(4)非執行取締役の兼職および任期の制限、(3)監査委員会の役割強化、(4)株主と取締役会議長の対話の義務付け、などです。
 ロンドン証券取引所の英国上場会社は、2003年11月1日以降開始する事業年度から新しい統合規範に基づくガバナンス情報の開示が求められています。
わが国の上場会社もコーポレート・ガバナンスの開示の充実を求められていますが、我が国には統合規範のような基準がありませんから、英国企業の開示は十分参考になると思われます。

○ターンブル・ガイダンス

 1999年に「内部統制;統合規範に関する取締役のためのガイダンス」「ターンブル
委員会報告書:通称ターンブル・ガイダンス」が公表されました。
 これは、「統合規範」における内部統制の要件をロンドン証券取引所上場企業が履行するためのガイドラインです。
なお『ターンバルの実行 取締役会への説明』(Implementing Turnbull A Boardroom Briefing) というレポートで,更に詳しい実行方法が解説されています。

 ターンブル・ガイダンスの構成は下記です。
  イントロダクション  
  健全な内部統制システムの維持
  内部統制の有効性の審査 
  内部統制についての取締役会の説明
  内部監査
  付録

 その一部をご紹介致します。
(イントロダクション)
『内部統制とリスク管理の重要性 10』
  内部統制システムは,会社の事業目的の実現に重要なリスクのマネジメントを行う際重要な役割を担う.健全な内部統制システムは、株主の投資と会社の資産の保護に貢献する。

『内部統制とリスク管理の重要性 13』
  会社の目的や会社の内部組織と事業展開する外部環境は絶えず進展しているため,会社が直面するリスクは絶えず変化している.従って健全な内部統制システムは,会社が直面するリスクの性質と規模を詳細かつ恒常的に評価することと深い関わりを持つ
 利益は,部分的には事業リスクを適切に取り込むことにより得られる報酬である。
 このため,内部統制の目的は,リスクを無くすより,むしろ適切にマネジメントを行い,統制し易くすることである

『健全な内部統制システムの維持 責任 17』
 内部統制の政策ーその政策によって会社固有の状況下で健全な内部統制システムを評価するーを決定する際,取締役会は次の要素を審議すべきである。 
  会社が直面しているリスクの性質と大きさ                   
  会社が許容可能としたリスク
  憂慮されるリスクの実現可能性、発生頻度.
  事故削減の会社の能力、及びリスクが顕現した場合の業務に与えるインパクトを減らす能力
  関連リスクのマネジメントにより得られる利益に関係する特定の統制を行う費用

『健全な内部統制システムの維持 責任 18』
 リスクと統制に関する取締役会の政策を実行することは経営者の役割である.経営者はその責任を果す場合,会社が直面するリスクで,取締役会の検討対象となるリスクを認識し,評価し,そして取締役会が採用した政策を実行する内部統制の適当なシステムを設計し,操作し,そしてモニターすべきである。

○コーポレート・ガバナンスとリスクマネジメントの結合
 ロンドン証券取引所上場企業の経営者は,内部統制システムによって支えられたリスク
マネジメンを行わねばなりません。

 注目すべき点は,①コーポレート・ガバナンス論の中にリスクマネジメントがビルトインされたこと、②内部統制システムは、リスクマネジメントを実行するについて重大な役割を担うものだとされた,ことです。

 ① はコーポレート・ガバナンスとの関係は希薄であった従来のリスクマネジメントの
画期的な変容です。②はアメリカにおいて提唱された管理手法である内部統制をコーポレート・ガバナンスの基礎であるリスクマネジメントを支える手法として採用したことに注目すべきです。こうした経過で,イギリスにおいてはコーポレート・ガバナンスとリスク・マネジメントが結び付きました。

 次回は、「ターンブルの実行ー取締役会への説明」での更に詳しい実行方法を見てみます。

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キヤドバリー卿の著書 『トップマネジメントのコーポレート・ガバナンス』

2012年11月1日木曜日 | ラベル: |

 10月10日に「次回以降、エンタープライズ・リスクマネジメントとコーポレート・ガバナンスについて考えてみたいと思います。」と書きました。今回から主としてイギリスにおける経過を中心に振り返って見たいと思います。

○11月初旬の軽井沢です。若葉の頃も素敵ですが,晩秋の趣はまた格別です。
雲場の池

同  上


六本辻

○トップマネジメントのコーポレート・ガバナンス
 1990年代の主要国のコーポレート・ガバナンス議論の先駆となったのは,イギリスにおいて1992年に公表された「キヤドバリー委員会報告書」です。この委員会の委員長を勤めたキヤドバリー卿の著書に,『トップマネジメントのコーポレート・ガバナンス』と言う本があります。注1
 (注1)日本コーポレート・ガバナンス・フォーラム、英国コーポレート・ガバナンス研究会専門委員会訳『トップマネジメントのコーポレート・ガバナンス』シュプリンガー・フェアラーク東京㈱ 2003年 (原著 Adrian Cadbury  『Corporate Governance and Chairmanship 』 Oxford University Press 2002)

  その第一章に,「イギリスにおけるコーポレート・ガバナンスは1600年12月31日にロンドン貿易商会による東インドとの通商に対して国王から勅許状が与えられ,投票権を持つすべての所有者により構成される所有者役員会(Court of Proprietors) が理事役員会(Court of Directors)を通してロンドン貿易商会を管理したこと」が起源である。
 「所有者役員会は最高の権限を持ち,資金の調達は所有者役員会の承認が必要とされ,所有者役員会が理事を選任していた。理事役員会による政策の決定は所有者役員会によって承認されなければならなかったが,それ自身は執行体(executive body) としての機能を持ち,会社の運営に責任を負っていた。」「このようなガバナンス機構は今日の会社とほぼ同じであった。所有者役員会は今日の株主総会に相当し,理事役員会は今日における取締役会の標準的な機能の大部分を実行していた。」と述べられています。

余談ですが、アメリカ合衆国の独立は1976年7月4日ですから、1600年12月31日にロンドン貿易商会に国王から勅許状が与えられた時点ではアメリカ合衆国は影も形もなかった訳で、「コーポレート・ガバナンス」と言う思想に対するキャドバリー卿(またはイギリス人)の強烈な自負心を私は感じます。
 イギリス王室御用達のキャドバリーチョコレートを作っている会社の経営者が、コーポレート・ガバナンス議論の先駆となった「キヤドバリー委員会報告書」の作成にあたって委員長をされたと言う点にも感ずるところがあります。
 キャドバリー委員会報告書では「コーポレート・ガバナンスとは,会社が(それによって)指揮され,統制されるシステムである」と定義されています。所有と経営が分離している現在「株主の代表である取締役会が会社を統治することがコーポレートガバナンスである」ということが、イギリスにおけるコーポレート・ガバナンスの考え方の基礎だということを,しっかりと抑えておく必要があります。この考え方はアメリカでも同じです。
 10月10日のブログで申しましたように、欧米から輸入した法律や制度の建前と、我が国の組織や実務との甚しい乖離は大きな問題だと思います。我が国の株式会社の制度は明治時代にヨーロッパから輸入されたもので、敗戦後大きく改定されましたが、コーポレート・ガバナンスの議論は我が国には歴史的には存在していないと思います。
 元日本銀行理事の若月三喜雄氏は,講演の中で「コーポレート・ガバナンスは、その国の発展段階,資本市場の発展段階,国民性,社会的環境,文化的背景によって違ってくるものである。」と述べておられます。コーポレート・ガバナンスの思想が新に導入された後の我が国における議論は様々です。
 それに加え、我が国では取締役会の構成員はCEO,CFO,その他の執行役員にあたる人達が殆ど一体となっているケースがまだ数多く存在するため、取締役会が経営者を統治することが事実上難しいという問題があります。
 イギリスのコーポレート・ガバナンス論の展開において,内部統制によって支えられるリスクマネジメントが求められることとなりました。
 アメリカにおいては2004年にCOSO2報告書「Enterprise Risk Management Framework」公表され,コーポレート・ガバナンスにリスクマネジメントがビルトインされました。これらのプロセスを概観すればコーポレートガバナンスと内部統制及びリスクマネジメントの関係が良く理解出来ると私は思います。
 次回からは、イギリスの「統合規範」・「内部統制;統合規範に関する取締役のためのガイダンス」(通称、ターンブル委員会報告書)・「ターンブルの実行ー取締役会への説明(Implementing Turnbull)」・「A New Risk Management Standard」の中身を覗いて、イギリスにおいてコーポレート・ガバナンスとリスクマネジメントが結び付いたプロセスを理解をして頂こうと思います。

○イギリスにおけるプロセス
1980 「監査実施基準」で内部統制を規定
1992 「キャドバリー委員会報告書」 
1995 「取締役の報酬;リチャード・グリーンブリー卿を委員長とする検討委員会報告書」
1998 「コーポレート・ガバナンス委員会:最終報告書」
1998 「コーポレート・ガバナンス委員会:統合規範」
1998 「統合規範」はロンドン証券取引所の上場規則集に添付された。
1999 「内部統制;統合規範に関する取締役のためのガイダンス」
      通称「ターンブル委員会報告書」(その後改定あり)
      「ターンブルの実行ー取締役会への説明」で更に詳しい実行方法が解説されている 。
2002 英国の3大リスクマネジメント機関(IRM The Institute of Risk Management: AIRMIC The Association of Insurance and Risk Managers: ALARM The National Forum for Risk Management in the Public Sector) が 「A New Risk Management Standard」を発表。

○参考
1992 COSO報告書 「Internal Control Framework」
              アメリカにおける内部統制のモデルとなる
2004 COSO2報告書 「Enterprise Risk Management Framework」
                                        
 
                                        
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防災・危機管理に取り組む企業が評価される仕組みを構築するために

2012年10月21日日曜日 | ラベル: |

19日(金)東京ビッグサイトの危機管理産業展2012の危機管理セミナー 「BCP への投資と企業の新たな成長モデル」の中で、「防災・危機管理に取り組む企業が評価される仕組みを構築するために」という話をしました。250人定員の会場は満席で補助椅子を出すなど、BCPに対する関心の高さが改めて窺われました。大変残念だったのは金融機関の関係者の出席が極めて少なかったことです。
 なお、セミナーの資料は、GRCジャパン㈱のHPにアップしてありますのでご覧下さい。
GRCジャパン http://www.grc-j.com/

○秋の箱根 千石原  すすき



○同上  コスモス


○「防災・危機管理に取り組む企業が評価される仕組みを構築するために」

 昨日のセミナーで私に与えられたテーマは、下記の3点でした。
  Ⅰ.防災に取組む企業に保険料を下げることは可能か  
  Ⅱ.融資条件にBCPを取入れることは可能か
  Ⅲ.品質管理が普及した理由とBCPが普及しない理由

 Ⅰ,Ⅱについては,既に日本政策投資銀行(DJB)で制度化されています。
 同行のHPを見ますと、「企業経営とその評価は財務的な指標を中心に行われており、一般の金融取引においては、企業の防災・減災や事業継続(=非財務情報)への取り組みを十分に評価できていない。 DBJでは、防災・減災や事業継続への取り組みを行っている先進的な企業や、今後取り組みを推進していくことを考えている企業に対し、金融技術を活かした支援を行っていきたい。」として、「BCM格付融資制度」が記載されています。
 これはDBJが開発した独自の評価システムにより防災及び事業継続対策への取り組みの優れた企業を評価・選定し、その評価に応じて融資条件を設定するというものです。
 これまでの実績や経験に加え、東日本大震災等を踏まえた個別企業への緊急ヒアリングも行い、得られた教訓や事業継続の要諦を踏まえ、評価システムの内容を大幅に見直し、予防だけに留まらず、危機事案発生後の戦略・体制等を含めた企業の事業継続性(=組織レジリエンス)を総合的に評価する内容となっています。

○BCPコンサルティングサービス
「自然災害対応のみならずシステムダウンや新型インフルエンザ等の危機対応のためのBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の策定を民間企業や自治体に対して行う。リスク対応分野における日本政策投資銀行の持つノウハウと日本経済研究所の経験を活かし、お客さまの事業の特色を踏まえ、かつ確実に利用できるBCPを作成する。」と書いてあります。
 更に株式会社損害保険ジャパンと提携し、同社の子会社のNKSJリスクマネジメント㈱が有償で、①BCPの策定・見直し支援、BCM体制構築支援②BS25999-2事業継続マネジメントシステム取得支援③2012年度発行予定の事業継続に係る国際標準ISOの取得支援 のサービスを提供 します。

○震災時復旧資金特約付融資
 「DBJ BCM格付」融資による“地震発生前”の事業継続の為の各種支援に加え、震災時復旧資金特約付融資により“地震発生直後”の復旧資金の提供を行い、お客様の事業継続推進・高度化支援をはかり、 予め定められた条件を満たす大規模な地震が発生した場合、一定金額の復旧資金が支払われます。
 本特約の設定により、企業は、大規模震災発生時における復旧資金の確保、財務の健全性の維持および震災からの速やかな復旧を支援することとなります。
本特約を通じて、企業のみならず、企業が属するサプライチェーン全体への地震の影響を防ぐ効果も期待されます。

○企業費用・利益総合保険割引制度と被災設備修復サービス
  DBJは株式会社損害保険ジャパンと提携、同社が下記サービスを提供させます。
  1.  企業費用・利益総合保険割引制度
    損保ジャパンは、「DBJ BCM格付」取得企業の災害時のリスクをより正確に評価できると判断し、平成24年1月1日以降を始期とする保険契約に対して、「企業費用・利益総合保険 割引制度」の適用可能割引を行います。 「DBJ防災格付」に加えて、損保ジャパン独自の審査も行い、最大で20%の割引を適用を可能とします。
  2. 被災設備修復サービス
    火災、水災などで汚染した建物・機械設備の煙・すす等による災害汚染の調査、汚染除去(※)を行います。
    従来は新品に交換する以外に方法がなかった被災設備を被災前の機能・状態に修復することで、事業の 早期復旧を支援します。
日本政策投資銀行の「BCM格付融資制度」は、防災・危機管理に取り組む企業が評価される仕組みで、防災に取組む企業に保険料を下げ、融資条件にBCPを取入れた、世界でも類の無い融資制度だと記述されています。

 「一般の金融機関・保険会社で防災に取組む企業に保険料を下げることは可能か」については、私は悲観的です。
  1. 保険料については、損害保険会社が自ら企業の策定したBCPを評価し、その結果保険料を下げると言うことは積極的 には行われ難いと思います。
  2. 民間金融機関が企業の策定したBCPを評価する動きもあまり見受けられません。
  3. 「BCPコンサルティングサービス」は企業に取って費用が掛かります。特に中小企業に対しての「BCPコンサルティングサービス」は一般的に費用対効果の関係で行われ難いと思います。
 保険料の割引以前に、わが国の中小企業に取っての最大の問題は地震保険や地震を原因とする利益保険の付保が困難であると言うことです。
 
 「一般の金融機関において融資条件にBCPを取入れることは可能か」についても、私は悲観的です。
  1.  企業の策定したBCPに対する汎用の評価システムはまだありません。日本政策投資銀行のように、独自の評価システムを保有している一般の金融機関は皆無と思われます。
    又これを策定しようとする動きも見受けられません。
  2.  融資先に対し、自行又は関係会社で「BCPコンサルティングサービス」を行うことが可能な金融機関は少なく、又大規模に行う能力も不足していると思われる。特に中小企業 への「BCPコンサルティングサービス」は一般的に費用対効果の関係で行われ難いと思います。
○金融機関の融資先に対するBCPサポートの必要性
 後記のように、東日本大震災における各銀行の損失の殆どは貸倒引当金の計上です。
 融資先に対する 「BCP(事業継続計画)特に、資金繰り(キャッシュフロー)対策」の推進は、金融機関の資産の太宗をなす貸付金債権が、地震等のリスクで毀損することを防止することになます。それはあたかも製造業において工場の耐震工事を行うのと同じことだと思います。
 企業の事業継続は、BCPとキャッシュフロー対策の両輪があってこそ実効性が確保されることを、金融機関も企業の経営者も、改めて認識すべきです。

○東日本大震災における各銀行の損失状況
  1. A銀行    災害による損失  50,687百万円 当期純損失 30,458百万円。
    「災害による損失」には、貸倒引当金繰入額48,847百万円及び固定資産関連損失
    1,023百万円(うち災害損失引当金繰入額848百万円、固定資産処分損170百万円
  2. 銀行    その他の特別損失 6,919百万円  当期純利益 1,109百万円。
    東日本大震災による与信費用6,075百万円及び震災関連のその他費用807百万円
  3. C銀行  災害による損失  5,184百万円  結果 当期純損失 4,955百万円
    貸倒引当金繰入額5,100百万円及び固定資産関連費用84百万円 
  4. D銀行 貸倒引当金繰入額2,898百万円及び減損損失113百万円
    当期純損失 4,834百万円
  5. E銀行  災害による損失  15億円  結果 当期純損失 10億円
    貸倒引当金繰入額1,457百万円及び固定資産関連損失74百万円
○品質管理が普及した理由とBCPが普及しない理由
 昨年7月1日のブログ「QC(品質管理)とリスクマネジメント・戦後のアメリカ流マネ
ジメント手法の導入を振りかえる」を読んで下さい。再度問題点を下記します。
  1. 危機意識の欠如
    QC導入時に比べ、経営者・管理者・社員の危機意識の欠如が根本問題です。QC
  2. 導入にあたり,中心となって推進する強力な団体、リーダーの不在。
  3. 単独部部門の経営管理手法か、全社的経営管理手法か。
    QCは主として製造部門の問題でしたが、BCP・BCMは全社マターであり、縦割りの我が国の企業組織では定着するには問題があります。
  4. 経営者の関与
 経営者自らがリーダーシップを取って全社を挙げてBCP/BCMに真摯に取組むと言う態勢が出来ていない企業がまだまだ存在します。
 
○参考文献 財団法人日本科学技術連盟 「創立50年史」
http://www.juse.or.jp/about/pdf/history/history_50_2.pdf

  ○一橋大学 佐々木聡教授 『戦後日本のマネジメント手法の導入』
『一橋ビジネス レビュー』(東洋経済新報社)2002年秋号


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法律の解釈と適用について 〜法制度と実務の乖離〜

2012年10月10日水曜日 | ラベル: |

 我が国では法制度と実務が乖離している場合が多々あります。欧米から輸入した株式会社法の建前と、我が国の株式会社の実務・実状との甚しい乖離は大きな問題です。ごく最近そのことを痛感しました。

○長崎くんち
 今年、10月7日(日)8日(月)9日(火)は「長崎くんち」です。
 これは長崎の氏神様「諏訪神社」の秋季大祭です。 寛永11年(1634年)が「長崎くんち」の始まりと言われています。 爾来、長崎奉行の援助もあって年々盛んになり、さらに奉納踊には異国趣味のものが多く取り入れられ、江戸時代から絢爛豪華なお祭りとして有名です。私の父は長崎で育ちました。私は一回だけ「長崎くんち」を見物する機会がありました。

○諏訪神社です。



○演しものの一つです。

○取締役の善管注意義務
 取締役の基本的な義務として、会社に対する取締役の善管注意義務と忠実義務があります。
 取締役は、株主総会による選任決議を受けて、会社がこの者に経営を委任し、選任された者がこれを引き受ける(就任を承諾する)ことによって取締役の地位につきます。このように、会社と取締役の間には委任契約が存在し(会社法330条)、会社が委任者、取締役が受任者の関係にあります。
 そこで、取締役は委任契約における受任者として、善良なる管理者の注意をもって業務執行を行う義務を負うことになります(民法644条)。これを、「善管注意義務」といいます。 善管注意義務とは大まかにいえば、『取締役という地位にある者として一般に要求される程度の注意を払って業務を遂行する』ということになります。
 万が一、受任者に専門家としての注意不足があり、そのことにより委任者に損害が発生したときは、受任者は委任者に対して賠償しなければならないということになります。これが、善管注意義務違反による損害賠償です。

○60年前の教え
 私は1952年に京都大学法学部に入学しました。2年目から専門科目の授業が始まりました。今から約60年前、私は民法のゼミナールに所属し、当時新進気鋭の林良平教授からご指導を受けました。今もその教えに従っています。ゼミでは下記のようなことを徹底的に叩き込まれました。
①法律の解釈については、論理的であることは当然であるが、具体的妥当性のある解釈を下すについては、その人の経験・教養が重要である。全人格が解釈に反映するものである。
②法律の適用については、事実関係の確認が極めて重要である。事実の中に法律の解釈を決するものがある。

○何故裁判官を信用するのか

 私は銀行退職後、銀行のお世話で就職した大手製薬会社で、国際化に備えて英会話の個人レッスンを受けましたが、先生のアメリカ人から「刑事裁判において、何故日本人は職業裁判官を信用するのか」と言われました。当時はあまり議論されていなかった、陪審員制度のことです。アメリカ人は、社会の一般常識が刑事裁判の判決に反映されるべきだと思っています。これは民事裁判についても同じことが言えると思います
 判決は裁判の場における正義だと思います。裁判官・検事の一般常識と乖離した法律の解釈や適用についてあまり問題にしない日本人は、何とお人良しなのでしょうか。 私を含め、日本人の殆どは一生裁判に関係しないで済む幸せな(?)国に生きているからだと考えます。

○法制度と実務の乖離
 私の親しい中小企業の元代表取締役専務の方が相談役になられた後に、その会社は民事再生手続きを開始しました。会社は旧代表取締役に対し、善管注意義務違反として巨額の損害賠償を請求して来ました。私はゼミの後輩の弁護士と相談をして対応しました。
 その方は東日本地区の営業を担当する役員として職務に精励していたのですが、東日本地区の或る取引先に対する支援(含む融通手形の交換)がその会社の民事再生手続き開始の原因であるとして、彼の取締役としての善管注意義務違反が問われました。彼は担保範囲を越える支援には終始反対していました。また融通手形の交換については、彼の担当外である西日本地区の業績不振による資金繰りの悪化の糊塗策の結果とみられます。彼は決算粉飾を含め社長や経理担当常務からは何の情報も得ていなかったので、その旨を答弁したのですが、裁判官からは一顧だにされませんでした。
 私も上場会社の取締役・監査役の経験があります。我が国の企業では、担当外の事業の状況について、個々の取締役が実態を承知するのは至難の技です。実際は執行役員の立場でいながら、会社の制度上取締役になっているケースも多いと思われます。
 法律の建前と、実務が大きく乖離している場合でも、法律の解釈としては責任を逃れることは出来ないと思いますが、裁判官が法律の建前だけで、実務の実際に対して一顧だにしない事に彼は非常に傷ついています。全く責任を逃れることは出来ないにしても、裁判官には実情を理解して貰えないのかと嘆いています。
 当時、彼があくまで支援に反対する、或いは会社の状況に対し経理担当常務を詰問すれば、会社では内粉になり、得意先・金融機関の信用を失い、最悪の場合その時点で倒産に至っていたかも知れないと私は思います。結果からみれば,善管注意義務違反でしょうが、割り切れないものがあります。
 もし裁判官がこれらの事情を斟酌しようとすれば、会社経営に対する実務知識が必要になります。それは必要ないいう裁判官の判断だろうと思われます。
 林良平千先生から60年前に教えられた
②法律の適用については、事実関係の確認が極めて重要である。事実の中に法律の解釈を決するものがある
 は、その後会社経営の実務においても、裁判官の判断においても全く改善されることなく、今日に至っていることを痛感致します。
 裁判官からすれば、法律に定められた通りの会社経営をしていないことが問題だということでしょう。然し、多くの会社の取締役会が法律に定められた通りの会社運営をしていないという事実の重みも重大です。法曹界と実務の双方で、何故そうなのか、どうすべきかについてのシリアスな議論がなさるべきだと思います。
 今年1月オリンパスは現旧取締役に対し、巨額の損害賠償訴訟を提起しました。私の経験からオリンパスの多くの現旧取締役の方々に取っては大変酷な話だと思います。役員損害賠償訴訟に関して極めて有能な研究仲間の弁護士さんにその感想を述べました。彼は自分も同感だが、法律的には根拠のあることだからと言っていました。
「我が国の会社経営における、法制度と実務の乖離」特に「善管注意義務違反による損害賠償」の問題は会社に問題が起らなければ我が身に振りかかって来ませんから、現在の取締役の方々は楽観的なのだろうと思います。然し、実は大きなリスクだと考えます。
 次回以降、エンタープライズ・リスクマネジメントとコーポレートガバナンスについて、そのあたりを考えてみたいと思います。


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中小企業基盤整備機構の国際化支援について

2012年10月1日月曜日 | ラベル: |

 中国の現状は進出企業にとって大問題です。先月末、中小企業基盤整備機構にお伺いして、同機構の中小企業向け国際化支援の状況をお聞きして来ました。今回はその内容をご紹介致します。海外へ進出している、或いは進出しようと考えている中小企業に取って、必ずお役に立つことだと確信します。

 10月1日JR東京駅の「丸の内駅舎復原工事」が完成します。しかし台風17号の影響で駅前広場で天皇、皇后両陛下をお迎えして開催予定だった東京駅丸の内駅舎の保存・復元工事の完成式典が中止になったのは大変残念です。私は鉄道が好きで、昭和31年秋の就職活動に際し日本国有鉄道も受検する積りでいましたが、当時のルールで一番早く内定した都市銀行に入りました。昭和39年9月27日東海道新幹線開業の4日前の日曜日,伝手があって東京―大阪間を往復9時間かけて、グリーン車で東海道新幹線全線を試乗しました。鉄道に対する好奇心は今も止み難く、復原工事の完成は誠に喜ばしいことです。

鹿島建設株式会社 HPより







創建時[1914~1945]  ドーム形状 地上3階建 鉄骨煉瓦造

工事着工前 [1947~2007]  寄棟形状 地上2階(一部3階)建 鉄骨煉瓦造

復原後[2012~] ドーム形状 地上3階建・地下2階 鉄骨煉瓦造、RC造(一部S造・SRC造)、免震工法

○中国事業リスク管理ハンドブック(基礎編)(応用編)、
私は中小企業基盤整備機構の平成20年度「中国事業リスク管理ハンドブック(基礎編)」、平成21年度「中国事業リスク管理ハンドブック(応用編)」作成プロジェクトの有識者会議委員長を致しました。そのころ中国では、労働争議の嵐が吹き荒れていました。
 同書の「まえがき」には

「中国において直面するかもしれない多種多様な事業上のリスクに円滑に対処していくことは、中国における事業に関わっている全ての日本企業にとって共通の課題になっています。殊に、大企業とは異なり経営上の各種の資源が限られている中小企業に取っては事業上の各種のリスクへの対応は企業自体の存在にも影響する決定的な重要性を有しています。(中略)
 本書が、中国において事業を展開されている、あるいはこれから展開されようとしている中小企業の皆さんにとって、中国での事業上のリスクに適切に対処していく上でお役に立つものとなれば幸甚です。」
と書かれています。
 この過程で、委員になっておられた中小企業基盤整備機構のアドバイザーの方のご意見をつぶさにお聞きする機会がありました。中小企業基盤整備機構のアドバイザーは、大企業の経営幹部として実務を幅広く経験した方や、中小企業支援の経験を積まれた中小企業診断士・公認会計士・弁護士・税理士など多彩な顔ぶれの方がたが、極めて実務的なアドバイス・支援を行っておられることを実感致しました。現在中国の事業リスクは大変シリアスな状態にあり、進出企業は重大な危機に直面していると思います。こう言う時期にこそ、スタッフも乏しく、また財務基盤も弱い中小企業はこうした制度を活用して危機を乗り越えるべきだと思います。

○中小企業基盤整備機構の国際化支援事業について
 中小企業基盤整備機構の資料によって、国際化支援事業の概略をご紹介致します。

Ⅰ.海外投資、輸出入や海外企業への委託生産など、海外展開で悩んでいる中小企業からの相談に対し個別にアドバイスをする。(無料)

  国別・分野別の専門家(アドバイザー約370名)が相談者の経営状況を踏まえ、海外展開の可否・対象国の剪定・海外向け製品の開発・改良の必要性等、海外進出の初期段階から実現段階まで、経営支援の観点から必要な情報提供・アドバイスを行う。
中小機構本部及び支部でのアドバイスは無料。相談はEメールや電話でも受け付ける。
○平成22年度 国別相談件数・内容
国  別
相談内容別
国  名
  件数 比率 %
相談内容
   比率 %
中  国
1,206
 46



投資環境
  18.4
ベトナム
  322
 12
事業運営
  12.4
 タ  イ
  150
  6
事業手続
  12.2
アメリカ
  140
  5
小  計
  43.0
韓  国
  119
  4
国際取引
47.5
台  湾
   99
  4
業務提携
 6.2
インド
   82
  3
移転・撤退
   0.4
その他
  526
 20
その他
   2.9
2,644
100
 100.0

Ⅱ.海外現地への同行アドバイス(有料:企業負担は専門家謝金の1/3)
  海外現地でのF/S (事業可能性調査)を行う際に、機構の専門家が同行し、立地・環境・許認可・規制・従業員の採用・取引先の開拓などについて実践的なアドバイスを行う。

 Ⅲ.海外への販路開拓支援
  海外への販路開拓を目指す中小企業を対象に、海外展示会及び国内展示会への出展を支援
1.海外展示会への出展支援
・国内の事前準備支援   
  ①アドバイス 無料 
   展示会情報提供・現地マーケット情報・需要動向・商品情報の提供
   商品のブラッシュアップ
  ②実務支援(有料:実費の1/3受益者負担)
   パンフレット・商品カタログ等資料の翻訳等
  ③海外販路拡大ワークショップ(無料)
・出展時支援
  ① アドバイス(無料)
   ブース設営・市場、製品動向・商談契約締結
  ② 出展料(有料)  ジェトロ等主催機関に支払い。
・帰国後の商談フォロー(無料・一部有料)
2.国内で行われる国際展示会への出展支援(無料・一部有料)

Ⅳ.その他
 ・海外展開のためのセミナーや個別相談会の開催。
 ・海外事業展開のキーパーソンの人材養成。中小企業大学校における研修(有料)
 ・海外展開に役立つ施策情報や成功事例などの情報提供。
 ・海外機関との連携により販路開拓支援。

    
 ○中小企業基盤整備機構 国際化支援センター
 http://www.smrj.go.jp/keiei/kokusai/index.html

(まとめ)
 平成22年度の相談件数が2,644件というのは、如何にも勿体ないと思います。この制度をもっともっと周知せしめて、数多くの中小企業が利用すべきだと思います。
 「中国事業リスク管理ハンドブック」策定の経験から、中小企業基盤整備機構のアドバイザーの方のコンサル能力の高さを実感しました。
 なお、中小企業基盤整備機構の支援は国際化以外の分野にも及んでいます。
 ○中小企業基盤整備機構  http://www.smrj.go.jp/index.html



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電機大手の業績について想う ④ 「赤字では会社はつぶれない」

2012年9月20日木曜日 | ラベル: |

 16日の日本経済新聞32面「私の履歴書」今井敬様の文章の中に、富士製鉄永野重雄社長が「赤字では会社はつぶれない。手元にキャッシュがなくなり銀行が貸してくれなくなったときが本当の危機だ。」と語られたと書かれています。キャシュフローリスクの重要性を唱える者として「我が意を得たり」の思いが致します。

○8月末、35年振りに嘗ての勤務地岐阜へ行って「鵜飼い」を見て来ました。

 山の上は 岐阜城です。

 長良川です。
 

○「赤字では会社はつぶれない」 

16日の日本経済新聞32面今井敬様の「私の履歴書」
 


○赤字では会社はつぶれない 
 東京電力のケースでも、自己資本がマイナスになったら会社が倒産すると言うような議論が散見されます。東証の上場廃止基準は、「債務超過の状態となった場合において、1年以内に債務超過の状態でなくならなかったとき(原則として連結貸借対照表)」となっています。自己資本がマイナス(債務超過)になっても、直ちに上場廃止にもなりません。
 企業の損益が赤字であっても、更にその結果自己資本がマイナス(債務超過)になっても、手元にキャッシュがあれば会社は潰れません。そこのところをはっきりと理解することが肝心です。元富士製鉄社長永野重雄様の言葉として、「赤字では会社はつぶれない。手元にキャッシュがなくなり銀行が貸してくれなくなったときが本当の危機だ。」と、16日の日本経済新聞の今井敬様の「私の履歴書」の中で、キャッシュフロー・リスクの神髄を語って頂きこんなに嬉しいことはありません。
 昨年6月10日にご紹介した「経済産業省のリスクファイナンス研究会報告書」を是非読んで頂きたいと思います。私の申し上げたいことがみんな書いてあります。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1009715
 シャープのケースでは、主力銀行の態度が判然としないまま、主力銀行が8月の新規融資に担保権を設定して内外に不信を招きました。
 9月5日の朝日新聞9面に「新規融資に際し8月31日付でシャープ本社・亀山工場に主力銀行が担保権を設定。異例のこと。」と報じられたため、主力銀行はシャープの将来を信用していないことを内外に知らしめました。
 また、前回にも書きましたが、9月4日の日本経済新聞に『6月末の残高は3年前の3倍弱4600億円に上るが、(主力銀行は)経営改善に積極的に関与してこなかった。「シャープほどの優良企業なら大丈夫だと思った。」と銀行幹部は明かす。(中略)バブル崩壊を経て一度遠くなった企業との距離を埋められずにいる。』とか、9月5日の朝日新聞には『これ以上の融資には黒字転換するための事業計画が必要」(幹部)との声もある。』と報じられるなど、新聞記事で見る限りは銀行幹部の言動は今一つでした。
 支援の方針を明かにしないままの担保権の設定も一因となって、シャープは格付けの低下、株価の低落を招き、鴻海に足元を見られるなど、支援の順序が違っていたのではないかと古い銀行員としては思います。直近の融資に担保を付けてもエクスキューズにしかならないと思います。過去の無担保融資はシャープが行詰まれば損失になります。
 昔ならメインバンクとしての支援の姿勢を先ず明確にし、他方会社側と一緒に知恵を絞って事態の打開を図る場面です。その間の融資を躊躇っても全くプラスは無いのではないかと思います。主力銀行は歯を食いしばってでも支援する姿勢を示すのがシャープのためだったのではないかと思います。
 15日の朝日新聞11面に「シャープ創業100周年の記念行事は奥田社長の訓示のみ」と報じられています。哀れな100周年記念日になりました。
 主力銀行のみずほコーポレート銀行佐藤頭取は13日の会見で「モバイル端末の中核技術を高く評価し、協力を惜しまない」と言われました。何故最初からそう仰らなかったのでしょうか。投資政策を誤ったとしても、培った液晶技術が他国に流出するのは国益に反するのではないかと私は思います。
 折しも、18日の各紙は、アサヒビール元社長樋口広太郎氏のご逝去を報じています。嘗て勤務した銀行の大先輩です。ビールのシェアが10%を切って「夕日ビール」と言われ、土俵際にあったアサヒビールに1986年住友銀行副頭取から社長に転じ、スーパードライで同社を復活・再生させた方です。企業とメインバンクの協力の好事例だと思います。
 私は「夕日ビール」の時代から個人で飲む時でもビールはアサヒビールしか飲みませんでした。メインバンクの社員として、窮地にあるアサヒビールのためには他社のビールを飲むのはご法度でした。蛍光灯はナショナルかNECを付けていました。事の可否は別にして、そのくらい企業とメインバンクは強く結び付いていました。
 企業が窮地に陥った場合、メインバンクは先ず支援の姿勢を表明していました。一方メインバンクと企業の間では会社再生の方策を巡って徹底した協議がなされました。営業店の融資部門とは別に、銀行の企業調査部門は、業界を分担して業界の調査を行うと共に、業界別に自行の融資先の内容を分析し問題は無いかを常に検討していました。企業の危機に際し、営業店と調査部は協力して企業の再生方策を検討します。「自行のどの企業の支援を受けるか」などについても調査部は業界横断的な検討が出来ました。今回、オリンパスがソニーの出資を受けるについて、オリンパスは旧住友がメイン、ソニーは旧三井がメインです。他の理由もあったのでしょがが、金融面ではベストの組み合わせだと思います。
 今の主力銀行がそうした能力を失っている筈はないと思います。然し、シャープが液晶に会社の将来を賭けていた以上、世界のマーケットにおける液晶テレビのシェアの推移を見ていれば、主力銀行として将来に対する問題点は当然何年か前から予測されていた筈だと思います。「シャープほどの優良企業なら大丈夫だと思った。」と銀行幹部が明かしたなどとは信じられません。もしそうならば、「バブル崩壊を経て一度遠くなった企業との距離を埋められずにいる」のではなく、貸出金債権の保全という重大な義務をないがしろにしていたことだと思います。液晶テレビの世界的な生産・販売状況の問題は、シャープとの距離の問題では無く、業界調査の不備だと思います。また問題点が明らかになった場合、企業に意見を言わなかった(言えなかった?)としたら、与信保全上の怠慢だと思います。
 外から見ているので、当事者の方からは異論があると思います。また、欧米の銀行では取引先企業の苦境に当たってサポートすると言った議論は無いのかも知れません。仮にそうであっても貸出金債権の保全を図ることは、今でも銀行業務の重要な基本業務の一つだと思います。
 今の銀行で、定量的なデータをコンピューターに打ち込んで正確な分析結果が機械的に表示される仕組みは、効率的で手作業の時代に比べ大変良いことだと私は思います。ただ中小企業取引だけでなく(それにも大いに異存がありますが)大企業の与信判断でも主にコンピューターのデータで行い、定性的な部分が抜けているのではないかと懸念します。
 嘗ての銀行は貸出金利息収入と預金支払利息の差が収益の基盤でした。従って企業の倒産による貸倒れは銀行の収益基盤を揺るがすもので、「貸倒れリスクの管理」=「貸出金債権の保全」は銀行員に取って最重要業務でした。
 『財務諸表の計数の分析は過去の実績の分析ですから、現在の状態並びに将来の見通しは別途分析検討が必要です。更に貨幣価値をもって表現できない外的な経済環境とその変化、内的な経営の人的要素とその運営管理を含めて会社の実態を認識すべきであるという定性的な分析を加味した経営分析』がなされなければ、正確な与信判断は出来ません
                              *貸出の可否に関する判断を「与信判断」と言います。
 私は都市銀行勤務中、常に取引先の将来の見通しを考慮して与信判断を行って来ました。精一杯の努力をしても将来を見通すことは至難の技で、見通しを誤ったケースもあります。しかしその時々自分として精一杯の与信判断を繰り返して行くしかありません。後輩も取引先企業のために、優れた与信判断を行って欲しいと思います。

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電機大手の業績について想う ③ 「シャープに関する新聞報道」 

2012年9月10日月曜日 | ラベル: |

 シャープに関する新聞報道を読みますと、主力銀行の対応について違和感を覚えます。
外から見た意見ですが、主力銀行は、取引先の業況についてもっと理解しているべきです。人ごとではありません。また無担保の貸出金を有する場合は、貸出金債権の保全のためにも極力企業の再建をサポートすべきだと思います。

○一度だけ行った沖縄の風景です。

 

○メインバンクとは
 メインバンクと言う言葉は、わが国の経済が発展途上で、企業の自己資本の蓄積が少なく、銀行借入依存度が大きかった時代において存在しました。私が嘗て勤務した都市銀行の実務経験から、メインバンクの定義を私なりに致しますと、
  1. 当該企業に対する当該銀行の融資シェアがトップである。
  2. 当該企業と当該銀行の間に信頼関係が成立している
  3. 当該銀行は当該企業の資金調達についての最終責任を持っていると認識している
  4. 当該銀行は、当該企業の経営・業績に関して詳細を承知しようとし、且つ経営に関して意見を申し述べる
  5. 当該企業の経営危機に際しては、当該銀行が救済するとの暗黙の諒解が存在している。(銀行・企業・世間)
と言ったことかと思います。
 私の実務経験からは②当該企業と当該銀行の間に信頼関係が成立している。と言うことが最も重要なことでした。単に数字の上で融資シェアがトップであっても、大企業では企業と銀行の経営者間に、中小企業の場合は企業経営者と支店長の間に信頼関係が成立していなければ、メインバンクではありませんでした。
 企業の自己資本比率が大きくなり、また増資や社債等による資金調達が主になって、銀行借り入れ依存度が低下し、最後には借入金ゼロの企業も出来て、メインバンクの制度は崩壊したように思われます。
 ただ、企業の盛衰は激しいので、経営不振或いは事故・災害発生時のリスクファイナンスの見地からは銀行借入の価値はまだまだあると私は思います。数兆円の年商以上の手元現・預金を有する会社が、僅か数十億円の銀行借入を残しているのは、いざという場合に備えて平素から自社の状況を銀行のトップと融資部門に報告して置くためではないかと私は思っています。

○シャープに関する新聞報道
 9月4日の日本経済新聞1面「金融ニッポン・第2部 原点に帰る」 の記事に、
『銀行の現場力が落ちているのではないか。液晶パネルの雄、シャープの業績悪化に取引銀行が慌ただしく動き出したのは最近のことだ。「最終赤字が300億円から2500億円に拡大する。」みずほコーポレート、三菱UFJ両行は急遽、資産査定部隊を立ち上げた。8月末に決めた1500億円の追加融資では初めて担保も取った。(中略)6月末の残高は3年前の3倍弱4600億円に上るが、経営改善に積極的に関与してこなかった。「シャープほどの優良企業なら大丈夫だと思った。」と銀行幹部は明かす。(中略)バブル崩壊を経て一度遠くなった企業との距離を埋められずにいる。オリンパスの粉飾に主力銀行の三井住友銀行は気づかなかった。(中略)コンピューターに財務データを打ち込み、基準を満たせば機械的に貸し出す仕組みに慣れ(後略)」
と記述されています。
 オリンパスについては、私は監査法人の交替の問題、更には多くの企業が財テクで損失を出しているのにオリンパスだけが損失を出していないと言うことをメインバンクは本当に信じていたのか。もしかすると、今更知っていたと言えないのではないかと疑っています。
 コンピューターに財務データを打ち込み、機械的に貸出す仕組に慣れて、(正確な与信判断を怠っている。)と記述されていることについては、私は、定量的なデータをコンピューターに打ち込んで、正確な分析結果が機械的に表示されるのは効率的であり、手作業の時代に比べ大変良いことだと思います。ただ中小企業取引だけでなく(それにも大いに異存がありますが)大企業取引の与信判断までコンピューターのデータで行い、定性的な部分が抜けているのであれば話になりません。財務諸表の計数の分析は過去の実績の分析ですから、決算後の現在の状態並びに将来の見通しは別途分析検討をしなければ、正確な与信判断は出来ません。         *貸出の可否に関する判断を「与信判断」と言います。
 同紙はさらに企業育成こそ融資の王道。新たな資金需要を掘り起こすには従来以上に銀行員が取引先とともに経営を考える必要があるとも言っています。
 9月7日の朝日新聞9面にも「8月31日付でシャープ本社・亀山工場にメインバンクが担保権を設定」と報じられ,各紙が追随しています。この時期の担保権の設定は、メインバンクはシャープの将来を信用していないことを内外に知らしめることだと思いますので、果たして得策なのでしょうか、古い銀行員としては首を傾げます。格付にあたっても不利ですし、株価も下落します。また鴻海からは益々足元を見られることになると思います。主力銀行は歯を食いしばってでも支援する姿勢を示すのがシャープのためになるのではないかと思いました。
 直近の融資に担保を付けてもエクスキューズにしかならないと思います。過去の無担保融資はシャープが行詰まれば損失になります。昔ならメインバンクとしての支援の姿勢を明確にし、他方会社側と一緒に知恵を絞って事態の打開を図る場面です。その間に融資を躊躇っても全くプラスは無いのではないかと思います。旧日本興業銀行・三菱銀行を含む主力の二行がそのようなことを判っておられないとは到底思えません。
 しかし、朝日新聞には「これ以上の融資には黒字転換するための事業計画が必要」(幹部)との声もある。と報じられています。シャープが如何に対処すべきか銀行は判っておられないのでしょうか。先の日本経済新聞の記事と言い、銀行幹部のこうした言動が報じられるのは全く遺憾です。
 私は、都市銀行勤務中、主として本店における企業分析・審査や、支店おける貸出業務に従事しました。多くの企業との取引に関わりましたが、支店における貸出の稟議・本店における貸出の決栽あたっては、常に取引先の将来の見通しを考慮して判断を行って来ました。銀行勤務約30年の私の結論は、「企業の盛衰は経営者による。経営者に最も必要な資質は環境の変化に対する適応能力である。」ということでした。
 
1984年(昭和59年)に出版された日経ビジネス編「会社の寿命〃盛者必衰の理〞」は当時大変話題になりました。百年間の上位百社のランキングを作成した結果、『企業が繁栄を維持出来る期間、すなわち「会社の寿命」は、平均わずか三十年に過ぎない。』という本です。同書の「会社の生き残り条件5ヶ条」の第3番目は「危険を冒して活力を出す」、この項目の好事例として紹介されちる経営者はシャープの早川徳次氏とオリンパス光学工業の渡辺八太郎氏です。昭和59年現在のシャープ・オリンパス光学工業は評価に値する企業だったと思います。その後の経営者が方向を誤った訳です。「会社の寿命」最終章の標題は「壽命を握るのは経営者」です。

 私は、シャープも、パナソニックやソニーも、我が国の家電メーカーが良き経営者を得て再生することを心から願っています。



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電機大手の業績について想う ② 「会社の寿命”盛者必衰の理”」

2012年9月2日日曜日 | ラベル: |

 2月1日の記事でコダックの破綻と富士フィルムの発展を対比し、2月10日の記事で電機大手の業績についてパナソニックとソニーの再生を心から願うと書きました。
 28年前、昭和59年(1984年)に刊行された日経ビジネス編「会社の寿命”盛者必衰の理”」を読み返しますと、結局「会社の寿命を握るのは経営者」だという結論は今も昔も変らないということを痛感します。

○甲子園からさらに西へ、明石海峡大橋です。




○会社の寿命”盛者必衰の理”
 1984年(昭和59年)に出版された日経ビジネス編「会社の寿命”盛者必衰の理”」は当時大変話題になりました。百年間の上位百社のランキングを作成した結果、『企業が繁栄を維持出来る期間、すなわち「会社の寿命」は、平均わずか三十年に過ぎない。』という本です。





 同書によれば、会社の生き残り条件 5ヶ条は下記です。
  1.  時代を見抜く指導力。先を見通したリーダーの鋭い決断。
  2.  社風一新,沈滞を破る。
  3.  危険を冒して活力を出す。
  4.  大樹に寄りかからない。
  5.  ムダ金使いの勇気を。
さらに、強力なリーダーシップが不可欠だと言っています。
最終章の標題は『壽命を握るのは経営者』です。 
 私は、都市銀行勤務中、主として本店における企業分析・審査や、支店おける貸出業務に従事しました。多くの企業との取引に関わりましたが、支店における貸出の稟議・本店における貸出の決栽あたっては、常に取引先の将来の見通しを考慮して判断を行って来ました。銀行勤務約30年の私の結論は、「企業の盛衰は経営者による。経営者に最も必要な資質は環境の変化に対する適応能力である。」ということです。
昨年9月1日の記事で、「企業分析・経営分析に関しては昔から沢山の参考書があり、分析項目・内容・順序が詳細に述べられています。参考書の記述の順番に、数多くの項目を分析をして終章まで行っても、結論は出せません。それは、各項目の分析結果に軽重がついていないため、どこの部分は良い、どこの部分は問題だとはなっても、結局全体としてどうなのかの判断が出来ないからです。」と書きました。
今回の東日本大震災におけるBCPに関し、或る大手家電メーカーの方から、実践の結果をお聞きする機会がありました。その方は我が社は十分な対応が出来たと誇らしげに仰っていました。しかし、その後の同社の業況は悪化の一途です。
 リスクマネジメントやBCPの実践において、平成15年6月経済産業省のレポート「リスク新時代の内部統制」で言っている『事業活動の遂行に関連するリスク(オペレーショナルリスク)』に関しては十分に実践していても、『事業機会に関連するリスク(経営上の戦略的意思決定における不確実性)』の対応が不十分であれば、結局企業経営は上手く行きません。両者のリスクはともにバランスが取れた管理が必要です。
 パナソニック・ソニー・シャープなどの家電メーカーは、従来からの家電の分野に拘って抜本的な体質改善が行われないまま、主力製品のテレビの極端な不振に直撃され、大幅に業績が悪化したと考えます。『経営上の戦略的意思決定』に関しては全く経営者の責任であると思います。 
8月20日の二本経済新聞電子版の記事、「よみがえるか日本の電機 いでよ信念の経営者 稲盛和夫氏に聞く 中途半端な決断、病巣に」の記事の中で、稲盛氏は
「バブルで大きな痛手を被ったものだから石橋を叩いても渡りたくない、危険、リスクを冒したくないという方向へ日本全体の経営者が向いている。苦労知らずで意思決定が中途半端なトップばかり。それが今日の日本企業が抱える問題だと思う
と言っておられます。
「今の日本の家電業界に強力なリーダーの姿は見えるか。」の質問に対しては、
「残念だが、皆無だ。個別の企業の話をするのは何だが、例えばソニーでゲーム事業をゼロから立ち上げた久多良木健さん(元ソニー副社長)。異端だったかもしれないが、優れたリーダーの資質を備えていたのではないか。大事なのは技術や現場のわかる経営者。昔はIHIや東芝など技術系で武骨なやんちゃな人がトップになっていたが、今は文系で物わかりの良い人が偉くなる」
 「リーダーとは自分の仕事について壮大なビジョンが描ける人。ビジョンを描けて実行しようと思えばそれは信念にかわる。矢が降ろうとやりが降ろうと何があろうと信念を貫き通す。命さえも落とす覚悟で臨める強い意志をもつ。いわば頑固者。自分のビジョンを開陳し、賛成を得られなくても、そうですね、とやめるのではなく、むしろ勝手にしますとやり遂げる決意のある人。人間性に問題がなければ社員はそのトップについてくる」
 「どの会社でもトップから末端の社員の考え方を変えれば再生できる。要するに過去の成功体験などに固執せずこれまでの考え方を破壊できる企業であれば十分に再生可能だ。もちろん、痛みや苦痛も伴う。日航もその成功例だと思っている」
同記事の最後の『《記者の目》 勝ち組企業はトップダウン』では、
 『日本のデジタル産業界には「強力なトップが不在だ」と稲盛氏は嘆く。世界的なベンチャー企業を育て、通信業界の再編を仕掛け、日本航空を再建した現代のカリスマ経営者。その目には現在の経営者たちは「いずれも苦労知らずの決断力に乏しいエリート」にしか映らないのだろう。
今の世界のデジタル業界で勝ち組は、いずれも強力なリーダーを擁したトップダウン型企業だ。デジタル業界のトレンドは常に激しく変貌していく。経営には「スピードと集中」が求められる。ソニーは、米アップルにインターネットを活用した音楽配信事業で先手を打たれ、パナソニックとシャープは薄型テレビの世界競争で、韓国のサムスン電子の物量に圧倒された。デジタル業界の再生には、命懸けで改革に挑む豪腕トップが必要とされているのだろう。(聞き手は佐々木聖)』
と書かれています。
 私ごときが偉そうなことは言えませんが、豪腕なトップが育たない今日のわが国の企業風土は、将来に禍根を残すと思います。
 私は、パナソニックはじめ我が国の家電メーカーが良き経営者を得て再生することを心から願っています。

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「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の最終報告書(3) 〜 柳田邦男氏の意見 〜

2012年8月20日月曜日 | ラベル: |

 「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の最終報告書について、今回は柳田邦男氏のご意見の部分の感想です。8月4日の朝日新聞13面に柳田邦男氏のインタビュー「原発事故調査を終えて」が掲載さています。「被害者への想像力・事故対策から欠如、2.5人称の視点を。」に感銘しました。
 前回の畑村洋太郎委員長のご意見もそうですが、調査に当たる人の持つ強固な思想と信念が調査報告に生きていると思いました。

○高校野球の熱戦が行われている甲子園のあたりの風景です。

 甲子園の浜辺は海浜公園になっています。
白い砂浜の明るい住宅地です。

 8月4日の朝日新聞13面、柳田邦男氏のインタビュー「原発事故調査を終えて」の冒頭で柳田氏は
「原発事故の調査では、放射線量が高くて直接原子炉を調べられないばかりか、被害地域が広大で、しかも被害内容が健康、生活、職業、環境など多岐にわたります。短期間で全容を明らかにすることはとても無理で、立ちすくむ思いでした。」「原発事故による避難の混乱を象徴的に示す事例として搬送中や避難先の体育館などで患者数十人が亡くなった大熊町の双葉病院について調査しました。(中略)一人ひとりの悲劇の経緯を調べることで原発事故時の避難がいかに大変で、生死を分ける条件は何かが判り、住民の命を守る避難計画の必要条件が引き出せるのですが、それには時間もマンパワーも足りませんでした。」
 と言っておられます。

 「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の最終報告書の双葉病院に関する記述です。                       *下線は筆者
『福島県は3 月11 日に、知事を本部長とする福島県災害対策本部(以下「県災対本部」という。)を設置し、原発事故の対応に当たったが、県災対本部内外の連携等が十分ではなかったために、幾つかの問題が発生した。そのうちの一つが、避難区域内に取り残された双葉病院の入院患者等の避難・救出における対応である。
避難区域内に取り残された双葉病院の入院患者等の避難・救出に当たり(中略)
  1. 3 月13 日まで、いずれの班も避難区域内の入院患者を把握するのは自班の業務ではないかとの問題意識に欠け、かつ、互いに確認することもしなかった。
  2. 県災対本部は、双葉病院の入院患者の多くが寝たきり状態にあるとの情報を得ていながら、その情報を県災対本部内で共有せず、そのため、同月14 日の搬送において、寝たきり患者の輸送には適さない乗換えが必要となる車両手配をした。
  3. 県災対本部とは別に、県の保健福祉部・障がい福祉課が独自に搬送先病院を手配していながら、そのことについて県災対本部と連絡を取らなかったため、搬送先は遠方の高等学校の体育館となってしまった。
  4. 同日夜、双葉病院長は、警察官と共に割山峠に退避して自衛隊の救出部隊を待っいたが、福島県警察本部から連絡を受けた県災対本部内でこの情報が共有されなったため、同院長らは自衛隊と合流できず、同月15 日の救出に立ち会えなかった。
    そのため、同日2 回目の救出に当たった自衛隊は、同病院別棟に35 名の患者が残されていることに気付かず、患者はそのまま残された。
  5. 県災対本部救援班は、同病院患者の避難のオペレーションの全体を統括していたわけではなく、全体についての情報を正確に把握していないのに、断片的な情報を基に、あたかも双葉病院関係者等が陸上自衛隊の救出を待たずに現場から逃走したかのような印象を与える不適切な広報を行った。
被災地からの避難・救出における今回のような事態の再発を防ぐためには、第1 に、県が設置する災害対策本部の班編成を、平時の組織を単に縦割り的に寄せ集めたものでなく、対応すべき措置に応じた横断的、機能的なものにするとともに、全体を統括・調整できる仕組みを設け、かつ、各班相互の意思疎通の強化を図ること、第2 に、防災計画においても、県の災害対策本部に詰める職員のみならず、必要に応じ、いつでも他の職員も災害対応に当たる全庁態勢をとること等が必要である。
また、原子力災害においては、その規模の大きさから、県が前面に出て対応に当たらなければならず、この点を踏まえた防災計画を策定する必要がある。』
柳田氏は『原発を推進してきた専門家、電力会社のすべてに共通するのは原子力技術への自信過剰です。(中略)自分自身や家族が原発事故によって自宅も仕事も田畑も捨て、いつ戻れるともしれない避難生活を強いられたらどうなるだろうか。そいう被害者の視点から発想して原発システムと地域防災計画を厳しくチェックし、事故対策を立てれば違った展開になっていただろうと思うのです。電力会社や行政の担当者は、システムの中枢部分の安全対策には精力を注ぎます。それも不十分だったわけですが、周辺住民をどうやって安全に避難させるかといった問題はいわば遠景として軽く見がちです。(中略)三人称の視点でみているわけです。「もしこれが自分の家族だったら」という被害者側に寄り添う視点があれば、避難計画の策定もより真剣になっていたでしょう。私は客観性のある三人称と二人称の間の[2.5人称]の視点を提唱しています。』とインタビューを結んでおられます。

(所感)
 「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」は、非常に広汎な問題について触れていますが、大きな特色は調査に当たる中心人物の持つ強固な思想と信念が調査報告に生きているということです。
 8月4日の朝日新聞の柳田邦男氏のインタビュー記事の最後に山口栄二記者の「取材を終えて」は『「死ぬ気でやっていますから」という言葉にどきりとした。委員長代理を引き受けてから作家としての新しい仕事は断り(中略)翌日の委員会に出す原稿を書くのに睡眠1-2時間という日が続いた。(中略)改めて最終報告を読み返すと、言葉がより強く心に迫ってきた。』と結ばれています。
 会社の経営、大きな事業の推進、委員会報告書の作成等の総てに共通することですが、如何に多くの人間が参画していても、リーダーの強固な思想と信念が無ければ優れた成果は決して得られません。
 東京電力福島第一原子力発電所の事故に関しては、四つの報告書が出されています。
  • 「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」の報告書 (24.2.28)
  • 東京電力㈱の「福島原子力事故調査報告書」(24.6.20)
  • 国会の「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」の報告書 (24.7.5)
  • 「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の最終報告書 (24.7.23) 
7月24日の朝日3面の寄稿で、加藤陽子東大教授は、第2次世界大戦終結時政府が自ら歴史の総括をしなかった事と対比して今回の国会と政府の大規模な事故調査と報告書作成の画期性を指摘されています。

 最近、保坂正康氏の「昭和史二つの日」を読みました。同氏は『開戦への決定過程の解明が足りない。また「一億総懺悔」は戦争の責任を曖昧にする非常に日本的な総括だ。』と指摘されています。責任の所在が曖昧なままでは教訓が活きません。事故の責任を明らかにすべきだと思います。
 私は敗戦の日、昭和20年8月10日は小学校の6年生でしたので、中・高・大学時代を通しての経験から、わが国で第2次世界大戦が敗戦に至った事情の分析と反省が十分に行われなかった結果が、現在の社会や企業に禍根を残していることを痛感します。これを東京電力の福島原子力事故で繰り返してはなりません。
 責任回避と弁明に終始している東京電力㈱の「福島原子力事故調査報告書」を除けば,何れの報告書にも傾聴すべきご意見が記載されています。
 私は客観的な事実を整理した上、今回の事故の教訓を活かすためには如何にあるべきかについて、報告書作成の中心になる方々の強固な思想と信念が滲み出ている「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の最終報告書に最も感銘致しました。
 今後、東京電力福島原子力発電所における事故の処理、損害賠償、それを踏まえた東京電力の再建には多大の困難が予想されます。政府の抜本的決断無くしては東京電力の再建は不可能だと思います。これらの報告書の提言を活かし、わが国の将来のために如何に対処するのか政府・東京電力関係者の責任は重大です。

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「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の最終報告書(2) ~ 想定外と言うこと③ ~

2012年8月10日金曜日 | ラベル: |

8月11日で満79歳になります。未だブログを書くことが出来て大変幸せです。気力・体力のある限リ書き続けたいと思います。
 「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」中間報告書の最も重要なテーマは「想定外」の問題だと1月20日に書きました。最終報告書でもそのことに触れています。

○ロンドンその2・朝靄のハイドパーク。



 ○リスがいました。

○「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の最終報告書 
                                            *下線は筆者

 報告書は、2 重要な論点の総括、(3)求められるリスク認識の転換 で、
『(ⅰ)日本は古来、様々な自然災害に襲われてきた「災害大国」であることを肝に命じて、自然界の脅威、地殻変動の規模と時間スケールの大きさに対し、謙虚に向き合うこと。
(ⅱ)リスクの捉え方を大きく転換すること。これまで安全対策・防災対策の基礎にしてきたリスクの捉え方は、発生確率の大小を判断基準の中心に据えて、発生確率の小さいものについては、安全対策の対象から外してきた。一般的な機械や建築物の設計の場合は、そういう捉え方でも一定の合理性があった。しかし、東日本大震災が示したのは、“たとえ確率論的に発生確率が低いとされた事象であっても、一旦事故・災害が起こった時の被害の規模が極めて大きい場合には、しかるべき対策を立てることが必要である”というリスク認識の転換の重要性であった。
その場合、一般的な機械や設備等の設計については、リスク論において通念化されている「リスク=発生確率×被害の規模」というリスクの捉え方でカバーできるだろうが、今回のような巨大津波災害や原子力発電所のシビアアクシデントのように広域にわたり甚大な被害をもたらす事故・災害の場合には、発生確率にかかわらずしかるべき安全対策・防災対策を立てておくべきである、という新たな防災思想が、行政においても企業においても確立される必要がある。』
と述べています。更に、
(5)「想定外」問題と行政・東京電力の危機感の希薄さ
そもそも「想定外」という言葉には、大別すると二つの意味がある。一つは、最先端の学術的な知見をもってしても予測できなかった事象が起きた場合であり、もう一つは、制度や建築物を作ったり、自然災害の発生を予測したりする場合に、予想されるあらゆる事態に対応できるようにするには財源等の制約から無理があるため、現実的な判断により発生確率の低い事象については除外するという線引きをしていたところ、線引きした範囲を大きく超える事象が起きたという場合である。今回の大津波の発生は、この10 年余りの地震学の進展と防災行政の経緯を調べてると、後者であったことが分かる。(中略)
(東電が想定外としたのは)大きな地震が発生した記録のない領域については対象から外す、というものだった。「発生の可能性に関する十分な知見が得られていない(=科学的な研究が未成熟)」というのがその理由であった。(中略)
(東電は)すぐに新たな津波対策に取り組むのではなく、土木学会に検討を依頼するとともに、福島県沿岸部の津波堆積物調査を行う方針を決めるだけにとどめた。(中略)
防災対策に関する行政の意思決定過程を、行政の論理の枠内で見ると、それなりの合理性があったことは否定できない。しかし、大津波により2 万人近くの犠牲者が発生し、高さ14mを超える大津波が来襲して原発事故が引き起こされ、十数万人が避難を余儀なくされたという事実を前にして、行政には何の誤りもなかった、「想定外」の大地震・大津波だったから仕方がないと言って済ますことはできるだろうか。それでは、安全な社会づくりの教訓は何も得られないだろう。』
と記述されています。

以下は
○委員長所感 (東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会 委員長 畑村 洋太郎)
の抜粋です。
『(1)あり得ることは起こる。あり得ないと思うことも起こる。
 今回の事故の直接的な原因は、「長時間の全電源喪失は起こらない」との前提の下に全てが構築・運営されていたことに尽きる。しかし、本来は「あり得ることは起こる」と考えるべきである。当委員会が中間報告を取りまとめた後の平成24 年2 月に海外の専門家を招いて開催した国際会議においてフランスの専門家などから、原子力発電分野では“ありそうにないことも起こり得る(improbable est possible)、と考えなければならない”と指摘された。どのようなことについて考えるべきかを考える上で最も重要なことは、経験と論理で考えることである。国内外で過去に起こった事柄や経験に学ぶことと、あらゆる要素を考えて論理的にあり得ることを見付けることである。
 発生確率が低いということは発生しないということではない。発生確率の低いものや知見として確立していないものは考えなくてもよい、対応しなくてもよいと考えることは誤りである
さらに、「あり得ないと思う」という認識にすら至らない現象もあり得る、言い換えれば「思い付きもしない現象も起こり得る」ことも併せて認識しておく必要があろう。
(2)見たくないものは見えない。見たいものが見える。
人間はものを見たり考えたりするとき、自分が好ましいと思うものや、自分がやろうと思う方向だけを見がちで、見たくないもの、都合の悪いことは見えないものである。東京電力の自然災害対策において、津波に対するAM 策を整備していなかったことや、複数の原子炉施設が同時に全電源喪失する事態への備えがなかったことにも、このような人間の心理的影響が垣間見える。このようなことを防ぐには、自分の利害だけでなく自分を取り巻く組織・社会・時代の様々な影響によって自分の見方が偏っていることを常に自覚し、必ず見落としがあると意識していなければならない
(3)可能な限りの想定と十分な準備をする。
 可能な限りの想定と十分な準備をすることが重要である。さらに、思い付きもしないことが起こり得る可能性を否定せず、最悪の事態に至らないような備えをしておくことが必要である。今回の事故では、調査の結果、地震に対する備えは相当程度行われており、地震自体によって重要設備が機能を喪失したことは確認できていないが、想定を超える津波に襲われた場合の備えがなかったために対応できず、大事故に至ったと考えられる。確立していないものであっても新たな知見を受け入れて津波の想定を見直し、それに対して十分な準備がしてあれば、又は予期せぬ事態の出来に備え十分な準備がしてあれば、今回のような大事故には至らなかった可能性がある。
 後から考えてこのようなことを言うのは容易であるが、まだ起こっていない時にこのような考え方をするのは非常に難しい。しかし、設計段階など過去のある時点での想定にとらわれず、常に可能な限り想定の見直しを行って事故や災害の未然防止策を講じるとともに、これまで思い付きもしない事態も起こり得るとの発想の下で十分な準備をすることが必要である
(4)形を作っただけでは機能しない。仕組みは作れるが、目的は共有されない。
   (略)
(5)全ては変わるのであり、変化に柔軟に対応する。
   (略)
(6)危険の存在を認め、危険に正対して議論できる文化を作る。
 危険が存在することを認めず、完全に排除すべきと考えるのは一見誠実な考え方のようであるが、実態に合わないことがままある。どのような事態が生ずるかを完全に予見することは何人にもできないにもかかわらず、危険を完全に排除すべきと考えることは、可能性の低い危険の存在をないことにする「安全神話」につながる危険がある。原子力発電は極めてエネルギー密度が高く、元来危険なものであるにもかかわらず、社会の不安感を払拭するために危険がないものとして原子力利用の推進が図られてきたことは否定できない。原子力防災マニュアルが今回のような大規模な災害に対応できるものとはなっておらず、事前の防災訓練も不十分であったなど、原子力防災対策が不十分であったことの背景に、我が国の原子力発電所では大量の放射性物質が飛散するような重大な事故は起きないという思い込みがあったことは否定できない。
 危険の存在を認めなければ、考え方が硬直化して実態に合わなくなるばかりでなく、真に必要な防災・減災対策を取ることができなくなる。危険を完全に排除しようとするために余計なコストを抱え込むことになったり、危険が顕在化してしまった後の被害の拡大を防止し影響を緩和するための減災対策を議論し、実施することができなくなる。原子力に限らず、危険を危険として認め、危険に正対して議論できる文化を作らなければ、安全というベールに覆われた大きな危険を放置することになる。(後略)
(7)自分の目で見て自分の頭で考え、判断・行動することが重要であることを認識しそ
のような能力を涵養することが重要である。(略)

 中間報告及び本最終報告で述べたとおり、個々の事象への対処には不適切なものがあったことは否めないが、他方で、現場作業に当たった関係者の懸命の努力があったことも是非ここに記しておきたい
 原子力発電所の事故は、事故発生から廃炉作業などの必要な措置が終了して真に事故が終息したと言えるまで、非常に長い期間を必要とするだけでなく、飛散した放射性物質によってその周囲に生活していた人々を全く理不尽にその場所から引きはがし、広範な地域において人間の生活と社会活動を破壊してしまう恐ろしいものである。現に、福島県の十万人以上に上る人々が避難を余儀なくされているなど、多数の人々が現在もこの事故の被害を受け、国民生活にも大きな影響が続いている。世界の人々も、今回の事故に強い衝撃と不安を感じた。我々は、この事故を通じて学んだ事柄を今後の社会運営に生かさなければならない。この事故は自然が人間の考えに欠落があることを教えてくれたものと受け止め、この事故を永遠に忘れることなく、教訓を学び続けなければならない

(所感)
 東京電力の福島原子力発電所における事故に関する調査報告書は、非常に広汎な問題について触れていますが、2012年1月20日に書きましたように最も重要なテーマは「想定外」の問題だと改めて思いました。
 リスクマネジメントの実践に際し、色々な事象から、将来起こるであろうリスクを想定し評価する場合、想定の内容はリスクマネジメントの担当者によって大きく変わってきます(リスクマネジメントの参考書にはこう言ったことも全く書いてありませんが)。
 私はリスクマネジャーとしての能力の重要な部分の1つは、企業に取って最も重要なリスクは何かを想定し、それを評価し、対策を講じるに当たり、本格推理小説における名探偵と同じような論理力・構成力・イマジネーションだと思っています。単独のリスクでもそうですが、いくつかのリスクが絡み合って大きなリスクになるような場合は特にこうした能力が必要です。
 東京電力のトップ、リスク管理部門、原子力発電部門のすべてにわたって今般の津波の想定が発想できなかった(しなかった?)ことについては、大きな問題だと思います。
 先に引用しましたように、今回の「想定外」と言う事態は『最先端の学術的な知見をもってしても予測できなかった事象が起きた場合』では無く『予想されるあらゆる事態に対応できるようにするには財源等の制約から無理があるため、現実的な判断により発生確率の低い事象については除外するという線引きをしていたところ、線引きした範囲を大きく超える事象が起きたという場合』であり、リスクマネジメントに関係する者として、リスクの想定に関する極めて大きな問題を提起している事例だと思います。
 「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の最終報告書と他の報告書との相異点は、客観的な調査の結果に中心になられた 畑村洋太郎先生・柳田邦男氏らのご意見が加っていることです。
畑村洋太郎委員長の委員長所感 にある、
発生確率が低いということは発生しないということではない。発生確率の低いものや知見として確立していないものは考えなくてもよい、対応しなくてもよいと考えることは誤りである。』
『このようなことを防ぐには、自分の利害だけでなく自分を取り巻く組織・社会・時代の様々な影響によって自分の見方が偏っていることを常に自覚し、必ず見落としがあると意識していなければならない。』
後から考えてこのようなことを言うのは容易であるが、まだ起こっていない時にこのような考え方をするのは非常に難しい。しかし、設計段階など過去のある時点での想定にとらわれず、常に可能な限り想定の見直しを行って事故や災害の未然防止策を講じるとともに、これまで思い付きもしない事態も起こり得るとの発想の下で十分な準備をすることが必要である。』
等の指摘を、リスクマネジメントに携わるすべての関係者は良く噛みしめて、今回の事故の教訓を後世に活かさなければならないと強く思いました。
次回は柳田邦男氏の「被害者からの目線」について書きます。
 

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「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の最終報告書(1) ~ 東京電力の問題点について ~

2012年8月1日水曜日 | ラベル: |

2011年12月26日に公表された畑村洋太郎先生・柳田邦男氏が中心の「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」中間報告書の最も重要なテーマは「想定外」の問題だと2012年1月20日に書きました。 同報告書の「最終報告書」が7月23日に公表され、私は主として同報告書の「Ⅳ、総括と提言」「委員長所感」を読んで感想を書きました。長くなりますので分けて書きます。

 ロンドンオリンピックが始まりました。私は1995年に1度だけロンドンに出張しました。
 ○ハイドパークの朝です。

 ○私はバラが趣味なので、出張の日程で半日だけあった自由時間に、キュー・ガーデン(Royal Botanic Gardens, Kew)へ行って来ました。大温室です。

○「政府の東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の最終報告書(1) ~東京電力の問題点について~ 

「Ⅳ、総括と提言」の書き出しの記述です。
『今回の事故は、直接的には地震・津波という自然現象に起因するものであるが、当委員会による調査・検証の結果、今回のような極めて深刻かつ大規模な事故となった背景には、事前の事故防止策・防災対策、事故発生後の発電所における現場対処、発電所外における被害拡大防止策について様々な問題点が複合的に存在したことが明らかになった。例えば、事前の事故防止策・防災対策においては、東京電力や原子力安全・保安院(以下「保安院」という。)等の津波対策・シビアアクシデント対策が不十分であり、大規模な複合災害への備えにも不備があり、格納容器が破損して大量の放射性物質が発電所外に放出されることを想定した防災対策もとられていなかった。東京電力の事故発生後の発電所における現場対処にも不手際が認められ、政府や地方自治体の発電所外における被害拡大防止策にも、モニタリング、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の活用、住民に対する避難指示、被ばくへの対応、国内外への情報提供などの様々な場面において、被災者の立場に立った対応が十分なされないなどの問題点が認められた。加えて、政府の危機管理態勢の問題点も浮かび上がった。』 
我が国の原子炉施設の安全確保のための対策の問題点は、地震・津波等の外的事象によるリスクが重要であるとの指摘があったにもかかわらず、実際の対策に十分反映されなかった。(中略)また原子力発電の安全を確保するためには、単に発生した個別問題への対応にとどまらず、国内外の最新の知見はもとより、国際的な安全規制や核セキュリティ等の動向にも留意しつつ、国内規制を最新・最善のものに改訂する努力を不断に継続する必要がある。』

○東京電力に関する問題点

a 危機対応能力の脆弱性
b 専門職掌別の縦割り組織の問題点
c 過酷な事態を想定した教育・訓練の欠如
d 事故原因究明への熱意の不足
e より高い安全文化の構築が必要

報告書は、東京電力に関する分析の項目で、上記の項目を指摘しています。指摘の内容は報告書をお読み下さい。さらに、
『東京電力の対応を追ってみると、同社には原発プラントに致命的な打撃を与える恐れのある大津波に対する緊迫感と想像力が欠けていたと言わざるを得ない。そして、そのことが深刻な原発事故を生じさせ、また、被害の拡大を防ぐ対策が不十分であったことの重要な背景要因の一つであったと言えるであろう。』
「想定外」問題に対する東京電力の危機感の希薄さに関しては
『そもそも「想定外」という言葉には、大別すると二つの意味がある。一つは、最先端の学術的な知見をもってしても予測できなかった事象が起きた場合であり、もう一つは、制度や建築物を作ったり、自然災害の発生を予測したりする場合に、予想されるあらゆる事態に対応できるようにするには財源等の制約から無理があるため、現実的な判断により発生確率の低い事象については除外するという線引きをしていたところ、線引きした範囲を大きく超える事象が起きたという場合である。今回の大津波の発生は、この10 年余りの地震学の進展と防災行政の経緯を調べてると、後者であったことが分かる
(中略)大きな地震が発生した記録のない領域については対象から外す、というものだった。「発生の可能性に関する十分な知見が得られていない(=科学的な研究が未成熟)」というのが想定外の理由であった。』
と言っています。

○ 東京電力の在り方に関する提言(最終報告Ⅵ1(6)e)では、
東京電力は、原子力発電所の安全性に一義的な責任を負う事業者として、国民に対して重大な社会的責任を負っているが、津波を始め、自然災害によって炉心が重大な損傷を受ける事態に至る事故の対策が不十分であり、福島第一原発が設計基準を超える津波に襲われるリスクについても、結果として十分な対応を講じていなかった。組織的に見ても、危機対応能力に脆弱な面があったこと、事故対応に当たって縦割り組織の問題が見受けられたこと、過酷な事態を想定した教育・訓練が不十分であったこと、事故原因究明への熱意が十分感じられないことなどの多くの問題が認められた。東京電力は、当委員会の指摘を真摯に受け止めて、これらの問題点を解消し、より高いレベルの安全文化を全社的に構築するよう、更に努力すべきである。』
としています。

 私のブログでも屡々書いていますように、今回の福島第一原子力発電所の事故における東京電力の対応には大いに問題があったと思います。然し、畑村洋太郎委員長は、「委員長所感」の中で、
『中間報告及び本最終報告で述べたとおり、個々の事象への対処には不適切なものがあったことは否めないが、他方で、現場作業に当たった関係者の懸命の努力があったことも是非ここに記しておきたい。』
と触れておられます。

(所感)
 私は、リスクマネジメントに携わる者として、また元銀行員としてリスクファイナンスの視点から、今回の福島原子力発電所の事故発生以来、新聞や諸雑誌の記事を読み、テレビの報道を見、4つの事故報告書を読み、事態の推移をフォローして来ました。
 その結果は、折々のブログに書いておりますが、結果としてわが国のトップ企業と評価されていた東京電力の在り方について非常な違和感と疑問を持ちました。
 6月20日(水)に公表された東京電力㈱の「福島原子力事故調査委員会」による「福島原子力事故調査報告書」は、自社の損害賠償責任のことを考えているのかも知れませんがこの期に及んでも事故の原因はあくまでも想定外の津波の結果だとしていて、想定出来なかったことに対する深刻な反省・責任の自覚は皆無です。まるで他人事で、他の3つの報告書の内容と大きく違っています。

 私は、戦争を知っている世代として、戦後我が国で「日本が第2次世界大戦で敗戦に至った経緯の分析と反省」が十分に行われず、その結果が現在のわが国の社会や企業に禍根を残していることを非常に遺憾に思っています。福島第一原子力発電所事故の調査がその轍を踏まないようにしなければなりません。
 畑村洋太郎委員長は、今回の報告書の「委員長所感」の最後を、『我々は、この事故を通じて学んだ事柄を今後の社会運営に生かさなければならない。この事故は自然が人間の考えに欠落があることを教えてくれたものと受け止め、この事故を永遠に忘れることなく、教訓を学び続けなければならない。』という言葉で結んでおられます。全く同感です。

 7月31日に国の資本が東京電力に注入され、東京電力は実質国有化されました。7月30日の日本経済新聞2面「東電再建へ7施策」の報道では、施策の最初が職員の「意識改革」です。これが原点です。米倉経団連会長は「国営では上手く行かない。」と仰せられていますがあのままではこうは行かなかったと思います。新経営陣のガバナンスに期待します。東電の社員の方々は辛いでしょうが、率直に今までの在り方を反省して教訓を活かす努力をして頂きたいと切にお願い申し上げます。

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QC(品質管理)とリスクマネジメント② 〜 リスクマネジメントの実務における経営的視点の欠如 〜

2012年7月20日金曜日 | ラベル: |

私は1961年に生産性本部の中小企業コンサルタント指導者養成講座に1年間参加し,石川馨教授の「SQC(統計的品質管理)」の講義を受講しました。その経験から、1年前の7月1日の記事で「QC(品質管理)とリスクマネジメント」について書きました。
 「QC(品質管理)とリスクマネジメント」、特に「リスクマネジメントの実務における経営的視点の欠如」について「QC(品質管理)の普及のプロセス」と比較して再度考えてみたいと思います。

 2009年に中小企業庁のBCP普及セミナーで高知市へ出張しました。
○早春の桂浜です。

 
○桂浜の小高い丘の上には阪本龍馬の銅像がそそり立っています。



○QC(品質管理)とリスクマネジメント 
          〜リスクマネジメントの実務における経営的視点の欠如〜

 東日本大震災の東京電力福島原子力発電所における事故、みずほ銀行のシステム障害に関する報告書を読みますと、「原子力の災害対応に当たる関係機関や関係者、原子力発電所の管理・運営に当たる人々の間で、全体像を俯瞰する視点が希薄であったことは否めない」と書かれています。また、みずほ銀行のシステム障害特別調査委員会の報告書でも「一連の障害を通じて、システム全体を俯瞰でき、かつ、多重障害の陣頭指揮を執り得るマネジメントの人材も不足していた」ことが指摘しされています。何れのケースでも「事故や災害発生時に企業全体を見ている人がいなかった」ということだと思います。「木を見て森を見ず」といいますが、部分・部分の対応ばかりに追われて、企業全体としていかに対応するかが疎かになっていたと指摘されています。
 私は、リスクマネジメント・BCMの実務において、企業全体を見るという視点が欠如しているのではないかと思います。私はこれを「経営的視点の欠如」と言いたいのです。
 経営者は、リスクマネジメントの技術的な部分は担当部門が保有するとしても、経営に重大な影響を及ぼすリスクをトータルに認識し評価出来るかが問題です。さらに、ERMの土台をなす、「従来型のリスクマネジメント」が確実に実行されていることを認識・評価出来ていなければなりません。
 経営者に危機意識があれば経営者自らがリーダーシップを取って対処することになる筈です。後述する戦後の,品質管理導入時の精神に立ち帰ることが必要です。当時はQCは経営の問題であるという自覚がありました。
 また、リスクマネジメントでは、中心となって推進する団体、リーダーがありません。QC導入時には,財団法人日本科学技術連盟(会長は初代経済団体連合会会長石川一郎氏)が中心になって推進されました。今は企業はバラバラにリスクマネジメントを推進し、コンサルタントの業務は個々のリスク対応の技術的部分が中心で、経営問題としての対応は少ないように思われます。
 学問の世界で見ても,コーポレート・ガバナンス論,監査論(外部、内部、監査役),リスクマネジメント論など専門分野が多岐に亙るので,内部統制,リスクマネジメントを企業に導入するについて指導的な役割を果す経営学者の存在も見つかりません。      
 
 昨年7月1日の記事でも触れていますが、財団法人日本科学技術連盟創立50年史の記述によれば、「我が国が第二次世界大戦に敗北した翌年の1946年11月に,連合郡最高司令部(GHQ)の担当者が統計的品質管理の導入を勧告した。」とされています。
 QC(品質管理)導入の中心人物だった東京大学石川馨教授らは、当初からわが国に適したQC手法の確立という思想を持っておられました。品質管理の普及活動は経営層・管理層・現場の3本立てで行われ、現場のQCサークル活動は“カイゼン”の名のもとに海外でも取り入れられました。
 統計的品質管理の本質を経営者が理解するのは容易でした。なぜならば、品質管理は主として製造部門の問題であって,理論は単純であり,製造担当役員を頂点とする製造部門が推進すればよく、縦割りの日本企業においては,きわめてやり易いことであったと思います。
 しかし、QC普及の当事者の自覚と努力により、生産部門の管理手法であった統計的品質管理は,我が国で独自の発展を遂げ,経営管理手法としての総合的品質管理(Total Quality control :TQC) へと発展して行き、その後のわが国の経済発展に大きく寄与しました。
 前記石川馨教授の弟さんである石川六郎氏が1978年2月に鹿島建設の社長に就任された際、「大企業病がはびこっている社内の精神作興を計るためにTQCを導入した。」と日本経済新聞の私の履歴書に書いておられます。
 管理手法は、経営の根幹をなすものであって、個々のテクニックの問題では無いと言うことを、QC導入当時の学者や経営者はしっかりと認識しておられたのだと思います。



 昭和29年に書かれ、昭和39年に改定された、石川馨先生の「新編 品質管理入門」の前書きには、「QCは学問や勉強では無く実行するのみである。(中略)本書に書かれていることを実行して、企業の体質改善をしていただきたい。」と書かれています。 
 第1章新しい品質管理とは 1.1品質管理とは の書き出しは
「あなたの会社の製品についての責任は、経営者にある。」です。
 さらに、 1.1.1品質管理の定義 
 「新しい品質管理とは、経営に関する1つの新しい考え方,見方である。
新しい品質管理とは、もっとも経済的に、もっとも役に立つ、しかも買手が満足して買ってくれる品質の製品を開発し,設計し、生産し、販売し、サービスすることである。この目的を達成するために(中略)会社全体として総てが協力して、各部門が同じように努力しやすい組織を作り上げ、標準化を行い、これを確実に実行していくことが必要である。」
 と記述されています。

 私は約25年間リスクマネジメントに関ってきて痛感することは、中小企業のみならず、大企業でも(なおさら)リスクマネジメントの実行に当たり、技術論が先行し、経営的視点(全体像を俯瞰する視点とも言えます)が不足していることです。これは現在多くの経営者にリスクマネジメントの本質に対する理解が不足している結果であり、官庁・大企業の人事政策が、高度の専門家を官庁・大企業内で育成するシステムになっていないことが原因です。わが国企業のリスクマネジメントの在り方を根本的に再検討すべきだと思います。
 更に、東日本大震災の教訓についてBCPの実務家と議論をした際、わが国のような企業組織の場合は、事故・災害発生後速やかに会社の状況を把握し、経営判断の基礎になるデータを作成するソフトがあればという議論になりました。まだ世の中には無いと思いますし、ソフトを作成するのは容易ではありませんが、東日本大震災に対する企業の対応に関する報告書の指摘に対し、規模が大きく、連鎖の複雑な大企業の場合には各社固有の状況を踏まえて経営者自らの経営判断をするのに役立つデータが直ちに提供出来るかが問題です。 企業が被災時にとる実際の対処について、或いは平素PDCAサイクルを回すについて、わが国企業の現実を直視した実務の体制を考えるべきではないでしょうか。
 リスク対策COM.7.25号にも本稿と同じく「リスクマネジメントの実践における経営的視点の欠如」について書いています。もうすぐ発売されますのでご興味があったら読んで下さい。

○参考文献:一橋大学 佐々木聡教授 『戦後日本のマネジメント手法の導入』
        『一橋ビジネス レビュー』(東洋経済新報社)2002年秋号
        :財団法人日本科学技術連盟 「創立50年史」
        http://www.juse.or.jp/about/pdf/history/history_60.pdf

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